学位論文要旨



No 127107
著者(漢字) 鈴木,友香子
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ユカコ
標題(和) 細胞凝集を促進する三次元培養法を用いた細胞塊移植による骨再生
標題(洋)
報告番号 127107
報告番号 甲27107
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3717号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 特任准教授 星,和人
 東京大学 講師 小笠原,徹
 東京大学 特任講師 長瀬,敬
 東京大学 講師 古村,眞
内容要旨 要旨を表示する

外傷や疾病,発達障害などによる骨の欠損が病的状態を招くことは現在でもしばしば生じている問題である.効果的な骨再生の技術改革は重要な課題となっている.自家骨移植は骨再生技術のスタンダードとなっているが,採骨部への侵襲,また,採取できる骨の量に限界があるという問題を抱えている.以上のように,大きな骨欠損が生じた場合の確実な治療法は,現在のところ存在せず,新たな骨再生法の確立が求められている.そして,その候補として,細胞と成長因子と足場を利用した再生医療が期待されている.

骨髄間質細胞は様々な組織に分化することのできる幹細胞を含んでいることが報告されており1),末梢血単核細胞中にも多能性幹細胞が存在し,骨への分化も可能であるとの報告がある2,3).間充織の凝集は多くの組織(例えば骨,筋肉,腎臓または軟骨)の進展ステップのうちの初期段階の1つである.また,膜性骨化では骨の発達の初期段階において,間葉細胞の前駆細胞が将来骨になる部位に凝集し高密度に集積する4)ことが知られている.現在までに三次元環境5)や動的環境6)が骨形成分化を促進することが証明されている.コラーゲンゲル溶液とHARV(high aspect ratio vessel)バイオリアクターを用いた3次元旋回培養システムによる骨芽細胞の移植モデルが報告されているが,異種動物による細胞の足場を用いたものであり,また,細胞凝集を利用したものではない7).細胞凝集塊を移植する実験としては癌細胞を使用したものがあり,それは血管新生や成長因子の放出などが報告されている8,9).我々の研究室では,三次元旋回培養により細胞凝集が生じることを報告している10,11,12,13,14).細胞懸濁液の継続的な旋回により凝集塊を形成する旋回培養は,細胞の凝集を促進する15).以上より我々は,膜性骨化の初期段階を模倣し,骨分化を促進するため,旋回培養法を用いた.ここでコントロール群として用いたBeta-Tricalcium phosphate(β-TCP, Ca3(PO4)2)はリン酸塩を主成分とするバイオセラミックであり,骨伝導を促進するといわれている.これは骨髄と結合すると,骨のリモデリングや発達に必要な幹細胞と必要な栄養分を細胞が得ることを促進し,骨形成に寄与する.また,Calcium phosphate cement (CPC)は人工骨材料であり,これは,産業界でも吸着材として幅広く使用されている.本研究では骨髄由来細胞凝集塊とβ-TCPの骨形成能について比較した.

骨髄採取においては麻酔が必要であり,それに伴う合併症,また,発熱,骨髄穿刺部の痛みや出血等が起こる可能性があり,骨髄採取においては,患者にかかる負担が大きい.本研究では,骨髄由来細胞と同程度かそれ以上に末梢血由来細胞が骨形成に有用であるかを検討した.ヒト骨髄中に存在している間葉系幹細胞は全単核球の1~3%程度である.一方,末梢血中では0.1~0.5%程度しか存在していない.末梢血採取の際には麻酔が不要であり患者にかかる負担が少ない.また,単核球成分のみ採取を行ない返血することで大量の細胞採取が可能となることも考えられる.骨髄間葉系細胞由来細胞塊(以下,骨髄由来細胞塊)および末梢血単核細胞由来細胞塊(以下,末梢血由来細胞塊)の骨形成について,組織学的,免疫組織学的,放射線学的,ラマン分光法によるスペクトル解析,遺伝子発現解析により検証した. 本実験では,旋回培養法を応用することにより迅速かつ大量に,骨髄間葉系細胞由来細胞塊および末梢血単核細胞由来細胞が細胞凝集塊を形成することが可能であることを示した.

またリアルタイムPCR分析,ALP活性測定では骨分化培地において,旋回培養法により, 骨髄間葉系細胞由来細胞塊および末梢血単核細胞由来細胞を細胞塊として培養することで骨形成マーカーの遺伝子上昇を確認し, ALP活性測定によりALP活性測定の上昇を確認した.

免疫染色においては骨髄由来細胞塊移植群および末梢由来細胞塊移植群でオステオカルシンおよびオステオポンチンの発現が見られた.これにより欠損部において骨形成を確認でき, 骨髄間葉系細胞由来細胞塊および末梢血単核細胞由来細胞塊が生体内で骨形成を増生することが示唆された. 本研究で比較対象として移植したβ-TCP+骨髄由来細胞塊にも骨再生は認められなかった.また, 組織学的検討では,骨髄由来細胞塊及び末梢血単由来細胞塊を用いた場合,どちらにおいても血管組織様組織を伴った再生骨を誘導できた.

マイクロCTを利用することによりサンプルを画像の変化で視覚的に評価し,骨密度の測定を行った.骨密度は既存骨に比較して新生骨は小さいが,本研究において骨髄由来細胞塊・末梢血由来細胞塊をそれぞれ移植した後,新生骨の増生を確認できた.

ラマン分光法は組織の生化学的分析を非弾力的な光散乱を用い行う非侵襲性の技術であるが,このラマン分光法によるスペクトル解析においても新生骨が既存骨と近い特徴を有していること示唆された.

本実験では人工の足場を用いずに完全に自己細胞由来のもので構成された培養骨の移植ができ,これにより,人工材料の残留や感染の危険が回避できると考えられる.

臨床的に,骨修復の理想的な方法は簡便かつ確実であり外科的侵襲の少ない方法である.本法では,細胞凝集を考慮することにより,人工材料を用いずに細胞移植することが可能であり,簡便で外科的侵襲の少ない方法で移植が出来ると考えられる.したがって,従来より報告されている単に材料に細胞懸濁液を播種する組織工学手法とは異なる方法であり,一つの新しい方法を示したと考える.また,本法は操作性に優れる方法であるので,これらの技術が組織工学の新しい分野で適用することができると考える.

骨の発生過程において細胞凝集は重要であり,細胞固有の接着力により凝集する旋回培養法を骨髄細胞や末梢血単核細胞由来細胞に適用することにより,組織再生に応用した.その結果,以下の結論が得られた.

1. 骨髄間葉系細胞由来細胞塊は,骨欠損部への移植により骨形成を増生させる.

2. 骨髄間葉系細胞由来細胞塊の移植によって形成された新生骨は,組織学的,力学的,放射線学的に既存骨(生体骨)に近い性質を持つ.

3. 末梢血単核細胞由来細胞塊は,骨欠損部への移植により,骨形成を増生させる.

4. 末梢血単核細胞由来細胞塊の移植によって形成された新生骨は骨髄間葉系細胞由来細胞塊の移植よりも効果は低いものの,組織学的,放射線学的に既存骨(生体骨)に近い性質を持つ.

審査要旨 要旨を表示する

本研究では,細胞凝集を促進する三次元培養法である旋回培養法を用い,骨髄および末梢血から細胞凝集塊を形成し,細胞と自ら分泌するマトリックスのみで構成される細胞塊を形成し,骨再生に応用可能か試みたものであり,下記の結果を得ている.

1.ヒト骨髄由来細胞凝集塊のリアルタイムPCR測定及びALP活性測定解析の結果,ヒト骨髄由来細胞凝集塊は骨分化能を有する事が示された.

2.ヒト末梢血由来細胞凝集塊のリアルタイムPCR測定及びALP活性測定解析の結果,ヒト末梢血由来細胞凝集塊は骨分化能を有する事が示された.

3.骨髄間葉系細胞由来細胞塊の移植によって形成された新生骨は,組織学的,力学的,放射線学的,生物学的に既存骨(生体骨)に近い性質を持つことを示した.

4.末梢血単核細胞由来細胞塊の移植によって形成された新生骨は骨髄間葉系細胞由来細胞塊の移植よりも効果は低いものの,組織学的,放射線学的に既存骨(生体骨)に近い性質を持つことが認められた.

以上,本論文は本研究では,細胞凝集を促進する三次元培養法である旋回培養法を用い,骨髄および末梢血から細胞凝集塊を形成し,細胞と自ら分泌するマトリックスのみで構成される細胞塊を形成し,ヌードラットに移植することにより形成された新生骨は,既存骨に近似した性質を持ち,本培養法にて形成された細胞塊は骨再生に応用できることが示唆された。本研究はこれまで未知に等しかった,ヒト細胞凝集塊の骨再生における解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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