学位論文要旨



No 127093
著者(漢字) 安藤,政彦
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,マサヒコ
標題(和) 心電図同期回転数変動型定常流左室補助人工心臓の研究と開発
標題(洋)
報告番号 127093
報告番号 甲27093
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3703号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,芳嗣
 東京大学 准教授 村上,新
 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 准教授 阿部,裕輔
 東京大学 講師 絹川,弘一郎
内容要旨 要旨を表示する

要旨:内科的薬物治療にても改善が得られない重度の心不全に対する、現状での究極的な治療法は「心臓移植」である。しかし、心臓移植の施行数は世界的にみても減少傾向にあり、現在ではその数は年間僅か3000例程度である。特に我が国においては慢性的なドナー不足を背景に、移植適応症例に比較する実際の移植実施数が極めて少ない。左室補助人工心臓(Left ventricular assist device, 以下LVAD)の臨床導入は、このような現状における重症心不全患者の長期予後を大きく改善した。LVADは今日の重症心不全の治療戦略において、不可欠のオプションとしての地位を確立している。現在我が国において最たる臨床実績を残しているLVADは、東洋紡製国立循環器病センター型の空気圧駆動式の体外式拍動流型LVADである。拍動流型LVADは、生理的な拍動流を送血できるというメリットを併せ持つ反面、その構造上、回路内に人工弁の存在が必須であり、血栓形成防止のため強い抗凝固管理が求められる。またサイズも比較的大きく、体内植込も困難である。このような背景から、現在は欧米では定常流型LVADが主として臨床使用されている。しかし、定常流型LVADの最大の問題点として、その送血流が非生理的な非拍動流であるという点が挙げられる。長期の定常流による補助は動脈壁に形態学的な変化を生じ、消化管出血等の合併症を助長するとする報告もみられている。長期の定常流型LVAD補助が全身に対してどのような悪影響を及ぼし得るのかについては、現在のところ不明瞭であると言わざるを得ない。

このような観点から、我々は自己心電図に同期させて定常流型LVADの回転数を変動させることができる新しいポンプコントローラーを開発した。現状の定常流型LVADはその駆動回転数が一定であるが故に、収縮期圧が低下して拡張期圧が上昇し、結果として脈圧が消失して非拍動流を全身に供給することとなる。であれば、収縮期に回転数を増加させて拡張期に回転数を減少させることにより、拍動流を全身に供給することができるのではないかと推察した。我々の知る限り、このように定常流型LVADの回転数を心周期に同期させて変動させたという報告は、世界的にも類をみない。更に、本システムの有用性は単に全身に拍動流を供給することだけには留まらない。拡張期に回転数を増加させるCounterpulse modeにより大動脈内バルーンパンピングの如く冠血流を増強させるシステム、拡張期逆流量を増減して離脱評価のための理想的なOff-test modeを構築するシステムなど、その臨床応用の可能性は多岐に渡る。本研究の目的は、心電図同期回転数変動型LVAD(Electrocardiogram-synchronized LVAD、以下ES-LVAD)補助下の自己心を急性動物実験において生理学的に解析し、本システムの様々な有用性を模索しつつ、その臨床応用に向けた基礎研究及び開発を進めることである。

第一章においては、模擬循環回路における本システムの試験的駆動について述べた。本研究に用いた定常流ポンプはサンメディカル技術研究所により開発及び製造されたEVAHEART(R)である。EVAHEART(R)は小型の体内式遠心ポンプである。EVAHEART(R)のポンプ特性としては、心周期における瞬間最大流量と瞬間最小流量の差が大きい点が挙げられる。これは血液通過面の断面積の総和が比較的大きく、回路抵抗が少ないことによる。本研究では心周期内での流量を変動させて生体への影響を評価しているが、このようなEVAHEART(R)のポンプ特性は我々の研究を進めるうえで非常に有利な点であったと考えられる。我々が開発したES-LVADは、心室心電図よりR波を検出し、任意の遅延時間の後にポンプ回転数を瞬時に増加(または減少)させることができる。回転数増加(または減少)後の持続時間も自由に設定できる。本研究では便宜的に収縮期の持続時間をRR間隔の33%と定義し、残りの67%を拡張期と規定した。模擬左室の心拍数は90回/分に固定し、拡張期に回転数を増加させる拡張期補助(またはCounterpulse mode)での駆動を行った。結果として、変動回転駆動においては、R波の入力から目標回転数に到達するまでに約80msecの時間を要することが明らかとなった。また、模擬左室の心拍が90回/分である模擬循環回路においては、我々が開発したES-LVADの回転数変動モードは適切に駆動することが明らかとなった。

第二章においては、拡張期に回転数を増加させる駆動モード(Counterpulse mode)の冠動脈血流に与える影響について述べた。定常流LVADによる補助は冠動脈血流量を減少させるという報告がしばしばみられている。定常流LVAD補助により冠動脈血流量が減少する要因としては、定常流LVADの機械的な特性が挙げられる。定常回転駆動のLVADにおいては、圧較差が相対的に低値となる収縮期にはポンプ流量が増加するが、相対的に高値となる拡張期にはポンプ流量が減少する。冠動脈血流量は主として拡張期に増加することは周知の事実であり、定常流LVADは効果的に心筋を還流できていない可能性がある。このような観点から、我々は第一章において述べたES-LVADが急性期動物実験において冠動脈血流量に与える影響を評価した。対象は成ヤギ10頭(61.3±7.9 kg)。左開胸によりEVAHEART(R)による左心バイパスを作成。Circuit-Clamp(回路クランプ、すなわちポンプ非補助状態)、Continuous mode(従来の回転数一定の駆動モード)、Counterpulse modeの3条件において、冠動脈血流量の変化を計測した。Bypass rate(つまりポンプ流量/(ポンプ流量+上行大動脈流量))を算出し、後者の2条件においては、Bypass rateが50%前後となるhalf bypassの条件においてデータを収集した。結果として、Counterpulse modeによる駆動は、Countinuous modeによる駆動に比較して、平均冠動脈血流量、拡張期冠動脈血流量を増加させることが明らかとなった。

第三章においては、本システムを用いて収縮期に回転数を増加させた駆動モード(Pulsatile mode)の実際のPulsatilityに及ぼす影響について述べた。本実験は成ヤギ8頭(61.7±7.5 kg)にて行った。左開胸によりEVAHEART(R)による左心バイパスを作成。ポンプ流量及び上行大動脈流量を経時的にモニターしながら、Circuit-Clamp、Continuous mode、Pulsatile modeの3条件において、Pulsatilityの評価を行った。後者の2条件においてはBypass rateが80-90%となるほぼfull bypassの条件にてデータの比較を行った。結果として、Pulsatile modeにおいては、収縮期回転数上昇により収縮期ポンプ流量が増加し、Continuous modeに比較して有意に脈圧(Pulse pressure)、dp/dt max、energy equivalent pulse pressure(EEP)の上昇を認めた。Pulsatile modeにおけるEEPはmean AoPに比較して約8%高値であり、エネルギー勾配の観点からも生理的な拍動流に近いPulsatilityを形成しうる点が明らかとなった。

第四章では、定常流LVAD離脱評価のための安全なOff-test modeの開発について述べた。対象は成ヤギ8頭(63.0±7.3 kg)。Circuit-Clamp、Continuous mode、Off-test modeの3条件において、自己心の仕事量(心筋酸素消費量MVO2とPressure volume area PVA)及び回路内逆流量の評価を行った。Continuous modeにおいてはBypass rateがほぼ0%となるように回転数を調整。Off-test modeにおいては収縮期回転数を700 rpmに固定しつつ、拡張期回路内逆流量≒0となるように拡張期回転数を調整した。結果としてOff-test modeにおいては、Circuit-clamp時とほぼ同等のMVO2とPVAを得た。またOff-test modeではContinuous modeに比較して、回路内逆流量が有意に減少した。Off-test modeを用いることで、従来の定常回転駆動で問題となっていたLVAD離脱評価時の拡張期回路内逆流量を減少させることに成功した。本モードは、安全且つ正確に離脱可否を評価するうえで有効なオプションになりうると思われた。

我々が開発したES-LVADのシステムには、将来的に改善・改良を進めていくべき課題が残されている。第一に、各々の駆動モードにおいてバイパス率は一定として評価を施行しているものの、自己心の仕事量が厳密には同一ではないという点である。第二に、我々は更に現状の回転数変動のためのポンプコントローラーを改良していく必要があるという点である。現在のシステムでは回転数変動のタイミングはR波からの遅延時間により設定しているが、自己心拍数が変動した場合には、この遅延時間を再設定する必要がある。将来的にはRate response機能を搭載し、自動制御が可能となるようにする予定である。第三に、本研究実験においては収縮期をRR間隔の33%と定義しているが、これは生理学的には必ずしも正しくない。我々は、より正確な収縮期のタイミングを検出するシステムを構築中である。第四に、我々は本システムの抗血栓性、溶血への影響、耐久性等について、更なるデータ収集を行う必要がある。しかし、これらの今後の研究課題は、本システムの将来的な有用性自体を否定するものではないと思われる。本研究は正常心モデルにて施行しているが、今後は本システムの有用性を急性期心不全モデル、更には慢性動物実験モデルにおいて評価していく必要があると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、従来は回転数一定の定常回転にて駆動することが通常であった定常流型の左室補助人工心臓(Left ventricular assist device, 以下LVAD)の駆動回転数を、心電図同期下に変動させ、自己心にどのような生理学的な変化が生じるのかを解析したものである。本学位論文内においては、この新しい定常流型左室補助人工心臓の駆動モードが、将来的にどのような有用性を持ちうるのか関して、下記の如く述べられている。

1.従来の回転数一定のContinuous modeによる定常流LVADの心補助は、しばしば冠動脈血流量を減少させることが知られている。我々の研究によれば、ポンプ血流量と上行大動脈血流量がほぼ等しくなるhalf bypassの条件において、拡張期に回転数を上昇させるCounterpulse modeは、従来の回転数一定のContinuous modeに比較して、平均冠動脈血流量、特に拡張期の冠動脈血流量を増加させることが明らかとなった。

2.従来の回転数一定のContinuous modeによる定常流LVADの心補助は、脈圧を減少させ、非生理的な非拍動流を全身に供給する。非拍動流の全身への影響については依然として明らかとなっていない部分も多く、その人体への悪影響を懸念する声も聞かれる。我々の研究によれば、上行大動脈血流量がほぼ0となるfull bypassの条件において、収縮期に回転数を増加させるPulsatile modeは、従来の回転数一定のContinuous modeに比較して、より生理的な拍動流を全身に供給し得ることが明らかとなった。

3.従来の回転数一定のContinuous modeによる定常流LVADの心補助は、LVADからの離脱評価目的に回転数を低下させると、その構造上、拡張期に非生理的な逆流を生じることが知られている。我々の研究によれば、ポンプ流量がほぼ0となるzero bypassの条件において、拡張期に回転数を増加させるOff-test modeは、従来の回転数一定のContinuous modeに比較して、自己心の仕事量はほぼ変化させずに、逆流量を減少させることができることが明らかとなった。このOff-test modeは、安全且つ確実にLVAD離脱評価をするうえで、将来的に有用な駆動モードになり得る。

以上、本論文は心電図同期回転数変動型定常流LVADにより補助された心臓の生理学的な解析を通じて、その将来的な臨床応用の可能性について言及したものである。本論文は、今後定常流LVAD補助を必要とする重症心不全患者の治療予後に重要な貢献をなしうると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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