学位論文要旨



No 127092
著者(漢字) 藤原,清香
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,サヤカ
標題(和) シュワン細胞におけるS100Bの発現調節と機能解析
標題(洋)
報告番号 127092
報告番号 甲27092
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3702号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 教授 斉藤,延人
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 阿久根,徹
 東京大学 講師 近藤,健二
内容要旨 要旨を表示する

要旨

S100タンパクは神経系のグリア細胞に豊富に発現する細胞内カルシウム結合タンパクで、組織学的マーカータンパクとしても知られる。なかでもS100Bは末梢神経のグリアであるシュワン細胞の特異的マーカータンパクである。しかしシュワン細胞を特徴付けているS100Bの誘導メカニズムは未だ明らかではない。本研究では末梢神経におけるシュワン細胞の分化・ミエリン形成に重要な転写因子を中心に、S100Bの発現調節機構の解析を行った。

シュワン細胞におけるSox10と各種マーカータンパクについて検討すると、mRNAレベルにおいてSox10がS100Bに先駆けて発現し、維持されていた。S100BはSox10の発現にひき続いて発現量が増加した。S100Bがシュワン細胞の分化とともにSox10によって誘導されてくる可能性は十分あると考えた。

次にSox10がS100Bのプロモーターに結合するのではないかと考え、プロモーター解析を行った。Krox20, Oct6, Pax3, Sox10を導入したところ、Sox10だけが強い転写活性を有していた。

さらにS100Bの配列の上流1000塩基のプロモーター部分を徐々に削ったデリーションコンストラクトを作製し、このデリーションアッセイからS100BのプロモーターにおけるSox10のコンセンサスバインディングモチーフと類似の配列が探索したところ、三箇所について認めた。

三箇所のSox10のコンセンサスバインディングモチーフ類似の各部分について変異コンストラクトを作製し、これを用いて再びルシフェラーゼアッセイを行った。この変異コンストラクトでは、そのうち二箇所についてシュワン細胞においても、Sox10を過剰発現したHela細胞においても活性低下を認めた。

さらにS100Bプロモーターのイントロン領域にもSox結合モチーフを一箇所について認め、これについても同様にデリーション、および変異コンストラクトを作製したところ転写活性の低下を認めた。以上からSox10がS100Bプロモーターの上流二箇所およびイントロン一箇所のSox10応答領域に結合し、発現誘導すると考えた。

続いてシュワン細胞においてSox10は内在性に発現していることから、Sox10の発現を抑制するためにsiRNAを作製した。生後2日齢ラットの坐骨神経から採取し、培養したシュワン細胞に、siSox10とsiGFPを導入し、mRNAを回収してreal time RT-PCRを行った。まずSox10については、siSox10の導入によりsiGFP導入細胞に比較し6割強の有意な低下を認めた。S100BについてはsiSox10はsiGFPに比較して有意な低下を認めたが、Sox10によって直接誘導されることがわかっているP0に比べると、やや反応が劣っていた。このsiSox10をコトランスフェクションさせ、S100Bプロモーターの変異コンストラクトを用いてルシフェラーゼアッセイを行った。siGFPではこれまでの変異アッセイと同様の三箇所の変異で活性の低下を認めたが、siSox10導入したものでは、全長1000塩基の活性が低下し、しかもどの変異コンストラクトもほぼ同レベルの活性を示して、変異コンストラクトにおける有意な低下を認めなかった。

続いてSox10遺伝子の過剰発現やRNA干渉法を用いた発現抑制(ノックダウン)によりS100B遺伝子およびタンパクの発現量への関与を検証した。まずSox10発現ベクターを作成し、これをシュワン細胞およびROS細胞へ導入してSox10を過剰発現させたところ、S100BのmRNAの発現が上昇し、またタンパクレベルでの発現も上昇した。一方RNA干渉法を用いたSox10発現抑制により、S100BのmRNAの発現が低下し、またタンパクレベルでの発現が減少した。

クロマチン免疫沈降法による検討では、Sox10とS100Bを多量に発現しているシュワン細胞のcell lysateを用いたが、これによりin vivoでのSox10とS100Bプロモーターの結合をプロモーターアッセイで判明した三箇所のSox10応答領域において確認した。

Sox10は末梢神経におけるシュワン細胞のミエリン形成に深く関与していることが知られる。こうしたSox10がシュワン細胞のマーカータンパクであるS100Bについてもその転写および発現制御に関わっていることが解った。

S100Bタンパクは主に中枢神経系における機能について報告されているが、シュワン細胞においても同様の働きをしているのか検討を行った。

in vitroの実験で、シュワン細胞を増殖条件において培養したものと、分化条件で培養したものではS100BのmRNAの発現量に差があり、増殖条件においてS100Bが低下していた。S100Bの発現ベクターをC3H10T1/2細胞に過剰発現させたものと、発現抑制したものでは、発現抑制したもので細胞増殖が促進していた。同様にSox10についても、その発現抑制でBrdUアッセイでもMTTアッセイでも増殖の促進を認めた。続いてシュワン細胞においてもS100Bの過剰発現と発現抑制でBrdUアッセイを行うと、S100B発現抑制で増殖の促進を認めた。同様にSox10についても、その発現抑制でBrdUアッセイでもMTTアッセイでも増殖の促進を認めた。以上からシュワン細胞においてS100Bは細胞増殖に抑制的に関与し、その上流にあるSox10についても同様の結果を得た。

S100B欠失マウスでは中枢神経系でのMBPの発現が下がると報告されており、シュワン細胞でもミエリン形成や分化に関わる可能性が考えられた。そこで後根神経節ニューロンとシュワン細胞の共存培養(DRG 分散培養法)を用いて、シュワン細胞のミエリン形成を観察した。シュワン細胞におけるS100Bを発現抑制して検討したところ、S100B抑制シュワン細胞でミエリン形成の低下を認めた。従ってシュワン細胞分化において、S100Bがミエリン形成に促進的な作用を有している可能性が示唆された。

以上よりシュワン細胞の数々の分化にかかわる転写因子の中でSox10がS100Bの誘導に関与し、Sox10-S100Bシグナルが細胞増殖やミエリン形成に作用していることが本研究過程において明らかになった。S100Bは臨床において注目されているタンパクである。病的状態におけるSox分子の発現解析とあわせることで、S100タンパクの機能の解明につながる可能性がある。

シュワン細胞においてSox10がシュワン細胞のマーカータンパクとも言われるS100Bを直接転写誘導することを明らかにした。さらにシュワン細胞においてこのSox10-S100Bシグナルが細胞増殖とミエリン形成に関与していることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は末梢神経系のグリア細胞であるシュワン細胞の組織学的マーカータンパクとしても知られるS100Bの誘導メカニズムを解明することを目的とし解析を行ったものであり、シュワン細胞の分化において重要な役割を担っていることが知られているSox10がシュワン細胞を特徴付けているS100Bを誘導するという仮説に基づき、研究をおこない下記の結果を得ている。

・ 培養シュワン細胞と成体ラット肋軟骨由来初代培養軟骨細胞よりmRNAを採取し、定量を行ったところ、Sox9がSox10の発現量が前者ではSox9が低くSox10が高値で、後者ではSox9が高くSox10が相対に低値であった。

・ 末梢神経の各分化段階におけるマーカー因子の発現を検討したところ、S100BはSox10と同様生後2日齢より発現の上昇が見られ、その後も段階的に発現量が増加しており、この発現パターンはSox10により発現が制御されていることが知られているMyeline protein zero(P0)の発現パターンと類似していた。

・ シュワン細胞におけるSox10の発現パターン解析、gain-of-function、loss-of-functionの実験結果よりシュワン細胞の分化においてSox10がS100Bを誘導に関与している可能性が示唆された。

・ S100Bプロモーターを含むルシフェラーゼコンストラクトおよびシュワン細胞分化に重要な転写因子の発現ベクターを導入し、その活性を確認したところSox10によりS100Bの転写活性が強力に誘導された。

・ Sox10がS100Bプロモーター上の転写開始点上流2箇所およびイントロン1箇所のSox10応答領域に作用し、転写を誘導することが示唆された。さらにこれらの応答領域の配列とSox10の結合性を確認すべく、クロマチン免疫沈降法を行った。シュワン細胞を用いて抗Sox10抗体にて免疫沈降を行ったところ、前述の三箇所のいずれの領域においても増幅が確認され、Sox10の結合性を確認した。

・ シュワン細胞培養において増殖条件下と分化条件下においてSox10およびS100Bの発現量を確認したところ、増殖条件下ではSox10、S100Bともに発現量が低下し、分化条件では両者の発現量は増加しており、Sox10-S100Bシグナルがシュワン細胞の増殖能に関与する可能性が示唆された。

・ レトロウイルスベクターを用いてシュワン細胞に、S100BとSox10それぞれを過剰発現および発現抑制させて増殖能を評価したところ、発現抑制細胞において増殖が亢進していた。シュワン細胞においてSox10-S100Bシグナルが細胞増殖に抑制的な作用を有することが考えられた。

・後根神経節ニューロンとシュワン細胞の共存培養法(DRG 分散培養法)により、S100Bによるシュワン細胞のミエリン形成能への関与について解析を行った。S100Bを発現抑制したシュワン細胞を用いて共存培養を行い、ミエリン形成をMBPの免疫化学染色により評価したところS100B発現抑制シュワン細胞においてMBP染色陽性シュワン細胞数が低下し、ミエリン形成が抑制されていることが示された。

以上のことからシュワン細胞における機能があまり知られていなかったSox10-S100Bシグナルが、細胞増殖に抑制的な作用を有し、細胞分化においてはミエリン形成に関わることが示唆された。

以上本論文は末梢神経系シュワン細胞において、そのマーカー蛋白であるS100Bは、転写因子Sox10によって発現誘導されていることを明らかにした。また、シュワン細胞におけるS100Bの機能は細胞分化に促進的に働き、増殖に抑制的に働くことが考えられる。シュワン細胞の分化やその機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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