学位論文要旨



No 127098
著者(漢字) 甲斐,浩通
著者(英字)
著者(カナ) カイ,ヒロミチ
標題(和) 腫瘍免疫におけるβ7インテグリンの関与
標題(洋)
報告番号 127098
報告番号 甲27098
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3708号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 講師 多田,敬一郎
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 特任准教授 藤田,英雄
内容要旨 要旨を表示する

リンパ球の体内循環は生体内での免疫応答に極めて重要である。骨髄や胸腺等の一次リンパ組織で産生されたナイーブなリンパ球は血中に移行し、脾臓や末梢リンパ節などの二次リンパ組織を循環する。その後ナイーブなリンパ球の一部は脾臓や末梢リンパ節などにおいて抗原提示を受けて主としてエフェクター細胞となり、皮膚、肺、腸管などの末梢組織へと移行し、免疫を司る。また、生体内においてある特定の抗原に対する抗原特異的リンパ球はごく少数しか存在しないが、このリンパ球の循環により抗原との反応が能率よく行われる。このようにリンパ球が生体内を移動するために重要な働きを担っているものとして細胞接着分子が知られている。

細胞接着分子とは細胞表面に存在して細胞同士、あるいは細胞と細胞外基質との接着に関与する分子群の総称であり、これらのリガンドは限られた組織のみに発現している場合が多い。細胞接着分子の一つであるインテグリンファミリーは、αサブユニットとβサブユニットからなるヘテロ二量体構造をもつ膜蛋白質である。これらのα鎖とβ鎖は特定の組み合わせからなり、β7 integrinはα4鎖もしくはαE鎖とのみヘテロダイマーを形成する。α4β7 integrinは大部分のリンパ球、好酸球、肥満細胞等、幅広く血球細胞に発現する。リガンドとしてはmucosal addressin cell adhesion molecule-1 (MAdCAM-1)、vascular cell adhesion molecule-1 (VCAM-1)、fibronectinが知られている。VCAM-1は炎症などにより活性化した血管内皮細胞に発現しており、α4β7 integrinに加えてα4β1 integrinにも結合する。α4β7 integrinはMAdCAM-1と結合することにより、主にリンパ球のパイエル板や腸管膜リンパ節への移行を司る。一方、αEβ7 integrinは皮膚や腸管などにおける上皮細胞間リンパ球 (intraepithelial lymphocyte: IEL)など一部のリンパ球や樹状細胞に発現している。

β7 integrinの皮膚免疫への関与に関してはいくつかの検討が行われている。マウスのアレルギー性接触皮膚炎モデルでは、β7 integrin(-/-)マウスの接触皮膚炎が減弱されたという報告もあり、β7 integrinが皮膚免疫に関与する可能性が示唆されている。

悪性黒色腫は皮膚、眼窩内組織、口腔粘膜上皮などに発生するメラノサイト由来の悪性腫瘍である。外科的切除が治療の原則であるが、進行期に対する治療は困難であり、化学療法や放射線療法の効果も限定的である。

悪性黒色腫に対する免疫応答が生じるためには炎症細胞が腫瘍局所へと浸潤する必要がある。これら炎症細胞は免疫を促進し抗腫瘍効果を持つ群と、逆に抑制的に働く群との両者が混在している。これら様々な炎症細胞の浸潤は細胞接着分子やケモカインなどによって高度に制御されている。

マウスのメラノーマに対する腫瘍免疫は、一般的に以下のような機序によりおこると考えられている。腫瘍免疫の中心と考えられるリンパ球が、血管内から遊走し腫瘍局所へと浸潤するには、(1)捕捉/ローリング、(2)活性化、(3)固着、(4)血管外へ遊走といった一連の過程を要し、この過程で白血球や血管内皮細胞に発現する細胞接着分子が重要な働きを担っている。このうち、リンパ球の固着はケモカインによりintegrinファミリーが活性化されること、また炎症により血管内皮細胞におけるintegrinファミリーに対するリガンドの発現が上昇することによって起こると考えられている。。

悪性黒色腫における皮膚の腫瘍塊を栄養する血管にはintegrinファミリーに対するリガンドが発現している。これらには先ほど述べたVCAM-1やlymphocyte function-associated antigen-1 (LFA-1)やmacrophage-1 antigen (Mac-1)などをリガンドとするintercellular adhesion molecule-1 (ICAM-1)が知られている。しかしながら、悪性黒色腫などの皮膚腫瘍局所への炎症細胞浸潤にどの細胞接着分子がどのように関わっているかは未だ明らかではない。そこで今回我々は、白血球の血管内皮へのローリングと固着を司るβ7 integrinが如何に腫瘍病変への細胞浸潤を制御するか、またそれがどのように腫瘍病変に影響を与えるかについて、β7 integrin(-/-)マウスにマウスメラノーマ細胞を接種することで解析することにした。

マウスメラノーマ細胞を用いマウス耳部に皮下注射することで腫瘍形成の実験を行ったところ、β7 integrin(-/-)マウスでは野生型マウスに比較して、耳部皮下において腫瘍形成の遅延がみられた。

腫瘍部位でどのような免疫反応が起こっているかを調べるために、免疫染色を用いて腫瘍部位における免疫細胞の種類および数を評価したところ、β7 integrin(-/-)マウスでは野生型マウスに比較し、単位面積あたりのCD4+ T細胞の数の増加が認められた。このことから、β7 integrin(-/-)マウスでの腫瘍形成の遅延にはCD4+ T細胞の増加が関与している可能性が示唆された。

次に腫瘍部位におけるサイトカインおよび、細胞接着分子の発現をquantative real-time PCRで検討したところ、β7 integrin(-/-)マウスの腫瘍部では、Th1系のサイトカインであるIFNγおよび、細胞接着分子であるICAM-1, VCAM-1の上昇を認めた。また、野生型マウスとβ7 integrin(-/-)マウスの正常な耳部におけるICAM-1, VCAM-1の発現では、両者に統計学的に有意な差は見られなかった。

そこで、ICAM-1およびVCAM-1に対する中和抗体を用いて、β7 integrin(-/-)マウスにおける腫瘍免疫での細胞接着分子の役割を検討した。その結果、β7 integrin(-/-)マウスに抗ICAM-1抗体を静注後、耳部にマウスメラノーマ細胞を皮下注射した場合には、control抗体および抗VCAM-1抗体を静注した場合と比較し、有意にマウス耳部での腫瘍形成の促進がみられた。一方、抗VCAM-1抗体の場合には、control抗体と比較し、腫瘍形成の促進はみられなかった。ICAM-1は、β7 integrinとは別の細胞接着に関与しており、これらの細胞接着分子がともに失われてしまうと、腫瘍形成の促進がひきおこされると考えられた。一方、VCAM-1はα4β7 integrinの受容体であり、β7 integrin(-/-)マウスでは腫瘍免疫に関与できていないと考えられた。

以上のことから、β7 integrin(-/-)マウスでは腫瘍部位でICAM-1といった細胞接着分子の発現が増強することで、炎症細胞が浸潤しやすくなり、CD4+ T細胞が増加し、IFNγといったTh1系のサイトカインの産生が促進される結果、腫瘍形成の遅延が起こると考えられた。

β7 integrinが腫瘍免疫に重要な役割を果たしていることが分かった。β7 integrinを抑制とすることで、悪性黒色腫の腫瘍抑制につながる可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では腫瘍免疫において重要な役割を演じていると考えられる細胞接着分子の関与を検討している。白血球の血管内皮へのローリングと固着を司るβ7 integrinが如何に腫瘍病変への細胞浸潤を制御するか、またそれがどのように腫瘍病変に影響を与えるかについて、β7 integrin(-/-)マウスにB16マウスメラノーマ細胞を接種することで解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. β7 integrin(-/-)マウスの耳にB16マウスメラノーマ細胞を皮下注射したところ野生型マウスに比較して、腫瘍形成の遅延がみられた。

2. 上記の腫瘍部位における免疫細胞の種類および数に関して免疫染色を用いて評価したところ、野生型マウスに比較し、β7 integrin(-/-)マウスでは単位面積あたりのCD4+ T細胞数の増加が認められた 。

3. 腫瘍部位におけるサイトカインおよび、細胞接着分子の発現をquantitative real-time PCRで検討したところ、β7 integrin(-/-)マウスの腫瘍部では、有意にIFNγ, CXCL9, CCL5といったTh1系のサイトカインの発現が増加していた。更に、細胞接着分子であるICAM-1, VCAM-1の上昇がみられた 。また、野生型マウスとβ7 integrin(-/-)マウスの正常な耳部におけるICAM-1, VCAM-1の発現では、両者に統計学的に有意な差は見られなかった。

4. β7 integrin(-/-)マウスに抗ICAM-1抗体を静注後、耳部にB16マウスメラノーマ細胞を皮下注射した場合には、control抗体と比較し、有意にマウス耳部での腫瘍形成の促進がみられた。一方、抗VCAM-1抗体の場合には、control抗体と比較し、腫瘍形成の促進はみられなかった。以上から、β7 integrin(-/-)マウスでは腫瘍部位でICAM-1といった細胞接着分子の発現が増強することで、炎症細胞が浸潤しやすくなり、CD4+ T細胞が増加し、IFNγといったTh1系のサイトカインの産生が促進される結果、腫瘍形成の遅延が起こると考えられた。

5. β7 integrinの腫瘍免疫への関与が皮膚の局所のみならず、遠隔転移においても重要であるのかを検討するために、野生型マウス、β7 integrin(-/-)マウスにB16マウスメラノーマ細胞を尾静脈より静注し、肺への血行性転移評価を行った。肺では肉眼的には明らかな腫瘍転移数の差異はみられなかった。

6. In vitroの実験として、β7 integrin(-/-)マウスリンパ球のB16マウスメラノーマに対する細胞傷害活性を測定するために、cytotoxicity assayを行ったところ野生型マウスと比較し有意な差を認めなかった。このことから、β7 integrin(-/-)マウスの血球細胞自体の抗腫瘍効果は野生型と差はないと考えられた。

以上、本論文は B16マウスメラノーマ細胞に対する腫瘍免疫において、細胞接着分子であるβ7 integrinが重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究はβ7 integrinを抑制することが悪性黒色腫の腫瘍抑制につながる可能性を示すものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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