学位論文要旨



No 127102
著者(漢字) 川嶋,智彦
著者(英字)
著者(カナ) カワシマ,トモヒコ
標題(和) 尿酸結晶のマウスランゲルハンス細胞に与える影響についての検討
標題(洋)
報告番号 127102
報告番号 甲27102
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3712号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 天野,史郎
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 准教授 國松,聡
 東京大学 講師 浅野,善英
内容要旨 要旨を表示する

尿酸は、痛風の原因物質として知られているが、これは全ての細胞に普遍的に含まれているDNAやRNAといった核酸の最終代謝産物であり、障害細胞やネクローシス・アポトーシス細胞から放出される。細胞外環境下では主にmonosodium urate (MSU) crystalとして存在している。MSUは樹状細胞 (dendritic cells : DC)の成熟を促進し、さらに抗原との同時刺激によりcluster of differentiation 8 (CD8) 陽性T細胞を活性化することが報告されている。そのため、近年MSUは、死細胞や細胞外基質に含まれ樹状細胞を成熟させて免疫システムの活性化を導くdanger signalの1つとして認識されている。

食細胞がMSUによる刺激を受けると、その細胞内受容体であるNACHT, LRR and PYD domains-containing protein 3 (NALP 3)はそのアダプター蛋白であるapoptosis-associated speck-like protein (ASC)を動員し、NALP 3 inflammasomeを形成する。この複合体はcaspase 1 前駆体に結合し、その自己触媒作用によりprocessingを受けて活性型caspase 1 が産生される。活性型caspase 1は細胞質内にあらかじめ貯蔵されているInterleukin-1β (IL-1β)・IL-18前駆体の一部を切断 (プロセッシング) することにより、活性型IL-1β・IL-18が産生され、これらが細胞外へ分泌される。MSUがどのようにNALP 3に認識されDCを活性化するのかについてははっきりとは解明されていないが、DCがMSU結晶を食作用により取り込むことにより、細胞内のリソソーム膜の透過性上昇を通じてリソソームに含まれる蛋白分解酵素であるカテプシンBが細胞質内に放出され、その後未知のメカニズムを介してNALP 3 が活性化されると報告されている。また、MSUは細胞膜を構成しているコレステロールに接着することにより、細胞膜に結合している細胞内免疫受容体におけるチロシン依存性活性化配列構造 (immunoreceptor tyrosine-based activation motifs : ITAMS)にspleen tyrosine kinase (Sykキナーゼ) が動員され、phosphatidylinositol-3 kinase (PI3K)の活性化が起こりそれに引き続きDCが活性化するということも報告されている。

IL-18はIL-1 cytokine superfamilyに属しており、そのmRNAはT 細胞・B 細胞・DC・単球・ケラチノサイトなどに幅広く発現認めている。IL-18合成経路は24kDa precursorの一部が切断されて21kDa proformが形成され、さらにcaspase 1により一部が切断された後に18kDa mature formとなる。細胞側の受容体であるIL-18受容体はα鎖とβ鎖のheterodimerで構成される。α鎖がIL-18の結合、β鎖が細胞内へのシグナル伝達に寄与している。IL-18の作用としては、IL-12存在下にて主にT細胞からのInterferon-gamma (IFN-γ産生に強い誘導効果があることが知られている。また近年、マウスにIL-18を皮下注射することにより、LCの所属リンパ節への遊走が促進されることも報告されているが、その詳細なメカニズムについての報告は皆無である。

皮膚は他の臓器に比べ体のもっとも最外層に位置するため、物理的障害・紫外線照射・病原体・アレルゲンなどの様々な刺激・抗原に暴露されている。さらに、ケラチノサイト (keratinocytes : KC)のアポトーシスとネクローシスはアトピー性皮膚炎・接触皮膚炎・扁平苔癬・中毒性表皮壊死を含む様々な炎症性皮膚疾患において観察されている。よって、細胞傷害や細胞死はKCではよく生じており、MSUは容易に表皮内に沈着しうる。尿酸は核酸の最終代謝産物であるため、MSUは表皮の過増殖をきたす皮膚疾患においても出現しうる。実際、MSU結晶はKCの過増殖が認められている乾癬病変部の表皮内(特に汗孔とMunro微小膿瘍の周囲)に認められており、偏光顕微鏡にてその存在が確認されている。さらに、乾癬患者では正常人より血清尿酸値が有意に高いこと・高尿酸血症を有する乾癬患者に対してアロプリノールを投与すると皮疹が著明に軽快すること・南米の蛇であるBoa constrictorに尿酸を与え続けると乾癬様皮疹が誘発されたという報告がある。

ランゲルハンス細胞 (langerhas cells : LC)は骨髄由来でmajor histocompatibility complex (MHC) クラスII抗原陽性の抗原提示細胞であり、表皮に局在する唯一のDCである。表皮の炎症がある場合、LCは抗原を取り込み皮膚から外に遊走する。遊走中に、LCはMHCクラスIIや共刺激分子といった細胞表面分子の発現が増加し成熟し、強力な免疫原性能力を獲得する。LCは所属リンパ節へ遊走し、抗原を未熟T細胞へ提示してメモリーT細胞を誘導する。この結果、これらのT細胞が皮膚において獲得免疫反応を惹起する。

本研究では、表皮細胞障害の皮膚免疫に与える影響を検討するために、MSUのマウスLCに与える影響について解析した。まず、LCがin vitroとin vivoの両方の条件下で、MSU結晶と接触しうるかどうかを検討した。次に、NALP 3 inflammasomeを構成するための必須成分を発現しておりcaspase 1の活性化を引き起こし得るかを検証した後で、高純度に精製されたマウスLCをMSUと共培養し、IL-18・IL-1βを含むサイトカイン産生やLCの成熟へ与える効果について検討した。また、MSUの所属リンパ節への遊走に与えるMSUの影響についても検討した。なお、通常はLCを高純度に精製することは極めて困難であり、混在するKCやKCの産生するサイトカインのLCへの影響が問題となる。しかし、私の所属する研究室では以前より抗I-Ad抗体を用いた高純度のLC (>95%)を精製するパンニング法によりKCの影響をほとんど無視できるまでの実験系を確立しており、今回の実験ではこの高純度のLCを用いて検討を行なった。

その結果、30年前に唯一、皮膚疾患においては乾癬における報告しか存在しなかったMSU結晶が、皮膚掻破刺激により容易に表皮内に沈着することが今回示された。さらに、表皮内に形成されたMSU結晶は貪食作用と細胞膜プリン受容体であるP2Y6を介してLCに作用し、NALP3 inflammasomeの形成を介してIL-18分泌が促進されることがわかった。そして、LCから分泌されたIL-18はLC自身に自己分泌あるいは傍分泌様式で作用し、Eカドヘリンの発現が低下することによって周囲のケラチノサイトとの結合がはずれ、RhoAの発現上昇・Rac1の発現低下によってその細胞形態の変化が生じて高速なアメーバ様運動を開始しうることも示唆された。LCの所属リンパ節への遊走に重要なケモカイン受容体のうち、CXCR4の発現はケラチノサイトとの相互作用がなくともMSU刺激のみで促進されうるが、CCR7の発現促進にはケラチノサイトとの相互作用が必要である可能性が強いこともわかった。実際に、in vivoのmigration assayにてMSU刺激はLCの所属リンパ節への遊走を促進すること、IL-18が無い条件下ではその促進作用が9割近く抑制されることが示された。MSU共刺激がDNFBによるTh1型の皮膚接触過敏反応を増強したことから、MSU刺激は皮膚免疫反応において少なくともTh1反応を増強・誘導する可能性が示唆された。

さらに、MSU刺激されたLCから分泌されるサイトカインプロファイルを検討したところ、LCが所属リンパ節へ到着後には、比較的低濃度のMSU刺激を受けていた場合はTh17とTh1を同時にあるいはそれぞれ個別に誘導しうること・比較的高濃度のMSU刺激を受けていた場合はTh17とTh2を同時にあるいはそれぞれ個別に誘導しうることがわかった。よって、組織障害の度合いを反映すると思われるMSUの量により免疫応答の発動は厳密に調節されている可能性があることがわかった。以上より、MSU結晶は自然免疫・獲得免疫・腫瘍免疫の誘導や増幅を目的としたアジュバンド刺激物質として利用可能かもしれない。MSUの臨床応用の可能性を含めて、今後もさらなる検討の価値があると考えられる。

図. MSUの皮膚免疫における位置付けの模式図。

LCからのIL-1β分泌についてはMSU刺激による影響を受けない。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、今まで痛風の原因物質であること・皮膚疾患においては乾癬でしかその報告がなかった尿酸結晶の、皮膚免疫応答や多くの皮膚疾患への関与を明らかにするために、表皮内での形成沈着の有無・表皮内に唯一局在する抗原提示細胞であるランゲルハンス細胞に対する影響を検討したものであり、以下のような結果を得ている。

1.マウスの耳の皮膚掻破刺激後に、4~6時間をピークとして表皮内に尿酸結晶形成が認められることが偏光顕微鏡による観察により示された。

2.精製したランゲルハンス細胞を尿酸結晶とin vitroで共培養したものを電子顕微鏡にて観察を行なうことで、ランゲルハンス細胞は尿酸結晶を細胞質内に貪食作用により取り込み消化していることが示された。

3.皮膚掻破刺激後の皮膚を電子顕微鏡にて観察することにより、表皮内に形成した尿酸結晶がin vivoにおいても実際にランゲルハンス細胞に取り込まれていることが示された。

4.逆転写PCR・免疫ブロットを用いてランゲルハンス細胞がNALP3 inflammasomeの構成要素を発現していること、ELISAによる測定にてMSU刺激によりランゲルハンス細胞からNALP3 inflammasomeを介してIL-18分泌は促進されるが、IL-1β分泌は影響を受けないことが示された。

5.貪食阻害剤サイトカラシンD・細胞膜プリン受容体P2Y6選択的阻害剤により、それぞれ尿酸結晶刺激によるランゲルハンス細胞からのIL-18分泌がほぼ完全に抑制されたことから、尿酸結晶刺激のランゲルハンス細胞への刺激受容においては少なくとも貪食作用と細胞膜P2Y6受容体の関与があることが示された。

6.成熟型IL-18は脾臓bulk細胞からIFN-γ産生誘導作用があることを利用したバイオアッセイと免疫ブロットから、尿酸結晶刺激によりランゲルハンス細胞から産生誘導されたIL-18は成熟型であることが示された。

7.ランゲルハンス細胞のIL-18 mRNA発現は、IL-18産生分泌とともに逆に発現低下が認められ、負のフィードバックによる調節を受けている可能性が示された。

8.ランゲルハンス細胞の表面分子発現に関しては、尿酸結晶刺激単独ではCD39の発現低下促進・CXCR4発現促進、TNF-αと尿酸結晶の共刺激下ではCD54・CCR7の発現促進が認められたが、MHC-classII・CD40・CD80・CD86はその発現に尿酸結晶は影響を与えないことが示された。

9.ランゲルハンス細胞はIL-18受容体α鎖・β鎖両方を発現しており、ランゲルハンス細胞の成熟とともにα鎖は発現上昇・β鎖は発現低下していること、尿酸結晶刺激によりランゲルハンス細胞から分泌されたIL-18がランゲルハンス細胞自身に自己分泌・傍分泌形式で作用しうることが示された。

10.IL-18ノックアウトマウス・野生型マウスから精製したランゲルハンス細胞をそれぞれ尿酸結晶で刺激・無刺激で培養したものを野生型マウスのhind padへ皮下注射し、同側の鼠径・膝窩リンパ節への遊走数を比較したところ、IL-18ノックアウトマウス由来のランゲルハンス細胞では尿酸結晶刺激による遊走促進作用が9割ほど抑制されていた。よって、IL-18はランゲルハンス細胞自身に自己分泌・傍分泌形式で作用し遊走促進作用を誘導することが示された。

11.IL-18ノックアウトマウス・野生型マウス由来のランゲルハンス細胞におけるEカドヘリン発現の差異・野生型由来のランゲルハンス細胞における尿酸結晶刺激の有無によるEカドヘリン発現低下速度の差異をフローサイトメトリーによって評価したところ、尿酸結晶刺激はIL-18分泌促進を介してランゲルハンス細胞のEカドヘリン発現低下作用を有することが示された。

12.IL-18ノックアウトマウス・野生型マウス由来のランゲルハンス細胞を尿酸結晶刺激下・無刺激下培養し、そのRhoA・Rac1発現量を半定量的逆転写PCRにて評価したところ、尿酸結晶刺激はIL-18分泌促進を介してランゲルハンス細胞のRhoA発現促進・Rac1発現低下作用を呈することが示された。

13.DNFBを用いた皮膚接触過敏反応モデル(Th1型)において、惹起相にて尿酸結晶を追加塗布することにより、接触過敏反応が増強することが示された。

14.尿酸結晶刺激により、ランゲルハンス細胞からはIL-6・IL-10・活性型TGF-βが濃度依存的に分泌促進されること・抗CD40抗体共存下においてのみ尿酸結晶濃度5~50μg/mlを極大としてIL-12p40・IL-23・IL-27p28が分泌促進されることがわかり、尿酸結晶刺激50μg/ml付近を境として、低濃度ではTh17+Th1・高濃度ではTh17+Th2を誘導する可能性があることが示された。

15.マウスケラチノサイトの細胞株であるPAM212から、尿酸結晶刺激により濃度依存的にIL-1α分泌促進が認められることが示された。

以上、本論文は掻破刺激という単純な外部からの物理刺激により、容易に表皮内に尿酸結晶が沈着すること、沈着した尿酸結晶はランゲルハンス細胞に作用し所属リンパ節への遊走を促進し、皮膚接触過敏反応の増幅などの皮膚免疫応答に影響を与えることを明らかにした。本研究は今までほとんど未知に近かった、傷害細胞由来の尿酸結晶形成の皮膚免疫応答へ与える影響・皮膚疾患への関与の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク