学位論文要旨



No 127111
著者(漢字) 服部,理恵子
著者(英字)
著者(カナ) ハットリ,リエコ
標題(和) アルギン酸修飾コラーゲンのカルシウム架橋体をスカフォールドとした肉芽組織誘導
標題(洋)
報告番号 127111
報告番号 甲27111
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3721号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 講師 古村,眞
 東京大学 講師 西條,英人
 東京大学 講師 重松,邦宏
内容要旨 要旨を表示する

1.序文

高次な構造を持つ大型の再生組織を生体内で維持するには、十分な血流が不可欠である。組織に血流を供給するには、組織全体を網羅するような血管網の形成が必要である。その為の現実的な手法の一つとして、ホスト母床から再生組織内へ速やかに血管網を誘導する事が考えられる。方法としては血管新生を促す成長因子のデリバリーによる血管誘導があるが、その前提として再生組織の中に誘導された血管が成長する為の足場が必要となる。生体において血管は細胞外マトリックス(以下ECMと略す)の中でその構造が保持されている。言い換えれば、ECMは血管新生において最も理想的な天然の足場材料であり、それをモデルとした材料設計は一つの有効なアプローチであると考えられる。

本研究では、アルギン酸修飾アテロコラーゲンをカルシウムでイオン架橋したマテリアルを創製し、その物性を評価するとともに、ラット移植モデルにおける血管を含んだ肉芽組織誘導についても検討した。

2.アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルの物性評価

・アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルの作成

まずアテロコラーゲンとカップリング反応させる官能基をアルギン酸に付与する為、アルギン酸のスクシンイミドエステル化を実施した。様々な比率でアルギン酸ナトリウムとN-ヒドロキシスクシンイミド(以下HOSuと略す)を混合し、1-エチル-3-3-ジメチルアミノプロピルカルボジイミド塩酸塩(以下EDCと略す)を用いてスクシンイミドエステル化を実施した。合成されたHOSu活性化アルギン酸は、フーリエ変換赤外分光計を用いてFT-IR測定を行い100糖ユニット当たり(以下/100Uと表記)のスクシンイミド数を測定した。

次にスクシンイミド数が1、2、4、8、13又は16 / 100UのHOSu活性化アルギン酸をそれぞれ0.25%、0.5%又は1%(w/v)水溶液に調製し、アテロコラーゲンのPBS溶液に添加してカップリング反応(共有結合)をさせ、アルギン酸修飾アテロコラーゲン溶液を作成した。この溶液中のアテロコラーゲンの最終濃度は0.4%、HOSu活性化アルギン酸の最終濃度は0.1%、0.2%又は0.4%となった。用いたHOSu活性化アルギン酸のスクシンイミド数は、1、2、4、8、13又は16 /100Uであり、それぞれにおいてHOSu活性化アルギン酸濃度0.1%、0.2%又は0.4%を作製した為、ここで合成したアルギン酸修飾アテロコラーゲン溶液は18種類であったが、このうち溶液状態が保たれたのは9種類であった。

溶液状態を保った各アルギン酸修飾アテロコラーゲン溶液に最低値0.05%の塩化カルシウム溶液を添加したところ、いずれの溶液もゲル化する事を確認した。ゲル化したアルギン酸修飾アテロコラーゲン溶液をアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルと呼称することとした。

・ゲルの生理環境下での膨潤・収縮評価

アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲル及び、これと同濃度のアルギン酸/アテロコラーゲン混合物(アルギン酸とアテロコラーゲンの間に共有結合のないもの)を培養液に浸漬し、経過時間によるそれぞれの重量の増加/減少を測定した。アルギン酸/アテロコラーゲン混合物は重量減少が50%まで低下したのに対し、アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルは、溶媒に浸漬してからの重量減少が20%にとどまり、アルギン酸-アテロコラーゲン間に共有結合を加える事がゲルの安定に有効である事を示された。

・ゲルに対する血管内皮細胞の接着性試験

アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲル及び、これと同濃度のアルギン酸/アテロコラーゲン混合物(アルギン酸とアテロコラーゲンの間に共有結合のないもの)上で、ヒト臍帯静脈内皮細胞(以下HUVECと略す)を培養し、HUVECのゲルへの接着性を観察したところ、アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルの方が、アルギン酸/アテロコラーゲン混合物よりも有意に高い接着性を示し、アルギン酸が含まれても細胞接着性が失われないことが示唆された。

・ゲルのbFGF結合と放出の評価

アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲル及び、アルギン酸を含まない化学架橋アテロコラーゲンゲルに塩基性線維芽細胞成長因子(以下bFGFと略す)を含有させコラゲナーゼ水溶液に浸漬した。化学架橋アテロコラーゲンゲルではコラゲナーゼ水溶液に浸漬すると時間と共にゲルが分解しbFGFの放出が見られたが、アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルではbFGFの放出量は低値にとどまり、ゲルのbFGFに対する優れた結合性が示された。

・HUVECのゲルへの伸長

HUVECとフィブリンのクラスター(以下HUVECクラスターと表記)をアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルにより被覆し経時的に観察したところ、クラスター表面から樹枝状HUVECの伸長が認められた。また、bFGFを複合化させたアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルで被覆したところ、bFGFを複合化させない場合と比べ、より活発なHUVECの伸長が認められ、複合化したbFGFの活性が失われていないことが明らかになった。また、2種類の条件の異なるアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲル間でHUVECの伸長に有意差が認められ、HOSu活性化アルギン酸の濃度やスクシンイミド数がゲルの性能に影響を及ぼす可能性が示唆された。

3.アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルの肉芽組織誘導機能の検討

・様々な条件で作成したゲルへのHUVECの伸長

HOSu活性化アルギン酸の濃度による影響を評価する為に、スクシンイミド数が同じ3種のゲル間でHUVECの伸長を比較したところ、アルギン酸密度の低いゲルの方がHUVECの伸長が強く、優れた足場機能を有することが示唆された。一方、スクシンイミド数による影響を評価する為、HOSu活性化アルギン酸濃度が同じの3種のゲル間で同様の検討を実施したところ、スクシンイミド数が低いゲルの方がHUVECの伸長が強く、優れた足場機能を有することが示唆された。

・塩化カルシウムでゲル化させたゲルの機能評価

様々な条件で作成したアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルをラットの腹直筋下に移植し、5日後に採取して肉芽組織形成能と血管誘導能の評価を行った。採取サンプルの切片はHematoxylin-Eosin(以下HEと略す)で染色され肉芽組織の形成を定性及び定量的に評価し、またvon Willebrand因子(以下vWFと略す)に対する免疫染色で血管誘導能を定性及び定量的に評価した。結果は、HOSu活性化アルギン酸密度の低いゲルの方が、肉芽組織形成能、血管誘導能ともに優れていることが示され、in vitro評価の結果と同様の傾向であった。これに対し、スクシンイミド数の変化による影響は、肉芽組織形成能、血管誘導能ともに検出することができなかった。

・グルコン酸カルシウムでゲル化したゲルの機能評価

均一なアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルを作製する為に、ゲル化に必要なカルシウムイオンのソースとしてグルコン酸カルシウムを用いて緩徐なゲル化を行う代替プロトコールを開発した。濃度の異なるグルコン酸カルシウム溶液でゲル化したアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルと、塩化カルシウムでゲル化した同成分のアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルをラットの筋膜下に移植し、5日後に採取して評価した。結果は、0.013%のグルコン酸カルシウム溶液でゲル化したアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルが、塩化カルシウムでのゲル化よりも有意に優れた肉芽組織形成能、血管誘導能を示し、グルコン酸カルシウムによるゲル化の有用性が実証された。

・bFGFを複合化したゲルの機能評価

様々な量のbFGFをアルギン酸修飾アテロコラーゲン溶液に添加し、0.013%グルコン酸カルシウム溶液でゲル化させたものをラットの筋膜下に移植し、5日後に採取して同様の評価を実施した。結果は、1000ng/mLの濃度でbFGFを複合化させたゲルにおいて、bFGFを複合化させていない同成分のゲルと比べ有意に優れた肉芽組織形成能、血管誘導能が示された。bFGFがゲルのアルギン酸部分に静電的に結合し、それがゲル内への肉芽や血管の発達に寄与することが示唆された。

4.まとめ

本研究では血管新生や肉芽形成のための足場材料として、アルギン酸修飾アテロコラーゲンを基本とする様々なゲルを作製した。そしてin vitroでの物性評価を経て、ラットへの移植実験を実施した。移植されたアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルは、移植後5日目に豊富な新生血管を含む肉芽に置き換わる事が確認された。また、ゲル化にカルシウムイオンの解離性が低いグルコン酸カルシウムを用いることや、bFGFを複合化させることにより、ゲルの肉芽組織形成能、血管誘導能が強化されることも示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、再生組織に血流を供給する血管網形成の手法として、アルギン酸修飾アテロコラーゲンをカルシウムでイオン架橋したマテリアルを創製し、その物性を評価するとともに、ラット移植モデルにおける血管を含んだ肉芽組織誘導についても検討し、下記の結果を得ている。

1. アテロコラーゲンとカップリング反応(共有結合)させる官能基をアルギン酸に付与する為、アルギン酸のスクシンイミドエステル化を実施した。その後合成されたHOSu活性化アルギン酸はアテロコラーゲンのPBS溶液に添加してカップリング反応させ、アルギン酸修飾アテロコラーゲン溶液を作製した。溶液状態を保った各アルギン酸修飾アテロコラーゲン溶液に最低値0.05%の塩化カルシウム溶液を添加していずれの溶液もゲル化する事を確認し、これをアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルと呼称する。

2. アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲル及び、これと同濃度のアルギン酸/アテロコラーゲン混合物(アルギン酸とアテロコラーゲンの間に共有結合のないもの)を培養液に浸漬し、経過時間によるそれぞれの重量の増加/減少を測定したところ、アルギン酸/アテロコラーゲン混合物は重量減少が50%まで低下したのに対し、アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルは溶媒に浸漬してからの重量減少が20%にとどまり、アルギン酸-アテロコラーゲン間に共有結合を加える事がゲルの安定に有効である事を示した。

3. アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲル及び、これと同濃度のアルギン酸/アテロコラーゲン混合物上で、ヒト臍帯静脈内皮細胞(以下HUVECと略す)を培養し、HUVECのゲルへの接着性を観察したところ、アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルの方が、アルギン酸/アテロコラーゲン混合物よりも有意に高い接着性を示し、アルギン酸が含まれても細胞接着性が失われない事を示唆している。

4. アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲル及び、アルギン酸を含まない化学架橋アテロコラーゲンゲルに塩基性線維芽細胞成長因子(以下bFGFと略す)を含有させコラゲナーゼ水溶液に浸漬したところ、化学架橋アテロコラーゲンゲルではコラゲナーゼ水溶液に浸漬すると時間と共にゲルが分解しbFGFの放出が見られたが、アルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルではbFGFの放出量は低値にとどまり、ゲルのbFGFに対する優れた結合性が示されている。

5. HUVECとフィブリンのクラスター(以下HUVECクラスターと表記)をアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルにより被覆し経時的に観察したところ、クラスター表面から樹枝状HUVECの伸長が認められた。また、bFGFを複合化させたアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルで被覆したところ、bFGFを複合化させない場合と比べてより活発なHUVECの伸長が認められ、複合化したbFGFの活性が失われていない事が明らかになった。また、2種類の条件の異なるアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲル間でHUVECの伸長に有意差が認められ、HOSu活性化アルギン酸の濃度やスクシンイミド数がゲルの性能に影響を及ぼす可能性が示唆された。

6. スクシンイミド数が同じ3種のゲル間でHUVECの伸長を比較したところ、アルギン酸密度の低いゲルの方がHUVECの伸長が強く、優れた足場機能を有することが示唆された。一方、スクシンイミド数による影響を評価する為、HOSu活性化アルギン酸濃度が同じの3種のゲル間で同様の検討を実施したところ、スクシンイミド数が低いゲルの方がHUVECの伸長が強く、優れた足場機能を有する事を示している。

7. 様々な条件で作成したアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルをラットの腹直筋下に移植し、5日後に採取して肉芽組織形成能と血管誘導能の評価を行った。採取サンプルの切片をHematoxylin-Eosinで染色され肉芽組織の形成を定性及び定量的に評価し、またvon Willebrand因子に対する免疫染色で血管誘導能を定性及び定量的に評価したところ、HOSu活性化アルギン酸密度の低いゲルの方が肉芽組織形成能、血管誘導能ともに優れていることが示され、in vitro評価の結果と同様の傾向であった。

8. 均一なアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルを作製する為に、グルコン酸カルシウムを用いて緩徐なゲル化を行う代替プロトコールを開発した。濃度の異なるグルコン酸カルシウム溶液でゲル化したアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルと、塩化カルシウムでゲル化した同成分のアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルを、7と同様の方法にてin vivo評価を行ったところ、0.013%のグルコン酸カルシウム溶液でゲル化したアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルが、塩化カルシウムでのゲル化よりも有意に優れた肉芽組織形成能、血管誘導能を示し、グルコン酸カルシウムによるゲル化の有用性が実証された。

9. 様々な量のbFGFをアルギン酸修飾アテロコラーゲン溶液に添加し、0.013%グルコン酸カルシウム溶液でゲル化させたものを7と同様の方法にてin vivo評価したところ、1000ng/mLの濃度でbFGFを複合化させたゲルにおいて、bFGFを複合化させていない同成分のゲルと比べ有意に優れた肉芽組織形成能、血管誘導能が示された。bFGFがゲルのアルギン酸部分に静電的に結合し、ゲル内への肉芽や血管の発達に寄与する事が示唆された。

以上、本論文では血管新生や肉芽形成のための足場材料として、アルギン酸修飾アテロコラーゲンを基本とする様々なゲルを作製し、in vitroでの物性評価を経てラットへの移植実験を実施した。移植されたアルギン酸修飾アテロコラーゲンゲルは、移植後5日目に豊富な新生血管を含む肉芽に置き換わる事が確認された。また、ゲル化にカルシウムイオンの解離性が低いグルコン酸カルシウムを用いることや、bFGFを複合化させることにより、ゲルの肉芽組織形成能、血管誘導能が強化されることも示した。これらの研究は今後の再生医療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと思われる。

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