学位論文要旨



No 127113
著者(漢字) 平澤,裕代
著者(英字)
著者(カナ) ヒラサワ,ヒロヨ
標題(和) スペクトラルドメイン光干渉断層計を用いた日本人視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚解析
標題(洋)
報告番号 127113
報告番号 甲27113
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3723号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 特任講師 臼井,智彦
 東京大学 准教授 岩崎,真一
 東京大学 特任准教授 林,直人
 東京大学 准教授 藤城,光弘
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

近年スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domain optical coherence tomography[SD-OCT])が登場し、従来のタイムドメインOCT(time-domain OCT[TD-OCT])では困難であった網膜の立体的な観察が可能になった。本研究はSD-OCTを用いて多数の日本人正常眼における視神経乳頭周囲の網膜神経線維層厚(retinal nerve fiber layer thickness[RNFLT])及び網膜全層厚を測定し、これらの3次元的分布及び関連する因子の検討、正常眼及び緑内障眼における同OCTによるRNFLT測定再現性、緑内障診断能力の評価を目的とした。

【対象と方法】

データの収集は東京大学、京都大学、新潟大学、大阪大学、金沢大学、群馬大学の各附属病院と多治見市民病院の計7施設で行われ、視神経乳頭周囲網膜厚データについては東京大学で一括して解析を行った。正常眼被験者は20-29歳、30-39歳、40-49歳、50-59歳、60-69歳、70歳以上の年齢別グループ6群を設定し、各群30人以上となるように募集した。緑内障眼被験者は20歳以上の緑内障罹患患者を対象にごく初期、初期各群80人、中期、後期各群45人を目標に募集した。被験者に対しては本研究計画の説明を行ったのち、書面上にてインフォームドコンセントを取得のうえ、眼科一般検査を行い、検査結果に基づき除外基準に該当する者は除外した。研究対象として適格であることを確認された被験者に対し、新規に開発されたSD-OCTの一機種である3D OCT-1000(Topcon Inc.)による視神経乳頭周囲網膜厚測定を施行し、従来型TD-OCTであるStratus OCT(Carl Zeiss)による網膜厚測定が可能な4施設(東京大、京都大、新潟大、金沢大各附属病院)においては同OCTによる網膜厚測定もあわせて行った。

SD-OCTによる網膜厚測定にあたりcircular scan protocol及び3D scan protocolの2種protocolを採用した。circular scan protocolは視神経乳頭を中心とした測定径2.2, 2.5, 2.8, 3.1, 3.4, 3.7, 4.0mmの7測定円上の網膜厚測定を行うものであり、3D scan protocolは視神経乳頭を含む6mm×6mmの領域のラスター走査を行うものである。3D scan protocolの場合、得られた3D データセットからcircular scan protocolと同様に7測定円上の網膜厚につき算出する方法(line mean法)と、測定径2.8-4.0mmの円周に囲まれた帯状領域における平均網膜厚を算出する方法(volume mean法)の両者により網膜厚を算出した。TD-OCTによる測定ではFast RNFL scan protocolを採用した。一部被験者に対しては短期・検者間・他日再現性評価を目的に各同日内3回測定、同日内に異なる検者による2回測定、他日2回測定を行い再現性評価の指標としてcoefficients of variation(CV)を算出した。RNFLTの算出にあたり、全周平均RNFLTの定義は視神経乳頭周囲360度全ての測定点・サンプリング点のRNFLT平均とし、視神経乳頭周囲の部位別RNFLT評価にあたっては、耳側・上方・鼻側・下方の4方向、さらに12、36分割の区画分割を行い各区画における平均RNFLTを算出した。緑内障診断能評価にあたりRNFLTは1度毎に平均を算出し、さらに180度、90度、30度、20度、15度、10度、5度毎に分割された各区画において平均を算出した。

本研究における検討内容として1)日本人正常眼の網膜厚とRNFLT分布及び関連因子の検討、2)正常眼及び緑内障眼におけるRNFLT測定再現性評価、3)SD-OCTにおける最適な緑内障診断基準の策定の3項目を設定した。

【結果】

1)日本人正常眼の網膜厚とRNFLT分布及び関連因子の検討

正常眼の網膜厚3次元的分布及び関連因子を検討した。92名を対象に両OCTで測定されたRNFLTを比較した結果、両OCTともに視神経乳頭周囲円周上のRNFLT分布は上方と下方が厚い良く似た二峰性パターンを示した。TD-OCTとSD-OCT circular scanの全周平均RNFLT間に有意差はなかったが、SD-OCT 3D scan(line mean法)の全周平均RNFLTはTD-OCTより約6.7μm、circular scanより約4.1μm薄く、いずれも有意な差であった。従って、異なるOCT及びscan protocolによるRNFLTの解釈には注意を要する。

次にSD-OCTのcircular scan(251名)、3D scan(272名)によるRNFLT評価を行った。circular scanではわずかながらも有意な左右眼のRNFLT差を認めたが、3D scanでは左右差を認めなかった。いずれのscan protocolにおいても測定径2.2-4.0mm間の7測定円上で互いに良く似た二峰性パターンを示し、視神経乳頭から離れるほどRNFLTが菲薄化した(RNFLT slope)。両scan protocolとも、4方向別に異なるRNFLT slopeが観察され、RNFLT slopeは視神経乳頭面積が広いほど緩やかに、またRNFLTが厚いほど急峻であった。RNFLT分布に関連する因子解析では、両scan protocolに共通して全周平均RNFLTに性差は認められず、加齢による菲薄化を認めた。circular scan及び測定径2.2-3.4mmの3D scan line mean法及びvolume mean法によるRNFLTは眼軸長の影響を受けなかった。また、circular scanと3D scan line mean法によるRNFLTは乳頭面積による影響を受ける一方、volume mean法によるRNFLTは乳頭面積による影響を受けなかった。volume mean法によるRNFLT評価は、従来主流であった測定径3.4mm円周上のline mean法によるRNFLT測定結果と良く似た値をとり、また加齢による菲薄化の速度も同じであったが、line mean法とは異なり眼軸長及び乳頭面積による影響はなく、臨床的に使用するRNFLT指標としてはより有用であると考えられた。

また、SD-OCTのcircular scanより得たデータから網膜外層厚を算出し、その3次元的分布をRNFLTと比較した。全周平均でみた場合、網膜外層厚の視神経乳頭からの距離に応じた菲薄化はRNFLTと比べるとわずかなものであり、またRNFLTが4方向とも乳頭から離れるほど菲薄化していたのに対し、耳側においては乳頭から離れるほど厚みが増していた。網膜外層厚はRNFLTと異なり、測定径3.4mm円周上で顕著な二峰性パターンを示すことはなかった。網膜外層厚はRNFLTと同様、性差はなく、加齢による菲薄化を認める一方で、RNFLTと異なり眼軸長が長くなるほど薄くなる一方、乳頭面積による影響は認められなかった。

2)正常眼及び緑内障眼におけるRNFLT測定再現性評価

正常眼と緑内障眼を対象にTD-OCTとSD-OCTのcircular scan、3D scan (line mean法、volume mean法)の4 protocolによるRNFLT測定再現性の比較評価を行った。正常眼と緑内障眼の測定再現性を比較した場合、TD-OCTとSD-OCT 3D scanによる測定では緑内障眼のCVが有意に上昇し再現性が悪化していた。一方、SD-OCT circular scanによる測定では正常眼と緑内障眼のCV間に有意差はなく再現性は同等であった。いずれのscan protocolにおいても区画分割数が増えるほどCVの上昇を認め再現性が悪化していたが、その悪化の程度はTD-OCTにおいてより顕著であった。正常眼においては4分割以上の場合TD-OCTよりもSD-OCTの再現性が良好であり、さらに12分割以上ではSD-OCTの中でもcircular scanよりも3D scanの再現性がより良好であった。緑内障眼の場合、12分割以上ではTD-OCTよりもSD-OCTの再現性が良好であったが、SD-OCTのcircular scanと3D scanの再現性間に有意差はほとんどなかった。volume mean法による測定再現性は正常眼、緑内障眼ともに36分割時の再現性が有意にline mean法よりも良好であった。すなわち、volume mean法は測定再現性という観点からすれば、36分割時すなわち区画角度が10度の狭い区画におけるRNFLT評価が必要な場合、有用な手法と考えられる。

3)SD-OCTにおける最適な緑内障診断基準の策定

SD-OCT 3D scan protocolにおける最適な緑内障診断基準について検討した。line mean法及び volume mean法に共通して、36分割した区画(区画角度10度)のうち1区画以上のRNFLTがカットオフ値1パーセンタイルを下回る場合を緑内障と判定する条件下で最高の診断能力を有した。同条件におけるSD-OCTの感度・特異度はTD-OCTにおけるカットオフ値1パーセンタイルの場合の感度、及び5パーセンタイルの場合の特異度よりも有意に良好な値を示し、TD-OCTよりも優れた緑内障診断能力を有していることが示された。

【結論】

本研究では多数の日本人正常眼・緑内障眼を対象にSD-OCTによるRNFLT測定を行い、正常眼RNFLTに関する規範的なデータと緑内障診断及び緑内障進行解析に必要な貴重なデータを得ることができた。SD-OCTによるRNFLT測定はTD-OCTよりも優れた測定再現性と緑内障診断能力を有していた。新たに考案したvolume mean法によるRNFLTは従来使用されている測定径3.4mm円周上で計算されるline mean法によりRNFLTと非常によく似た分布を示し、眼軸長及び視神経乳頭面積による影響を受けず臨床的に有用な指標であることが分かった。またvolume mean法は細かく分割した場合の測定再現性が比較的保たれており、緑内障診断能力という観点からはvolume mean法とline mean法による結果はほぼ同等であったが、volume mean法が有する多区画分割時の再現性の優位性を考慮するとvolume mean法の導入により緑内障眼における緑内障の検出及び進行解析における精度の向上が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はスペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)を利用した精度の高い緑内障検出法、緑内障進行解析法の考案を目的として、SD-OCTを用いた多数の日本人正常眼及び緑内障眼の視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚(RNFLT)の測定を行い得られたデータを解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.異なるOCT及びscan protocol間の測定結果評価:

従来型のタイムドメインOCT (TD-OCT)とSD-OCT(circular scan protocolと3D scan protocol)によるRNFLT測定結果を同一被験者間で比較した結果、異なるOCT及び異なるscan protocolによるRNFLTは良く似た値をとるものの、有意な差を認める場合もあり、RNFLTの測定法(OCT機種、scan protocol)が異なる際のRNFLTの解釈には注意が必要であることが示された。

2.日本人正常眼におけるRNFLT3次元的分布及び関連因子評価:

SD-OCTを用いた多数の日本人正常眼のRNFLT測定を行った結果、測定径2.2mm-4.0mm間における7測定円上で上下方向にピークをもつ二峰性パターン及び視神経乳頭から離れるほど薄くなるRNFLT slopeが観察された。RNFLTは年齢と視神経乳頭面積に影響を受ける一方、性・眼軸長・眼圧による影響は受けないことが示された。

3.新しいRNFLT評価法volume mean法の導入:

従来は視神経乳頭周囲の測定円周上のRNFLTを評価していた(line mean法)が本研究では3D scan protocolで得られる3D データを活用し、視神経乳頭周囲の測定径2.8mm-4.0mmに挟まれた帯状領域のRNFLT評価(volume mean法)を試みた。その結果、volume mean法によるRNFLT分布及びその特徴は従来主流であるline mean法(測定径3.4mm)と良く一致しているのみならずvolume mean法によるRNFLTが影響を受ける因子は年齢のみであり、臨床的により有用な指標であると示唆された。

4.網膜外層厚の評価:

OCTを用いた視神経乳頭周囲のRNFLT以外の網膜各層(網膜外層)に関する報告は過去になく、正常眼における網膜外層の3次元的分布と関連因子の評価は本研究が初である。網膜外層はRNFLTにおいてみられた顕著な二峰性パターンを示さず、また視神経乳頭からの距離に応じた菲薄化もまたRNFLTと比べるとわずかなものであった。また加齢による菲薄化を示し、長眼軸長眼ではより網膜外層が薄いことが示された。本研究で得られた結果は今後予定されている緑内障眼における網膜外層厚の解析結果とあわせて再度評価したい。

5.正常眼及び緑内障眼におけるRNFLT測定再現性:

正常眼と緑内障眼を対象にTD-OCTとSD-OCTによるRNFLT測定再現性の比較評価を行った結果、SD-OCTの良好な測定再現性が確認され、特に評価する区画を細かく分割するほどSD-OCTによる測定再現性の優位性が顕著であった。SD-OCTの異なるscan protocol間の比較結果では正常眼を対象にした場合3D scan protocolの方が良好な再現性を示したが、緑内障眼では両protocol間の再現性に差はなかった。36分割、すなわち区画角度10度の狭い区画での測定再現性は、本研究で導入したvolume mean法が従来のいずれの方法と比較しても有意に良好な再現性を維持することが示され、狭い区画のRNFLT評価時にはvolume mean法は特に有用であると考えられた。

6.SD-OCTにおける最適な緑内障診断基準の策定:

以上の結果を踏まえ、SD-OCT(3D scan protocol)における最適な緑内障診断基準を検討したところ、36分割した区画(区画角度10度)のうち1区画以上のRNFLTがカットオフ値1パーセンタイルを下回る場合を緑内障と判定する、とした場合に最高の診断能力を有しており、TD-OCTよりも優れた緑内障診断能力を有していることが示された。

以上、本論文は多数の日本人正常眼・緑内障眼を対象にSD-OCTによるRNFLT測定を行い、正常眼RNFLTに関する規範的データと緑内障診断及び緑内障進行解析に必要な貴重なデータをまとめたものである。得られたデータからRNFLT測定値の空間的分布、各因子の影響や測定再現性等の様々な観点から検討を加え新しいRNFLT解析法を開発するに至った。本研究で考案した新しいRNFLT解析方法は良好な測定再現性に加え高い緑内障診断能を有しており、今後のOCTによる緑内障診断の進歩に重要な貢献をなすと考えられる。従って、本論文は学位の授与に値するものと考えられた。

UTokyo Repositoryリンク