学位論文要旨



No 127091
著者(漢字) 宮本,雄一郎
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,ユウイチロウ
標題(和) 子宮頸癌に対するproteasome阻害剤を用いた新規分子標的治療の開拓
標題(洋)
報告番号 127091
報告番号 甲27091
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3701号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩中,督
 東京大学 教授 上妻,志郎
 東京大学 特任教授 井上,聡
 東京大学 准教授 久米,春喜
 東京大学 講師 井垣,浩
内容要旨 要旨を表示する

要旨

子宮頸癌はわが国ではワクチン事業で注目が集まっているが、ワクチンの効能により罹患患者が減ってくるのはまだしばらく後のことである。現在、全世界で毎年50万人以上が子宮頸癌に罹患し、15万人を超す死亡があり、2分に一人が子宮頸癌で亡くなっている現状である。女性の癌における死亡では、子宮頸癌は乳がんに次ぎ第二位を占める。日本では30代と60-70代に分布が多く、若年の子宮頸癌患者は家庭でも重要な役割を担うものも多く、積極的な治療が望まれる。進行・再発癌の治療に関しては、放射線療法・化学療法などさまざま組み合わせても奏効率は低く、新たな治療法への患者からの切実な期待が持たれている。

子宮頸癌の発癌過程にはHPV感染が極めて重要である。HPVは多くのサブタイプがあり、発癌への関与によりハイリスク型とローリスク型に分けられる。ハイリスク型ではHPV16,18,52,58,59型が多く、中でも16型と18型は頻度が高いサブタイプである。ローリスク型のHPV 6,11型は良性の外陰部コンジローマの発生などに関与する。ハイリスクHPVは癌蛋白E6,E7をもち、細胞の癌抑制蛋白であるp53やpRBなどをユビキチン-プロテアソーム系(UPS)を解して分解し、アポトーシス阻害や細胞周期撹乱をきたす。この異常が蓄積されることが、子宮頸部の細胞は異型性から癌化に至る重要なプロセスであると考えられている。

プロテアソーム阻害剤Bortezomibはプロテアソームを可逆的に阻害する薬剤で、多発性骨髄腫にて抗がん剤として保険適応のある薬剤である。前述のように子宮頸癌発癌においてユビキチン-プロテアソーム系での癌抑制蛋白の分解が重要であるため、プロテアソームを阻害することでこれら分解を受けていた癌抑制蛋白の発現が安定化することで抗腫瘍効果が期待できる。

今回我々は子宮頸癌の発癌過程に注目し、Bortezomibが子宮頸癌に対して抗腫瘍効果があることを検討した。Bortezomibを子宮頸癌細胞株に作用させることにより、ユビキチン-プロテアソーム系を介して分解されていたp53、pRB等の癌抑制蛋白の発現が回復し、またハイリスクHPV陽性の子宮頸癌細胞株にアポトーシスを誘導した。このアポトーシスにはp53が深く関与していることが示唆された。また子宮頸癌の化学療法では現在シスプラチンがキードラッグであるが、Bortezomibとシスプラチンの併用でこれら抗腫瘍効果はより強く現れた。子宮頸癌細胞株担癌マウスを作成し、これをBortezomibで治療することで腫瘍増殖抑制効果が確認できた。

以上よりプロテアソーム阻害剤Bortezomibは子宮頸癌の発癌過程の分子メカニズムに効率よく作用し、十分な抗腫瘍効果を示すことが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は子宮頸癌に対するproteasome阻害剤Bortezomibの抗腫瘍効果を検討したものである。子宮頸部の発癌にはハイリスク型のヒトパピローマウイルスの感染が重要であり、ウイルスの持つ癌蛋白E6,E7の作用により、宿主細胞の癌抑制蛋白p53,pRBはproteasomeにて分解され、癌化のストレスが蓄積する。proteasome阻害剤は、proteasomeによる癌抑制蛋白の分解を阻害し、発現を回復させることで、抗腫瘍効果が得られることが予想される。子宮頸癌細胞株を用いたin vitro、in vivoにおけるBortzomibの抗腫瘍効果につき、下記の結果を得ている。

1, ハイリスクHPV陽性子宮頸癌細胞株であるHeLa, CaSKi細胞を用いて、in vitroでのproteasome阻害剤(Bortezomib)の抗腫瘍効果を確認した。MTT法にて子宮頸癌細胞株でのBortezomibの至適濃度(IC50)を測定し、0.1μMと決定した。RIを用いたpulse chase法にてproteasome阻害が起きていることを確認した。ウエスタンブロット・蛍光免疫染色法により細胞株でのp53, hScrib, pRB等癌抑制蛋白の発現回復を解析し、これらの発現が濃度・時間依存的に回復することが確認できた。Flow cytometryを用いて、細胞周期の変化とアポトーシス誘導能を確認したところ、細胞周期においてはG2/M停止が惹起され、ANNEXIN V染色にて十分なアポトーシスが誘導されていることも確認できた。

2, 次にBortezomibにより蓄積したp53が機能的であるかどうかを、RT-PCR法を用いて、p53下流遺伝子の変化を検討した。p53のRNA発現レベルは上昇しなかったが、p53下流の遺伝子であるNOXA、AIP1、GADD45の転写レベルは著明に上昇した。proteasome阻害により蓄積されたp53蛋白は機能的に正常なものであり、下流遺伝子の転写を促進していることが示唆された。またBortezomibにより惹起されるアポトーシスの機序を調べるため、siRNA法によりp53・hScrib・hDlgをノックダウンした。p53をノックダウンした場合にはBortezomibを作用させてもアポトーシスは起きなかった。hScrib・hDlgのノックダウンでは、アポトーシスは十分誘導された。このため、Bortezomibによる子宮頸癌細胞株へのアポトーシスはp53の発現回復により引き起こされている可能性が強く示された。

3, 子宮頸癌の化学療法として標準治療となっているcisplatinとBortezomibの併用効果を検討した。薬剤の投与の順番による効果の違いについて、ウエスタンブロットによるp53蛋白回復の強さ、ANNEXIN Vによるアポトーシス細胞数にて評価した。p53の発現回復・アポトーシス誘導能については、2剤を同時投与したときが一番効果が強く、次にBortezomib→cisplatinの順次投与にて強く認められた。cisplatin→Bortezomibの順では逆にp53発現回復・アポトーシス誘導は減弱された。また併用効果についてはChou and Talalay assay(Median Effect 法)にて検討した。Combination index(CI)はBortezomib→cisplatin、同時投与の両治療スケジュールではCI<1のsynergistic effectが得られ、逆にcisplatin→BortezomibではCI>1のantagonistic effectであった。

4, HeLa, CaSki細胞株の皮下移植担癌マウスを作製し、in vivoでのBortezomibの抗腫瘍効果を確認した。腫瘍の増殖阻害を確認し、また腫瘍切片においてp53・hScribの発現回復とアポトーシス惹起を確認した。HeLa・CaSki ヒト子宮頸癌マウスモデルにおいて、Bortezomibの腫瘍増殖抑制効果は十分に確認でき、この効果はcisplatinと併用することで増強することが示唆された。マウスより摘出した腫瘍において、Bortezomib治療群においてp53, hScrib, p21の発現が高い傾向があった。またこの群では十分なアポトーシスが誘導されていた。

以上、本論文にてproteasome阻害剤Bortezomibが、ハイリスクHPV陽性の子宮頸癌細胞株HeLa, CaSki細胞において、in vitro, in vivoにて十分な抗腫瘍効果があることを示し、またそのアポトーシス誘導の機序にp53の発現回復が重要であることを確認した。Bortezomibは子宮頸癌の分子標的療法として有効である可能性が示された。従来標準治療とされてきたcisplatinとの併用により抗腫瘍効果が強く現れるため、Bortezomibは子宮頸癌治療の選択肢の一つとして有望であると考えられる。本研究はこれまで子宮頸癌で検討されてこなかった分子標的治療としてその分子機序まで考察し、子宮頸癌治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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