学位論文要旨



No 127100
著者(漢字) 金澤,三四朗
著者(英字)
著者(カナ) カナザワ,サンシロウ
標題(和) 軟骨再生医療の細胞源となる弾性(耳介)軟骨細胞におけるGFAPの発現と生物学的機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 127100
報告番号 甲27100
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3710号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 講師 西條,英人
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 講師 古村,眞
内容要旨 要旨を表示する

目的

顎顔面における先天性形態形成異常や悪性腫瘍切除後の顎顔面欠損に対しては、これまで、自家組織移植による組織修復・再建が行われきた。近年、自家組織移植の代替として、自家細胞を用いた再生組織移植が脚光を浴び、臨床への導入とその早期普及が期待されている。その中でも軟骨再生医療は比較的臨床応用が進んでいる。自家軟骨細胞を用いた軟骨再生医療はおもに、(1)患者からの軟骨採取、(2)軟骨細胞の単離と培養、(3)培養軟骨細胞の回収あるいは再生軟骨の作製、(4)患者への移植、の4つのプロセスからなる。特に2番目の軟骨細胞の単離と培養は、再生医療に特徴的な作業で、再生医療製品の製造の本質的な部分であり、最も厳密な品質管理を求められる工程でもある。

著者が所属する研究室ではこれまでの再生軟骨の品質管理の研究から、グリア線維性酸性タンパク Glial Fibrillar Acid Protein (GFAP)が、軟骨再生医療の有用な細胞源となる耳介軟骨由来の培養軟骨細胞にも特異的に発現し、継代培養に伴い徐々に遺伝子発現量、タンパク含有量が減少してゆくことを明らかにし、耳介軟骨細胞を用いる軟骨再生医療製品の品質管理に有用であることを示した。

GFAPは、元来、アストロサイトやシュワン細胞などのグリア細胞に特異的に局在するものと認識されている。このようなGFAPが耳介軟骨細胞においても発現している生物学的意義は全く検討されていない。また、培養耳介軟骨細胞におけるGFAPが培養時における細胞の基質産生を示す指標として使用できることの合理性も明らかにされていない。本研究の目的は、GFAPの耳介軟骨細胞における分子生物学的機能を明らかにし、GFAPが培養耳介軟骨細胞における基質産生の指標となることの合理性を検証することにより、軟骨再生医療における再生軟骨の品質管理に有用な情報を提供することである。

方法

ヒト耳介由来軟骨細胞の第3継代および第8継代(以降P3、P8)、あるいは野生型およびGFAP遺伝子欠損マウス由来耳介軟骨細胞P3、P8を用いて、GFAPの細胞内局在の観察、軟骨細胞の増殖・接着・遊走能の評価、メカニカルストレスに対する作用の評価、核形態計測および評価、細胞の多核化の評価、核のエピジェネティック制御に関する評価、を行った。

結果

軟骨細胞の増殖能、接着能、遊走能に関しては、ヒトまたはマウスの細胞において、GFAP発現の増減による明らかな差異はなかった。一方、野生型およびGFAP遺伝子欠損型マウスP3細胞を用いて機械刺激として伸展刺激を加えた際の反応を評価したところ、刺激後の細胞接着率は野生型に対してGFAP遺伝子欠損型で著しい低下を認めた。GFAPは細胞の伸展刺激に対する反応に何らかの役割を果たすことが示唆された。

核形態の解析では、ヒト耳介軟骨細胞においてP3細胞に対し、P8細胞では形状はより扁平化し、野生型およびGFAP遺伝子欠損マウスの細胞でも、GFAP遺伝子欠損型細胞は核が顕著に扁平化することが明らかとなった。また、これらの現象がGFAPの機能によるものであることを検証するために、P8のGFAP遺伝子欠損型細胞にGFAP遺伝子を発現するアデノウイルスベクターを導入し、核形態の変化を組織学的および形態計測的に確認した。導入された細胞は、P8のGFAP遺伝子欠損型細胞と比較して核は小さく、球状を呈していた。形態計測的に核の直径と高さを評価したところ、明らかな形態の変化が認められた。この結果から、GFAPが核形態の維持に重要な役割を果たすことが確認された。

さらに、細胞の多核化を評価したところ、P3において、GFAP遺伝子欠損型細胞は多核化した細胞数が増加している傾向があったが、P8ではさらに顕著で、GFAP遺伝子欠損型細胞は明らかな多核細胞の増加が認められた。この結果から、GFAPが継代培養における正確な細胞分裂に重要な役割を果たすことが示唆された。

最後に、GFAPの発現減少に伴う核形態変化が、核にどのような質的影響をもたらすかということを検索するため、H3K9me3およびH3K9me3を用いてヒストン修飾、特にメチル化状態を蛍光免疫染色により検索した。メチル化H3K4は、P3細胞の野生型細胞では瀰漫性に局在するに対し、GFAP遺伝子欠損型では局在が減少し、局所に集族する傾向を示した。特に、メチル化H3K9は野生型細胞とは異なりGFAP遺伝子欠損型では核内に斑状に集積することが明らかとなり、GFAP欠損型細胞の扁平化した核では概して転写が低調であることが示唆された。これらの結果から、GFAPの遺伝子欠損による核形態変化が核のエピジェネティックな変化を惹起することが示唆された。

考察

中間径線維は、細胞の基本形状、すなわち動的な変化の少ない基本構造の構築を担っている。曲げ応力の負荷の大きい耳介軟骨由来の軟骨細胞においても中間径線維が細胞の基本構造の維持に重要な役割を果たしているものと予想された。本研究においては、細胞の移動、接着など、動的な細胞形態の変化が大きく関わってくる細胞接着、細胞遊走などでは、GFAP発現の増減による表現型変化は観察しにくく、むしろ、細胞の動的変化よりも、細胞の基本構造に関する表現型である核の形態、核数、あるいは、細胞基本構造に対する力学刺激への反応性などに、表現型の変化が観察された。

GFAPが減弱した軟骨細胞あるいは欠失した細胞における核扁平化は、細胞内におけるGFAP量の減少が核周囲の細胞骨格の構造に影響を及ぼすことによって生じる変化と推察される。GFAPが耳介軟骨細胞の細胞内において、核周囲に密に局在する所見からも、核の形態や構造に深く関与していることが示唆される。継代培養に伴うGFAP量の減少は、細胞が平面培養ではきわめて人工的な環境におかれ、さらに継代培養では長期にわたりそのような非生理的環境に暴露されることに起因すると考えられる。非生理的環境への暴露によるストレス、たとえば平面培養における過剰増殖刺激は、p16(INK4a)などの老化シグナルを増強させる可能性があると思われる。p16(INK4a)はc-junの活性化を抑制し、AP-1における転写活性を阻害することが知られている。AP-1は主要なGFAPの転写制御装置であるため、継代培養に伴う細胞老化シグナルを介してGFAPの転写が抑制され、最終的には核形態や構造に変化が生じるのかもしれない。GFAPの欠失により生じた表現型のひとつに細胞の多核化があった。GFAP遺伝子欠損細胞における多核化細胞の増加も、GFAPの核形態の維持の障害の一所見と捉えることができるのかもしれない。

耳介軟骨細胞のGFAP量と基質産生能とが関連機序については確証的な所見は得られていないが、本研究における核形態変化とエピジェネティック制御に関する所見は相関のメカニズムを示唆するものと思われる。本研究の所見では、GFAPの欠失に伴い、ヒストンタンパクH3K4ならびにH3K9のメチル化状態が変化し、ヘテロクロマチンが増加し転写活性が概して低調になり、核の扁平化に加えて、核機能の質的な変化も生じていることが示唆された。それによりヒストンによる遺伝子転写調節機構が変化し、基質産生に関わる遺伝子の転写活性が制御され、細胞の基質産生能が低下すると推察された。

以上のことから、培養耳介軟骨細胞においてGFAPは、細胞の生存や機能発現に必須な核の形態や機能の保持に重要な役割を担っていることが明らかとなった。現在、著者が所属する研究室では、GFAPを培養耳介軟骨細胞の品質管理の指標として使用している。すなわち、培養上清に含まれるGFAPタンパク含有量を計測し、移植する細胞の基質産生能を移植前に評価する指標として使用している。この指標の増減は、軟骨細胞単離時の細胞純度や継代培養の継代数などに依存することが知られている。上述のごとく、GFAPは耳介軟骨細胞に特異的に発現し、機械的な応力への抵抗性を確保する機能を担うため、周囲の軟骨膜由来の線維芽細胞などの混入によってGFAP量に変化が生じることは容易に納得できる。また、継代数の増加によってGFAP量減少や核形態の変化が起こり、相関して継代数の増加により軟骨細胞の基質産生能も減少するため、細胞の基質産生能の評価指標として使用可能であることは十分に理解できる。したがって、GFAPを培養耳介軟骨細胞における基質産生能の指標として用いることは合理的であり、このような科学的な根拠を有する評価指標を用いて、品質管理を行うことは、安全で確実な再生軟骨を患者に提供する上で有意義なことと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

目的

私が所属する研究室では現在、形や硬さのあるインプラント型再生軟骨の臨床応用に向けた研究を行っている。この再生軟骨の作製方法は、患者からの軟骨採取、軟骨細胞の単離と培養、培養軟骨細胞の回収と足場素材への投与、患者への移植、の4つの過程からなる。このうち、軟骨細胞の単離と培養は、品質管理上重要で、もし、少数の軟骨細胞が過増殖し、基質産生の低下、いわゆる脱分化が進行したり、単離において、線維芽細胞などの異物細胞が混入すると、再生軟骨の不良や変形を来たし、患者への健康被害につながる。しかし、培養軟骨細胞の特性を適切に評価する方法は未確立であるため培養軟骨細胞の過増殖に伴い著しく変化し、かつ、軟骨細胞に特異的に発現しているマーカーを確立する必要がある。そこで、われわれのグループでは培養軟骨細胞の品質管理指標の選定を行った。耳介軟骨細胞において、再生医療の最適増殖数である1000倍増相当の第3継代、P3および過増殖した1億倍増相当の第8継代、P8の網羅的な遺伝子解析を行い、P3で高発現する遺伝子としてグリア線維性酸性蛋白質(GFAP)に着眼した。各種培養細胞でGFAPの発現を検索したところ、GFAPは耳介軟骨細胞とアストロサイトで発現していたのに対し、それ以外の、線維芽細胞などを含めほとんどの細胞で発現が見られなかった。そのため、GFAPは培養耳介軟骨細胞の品質管理指標となると思われた。

従来GFAPは、アストロサイトやシュワン細胞など、グリア系細胞の細胞骨格である中間径線維として知られており、機能としては、脳や神経の損傷で発現が増加し、神経修復に役割を果たすと考えられている。しかし、GFAPが耳介軟骨細胞においても発現している生物学的意義は全く検討されておらず、また、培養耳介軟骨細胞におけるGFAPが培養時における細胞の指標として使用できることの合理性も明らかにされていない。従って、本研究の目的はGFAPの耳介軟骨細胞における分子生物学的機能及び役割を明らかにし、GFAPが培養耳介軟骨細胞における品質管理指標となることの合理性を検証することにより、軟骨再生医療における再生軟骨の品質管理に有用な情報を提供することである。

方法

研究項目の1番目として、培養耳介軟骨細胞におけるGFAPの発現・局在を評価するとともに、2番目に主な細胞学的評価法として、GFAP発現変化に伴う細胞増殖・接着・遊走の検討を行った。3番目として生体内の耳介軟骨にかかる力学ストレスとして、伸展刺激への反応を検討した。4番目として、代表的な細胞内形態変化である核形態の検討を、5番目として、多核細胞数の検討を行った。最後に核の質的変化としてエピジェネティックスの検討を行った。

実験方法は、ヒト由来耳介軟骨、あるいは野生型またはGFAP遺伝子欠損型のマウス由来耳介軟骨より、軟骨細胞を単離し培養・継代を行った。解析では主に、再生医療における最適増殖数である1000倍増に相当する第3継代、P3、および過増殖により基質産生能が著減する1億倍相当の第8継代、P8を比較検討した。また、mRNAの評価に関しては、realtime RT-PCRを用いて定量した。蛋白質発現に関しては、western-blotting、ELISAおよび免疫蛍光染色を行った。また、細胞の核型解析に関してはFlow cytometry(PI染色)で核の倍数体の検出を行った。遺伝子導入による遺伝子強制発現に関しては、アデノウイルスを用いてGFAP遺伝子を培養耳介軟骨細胞に導入した。細胞学的解析に関して、細胞接着性の検討のためにコラーゲンコートした培養ディッシュ上に細胞を播種し、経時的に接着細胞数の評価を行った。遊走性の検討のために、wound healing assayを行った。具体的にはピペットチップを用いてディッシュ底面の接着細胞を線状に剥離し、剥離面への細胞遊走を経時的に観察した。伸展刺激に対する反応性を検討するために、シリコンチャンバー上に細胞を播種し、手動式にチャンバーを30%伸展し、刺激後の接着細胞数を計測した。

結果

研究項目の1番目として、耳介軟骨細胞におけるGFAPの発現・局在を検討した。ヒトおよびマウス耳介軟骨細胞P3、P8におけるGFAPの蛋白質局在を免疫蛍光染色法で検索した。いずれも、P3細胞において細胞質にGFAPの免疫局在が観察された一方、P8細胞においてGFAPの染色性は減弱傾向を示した。

次に、主な細胞学的評価法として、GFAP発現変化に伴う細胞増殖・接着・遊走を検討した。まず、野生型とGFAP遺伝子欠損型マウス耳介軟骨細胞における細胞増殖能を検索した。野生型、GFAP遺伝子欠損型、いずれにおいてもP8までは増殖能が維持され、差は認められなかった。次いで、細胞接着を比較したところ、野生型細胞とGFAP遺伝子欠損型細胞で接着能に有意な差は認められなかった。また、細胞の遊走への影響を評価するために、ヒト耳介軟骨細胞(P3、P8)においてwound-healing assayを行ったが、継代培養が進み細胞が過増殖しても遊走性への影響は見られなかった。

一方、生体の耳介軟骨には頻回の曲げ応力がかかるため、細胞には伸展刺激がかかると予想される。研究項目の3番目として、GFAP発現と伸展刺激に対する反応との関連性を検討した。ヒト耳介軟骨細胞P3およびP8を用いて、細胞に30%の伸展刺激を加え、刺激前と刺激後の細胞接着の変化を評価した。その結果、P3細胞は4割程度の細胞が剥離し、6割が接着したままであったのに対し、P8細胞の接着は5割にとどまった。両群に有意な差は見られなかったものの、P8細胞では若干の減少傾向が認められた。

さらに、野生型およびGFAP遺伝子欠損型細胞を用いて、同様に検討した。野生型におけるGFAP発現が著しいP3細胞においては、刺激後の細胞接着率はほぼ100%であったのに対し、GFAP遺伝子欠損型では40%程度に低下し、野生型に対して接着能の著しい低下を認めた。しかし、野生型においてもGFAP発現が低下するP8細胞においては、その差は減弱していた。これらの結果から、GFAPは伸展刺激に対する抵抗性の獲得に役割を果たすことが示唆された。

研究項目の4番目として、代表的な細胞内形態変化である核形態の検討を行った。P3細胞に比べP8細胞で、核の直径が増大し、高さが減少したことから、細胞の過増殖に伴って、核が扁平化することが示唆された。さらに、野生型およびGFAP遺伝子欠損型のP3およびP8細胞を用いて核形態を解析した。野生型にくらべGFAP遺伝子欠損で核の扁平化が著明に観察された。この所見を定量化すると、P3細胞ではGFAPの欠損により核が有意に扁平化し、P8でもGFAP欠損により有意なサイズの増加が見られた。

GFAPが核形態の維持に重要な働きをしていることを検証するため、P8の遺伝子欠損型細胞にGFAP遺伝子を導入し、核形態の変化を確認した。遺伝子導入細胞では野生型細胞と同様にGFAPの細胞内局在がみられ、ウェスタンブロッティングでもタンパクの発現が確認された。このような導入細胞では、P8のGFAP遺伝子欠損型細胞と比較して核の直径は小さく、高さが増大し球状を呈していた。この結果から、GFAPが核形態の維持に重要な役割を果たすことが確認された。

GFAPは細胞内、特に核周囲に局在しており、また、分裂期においてリン酸化されるという知見を考慮すると、GFAPが核形態のみならず、核や細胞の分裂にも関与している可能性がある。研究項目の5番目としては、野生型およびGFAP遺伝子欠損型細胞の多核化細胞数を検索した。P3において、GFAP遺伝子欠損細胞は野生型に対して、多核化した細胞数が増加している傾向を認めたが、有意な差は認められなかった。一方、P8においてGFAP遺伝子欠損型細胞は明らかな多核細胞の増加が認められた。この結果についても、アデノウイルスを遺伝子欠損型細胞に導入したところ、多核化は顕著に抑制された。

また、PI染色した細胞をフローサイトメーターで評価し、核の倍数体を定量したところ、P8のGFAP遺伝子欠損型細胞では、P2分画で示される2倍体の割合が増加し、形態学的評価と同様な所見となった。これらの結果から、GFAP欠損により多核化が増加することが示唆された。

最後に、GFAPの発現減少に伴う核形態変化が、核にどのような質的影響をもたらすかということを検索するため、ヒストンのエピジェネティックス制御すなわち、メチル化状態を免疫蛍光染色法により検索した。メチル化H3K4はおもに転写活性が維持されているユークロマチンに、メチル化H3K9は反対に転写活性が低いヘテロクロマチンに局在することが知られている。メチル化H3K4は、野生型、GFAP遺伝子欠損型では瀰漫性に局在するのに対し、メチル化H3K9は野生型とは異なりGFAP遺伝子欠損型では核内に斑状に集積することが明らかになった。またウェスタンブロッティングによる解析でも、H3K9ではGFAP欠損型でメチル化蛋白質の増加を認めた。

考察

これまでの結果をまとめると、GFAPの減少や欠失により、伸展刺激に対する抵抗性が減弱することが示唆された。また、核形態の異常、すなわち核の扁平化や多核化を引き起こすことが示唆された。さらに、核の質的変化に関しては、H3K9のメチル化が増強し、転写活性の低下が推察された。

以上の結果から、耳介軟骨細胞におけるGFAPの生物学的意義を考察すると、培養耳介軟骨細胞におけるGFAPは核形態などの細胞基本構造を保持するとともに、伸展ストレスから細胞を保護する役割を担うことが示唆された。一方、生体内の耳介軟骨には断続的に曲げ応力が加わるため、耳介軟骨細胞には伸展ストレスに対して抵抗性が必要である。従って、耳介軟骨細胞のGFAPは、生体内において細胞生存の維持に不可欠な細胞骨格となっていることが推察される。

GFAP発現減少の機序に関しては、細胞老化に関連があると推測する。細胞が平面培養という非生理的環境に長期にわたり暴露されると、細胞老化シグナルp16(INK4a)などが活性化される可能性がある。p16(INK4a)はc-junの活性を抑制し、AP-1における転写活性を阻害することが知られているが、GFAP転写もAP-1により制御されているため、p16がGFAPの発現抑制に関連している可能性があり、現在、検討を進めている。

品質管理指標としての必要要件とGFAPの生物学的機能を整理すると、必要要件である単離における異種細胞の混入を検出できることに対しては、GFAPが耳介軟骨細胞において特異的な機能を果たしていることが本研究で明らかとなり、線維芽細胞などの他の細胞には発現が見られないことともあいまって、生物学的な裏付けがなされた。また、少量の軟骨細胞の過増殖を検出できることに関しては、継代培養に伴うGFAP発現の減少が、核形態の変化や生存性の低下、エピジェネティックな変化を惹起し、軟骨基質産生を特徴とするような、いわゆる脱分化に関連しているという本研究の所見と合致しており、生物学的に合理的であることが明らかとなった。

結論

耳介軟骨細胞に発現するGFAPは、核形態の維持や伸展ストレスに対する抵抗性を担い、耳介軟骨細胞の生理的機能に重要な役割を果たしていると思われるため、GFAPを培養耳介軟骨細胞の品質管理指標として用いることは合理的であると考えられ、本論文は学位授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51482