学位論文要旨



No 127104
著者(漢字) 嶋田,正吾
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,ショウゴ
標題(和) 新しい過冷却促進物質Kaempferol 7-O-β-D-Glucopyranoside(KF7G)を使用した過冷却下心保存の検討 : ラット異所性心移植モデルを用いて
標題(洋)
報告番号 127104
報告番号 甲27104
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3714号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 准教授 村上,新
 東京大学 准教授 長谷川,潔
 東京大学 特任准教授 石川,晃
 東京大学 講師 絹川,弘一郎
内容要旨 要旨を表示する

背景:重症心不全に対する治療として心移植は標準的治療になってきている。現状のプロトコールではドナー心はUniversity of Wisconsin(UW)液やCelsior液などの臓器保存液内で+4℃の冷保存下にレシピエントのもとに搬送される。その許容虚血時間は4時間から6時間と非常に短い。より安全な移植およびドナープールの拡大のためにドナー心の保存時間の延長は心移植において残された課題の一つである。保存時間延長のための有力な選択肢の一つとして過冷却下の臓器保存がこれまで検討されてきたが、現在のところ充分な効果が得られてはいない。そこで、今回われわれは、新たに過冷却促進効果が報告されたフラボノールの一種であるKaempferol 7-O-β-D-Glucopyranoside (KF7G)を臓器保存液に導入し、過冷却下心保存の効果を検討した。

方法:KF7Gの過冷却促進効果をdroplet freezing assayを用いて測定した。また、KF7Gの抗酸化活性をDPPH radical-scavenging assayを用いて測定した。その後、ラット異所性心移植モデルを用いて、従来の+4℃心保存とKF7Gを用いた-2℃, -5℃過冷却保存の保存効果を比較した。ドナー心を(1)University of Wisconsin(UW)液、+4℃保存(2)UW液+0.01%KF7G、-2℃過冷却保存(3)UW液+0.01%KF7G、-5℃過冷却保存の3群に振り分け18, 24, 30時間保存した後、レシピエント腹部に移植した。移植15分後の拍動の強さを肉眼的に評価し、また2時間再灌流後の移植心を摘出し、組織学的にアポトーシスを評価した。また、電子顕微鏡での観察もおこなった。

結果:0.01%KF7GをUW液に添加することで、UW液の凍結温度を2℃低下させることができた。また、KF7Gが抗酸化活性を有することが示された。移植モデルでは、再灌流15分後の移植心の拍動はすべての保存時間で有意に-2℃過冷却保存群が+4℃保存群より良好であった(3.7±0.33 vs. 2.0±0.45, p=0.006, 18時間保存; 2.6±0.49 vs. 1.3±0.21, p=0.041, 24時間保存; 2.5±0.22 vs. 1.2±0.17, p<0.001, 30時間保存)。一方、-5℃保存群では+4℃保存群を上回る効果は見られず、30時間保存ではむしろ移植心はすべて再灌流後速やかに黒色に変色し、出血壊死の所見を呈した(0±0 vs. 1.2±0.17, p<0.001, 30時間保存)。TUNEL染色でのアポトーシスの定量化では、各保存温度において保存時間が延長するに従いTUNEL陽性細胞が増加した。同一保存時間群での比較では、18時間、24時間保存で有意に-2℃保存群のTUNEL陽性細胞が少なかった。30時間保存でも同様の傾向が見られたが有意差は認めなかった(10.3±3.9 vs. 48.5±11.7, p=0.006, 18時間保存; 19±7.3 vs. 56.7±7.8, p=0.003, 24時間保存; 52±12.2 vs. 88.8±20.6, N.S., 30時間保存)。一方、-5℃保存群では18時間、24時間保存では+4℃保存群との差は認められず、30時間保存においてはむしろTUNEL陽性細胞の有意な増加を認めた(187±37.8 vs. 88.8±20.6, p=0.041, 30時間保存)。

電子顕微鏡による観察では、非再灌流群においても各保存温度間での差が見られ、-2℃過冷却保存群で+4℃保存群に比較してミトコンドリアやサルコメアの形態的保存状態が良好であった。一方、-5℃保存群では保存時間の延長に従って、ミトコンドリアのクリステや膜構造の破壊が顕著となった。再灌流群の比較でも同様の傾向が見られ、ミトコンドリアの変化に加えサルコメアの短縮や断裂も見られた。

結語:今回我々は、新規過冷却促進剤KF7Gを過冷却心保存に導入することが可能であった。KF7Gは過冷却効果とともに抗酸化作用を併せ持ち、臓器保存に非常に適した物質であることが示された。ラット異所性心移植モデルでは、-2℃過冷却保存は従来の+4℃保存より優れた保存効果を示した。一方で、-5℃過冷却保存はむしろ保存効果が劣った。心保存における至適過冷却保存温度は-2℃である可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は植物由来の新規過冷却促進物質であるKaempferol 7-O-β-D-Glucopyranoside(KF7G)を臓器保存液に導入し、ドナー心を過冷却下に保存することで、心臓移植におけるドナー心の保存時間の延長が可能かどうかを検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.KF7Gの過冷却促進効果をdroplet freezing assayで分析したところ、0.01%KF7GをUniversity of Wisconsin液(UW液)に添加することで、UW液単独よりも-2℃の過冷却効果があることが示された。

2.DPPH radical scavenging assayを用いて、KF7Gの抗酸化作用が示された。

3.ラット異所性心移植モデルを用いて、ドナー心をUW液内に+4℃で保存した群と、UW+0.01%KF7G液内で-2℃あるいは-5℃に過冷却保存した群を作成し、長時間保存の後、移植後心の拍動を比較すると、-2℃過冷却保存群で有意に拍動が良好となることが示された。一方、-5℃過冷却保存群では+4℃保存群を超えることはなかった。

4.移植後心のアポトーシスを定量化した結果、-2℃過冷却保存群で有意にアポトーシス心筋細胞数が低下していることが示された。

5.移植後心を電子顕微鏡で観察した結果、-2℃過冷却保存群ではミトコンドリアやサルコメアが形態的に保たれていた。一方、+4℃、-5℃保存群では破壊像が顕著であった。

以上、本論文は新規過冷却促進物質であるKF7Gを心保存に導入し、-2℃過冷却保存の有効性を示した。また、これまで未知に等しかった、心保存における過冷却最適温度についても言及し、今後の過冷却臓器保存の臨床応用に向けて多大な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク