No | 127097 | |
著者(漢字) | 江藤,ひとみ | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | エトウ,ヒトミ | |
標題(和) | 脂肪組織の再構築メカニズムに関する研究 : 脂肪幹細胞の活性化を誘導する創傷関連因子を用いた血管新生治療の開発 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127097 | |
報告番号 | 甲27097 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3707号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 脂肪組織は血管に富み、脂肪細胞のみならず、毛細血管を構成する血管内皮細胞(vascular endothelial cells)(以下EC)や周細胞、脂肪間質細胞などが数多く存在する[1,2]。すべての脂肪細胞は毛細血管と直接接して栄養を受けており、脂肪細胞の増生には必ず毛細血管新生を伴うことが知られている。脂肪細胞以外の細胞は、脂肪組織を酵素処理することにより間質血管細胞群(stromal vascular fraction)として分離することができ、脂肪幹細胞(adipose-derived stem/stromal cells) (以下ASC)と呼ばれる多能性細胞が含まれる[3]。 ASCは生理的には脂肪組織特有の組織前駆細胞として、脂肪組織の成長やターンオーバーに関与し恒常性維持に貢献するとともに、傷害に伴う組織修復も担うと考えられている。我々は以前に、マウス鼠径脂肪組織の虚血再灌流傷害モデルを作成し、一連の創傷治癒過程の中でASCが選択的に増殖して脂肪組織の線維化を抑制し、組織再構築にむけて重要な役割を果たすことを示した [4]。 またASCは血管内皮に分化し得ることが複数の研究で確認され血管新生に直接寄与することが示唆されているが、その分化効率は悪く、未だにASCを血管内皮細胞に分化させる効率的な誘導法は確立されていない [5-7]。一方でASCは、低酸素状態や表皮増殖因子(epidermal growth factor)(以下EGF)・塩基性線維芽細胞増殖因子(basic fibroblast growth factor)(以下bFGF)刺激により肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor)(以下HGF)、血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor)(以下VEGF)、間質細胞由来因子-1(stromal cell derived factor-1)(以下SDF-1)などの血管新生因子を分泌することが明らかになっている [8,9]。このように血管新生効果を期待できることから、ASCは虚血部位に対する血管再生を目的とした細胞治療へ応用され、前臨床研究も報告されている。 さて、組織傷害後の創傷治癒過程は順に凝固期、炎症期、増殖期、再構築期に分類される。その過程では、死細胞も含めた様々な種類の細胞や細胞外基質から分泌された多種多様な液性因子が複雑にネットワークを形成し、組織再構築へ向けて治癒工程を進めていく[10]。当研究室では以前、外科手術後に皮下脂肪組織に挿入されたドレーンからの排液を調べ、そこに高濃度に含まれる液性因子が経時的に変化していることを確認した [11]。傷害後早期(凝固期;受傷後1日以内)に検出される因子はEGF、bFGF、血小板由来増殖因子(platelet-derived growth factor)(以下PDGF)、形質転換増殖因子β(transforming growth factor-β)(以下TGF-β)であり、我々はこれらの因子がその後の創傷治癒反応をもたらすトリガーになると考えた。さらにこれらの因子を投与することで、実際には損傷のない部位にも疑似的な傷害環境を再現でき、治癒過程と同じ細胞応答をもたらすのではないかと仮定した。この仮説に基づき、傷害後早期に放出されるこれら4つの増殖因子をドレーン排液と同じ濃度配分(すべてドレーン排液の10倍濃度)で調整混合し、投与することで脂肪組織に生じる細胞イベントを検討した。増殖因子の混合物は、脂肪組織創傷関連因子カクテル(adipose injury cocktail)(以下AIC)と名付けた。 まず、脂肪組織の主要な構成成分であるASCと血管内皮細胞(EC)に対するAICの影響を検討するため、培養細胞を用いて以下の実験を行った。 1)増殖。AICの添加により、ASCおよびECは著明な細胞数増加を示し、5-Bromo-2-deoxyuridine(以下BrdU)を取り込んだ増殖細胞の割合が増した。AICから増殖因子を1種類ずつ除いても、ASCへの増殖促進効果は維持され、増殖因子間の相補的作用が示された。 2)遊走能。比較のためにVEGFも用いた。ASCの遊走能はAICによって著明に促進されたが、VEGFの影響は受けなかった。一方ECの遊走能はVEGFによって促進されるも、AICによる有意な促進効果はみられなかった。AICから増殖因子を1種類ずつ除いた実験では、EGFおよびPDGFがASCの遊走能促進に強く関与することが示された。 3)間葉系分化能。AICによりASCの脂肪細胞への分化傾向が促進され、骨・軟骨系統への分化傾向が抑えられた。 4)血管構造形成能。マトリゲル上でのネットワーク形成能を評価した。コントロールASCはほとんどネットワークを呈さず、VEGF投与でも影響を認めなかったが、AICで前処置を施したASCは複雑なネットワークを形成した。ECはAICの有無に関わらず同等のネットワーク構造を示した。AICから1種類または2種類の増殖因子を除いた実験では、bFGFが最も強い促進効果を持つことが判明した。マトリゲル上に形成されたASCの血管構造は、内皮マーカーであるイソレクチンおよびvon Willebrand因子(以下vWF)陽性であったことから、AICがASCの血管内皮細胞への分化をもたらすことが示唆された。 以上のin vitroの実験から、AICはASC、ECの増殖を促進し、ASCを選択的に遊走させ、ASCの血管内皮細胞、脂肪細胞への分化傾向を高め、他系統(骨、軟骨)への分化傾向を抑えることが示された。このようなASCの応答反応は、血管新生および脂肪新生による脂肪組織再構築という目的によく適合していると考えられる。つまり傷害脂肪組織では早期に組織内に放出された液性因子群によりASCが活性化し、組織再構築に積極的に関与することが示唆された。またVEGFはASCの活性化に必須ではなく、むしろASCがbFGFやEGFに呼応してVEGF、HGFを分泌する報告や、ドレーン排液解析でもVEGF、HGFは遅れて検出されることを考慮すると、治癒過程の初期ではなく進行とともに重要性を増す因子と考えられた。 以上の結果をもとに、創傷治癒反応のトリガーとなるAICを生体脂肪組織に局所投与して組織中に局在するASCを刺激することで、血管新生や脂肪新生を惹起できるのではないかと考えた。そこで3パターンの異なる酸素化状態にあるマウス鼠径脂肪にAICを局所投与する実験を行った。 1)正常脂肪組織。組織酸素分圧(partial pressure of oxygen)(以下pO2)は61.4±1.0mmHg(n=134)。AIC投与後、組織学的には血管密度の有意な増加を認めたが、pO2に著明な変化は認めなかった。おそらく治療前から動脈血酸素分圧によって規定される上限酸素分圧値を示しているためと考えられる。 2)急性虚血脂肪組織。栄養血管を外科的に結紮すると、直後のpO2は18.1±1.0mmHg(n=64)となった。AIC投与により血管密度は著明に増加し、コントロール(対側鼠径脂肪組織)と比較して早期のpO2回復を認めた。リアルタイムPCR解析では組織のCD34mRNA発現が増えてASCの増加が示唆され、その後CD31、Flk-1という内皮マーカーのmRNA発現が増加した。また急性虚血誘導によりコントロールでは著明な線維化を生じたが、AIC投与群では抑制された。 3)糖尿病脂肪組織。糖尿病個体の脂肪組織は慢性的に虚血状態にあり、pO2は45.5±1.5mmHg(n=36)であった。AIC投与後、血管密度増加とpO2上昇が4週の実験期間を通して認められた。フローサイトメトリー解析ではAIC投与群でBrdU+増殖細胞が増加し、うち53%がCD34+/CD31-細胞(ASC)、32%がCD31+細胞(EC)だった。また脂肪新生を示唆するペリリピン陽性小型脂肪細胞の増加を認め、その周囲には毛細血管の増生が観察された。 このように、虚血脂肪組織へのAIC局所投与によりASCを主とする細胞増殖を認め、線維化が抑制され、血管新生および脂肪新生所見を呈し、組織pO2が上昇した。 以上の結果から、AICは組織に局在するASCを主に活性化し、虚血脂肪組織に血管新生と脂肪新生を生じ、適切な組織再構築と酸素分圧改善をもたらすことが示された。ゆえに、AICの脂肪組織に対する血管新生治療ツールとしての有用性が示唆され、難治性潰瘍などに臨床応用できると考えられた。 AICを利用した血管新生治療の利点として、非細胞治療であるため簡便で非侵襲的であること、組織反応を惹起するトリガーであるため単回投与で効果が期待できることが挙げられる。また活性化した血小板はEGF、PDGF、TGF-βを放出することから、治療対象患者の末梢血から多血小板血漿を調整しbFGF製剤を組み合わせることで、AICを低コストにて作成できると考えられるが、濃度や調整方法などの検討が必要である。 一方で、治療への応用を考えるにあたり検討課題も残っている。急性損傷を伴う部位では自然応答として創傷関連因子が放出されていると考えられ、AICのさらなる外的投与がいかなる効果をもたらすかは不明である。またAICによる効果は局在ASCの活性化によってもたらされると考えられるため、放射線治療後などASCの変性や欠如が予想される部位には治療効果が期待できない。このような症例ではASC細胞治療との併用やASC投与前の前処置としてのAIC使用が適切と考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は皮下脂肪組織の傷害後に放出される創傷関連因子が脂肪組織にもたらす影響を多角的に評価したもので、下記の結果を得ている。 1.脂肪組織の傷害後早期に組織内で高濃度に検出される4つの増殖因子(bFGF, PDGF, EGF, TGF-β)を検出値と同じ濃度配分で混合して創傷関連因子カクテル(Adipose injury cocktail; AIC)を作成し、培養脂肪幹細胞(ASCs)に投与すると、ASCsの増殖、遊走、血管新生能が促進され、脂肪細胞および血管内皮細胞への分化傾向を高めることが示された。AICは血管内皮細胞よりも主にASCsに変化をもたらし、また各増殖因子はASCsに対してそれぞれ異なる影響を持つことも判明した。ASCsの血管内皮分化誘導法は未確立であるが、AICはそのプロトコール作成に向けて大きな手掛かりになると考えられた。 2.マウス皮下脂肪組織へのAIC投与により、血管密度が増加した。外科的に作成した急性虚血脂肪組織へAICを投与することで、組織酸素分圧の早期回復が得られ、組織の線維化が抑えられた。さらに糖尿病脂肪組織へのAIC投与により、ASCsと血管内皮細胞が増殖し、新生脂肪細胞が多く出現し、慢性的に虚血状態にある糖尿病脂肪組織に酸素分圧上昇がもたらされることを示した。AIC投与が、虚血脂肪組織や糖尿病脂肪組織に血管新生と脂肪新生をもたらし、組織の酸素化を改善することが示された。 以上の結果から、創傷関連因子の組み合わせ(AIC)は、脂肪組織に対する有用な血管新生治療ツールとなり得ることが示唆され、難治性潰瘍などへの臨床応用が可能と考えられた。 脂肪組織の創傷治癒・再構築におけるASCsの役割解明や、血管新生を目的とした増殖因子治療および細胞移植治療の開発・確立にむけて、本論文は重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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