学位論文要旨



No 127096
著者(漢字) 鵜澤,吉宏
著者(英字)
著者(カナ) ウザワ,ヨシヒロ
標題(和) 急性肺障害モデルにおける肺胞リクルートメント/ディリクルートメント(開放/虚脱)動態の複合的解析
標題(洋)
報告番号 127096
報告番号 甲27096
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3706号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 准教授 中島,淳
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 講師 幸山,正
内容要旨 要旨を表示する

序論

急性肺障害(acute lung injury: ALI),急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome: ARDS)は,敗血症や外傷,肺炎などの基礎疾患を契機に急性に発症する呼吸不全であり,その本態は血管内皮や肺胞上皮の透過性亢進に基づく非心原性肺水腫である。ALI/ARDSに対する有効な薬物療法はまだ確立しておらず,人工呼吸は重要な治療手段となる。しかし陽圧換気による肺胞内の過大な圧や肺胞の過膨張,換気毎に繰り返される肺胞の虚脱再開通などに起因する肺損傷が知られており課題も多い。

ALI/ARDSでは正常な肺胞(含気肺胞)と含気を喪失し虚脱した肺胞(非含気肺胞)が混在している。含気肺胞が非含気肺胞になることをディリクルートメント,非含気肺胞が含気肺胞になることをリクルートメントとよぶが,ALI/ARDSに対する人工呼吸においては,リクルートメントの促進およびディリクルートメントの防止が重要であり適切に人工呼吸器を設定するためには,リクルートメント・ディリクルートメントの評価が必要である。

人工呼吸中の圧-量曲線(P-V曲線)はベッドサイドで簡便に得られるため,P-V曲線からリクルートメント・ディリクルートメントを評価することができれば診療上有用である。また,近年の人工呼吸器では,低速フローによる静的なP-V曲線を取得でき,静的条件で得られたP-V曲線では,気道抵抗による影響が排除され,肺胞内圧がより正確に評価される。人工呼吸という動的過程におけるリクルートメント・ディリクルートメントの理解に,静的条件で取得したデータの解析結果を適用するならば,静的に得られた結果と動的に得られた結果にどの程度の差異があるのかを知る必要がある。

そこで本研究においては,P-V曲線からリクルートメント・ディリクルートメントの評価方法,および呼気P-V曲線について,静的に取得された曲線と動的に取得された曲線の違いを検討することを目的とした。

モデルの導入

肺胞の状態やリクルートメント・ディリクルートメントを単純化し現象の定式化を試み,以下の仮定をおいた。

仮定:肺は含気肺胞と非含気肺胞の2種類の肺胞から構成され,ひとつの含気肺胞の容量は肺胞内外圧差のみに依存し,肺胞内外圧差Pにおける容量は肺胞内外圧差0における容量のf(P)倍となる。この圧依存特性f(P)は各個体に固有の関数であり,肺内の位置によらず,また,肺の状態(肺損傷の有無)に関わらず一定である。一方,非含気肺胞の容量は常に0である。

以上の仮定により,肺は極めて単純な形にモデル化される。ある瞬間の肺に対しその経肺圧をP,肺容量をVLとする。肺は含気肺胞と非含気肺胞の2種類から構成されるが,含気肺胞は含気肺胞のまま,非含気肺胞は非含気肺胞のまま,その肺の経肺圧を0としたときの肺容量をNとする。このとき,Nは含気肺胞の数を反映する。また,P,VL ,Nの間には,

VL=N f(P) ,

が成り立つ。含気肺胞の数(N)および経肺圧(P)が肺の容量(VL)を決めるとすることから,このモデルをNPVモデルとよび,このモデルでのリクルートメント・ディリクルートメントは,それぞれNの増加・減少として表現される。

方法

動物モデル:7羽のウサギに対し麻酔下に気管切開し,人工呼吸器を装着した。吸気圧20cmH2Oにて個体毎の最大換気量を決定し,これをもとに以後のプロトコールを実施した。肺損傷モデルは気管支肺胞洗浄法後に侵襲的人工呼吸を加え作成した。FRCはヘリウム希釈法を用いて測定,気道抵抗は吸気の気道内圧での最高圧とプラトー圧との差を矩形波での吸気フローで除して求めた。肺コンプライアンスは,一回換気量を吸気の気道内圧でのプラトー圧と呼気終末圧の差で除して求めた。

P-V曲線においてPは経肺圧,Vは換気量とした。吸気は240ml/minのフローとし,最大換気量で2秒の休止時間をおいた。呼気フローも240ml/minとしたが,静的および動的特性の評価のため120ml/minと大気開放の2手技を加えた。このプロトコールは損傷前,損傷後,摘出後の3条件で行われ,摘出後は肺の動きをビデオ撮影する目的で同様にP-V曲線を取得した。経肺圧Pは,

P=PAW-FR-P(ES) ,

により求めた。ただし,PAW: 気道内圧,PES: 食道内圧,F: フロー,R: 気道抵抗である。

VL=V + V(FRC) ,

により,P-VL曲線を得た。ただし,VLは肺容量,Vは換気量,VFRCはFRCである。各個体について,NPVモデルに基づき,損傷後,摘出後のNの推移を以下のごとく求めた。まず,損傷前P-VL曲線から,各個体の圧依存特性f(P)を取得し,次にNPVモデルに基づき,損傷後,摘出後P-VL曲線から,

によりNを求めた。

画像解析:摘出肺を用いてP-V曲線を得ると同時にビデオ撮影を行うことで,得られた結果の検証を試みた。各画像の肺には,非含気部および含気部が含まれており,これらを,色データにより区別することを検討した。画像上のすべてのピクセルについて,そのピクセルが非含気部に含まれるのか,あるいは,含気部に含まれるのかを判定していくことは容易でないため,単純な仮定をおき,それに基づいて非含気部(L1)および含気部(L2)の大きさを評価した。

結果

肺損傷により,酸素化能は著明に低下した。同一換気量に対する最高気道内圧,プラトー圧,平均気道内圧は増加した。FRC,肺コンプライアンスは著明に減少し,気道抵抗は著明に増加した。

損傷前のP-V曲線にはヒステリシスがみられず,吸気と呼気の曲線が重なった。対照的に,損傷後および摘出後のP-V曲線はいずれもヒステリシスがみられ,同一PでのVは呼気の方が吸気より大きかった。

摘出後肺のP-V曲線から,NPVモデルに基づき,Nの動態を評価した。P-N曲線をみると,吸気においてはLIP以降連続的にNの増加が吸気終末までみられ,呼気においてはPの低下に伴い連続的にNの減少がみられた。また,V-N曲線をみると,吸気ではVの増加に伴い直線的にNの増加がみられ,呼気ではVの低下に伴いNの減少がみられた。

摘出後肺の画像解析にてP-L1曲線,P-L2曲線,L1-L2曲線を得た。P-L2曲線,P-L1曲線はそれぞれ吸気ではL2の増加,L1の減少が,呼気ではL2の減少,L1の増加がみられた。

摘出後肺について,NPVモデルから得られた結果と画像データの解析から得られた結果を比較した。含気部の大きさL2はVに対応し,非含気部の大きさL1はその減少分invL1(L1の正負を反転したもの)がNに対応すると考えられた。そこでP-V曲線とP-L2曲線,P-N曲線とP- invL1曲線,V-N曲線とL2- invL1曲線を比較した。VおよびL2,NおよびinvL1はともに,定性的によく似た動態を示しNPVモデルによるNの評価の妥当性を確認した。

損傷後(胸腔内)肺のP-V曲線およびFRCから,損傷後肺のNの動態を評価した。P-N曲線をみると,摘出肺と同様,吸気ではPの増加とともに,とくにP=10~15cmH2O以上で,Nの増加がみられ,呼気ではPの低下とともにNの減少が連続的にみられた。

損傷後の肺に対して120ml/min,240ml/min,大気開放の3手技の呼気P-V曲線を比較した。3手技とも同様な波形を示し,手技間に有意な差は認めなかった。また,P-N曲線,V-N曲線についても,呼気3手技間による差はみられず同様な波形を示した。

考察

肺胞の状態は多様であり,リクルートメント・ディリクルートメントという現象を正確に定義することは困難である。リクルートメント・ディリクルートメントを定量化しようとするならば,何らかの方法でこの現象を単純化する必要があり,本研究では単純化するための仮定を設け,それに基づきNPVモデルを導入した。f(P)を用いてP-V曲線より含気肺胞数を反映するNを導くことができ,その結果は現在のスタンダードであるCT撮影により得られた知見と矛盾なく,その妥当性を示すことができた。

f(P)について損傷前のP-V曲線への適合は良好であったが,臨床適用を考えたとき,すべての個体に共通のパラメータをみいだせるかは重要な点となる。しかし臨床応用では肺損傷前のデータは得られないことから,各個体のf(P)を他の方法で求める必要がある。

今回の研究では肺障害モデルの作成で気管支肺胞洗浄法後に侵襲的人工呼吸を行った。しかし気管支肺胞洗浄法による肺障害モデルはオレイン酸による肺障害モデルに比べ,肺胞虚脱部位が気道内圧の上昇により開放されやすいとの報告もある。肺障害モデルについて,オレイン酸と気管支肺胞洗浄法を比較した研究ではP-V曲線で肺障害モデルの間に差がないとされ,換気力学的には大きな差異がないとする報告があるが,今回の結果を肺障害モデルの影響を考慮に入れたさらなる検討が必要と考えられる。

本研究ではウサギの肺損傷モデルを用いたが,ウサギのf(P)の立ち上がりが早く肺損傷前ではP=10cmH2O周囲でプラトーに達した。そのため肺損傷後のリクルートメントの多くは,肺胞拡張の圧依存性を失ったところで生じていた。種によりf(P)が異なる可能性はあると考え,この差がリクルートメントの動態にいかに影響を与えるかは今後の検討課題である。

換気中の肺をビデオにて撮影し,非含気部・含気部の動態を調べるという手法には,多くの不確定要素が入り込む余地があるが,たとえば,他の方法の検証として使用することは可能であると考える。NPVモデルによるP-V曲線解析の結果と画像解析の結果が矛盾しないことは,両解析法の妥当性を同時に示せたと考える。

結論

本研究で導入したNPVモデルに基づき,ウサギ損傷肺のP-V曲線から,含気肺胞数を反映するNを導いた。モデルに基づく解析の結果は,画像解析を通して検証された。ALI/ARDSの人工呼吸管理において,ベッドサイドで得られる情報から肺のリクルートメント・ディリクルートメントを連続的かつ定量的に評価できることが示された。また,静的および動的に取得した呼気P-V曲線を比較した結果,両者の特性に大きな差異がないことを確認できた。静的条件で得た情報を,人工呼吸管理にそのままフィードバックできることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は肺損傷における人工呼吸中の肺胞リクルートメントとディリクルートメントを静的条件で得られる圧-量曲線(P-V曲線)から連続的かつ定量的に評価すること,また,静的条件および動的条件で得られたP-V曲線の差異を検討することを目的に,気管支肺胞洗浄法によるウサギ肺損傷モデルを用いて検証を行い,下記の結果を得ている。

1.肺胞の弾性特性(f(P))を求め人工呼吸器から得られるP-V曲線のデータをあてはめ,リクルートメントとディリクルートメントの指標であるNを求められることを示した。これをNPVモデルと称し,このモデルを用いることで1呼吸周期のリクルートメントとディリクルートメントの動態を連続かつ定量的評価が可能であることを示した。

2.上記結果で得られたNの経時的変化に対して微分を行うことで,1呼吸周期の中でのリクルートメントとディリクルートメントの生じやすい領域をモニタリングできることを示した。このことは臨床的な点からみると,非侵襲的に患者の個別性を考慮に入れた評価がおこなえ,それに基づき人工呼吸器の設定への応用ができることを示した。

3.P-V曲線の呼気側波形について,静的条件と動的条件での計測において両者に差異が認められないことが明らかになった。呼気の容量変化については肺胞の圧依存特性による収縮とディリクルートメントの両者に寄与されているが,両現象の時間スケールが小さいことが示された。このことは,静的条件で得られた情報を動的条件で行われる人工呼吸管理にそのままフィードバクできることを示し,今回得られた知見が臨床的に用いやすいことを提示した。

以上,本論文は気管支肺胞洗浄法によるウサギ肺損傷モデルにおいて,人工呼吸器から得られる圧-量曲線のデータから肺胞リクルートメントとディリクルートメントの指標をモニタリングできることを示した。本研究はこれまで困難であった評価方法を可能にする新しい知見を示しており,学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51474