学位論文要旨



No 127106
著者(漢字) 鈴木,潤
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ジュン
標題(和) 集束超音波を用いた低侵襲静脈瘤治療に関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 127106
報告番号 甲27106
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3716号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 本間,之夫
 東京大学 教授 安原,洋
 東京大学 准教授 矢野,哲
 東京大学 准教授 宇於崎,宏
 東京大学 講師 須並,英二
内容要旨 要旨を表示する

背景

下肢静脈瘤に対し、大・小伏在静脈に対するストリッピング(抜去)手術、瘤化した表在静脈分枝の局所切除、および原因穿通枝の結紮切離が手術治療として行われてきたが、近年種々の低侵襲治療デバイスが実用化され手術治療に代わり使用されている。伏在静脈不全を対象としたレーザー(EVLT)、ラジオ波(RF)の治療では従来のストリッピング術と同等の成績を示した文献が多数見られるようになった。しかし原因穿通枝に対する新しい低侵襲治療法はなく、その開発が望まれてきた

集束超音波(High Intensity Focused Ultrasound; HIFU)は生体組織に害を与えずに透過し、焦点局所の温度上昇により標的組織にのみ加熱凝固壊死を発生させる。EVLT、RFも熱による組織変性が機序であり、HIFUでも同様に血管閉塞が可能と考えられる。これまでHIFUを血管閉塞手法として検討したものは細径血管を対象とした動物実験とPichardによる切除静脈瘤での実験がある。後者は切除した静脈瘤の弁部にHIFUを照射し、周径を縮小することで弁機能を回復させる試みを検討していた。しかし、臨床への応用は進められていなかった。

HIFUの特性を生かすことで有用な静脈瘤治療手段になると考えられることから、その有用性を検討した。

検討I. In-vitroでの静脈片への照射条件の検討

手術で摘出した静脈を用い、HIFUにより静脈閉塞を惹起するために望ましい条件をin-vitroで検討した。

I-1 HIFU照射による焦点周囲の温度測定実験

生理食塩水(NS)1mlへ照射時の温度変化を測定した。

1.67MHzHIFUピエゾトランスデューサ(PzT)を以下の検討に用いた。焦点において150, 300, 600, 900, 1300, 1800W/cm2の焦点強度で60秒間照射し温度を測定した。焦点からPzT方向に0.5、1.0、2.0、3.0、4.0、5.0mmの位置と、焦点から軸に垂直に0.5、1.0、2.0、3.0mmの位置で300, 600, 900, 1300W/cm2の焦点強度で60秒間温度を測定した。

焦点付近の有意義な温度上昇が認められたが、NS全体の温度上昇は組織変性を惹起するには不充分だった。焦点の温度上昇度が50℃でも焦点から2mm離れると4℃の温度上昇しか得られなかった。

I-2 静脈片の熱凝固壊死発生条件測定実験

拡張部では内部の生理食塩水の加熱による全周性の変化を、圧迫部では前後壁に変化をおこすことを目的とした。

静脈拡張部と圧迫部へ600, 900, 1300, 1800W/cm2の焦点強度で20秒間照射を行い、有効な変化が得られるか評価した。組織学的評価をピクロシリウスレッド染色(PSR染色)(偏光顕微鏡下)で行った。

拡張した静脈では血管閉塞に目的とした組織学的変化を認めなかった。血管を圧迫した場合、目的とした組織学的変化を得た。

結論

管腔を保った場合、検討した条件では組織加熱変性に要する熱量は得られなかった。静脈を圧迫することで、静脈閉塞を惹起しうる壁の加熱変性が得られると確認された。

検討II. 皮膚熱傷減少を目指した皮膚処理条件の検討

実験動物に照射する際の皮膚の状態について検証し、経皮的HIFU照射時に皮膚熱傷を避けるための皮膚処理条件を検討した。

II-1 組織の吸収係数測定

脱気NS中のウサギ組織(皮膚、皮下組織、筋肉、3度熱傷皮膚)を透過した音圧と、水中伝導での音圧を比較して吸収係数を算出した。1検体につき9か所を測定してその平均値を算出した。

皮膚は6.9±2.7dB/cm、3度熱傷の皮膚は21.0±2.2dB/cm、皮下組織は2.5±0.8dB/cm、筋肉は3.6±2.1dB/cmだった。

II-2 HIFU照射時の温度分布推定と皮膚熱傷出現予測

ウサギ腹壁へのHIFU照射時の計算検討を、まず生体熱輸送方程式で温度分布の経時的推定を行い、その結果から損傷係数によって皮膚熱傷出現を予測した。

ウサギ腹壁に対する照射時の熱傷出現予測を示す(図)。

II-3 ウサギ腹壁へのHIFU照射、皮膚処置に関する検討

どの皮膚処理過程が熱傷出現に影響するかを検証した。検討項目は(1)除毛フォームによる除毛の有無、(2)石鹸による洗浄の有無、(3)HIFU照射までの脱気水による浸水の有無、(4)充分な脱気水がトランスデューサ接触面に存在する状態と、脱気された超音波検査用ゲルがトランスデューサ接触面に存在する状態との比較、とした。1.67MHzPzTを用い、ウサギの腹壁に対し処置を全て施したコントロール群と4項目のうち1つを省いた処理省略群を割り当て1800W/cm2、20秒、焦点を皮下5mmとして12回ずつHIFUを照射した。熱傷は1度以上をカウントした。

体毛除去が不充分であると、熱傷は有意に出現した(処理省略群11/12vsコントロール3/11; p<0.001)。その他の項目は差を認めなかった。

結論

HIFUの合併症である皮膚熱傷を避けるために、特に体毛の充分な除去を中心とした照射前の皮膚処理を丁寧に行うことが重要である。

検討III. ウシ血清アルブミン(BSA)加ポリアクリルアミドゲルを用いた加熱変性域の検討

計算検討は気体の影響が加味されず、予測より大きくなると言われる。我々の経験上、想定した位置に加熱凝固壊死が得られないことも経験された。BSA加ポリアクリルアミドゲル(BSAゲル)を使用し、照射による加熱変性の拡大様態と位置を検討した。

III-1 BSAゲルの吸収係数測定

7, 14, 21, 28%のBSAゲルと変性させた14%BSAゲルを作成した。

検討II-1と同様に吸収係数を求めた。

7, 14, 21, 28%のBSAゲルと変性14% BSAゲルの吸収係数はそれぞれ0.33±0.04dB/cm、0.56±0.11dB/cm、0.64±0.06dB/cm、0.87±0.02dB/cm、2.36±0.79dB/cmであった。

III-2 BSAゲルへのHIFU照射:予測値との比較検討

照射により生じた変性領域と計算値との比較を目的とした。

1.67MHzPzTを以下の検討に用いた。14%BSAゲルに900, 1050, 1300, 1500, 1800, 2150, 2500, 3000W/cm2の焦点強度でそれぞれ5, 10, 20, 30, 60秒間、焦点をBSAゲル表面から10mmのゲル内とし照射した。各条件での変性の長軸長、変性の中心点から焦点の距離を測定した。照射による予測値は吸収係数0.56 dB/cmと2.36 dB/cmのBSAゲルを想定し、生体熱輸送方程式で温度分布を推定して65℃に達した範囲を変性した領域とみなし、実測と同部位を算出した。実測値と予測値の結果を比較した。

長軸長は実測値が大きく、変性の中心点から焦点の距離は実測値と想定値で1.5-3.0mm異なり、実際はPzT側へ移動していた。

結論

BSAゲルはHIFU照射により生じる変性領域の観察において一定の有用性を持っている。しかしその結果をもとにin vivoにおいて再評価する必要がある。

検討IV. 皮下注射の熱傷予防効果の検討

皮膚とその直下にある対象物の間のヒアルロン酸溶液(HA)皮下注射が皮膚熱傷予防手段となるか検証した。

IV-1 HAとNSの物性測定

HAとNSの物性値の差異の検証を目的とした。0.4%、0.2%HAとNS生理食塩水の吸収係数と音速、密度、比熱、熱伝導率を測定した。

各溶液を厚さ10mmの直方体容器に封入し、検討II-1と同様に吸収係数を測定した。その到達時間から音速を算出した。1検体につき12か所を測定してその平均値を算出した。溶液の熱物性の検証は密度、比熱、熱伝導率の測定を行った。密度は同体積の試料と蒸留水の重量を比較することで算出した。蒸留水は27℃であった。27℃における水の密度は0.996512とした。5回計測しその平均値を算出した。比熱は示差走査熱量計を用いて測定した。3回計測しその平均値を算出した。熱伝導率は熱物性測定装置を用いて測定した。5回計測しその平均値を算出した。

HA濃度が高くなるにつれ音速と熱伝導率、比熱が低くなる傾向だった。音響学的物性、熱物性とも差は認められなかった。

IV-2 溶液へのHIFU照射による温度測定

HIFU照射時のHAとNSの差異の検証を目的とした。1.67MHzPzTを以下の検討に用いた。検討I-1と同様の実験系を用いた。各溶液1mlの照射野の温度測定を行った。焦点において600W/cm2の焦点強度で60秒間照射し温度を測定した。焦点からPzT方向に0.5、1.0、2.0、3.0、4.0、5.0mmの位置と、焦点から軸に垂直に0.5、1.0、2.0、3.0mmの位置で600W/cm2の焦点強度で60秒間の温度を測定した。

温度上昇度は0.4%HA、0.2%HA、NSの順で高かった。3mm離れた地点ではそれぞれ約1℃上昇した。

IV-3 皮下注射および皮膚冷却による皮膚熱傷抑制効果の検討

4kgの日本白色種ウサギ(オス)の腹壁を対象とし0.2%HAの皮下注射と皮膚冷却による皮膚熱傷抑制効果を検討した。皮膚処理後、ウサギ腹壁をランダムに皮下注射と冷却の有無で4群に分けた。450, 600, 750, 900, 1050, 1300, 1500, 1800W/cm2の照射強度で20秒間、皮下5mmを焦点として照射し、筋層に生じた熱凝固壊死巣と皮膚熱傷(1度以上)をカウントした。

皮下注射により常に筋層内凝固壊死出現率の方が高く維持された。冷却により加熱凝固壊死巣と熱傷の出現がともに抑制された。

結論

皮下注射はHIFU治療時の皮膚熱傷予防手技として有用である。ヒアルロン酸溶液を用いても目的とするHIFU照射に影響は認めなかった。

検討V. 静脈変性閾値の測定

血管壁の熱物性は不明である。Thermal dose(t43)は暴露温度とその暴露時間の関数で示され、与えられた熱量を43℃で加熱した場合に要する暴露時間として表すものである。

照射条件の計算検討に必要な静脈壁の熱物性を測定した。

V-1 静脈壁の熱伝導率測定

静脈瘤手術由来の大伏在静脈を3cm長に切断したものを用いた

熱物性測定装置を用いて測定した。5回計測しその平均値を算出した。

静脈壁の熱伝導率は0.22±0.02W/m/Kだった。

V-2 加熱変性モデル測定値からのthermal dose計算

静脈の加熱変性モデルは80℃×5, 10, 20秒間、75℃×5, 10, 20秒間、70℃×5, 10, 20, 30秒間、65℃×20, 30, 40秒間、60℃×30, 60秒間静脈片の内腔に加熱したNSを注入することで作成した。標本はPSR染色し偏光顕微鏡下で観察した。静脈壁内に変性部位と正常部位の境界を認めた検体で血管壁厚と変性深度を測定した。この境界の経時温度を円筒の熱伝導方程式から推定し血管壁のthermal doseを導いた。

80℃×5, 10秒間、75℃×10秒間、70℃×10, 20, 30秒間、65℃×20, 30, 40秒間加熱した静脈壁で、有効な加熱変性と正常部位の境界を認めた。静脈壁のthermal doseはt43= 157.61±65.83 eq minだった。

検討VI. In-vivoにおける静脈への照射効果の検討

ウサギ外頚静脈を対象とした経皮的HIFU照射を行い、これまでの検討に基づいて皮膚熱傷を予防しつつ血管の閉塞が得られるかを検討した。

VI-1 HIFU照射条件の決定

生体熱輸送方程式からHIFU照射時の熱分布を推定し、皮膚熱傷出現は損傷係数、血管変性は検討Vで求めたthermal doseを用いて予測した。

予測結果を図に示す。×を動物実験時の検討強度とした。

VI-2 実験動物とHIFU照射

4kgのウサギ(おす、日本白色種)を用いた。ウサギの外頚静脈は皮下2-3mmに存在し径は5mm程度である。ウサギは麻酔後、頚部に皮膚に照射前処置を行った。皮膚処理後、0.2%HAを皮下注射した。左EJVに照射し、右を対照とした。EJVを圧迫後、その奥2mmを焦点とし1.67MHzPzTで照射した。右EJVは、照射以外は左側と同様の処置を行った。

VI-2-1 外頚静脈を照射対象とした血管閉塞についての短期的検討

HIFUによる短期的変化の観察と条件選定を目的とした。750W/cm2×20秒、900W/cm2×20秒、1050W/cm2×10秒、1300W/cm2×5秒、1300W/cm2×10秒の照射条件で20回照射した。各群のはじめの2羽は照射後すぐに評価し、残り3羽は照射後圧迫し3日後に評価した。皮膚熱傷は1度以上とした。切除した静脈をHE染色とPSR染色で組織学的評価を行った。

1300W/cm2×10秒では80%で皮膚熱傷を生じず静脈が閉塞した。その他の群では、750W/cm2×20秒、900W/cm2×20秒、1050W/cm2×10秒で40%、1300W/cm2×5秒で20%だった。全閉塞例でEVLTやRF後と同様の壁の加熱変性を認めた。

VI-2-1 外頚静脈を照射対象とした血管閉塞についての中期的検討

HIFUによる血管閉塞について中期的変化の観察を目的とした。

1300W/cm2×10秒で7羽に照射した。予定照射域の画像変化が得られるまで照射を行った。照射後圧迫し3日後に解除、照射側の閉塞を確認した。照射1か月後に静脈造影、エコー、組織学的(HE染色、PSR染色)に評価した。

全例閉塞したが、1か月後の閉塞維持は7例中1例だった。全再疎通例で狭窄を認めた。組織学的に、閉塞例で内腔は壁の接着のため不明瞭であり、再疎通例では内皮細胞が認められた。

結論

In vivo検討により、HIFU照射によって静脈閉塞を惹起できた。組織学的にはEVLTやRFに認められる所見と同様であった。しかし実際に使用する機器としての最適化を更に要すると考えられた。

まとめ

検討結果をまとめると以下のようになる。

○管腔内の液体に対し照射した場合、組織加熱変性に要する熱量を得るには長時間の照射を要する。加熱される液体は交通が遮られている必要がある。高強度超音波の照射は、副損傷の可能性が極めて高い。

○圧迫により管腔内の液体を排除し、前後壁を圧着すると閉塞させるために有効な血管壁の加熱変性が得られた。

○HIFU照射を空気中で行う場合、極力体毛の除去を行うべきである。

○皮下注射はHIFU 照射による加熱損傷を抑制するために有用であった。冷却が照射対象にまで影響する場合、照射対象への加熱損傷が不充分となり得る。

○血管壁の熱耐性は皮膚や皮下組織より高かった。

○HIFUを用いて皮膚熱傷を予防しつつ径5mm 程度のウサギ外頚静脈を閉塞させることができた。組織学的変化はEVLT やRFと同様であった。今回は再疎通率が高かった要因として血管処理長が短かった可能性と種の特異性を考えている。

○中口径以上の静脈に対しHIFUによる至適な閉塞手法を検証できた。

結語

集束超音波の下肢静脈瘤治療に対し適応しうる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は集束超音波技術を用いることによって従来の治療手段よりも低侵襲で下肢静脈瘤治療を行うため、その適応に関し基礎的検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.現在まで径1mm程度の細径血管に対しては集束超音波を照射することで血管閉塞が得られることがわかっていた。一方、5mmの管腔を保った血管内に対して集束超音波照射を行った場合、血管閉塞に有効な組織加熱変化を得るためには長時間の照射を要し、また、短時間での温度上昇を意図した高強度超音波の照射は、副損傷を起こす可能性が極めて高いことを示した。

圧迫により管腔内の液体を排除し前後壁を圧着すると、閉塞させるために有効な血管壁の加熱変性が得られることが示された。

2. 集束超音波は脱気水中で照射されることが通例である。これに対し空気中で安全に集束超音波を照射するために必要な照射前処理について検討し、充分な体毛除去が必須であることを示した。

3.皮下注射が集束超音波照射による皮膚熱傷を抑制するために有用であることを示した。特に皮膚直下に存在する照射対象に対しても皮膚熱傷を予防し集束超音波照射を行えるようにすることができる手技が示された。

4. 血管壁の熱物性、加熱変性に関する閾値を示した。

5. ウサギを用いた動物実験において、皮膚熱傷を予防しつつ径5mm程度の静脈(外頚静脈)を集束超音波によって閉塞させることができることを示した。その組織学的変化はレーザー治療およびラジオ波による組織変性と同様であることが示された。

中口径以上の静脈に対し集束超音波を用いての至適な閉塞手法が示された。

以上、本論文は集束超音波により下肢静脈瘤が治療でき得ることを明らかにした。これまで細径の血管閉塞は集束超音波の照射によって得られていたが、実際の下肢静脈瘤と同等径の静脈閉塞に関しては実現していなかった。しかし本研究は下肢静脈瘤と同等径の静脈閉塞が行えることを示した。また、本来ならば適応となり難い皮膚近傍の照射対象物に対しても、集束超音波を利用でき得る手法を検証した。集束超音波の臨床適応に関し、さらにその領域拡大に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51478