No | 127103 | |
著者(漢字) | 柴田,彩 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シバタ,サヤカ | |
標題(和) | 皮膚創傷治癒におけるアディポネクチンの役割 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127103 | |
報告番号 | 甲27103 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3713号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 皮膚は上層より表皮、真皮、皮下脂肪の3層構造より形成されている。脂肪組織は長年、エネルギー貯蔵庫としての役割を認識されてきたが、近年、多種多様なサイトカインや成長因子といった物質を分泌し、様々な生理活性を有することが注目されている。脂肪組織は、皮膚疾患の病態形成において重要な役割を果たしていると考えられる。 アディポカインは脂肪細胞から分泌されるサイトカインやホルモンといった生理活性物質の総称である。アディポカインには肥満やメタボリックシンドロームを増悪させるtumor necrosis factor (TNF)-α、interleukin (IL)-6、レジスチンのほか、予防的に働くレプチンやアディポネクチンが含まれる。その中で、アディポネクチンは善玉アディポカインに属し、グルコースと脂肪酸代謝の調節に関与し、抗糖尿病作用を有する。血中アディポネクチン濃度は肥満、2型糖尿病といったメタボリックシンドロームの状態で低値を示す。近年、アディポネクチンは骨格筋や肝臓における代謝関連機能以外に、様々な生理活性を有することが近年分かってきている。その作用は組織によって様々であり、抗炎症作用、抗動脈硬化作用、血管新生/血管新生抑制作用、細胞増殖/抑制作用、アポトーシス作用などがある。しかしながら、皮膚におけるアディポネクチンの作用は未だ報告がない。 糖尿病患者において皮膚創傷治癒が遅延することはよく知られているが、その機序に関してはよく分かっていない。皮膚創傷治癒は血液凝固に続き、炎症期、肉芽形成期、血管新生・再上皮化を経て治癒に至る。特に再上皮化は創縮小の主たる要素であり、表皮角化細胞の増殖および遊走によって制御されている。これらの課程には多くのサイトカイン、細胞増殖因子が関与しており、これらの物質は血小板、単球、表皮角化細胞のみならず、脂肪細胞からも分泌されている。今回、我々はアディポネクチンの皮膚角化細胞に対する役割に着目し、皮膚創傷治癒に関する機能解析を行った。さらに、マウスの皮膚創傷治癒モデルを用いて、創傷治癒におけるアディポネクチンの効果ついて検討した。 アディポネクチン受容体にはAdipoR1およびAdipoR2が同定されており、AdipoR1は骨格筋細胞における発現が高く、様々な組織の細胞での発現が報告されている。一方、AdipoR2は主に肝細胞において発現が認められている。ヒト皮膚角化細胞は遺伝子レベルにおいてAdipoR1およびAdipoR2の両方をmRNAレベルで発現していた。また、タンパクレベルにおける検討ではウェスタンブロット法において、ヒト皮膚角化細胞はAdipoR1のみ発現していた。タンパクの発現量はポジティブコントロールとして使用したC2C12細胞とほぼ同程度であった。一方、AdipoR2の発現はヒト皮膚角化細胞において認められなかった。 次に、我々はアディポネクチンが皮膚角化細胞の増殖に関与するどうかについて、MTTアッセイおよびBrdUアッセイを用いて検討した。両評価方法において、アディポネクチンは皮膚角化細胞の細胞増殖を用量依存的に促進した。細胞増殖に対する効果は25-50μg/mlの濃度において最も強く、アディポネクチンの血中濃度は健常人において3-30μg/mlであることを考慮すると、細胞増殖に対する効果は生理学的な濃度の範囲内であったといえる。 次に、我々はアディポネクチンが皮膚角化細胞の遊走に関与するどうかについて、Boyden chamberアッセイおよびin vitro wound closureアッセイを用いて検討した。両評価方法において、アディポネクチンはヒト皮膚角化細胞に対する遊走能を有し、その効果は12.5-50μg/mlの濃度において認められた。 アディポネクチンの細胞増殖、遊走能には各種MAPKおよびAktのリン酸化が関与することが報告されている。そこで我々は皮膚角化細胞においてアディポネクチンが各種MAPKおよびAktのリン酸化を引き起こすかどうかを検討したところ、アディポネクチンはERKをリン酸化した。活性は刺激後5分でピークに達し、その後漸減した。他のMAPKであるp38 MAPK、JNKおよびAkt、AMPKのリン酸化は起こらなかった。そこで、次にアディポネクチンによる細胞増殖および細胞遊走にERKの系が関与しているかどうかを検討するため、mitogen-activated protein kinase kinase (MEK) 1の阻害剤である PD98059 (75μM) およびU0126 (10μM)添加時におけるアディポネクチンの細胞増殖、細胞遊走能をBrdUアッセイおよびBoyden chamber アッセイを用いて検討した。両阻害剤を添加したところ、アディポネクチンによる細胞増殖、細胞遊走は両者とも抑制され、アディポネクチンによる細胞増殖および細胞遊走能にERKの系が関与することが示唆された。 以上のin vitroの結果からアディポネクチンは皮膚創傷治癒を促進することが示唆された。以上の結果をin vivoにおいても評価するため、アディポネクチン遺伝子欠損マウス(adipo(-/-))および野生型マウス(WT)を用いて創傷治癒の実験を行った。アディポネクチン遺伝子欠損マウスは、発育は正常で外見上も異常を認めないが、高脂肪食により強いインスリン抵抗性がみられ、カフ傷害による血管内膜肥厚が認められることが報告されている。今回我々は、各マウス背部に6mm大の創を作成し、創面積を3日目および7日目に評価したところ、アディポネクチン遺伝子欠損マウス群では野生型マウス群に比して3日目、7日目の両日において有意に創面積が大きく、創傷治癒が遅延していた。また、7日目に両マウス群の組織学的評価を行ったところ、Epitheliation gap(上皮間距離)はアディポネクチン遺伝子欠損マウス群において野生型マウス群より有意に大きかった。また、糖尿病モデルマウスであるdb/dbマウスにおいて、アディポネクチン塗布により、皮膚創傷治癒の改善がみられた。これらは、アディポネクチン遺伝子欠損マウスにおいて皮膚角化細胞の細胞増殖および細胞遊走が抑制されていること、およびdb/dbマウスにおいてアディポネクチンが皮膚角化細胞の細胞増殖および細胞遊走を促進することを示唆する所見であり、上記のin vitroの結果を反映していると考えられる。つまり、アディポネクチンは皮膚創傷治癒において、促進的な役割を果たすことが示唆された。 アディポネクチンは様々な生理活性を有することが近年分かってきているが、細胞増殖、細胞遊走能に関して言えば、その作用は細胞によって様々である。アディポネクチンはヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)、腸管上皮細胞、骨芽細胞、心線維芽細胞の各種細胞に対しては細胞増殖を促し、血管新生、腸管粘膜の代謝、骨代謝、心肥大にそれぞれ寄与する。また血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cells)や好中球に対しては細胞遊走能を有することが報告されている。一方、血管平滑筋細胞、肝星細胞において細胞増殖および細胞遊走を抑制し、血管リモデリングや肝線維化に寄与する。本研究において、アディポネクチンはヒト皮膚角化細胞に対して細胞増殖、細胞遊走能を有していた。皮膚創傷治癒において細胞増殖、細胞遊走のステップは最終段階の上皮化に関わる重要なステップである。アディポネクチン遺伝子欠損マウスを用いたin vivoの実験において、アディポネクチン遺伝子欠損マウス群では野生型マウス群に比して肉眼的に創傷治癒が遅延しており、組織学的にも再上皮化が遅延していた。これらは、アディポネクチン遺伝子欠損マウスにおいて皮膚角化細胞の細胞増殖および細胞遊走が抑制されていることを示唆する所見であり、上記のin vitroの結果を反映していると考えられる。 近年、皮膚創傷治癒過程において脂肪組織の役割が注目されている。脂肪組織は様々なサイトカインや成長因子といった生理活性物質を分泌し、皮膚創傷治癒に関与する。具体的には線維芽細胞成長因子、インスリン様成長因子、EGF(epidermal growth factor; 上皮成長因子)様増殖因子といった物質が脂肪細胞から分泌され、皮膚創傷治癒を促進することが報告されている。また血管内皮細胞増殖因子やアンギオポエチン-1といった物質も脂肪細胞から分泌され、血管新生を促し、創傷治癒を促進する。これらの物質はエンドクリン、パラクリン、オートクリンの機序を介して表皮、真皮内の細胞に作用し、皮膚創傷治癒に関与しているといえる。実際、脂肪組織からの抽出液を創に塗布したところ、創傷治癒が促進したと近年、報告されている。また、レプチンはアディポネクチンと同様に代表的なアディポカインの1つであるが、皮膚角化細胞の細胞増殖を促進することが報告されている。また、in vivoにおいてもレプチンが欠損しているob/obマウスにレプチンを塗布することにより、創傷治癒の遅延が改善されたことが報告されている。本研究の結果からはアディポネクチンも皮膚創傷治癒において重要な役割を果たしていることが示唆される。 アディポネクチンによる細胞内シグナルについては細胞により様々なシグナルを活性化することが報告されているが、皮膚角化細胞に関しては未だ報告がない。本研究においてアディポネクチンは皮膚角化細胞においてERKシグナルを活性化することが確認された。ERKシグナルは皮膚角化細胞においては細胞の損傷や伸展に際に活性化し、ERKの活性化が皮膚角化細胞の細胞増殖や細胞遊走に関与していることが報告されている。また、ウサギの角膜上皮細胞においてはERKシグナルを阻害することにより、創傷治癒が遅延したことも報告されている。これらの過去の報告に一致して、本研究ではMEK/ERK阻害剤の添加実験において、アディポネクチンによる細胞増殖能、細胞遊走能がERKのシグナルを介していることが示された。これらの結果からアディポネクチンによるERKの活性化は皮膚角化細胞の上皮化を促進し、皮膚創傷治癒に寄与しているといえる。 以上、in vitroおよびin vivo両者の結果から、アディポネクチンは皮膚創傷治癒を促進し、その機序としてアディポネクチンがERKの活性化を介して皮膚角化細胞の細胞増殖および細胞遊走を促進することが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究はアディポネクチンの皮膚角化細胞に対する役割に着目し、皮膚創傷治癒に関する機能解析を行った。さらに、マウスの皮膚創傷治癒モデルを用いて、創傷治癒におけるアディポネクチンの役割について検討し、以下の結果を得た。 [1] ヒト皮膚角化細胞はアディポネクチン受容体のうち、mRNAレベルでAdipoR1およびAdipoR2の両方を発現しており、タンパクレベルでAdipoR1を発現していた。 [2] アディポネクチンはヒト皮膚角化細胞において用量依存的に細胞増殖を促進した。 [3] アディポネクチンはヒト皮膚角化細胞において用量依存的に細胞遊走を促進した。 [4] アディポネクチンはヒト皮膚角化細胞において、ERKの活性化を促進した。 [5] アディポネクチンによるヒト皮膚角化細胞の細胞増殖能および細胞遊走能はERKシグナリングを介していた。 [6] アディポネクチン遺伝子欠損マウスは野生型マウスに比して、肉眼レベルで皮膚創傷治癒が遅延していた。 [7] アディポネクチン遺伝子欠損マウスは野生型マウスに比して、組織レベルで皮膚創傷治癒における再上皮化が遅延していた。 [8] db/dbマウスにおいて、アディポネクチン塗布により皮膚創傷治癒の遅延が改善した。 以上、アディポネクチンは皮膚創傷治癒を促進し、その機序としてアディポネクチンがERKの活性化を介して皮膚角化細胞の細胞増殖および細胞遊走を促進することが示唆され、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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