学位論文要旨



No 127090
著者(漢字) 三浦,紫保
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,シホ
標題(和) CD1dを介した免疫応答に対するヒトパピローマウイルスによる免疫回避メカニズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 127090
報告番号 甲27090
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3700号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 准教授 矢野,哲
 東京大学 准教授 金森,豊
 東京大学 准教授 中島,淳
 東京大学 講師 榎本,裕
内容要旨 要旨を表示する

ヒトパピローマウイルス(以下HPV)は、子宮頸癌や尖圭コンジローマの発生に深く関与するウイルスとして知られている。100種類以上あるHPVのうち粘膜型HPVは約40種で、性行為感染により子宮頸部をはじめとする生殖器粘膜上皮に感染し潜伏している。子宮頸部上皮においてウイルス増殖の持続状態が続くと、感染上皮細胞は盛んに増殖し、感染細胞が偶発的に不死化(前癌状態)し、不死化細胞に遺伝子異常が蓄積することにより癌化(子宮頸癌)に至る。すなわち、子宮頸癌の最大リスク因子はHPVの持続感染である。粘膜型HPVは8つのウイルス蛋白質を持つ。そのうち、E5は小さな疎水性の蛋白質で細胞のゴルジ体や小胞体に存在する。E5は、その局在がMHC分子と同じであることから、これまでにMHCとの関連性が報告されている。E5は感染の初期段階で発現するが、感染細胞の悪性化していくに従いしばしば消失する。E5は直接的な癌化作用はないが、HPVの持続感染を成立させるという点で子宮頸癌の発生に関与していると考えられている。

CD1dは、MHC class1様の糖蛋白質でCD1d拘束性NKTとの相互作用により、獲得免疫誘導の増強・促進的な役割を担う分子であると考えられている。CD1dは、invariantVαVβ鎖という特有のレセプターと結合し、これを持つinvariantNKT細胞を活性化型に変化させる。CD1dとCD1d拘束性NKTが相互作用することで、双方の細胞からサイトカインが放出され、免疫担当細胞を局所に導入し、獲得免疫が急速かつ確実に起こる。単純ヘルペスウイルス、HIV、クラミジアトラコマティスなどを含むいくつかの病原体では、免疫回避の方略としてCD1dの細胞表面の発現を抑制するメカニズムが知られている。

病原体に対する初期免疫応答におけるCD1dの重要性を考え、HPVがCD1dに関連した免疫経路を変えて宿主の初期免疫応答における感染細胞の排除を回避しているのではないかと考えた。MHCとの関連性が指摘されているE5に着目し、本研究ではHPVによるCD1dの抑制機序を調べることを目的とした。

まず、HPV関連病変におけるCD1dの発現抑制を免疫組織化学的に証明した。正常とHPV関連病変の45症例において抗CD1d抗体で免疫染色を行った。CD1dの発現はHPV陰性の正常子宮頸部上皮では強くみられたが、HPV16型陽性のCIN1-2(子宮頸部上皮内腫瘍)や子宮頸癌、HPV6型陽性のコンジローマの領域ではみられなかった。

子宮頸癌における基本的なCD1d抑制のメカニズムを言及するために、いくつかの子宮頸癌細胞株におけるCD1dの転写レベルと細胞表面のCD1d発現について調べた。HPV陰性の子宮頸癌細胞株C33AにCD1dを恒常的に導入したC33A/CD1d細胞株を作成した。フローサイトメトリーではC33A /CD1d細胞株の細胞表面にCD1dの発現が強くみられたが、C33A 細胞株やほかの頸癌細胞株(HeLa,CaSki)の細胞表面にはCD1d発現はみられなかった。RT-PCTの解析から、子宮頸癌細胞株では、mRNAレベルでCD1dの発現は抑制されていることがわかった。

E5とCD1dの関連性を調べるために、C33A/CD1d細胞株とCD1dが内在するヒト膣上皮細胞株(VK/E6E7)を用いた。また、HPVとして、ハイリスク型HPVであるHPV16型とローリスク型HPVであるHPV6型の蛋白質を用いた。それぞれの細胞にFLAGで標識したHPV16とHPV6のE5を、レトロウイルスベクターを用いて導入した。各細胞で半定量RT-PCRを行ったところ、HPV16E5とHPV6E5を導入してもCD1dのmRNAレベルで差はみられなかった。CD1dの蛋白質レベルでの比較をウェスタンブロッティングで行った。E5(-)のC33A/CD1d細胞やVK/E6E7細胞、また空ベクターを導入した細胞ではCD1dを示すバンドがみられたが、E5導入細胞ではほとんど同定できなかった。細胞表面のCD1dの発現をみるためにフローサイトメトリーを行ったところ、C33A/ CD1d細胞とVK/E6E7細胞において、空のベクターを導入した細胞ではCD1dは強く発現していたが、HPV6E5とHPV16E5導入C33A/CD1d細胞とVK/E6E7細胞それぞれにおいて、細胞表出CD1dは減少していた。

E5導入C33A/CD1d細胞において、抗CD1d抗体と抗FLAG抗体、ER特異的マーカー(ERtracker)またはDAPIを使って免疫蛍光共焦点顕微鏡による観察を行った。空ベクターを導入したC33A/CD1d-LPCX細胞において、CD1dは細胞全体にびまん性に広がっていて、細胞表面では強く、核の周囲では弱く発現していた。一方、E5導入C33A/CD1d細胞ではCD1dの発現は減少していて核周囲の小胞体付近に局在していた。CD1dと小胞体のシグナルは核周囲の部分で重なり合い、大部分のCD1dは小胞体内に存在していることが示唆された。CD1dとFLAG- E5の二重染色ではCD1dとE5が重なり合うことより、両者は小胞体内で共存していることが示唆された。

HPV16E5は小胞体シャペロンcalnexinと結合し、主に小胞体内でおこるHLA class1重鎖の修飾を阻害するということが報告されている。Calnexinの関わるCD1dの修飾においても阻害するのではないかと考え、FLAG-E5に結合した蛋白質を免疫沈降し抗calnexin抗体を使用して免疫ブロット解析した。E5導入C33A/CD1d細胞ではCalnexinに一致するおよそ90kDaに位置するバンドが同定され、E5とcalnexinが結合していることが示された。CD1dとcalnexinの共存を視覚的に証明するためC33A/CD1d-LPCX, -6E5, -16E5細胞において抗CD1d抗体と抗calnexin抗体を用いて二重染色し、免疫蛍光共焦点顕微鏡を用いてい観察した。C33A/CD1d-LPCX細胞ではCD1dはびまん性に細胞全体に広がって発現していて、calnexinとCD1dのシグナルの大部分は別であった。一方、calnexinの大部分はE5導入C33A/CD1d細胞では小胞体の位置に一致した核周囲の部分に限局していて、CD1dは完全にcalnexinと共存していた。

CD1dは翻訳後に感染細胞で蛋白分解を受けている可能性があり、細胞質内のプロテアソームの関与を調べるために、E5導入C33A/CD1d細胞とC33A/CD1d-LPCX細胞の培養液中にプロテアソーム阻害薬であるMG132を添加し、CD1dの蛋白質レベルをウエスタンブロットを用いて、MG132 未添加の細胞と比較した。抗CD1d抗体を使用し免疫ブロット解析を行ったところ、E5導入C33A/CD1d細胞において、抑制されていたCD1dはMG132存在下では回復した。この作用を視覚的に確認するため、E5導入C33A/CD1d細胞とC33A/CD1d-LPCX細胞において、MG132で処理したものと処理していない細胞を抗CD1d抗体とDAPIに対する反応を免疫蛍光顕微鏡で観察した。MG132添加によりE5導入C33A/CD1d細胞でのCD1dシグナルが細胞全体にみられ、CD1d分子が回復することがわかった。HPVの関わるCD1dの抑制にはプロテアソームが働いていることが示唆された。以上の結果より、HPVE5はcalnexinに関連したCD1dの小胞体内での合成を阻害することによってCD1dの細胞表面への細胞内輸送を阻害し、その結果としてERに停滞したCD1dが細胞質の蛋白分解経路に引き出されて分解されていると考えられる。

細胞表面のCD1dはインバリアントNKTと特異的に結合し、NKT細胞を活性化するだけでなく、CD1dをもつ細胞からサイトカインの放出を促す。HPVE5蛋白質がCD1dの作用にも影響を与えるかどうかを調べるため、架橋反応を起こさせCD1dの関与するIL-12の産生について検討した。そこで、E5導入C33A/CD1d細胞とC33A/CD1d-LPCX細胞を最初に抗51.1mAbにさらし、次いで2次抗体である抗マウスIgGの架橋剤にさらした後、IL12の産生を調べた。架橋反応後0から24時間培養し、IL-12 p40とβ-actinの定量的RT-PCRを行った。C33A/CD1d-LPCX細胞ではIL-12 p40転写産物は架橋反応後24時間で増加したが、E5導入C33A/CD1d細胞では、IL-12の増加はみられなかった。HPVE5によるCD1d抑制は、感染細胞からの炎症性サイトカインの分泌を抑制することにつながり、HPV感染細胞が免疫監視機構から逃れることに関与すると考えられた。

ハイリスク型とローリスク型によらず、HPVE5存在下でCD1d発現が抑制されることは、感染ウイルスが最初の感染部位である子宮頸部上皮において宿主の免疫監視を逃れ、感染状態に有利な環境をつくるためのウイルス側の工夫であると考えられる。

本研究では、HPV感染細胞においてCD1d発現が抑制され、その機能をHPVE5が担っていることを証明した。CD1dを介した免疫応答の抑制が、HPV感染細胞が免疫監視から逃れ、持続感染が成立するための一因となっている可能性が示された。将来的には、CD1dの発現が低下した症例に、CD1dを介さずにiNKT細胞を刺激することができるαGalCerがCINに対する治療薬になることも期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、微生物に対する自然免疫のセンチネル分子で獲得免疫誘導の増強・促進的な役割を担うCD1dのヒトパピローマウイルス(HPV)による抑制機序を調べるため、HPV関連病変のCD1dの発現について調べ、次いでHPVE5蛋白質に着目し、HPV6型E5またはHPV16型E5を導入したCD1d発現細胞を作成し分子生物学的検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. HPV関連病変におけるCD1dの発現の変化をみるため、研究倫理委員会で承認され(承認番号1390-1)、文書で同意を得たHPV関連疾患患者からの病理組織(ホルマリン切片)45例を用いて、CD1dの免疫染色を行った。CD1dの発現は、ほとんどがHPV陰性の正常または炎症性の子宮頸部上皮の症例に限られていて、すべてのCIN1-2、子宮頸癌、コンジローマの領域で抑制されていた。HPV関連病変ではほとんどの症例でCD1dの発現が抑制されていることが示された。

2. 子宮頸癌における基本的なCD1d抑制のメカニズムを言及するために、いくつかの子宮頸癌細胞株(C33A, HeLa, CaSki)におけるCD1dの転写レベルと細胞表面のCD1d発現について調べた。C33A細胞はHPV陰性、HeLa細胞はHPV18型陽性、CaSki細胞はHPV16型陽性の細胞株であり、全ての細胞でフローサイトメトリーにおいて細胞表面にCD1dの発現はみられず、各細胞株のtotal RNAから逆転写PCRを行った結果、全ての細胞ではmRNAレベルでCD1dの発現が抑制されていることが示された。つまり子宮頸癌細胞株では、CD1dの発現は転写前に消失していることが示された。

3. C33A細胞にCD1dを導入したC33A/CD1d細胞株とヒト膣上皮細胞株で内因性にCD1dを発現しているVK/E6E7細胞を用いて、それぞれの細胞にHPV6型と16型E5を恒常的に発現した細胞株を作成した。E5蛋白質はFLAGで標識し、抗FLAG抗体を使って各実験を行った。HPVE5を導入したC33A/CD1d細胞とVK/E6E7細胞において6E5、16E5を導入した細胞、コントロールの空ベクターを挿入した細胞それぞれにおいて転写レベルでは同等に発現していることが示された。蛋白質レベルでは、6E5、16E5を導入した細胞ではコントロールの細胞と比較してCD1dの発現は抑制されていることが示された。また、フローサイトメトリーの結果では6E5、16E5を導入した細胞において細胞表面のCD1dの発現が抑制されていることが示された。

4. CD1dの細胞内局在をみるために、共焦点顕微鏡による観察を行ったところ、C33A/CD1d細胞において、コントロールの空ベクターを導入した細胞ではCD1dは細胞全体に広がっていて細胞表面により強い反応がみられたのに対し、E5導入細胞では6型、16型ともにCD1dは小胞体周囲に限局し、小胞体でE5とCD1dが共存しているのが示された。

5. E5が小胞体内でcalnexinと結合し、calnexinの関わるCD1d形成を阻害するのではないかと考え、E5とcalnexinの結合の有無をみるためC33A/CD1d細胞にE5を導入した細胞で免疫沈降ブロッティングを行ったところ、E5蛋白質とcalnexinが結合していることが示された。同細胞でCD1dとcalnexinの共存を視覚的に見るために共焦点顕微鏡による観察を行ったところ、6E5、16E5導入細胞においてcalnexinは小胞体の位置に一致してCD1dと完全にmergeしているのが示された。つまりE5、calnexin、CD1dの結合が示された。

6. E5が関与するCD1dの抑制における細胞質内のプロテアソームの役割を述べるため、C33A/CD1dに空ベクターを導入した細胞, -6E5, -16E5を導入した細胞それぞれにプロテソーム阻害薬であるMG132を添加してウェスタンブロッティングと蛍光免疫染色を行ったところ、E5を導入した細胞では抑制されていたCD1dの発現が回復しているのが示された。CD1dは、HPV E5蛋白質が小胞体内で分子シャペロンと結合することにより、プロテアソーム蛋白質分解系で分解されることが示された。

7. E5発現細胞ではCD1dの関与するIL12の産生も抑制するのかどうかを調べるため、C33A/CD1dに空ベクターを導入した細胞, -6E5, -16E5を導入した細胞それぞれにおいて抗CD1d51.1モノクローナル抗体でプライミングした後に2次抗体で架橋反応を起こさせ、IL-12が産生されるかを定量PCRで検出した。空ベクターを導入したコントロール細胞では24時間後にIL12の産生がみられたが、6E5、16E5を導入した細胞ではIL-12の産生はほとんど見られなかった。HPV E5蛋白質によるCD1d分解の結果、CD1d依存性のサイトカインIL-12の産生が阻害されることが示された。

以上、本論文ではHPVE5蛋白質がcalnexinに結合することでCD1dを蛋白分解系に誘導しその発現を抑制していることが示され、CD1dを介した免疫応答の抑制が、HPV感染細胞が免疫監視から逃れ、持続感染が成立するための一因となっている可能性が示された。HPVE5蛋白質が担っている機能として、HPVの新たな免疫エスケープ機構を見出したと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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