学位論文要旨



No 127105
著者(漢字) 坂本,未紀
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,ミキ
標題(和) 進行再発非小細胞肺癌に対するγδT細胞移入療法
標題(洋)
報告番号 127105
報告番号 甲27105
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3715号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 講師 青木,琢
 東京大学 教授 小野,稔
 東京大学 准教授 中川,恵一
 東京大学 教授 松島,網治
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

非小細胞肺癌の主な治療法は手術、化学療法、放射線療法だが現時点において未だ難治性の疾患であり、さらなる治療法の開発が求められている。

近年悪性腫瘍に対する免疫療法は新たな治療選択として注目を集めている。細胞移入療法の一つであるγδT細胞治療は、末梢血より分離したγδT細胞を体外で増殖させた後に点滴投与する治療である。

γδT細胞はMHC classI非拘束性に抗原認識を行い、自然免疫として感染や腫瘍に対する免疫監視機能を担っている。γδT細胞はVγ9δ2T細胞受容体を介して腫瘍細胞で蓄積しているホスホアンチゲンと呼ばれる非ペプチドリン酸化合物を認識する。また腫瘍細胞が発現するMHC class I-chain-related antigens(MIC) AをNKG2D受容体で認識する。

近年末梢血中のVγ9δ2T細胞を合成ホスホアンチゲンやアミノビスホスホネートを用いて体外で培養することが可能になった。培養γδT細胞は非小細胞肺癌を含めたさまざまな癌腫の細胞系に対し細胞傷害活性を示し、これまでに腎細胞癌 、多発性骨髄腫に対するγδT細胞移入療法が行われてきた。

われわれはゾレドロネートとIL-2を用いてγδT細胞を効率的に培養する方法を確立し、2006年に進行再発非小細胞肺癌患者に対するγδT細胞移入療法を開始した。非小細胞肺癌に対するγδT細胞移入療法は本臨床試験が初めてである。本研究においては、自己γδT細胞の特性と肺癌細胞株に対する細胞傷害活性を検討し、また臨床試験における投与後の血中動態、臨床的効果を解析し、γδT細胞投与が生体に与える影響を解明することが目的である。

方法と結果

1.培養γδT細胞の特徴

末梢血単核球細胞をゾレドロネートとIL-2を用いて14日間培養するとγδT細胞が選択的に増殖した。末梢血中ではCD45RA- CD27+ central memory type (T(CM))優位だが、培養後はCD45RA- CD27- effector memory type (TEM)の割合が増加し、他のフェノタイプはほとんど見られなかった。

γδT細胞はゾレドロネート処理した肺癌細胞株(NCI-H1299細胞、A549細胞、NCI-H460細胞)に対し細胞傷害活性を示したが、NCI-H1299細胞が最も感受性が高かった。表面抗原発現を測定するとNCI-H1299細胞ではMICA、CD54、CD166の発現が認められた。肺癌細胞株の抗癌剤感受性とγδT細胞に対する感受性には関連を認めず、γδT細胞は抗癌剤抵抗性の肺癌細胞株に対しても細胞傷害活性を発揮した。

培養γδT細胞の細胞傷害活性には、FasLなどの膜表面上の分子よりもグランザイムやパーフォリンなどの細胞傷害顆粒の分泌が関わっていた。培養γδT細胞の血中での維持に関与する因子を調べるために培養14日目のγδT細胞をIL-2、IL-7、またはIL-15を添加し追加培養を行うと、IL-15は低濃度でもγδT細胞の生存を改善した。

2.臨床試験の解析

単群オープン第1相臨床試験であり、培養14日目のγδT細胞を経静脈的に2週間ごと6回投与した。15症例に投与を開始し、2症例が有害事象で、1症例が病状進行で中断となり、終了後の評価で1症例が不適格となった。有害事象は5症例にみられたがγδT細胞投与と直接の関係を認めなかった。

培養細胞中のγδT細胞数、比率は各症例、各投与で異なり、事前検査時の末梢血中γδT細胞率が0.5%以下の症例では得られるγδT細胞数と比率が低かった。γδT細胞率の低い培養細胞にはγδT細胞以外の細胞が含まれていたが、抑制性T細胞が多く含まれていたのは症例15のみであった。当初は十分なγδT細胞数が得られた症例においても回数を重ねるにつれて得られるγδT細胞数が低下した。しかし、投与回数による変化をみるために投与1回目と4回目の培養細胞の細胞傷害活性を比較したが差を認めず機能は保たれていた。培養γδT細胞の細胞傷害顆粒分泌能を調べるためにCD107a/bの発現を測定すると、症例ごとに発現レベルに差を認めるものの全症例で発現を確認した。しかし、症例6、8、9、10、15のように低い発現を示す症例も存在した。すべての症例で培養細胞によるTNF-α、IL-8、IFN-γの産生がみられたが、症例9はIL-5、および症例15はIL-5、TNF-β、IL-10、IL-17の産生も確認された。

血中動態を調べると末梢血中γδT細胞は投与回数を重ねるにつれて増加し、TEM優位へと変化した。末梢血中γδT細胞の増加の程度は症例により異なり、症例10、15は増加の程度が低かった。

14症例の中央生存期間は589日、中央無増悪生存期間は126日であった。臨床的効果はRECIST基準にて6回投与終了4週間後の時点で6症例がSD、6症例がPDであった。経過中7例でIFN-γが検出されたが臨床的効果との間に有意差を認めなかった。3症例において事前検査時に血漿中MICAが検出されともにPDであった。

FACT-BRMスコアによるQOLは経過中安定しており改善を認めた症例も存在したが、肺炎をきたした症例6と肺臓炎をきたした症例8では低下傾向にあった。経過中すべての時点においてSDの症例とPDの症例に有意な差は認めなかった。

考察

γδT細胞の非小細胞肺癌細胞株に対する細胞傷害活性を検討すると抗癌剤に最も抵抗性のNCI-H1299細胞がγδT細胞に最も感受性が高かった。NKG2DリガンドのMICAやγδT細胞がγδ型T細胞受容体で腫瘍細胞を認識する際の安定化に関与するCD54、CD166を発現していることが関係していると考えられた。遺伝子変異や抗癌剤抵抗性がある腫瘍細胞もこれらの分子を発現しているため、γδT細胞は抗癌剤抵抗性の肺癌に対しても抗腫瘍効果を発揮すると考えられる。

われわれの培養方法では進行再発症例を対象にしているにも関わらず19例中16例で十分なγδT細胞を培養可能であり、そのうち15例に投与を行うことができた。しかし、培養で得られたγδT細胞数、比率は各症例、培養で差を認め、また症例15では抑制性T細胞を認めた。抑制性T細胞はγδT細胞の増殖も制御しているため培養細胞中に存在するのは望ましくない。細胞傷害性試験においては症例ごとの差を認めなかったが、γδT細胞数や比率の悪い培養となった症例では107a/b発現が低く、また症例9と症例15は他の培養細胞とは異なるサイトカイン分泌パターンを示した。培養細胞中にCD4細胞、CD8細胞、NK細胞が一定数含まれていてもCD107a/b発現やサイトカイン分泌に影響しない症例もあり、培養細胞の検討には機能面での評価が必要と考えられた。

本臨床試験においてはIL-2同時投与を施行していないが、末梢血中γδT細胞は投与回数を重ねるにつれて増加しTEM優位となった。培養γδT細胞はほとんどがT(EM)フェノタイプを示すことより、投与したγδT細胞が一定期間末梢血中に蓄積したと考えられた。In vitroの検討では低濃度IL-15を添加することでγδT細胞の生存が著しく改善し、培養γδT細胞はIL-2よりもIL-15依存的であることを示唆している。IL-2は発熱などの有害事象を引き起こすため、非小細胞肺癌のようにIL-2投与が直接の抗腫瘍効果を発揮しない癌腫に対する治療としては本プロトコールが適している。

投与前半の培養で十分なγδT細胞数を得られていた症例においても投与後半では得られるγδT細胞数が低下するが、これは投与後半の培養では培養開始時に前回投与した細胞が含まれるためと考えられる。この問題を解決するために現在進行中の臨床試験ではすべての培養に必要なγδT細胞を初回投与前に一括して採取するアフェレーシスを導入している。

臨床的効果と投与γδT細胞数、末梢血γδT細胞数の間に直接的な関係を認めなかったが、血漿中にMICAが検出された症例は予後不良であった。腫瘍細胞は免疫機構を逃れるためにMICAを分泌し、血漿中MICAはγδT細胞のNKG2D発現を抑制する作用を持つ。血漿中MICAの検出はγδT細胞治療に対する抵抗性を示す指標となりうる。

本臨床試験の中央無増悪生存期間、中央生存期間は同様な症例を対象とした他治療と比較しても劣らず治療中のQOLも保たれていたため、γδT細胞治療の臨床的効果を示唆する根拠となる。

今後γδT細胞移入療法をさらに発展させるためには、アフェレーシス導入による安定した培養、ゾレドロネート投与による腫瘍細胞の感受性の改善が有効と考えられる。また、血漿中MICAのように個々の症例のγδT細胞移入療法の有効性の予測因子を探すことが必要である。自己腫瘍細胞が採取可能であれば自己腫瘍細胞を用いた細胞傷害性試験や自己腫瘍細胞のMICA、CD54、CD166発現の測定が治療効果の予測につながるであろう。

本研究においてはγδT細胞の肺癌細胞株に対する細胞傷害活性、臨床試験におけるγδT細胞の患者体内での血中動態、臨床的効果を検討し、進行再発非小細胞肺癌に対するγδT細胞移入療法の安全性と妥当性を示すことができた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は様々な腫瘍細胞に対して細胞障害活性をもつことが知られているγδT細胞を用いた細胞移入療法が非小細胞肺癌治療においてどのような影響を与えるかをin vitro及び臨床試験の結果をもとに解析したもので、下記の結果を得ている。

1.末梢血単核球細胞からゾレドロネートとIL-2を用いて14日間培養して得られたγδT細胞はCD45RA- CD27- effector memory typeであり、肺癌細胞株に対し細胞傷害活性を示した。肺癌細胞株の表面抗原発現と抗癌剤感受性には関連を認めず、γδT細胞は抗癌剤抵抗性の肺癌細胞株に対しても細胞傷害活性を発揮した。

2.培養γδT細胞の血中での維持に関与する因子を調べるために培養14日目のγδT細胞をIL-2、IL-7、またはIL-15を添加し追加培養を行うと、IL-15は低濃度でもγδT細胞の生存を改善した。臨床試験において投与したγδT細胞が末梢血中に蓄積されたのは生体内の生理的なIL-15が関係していると考えられた。

3.第1相臨床試験において、15症例に培養14日目のγδT細胞を経静脈的に2週間ごと6回投与した。培養細胞中のγδT細胞数、比率は各症例、各投与で異なり、事前検査時の末梢血中γδT細胞率が0.5%以下の症例では得られるγδT細胞数と比率が低かったが、抑制性T細胞が多く含まれていたのは症例15のみであった。細胞傷害性試験においては症例ごとの差を認めなかったが、γδT細胞数や比率の悪い培養となった症例では107a/b発現が低く、また症例9と症例15は他の培養細胞とは異なるサイトカイン分泌パターンを示した。培養細胞中にCD4細胞、CD8細胞、NK細胞が一定数含まれていてもCD107a/b発現やサイトカイン分泌に影響しない症例もあり、培養細胞の検討には機能面での評価が必要と考えられた。

4.14症例の中央生存期間は589日、中央無増悪生存期間は126日であり、他治療と比較しても劣らずγδT細胞移入療法の有効性を示唆する結果であった。臨床的効果はRECIST基準にて6症例がSD、6症例がPDであった。事前検査時に血漿中MICAが検出された3症例はともにPDであり、γδT細胞治療に対する抵抗性を示す指標となりうると考えられた。

以上、本論文は培養γδT細胞が肺癌細胞株に対して示した細胞障害活性の特徴を明らかにし、臨床試験の解析により投与したγδT細胞の性質、血中動態や生体に与える影響を明らかにした。本研究は他治療抵抗性の進行再発非小細胞肺癌に対するγδT細胞胞移入療法の可能性を示唆するものであり、今後の非小細胞肺癌に対する免疫療法の発展に寄与すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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