学位論文要旨



No 127114
著者(漢字) 深井,厚
著者(英字)
著者(カナ) フカイ,アツシ
標題(和) Akt1による軟骨代謝調節機構
標題(洋)
報告番号 127114
報告番号 甲27114
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3724号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 特任准教授 星,和人
 東京大学 特任准教授 茂呂,徹
内容要旨 要旨を表示する

高齢社会の急速な進行の中、高齢者が要支援、要介護状態に陥る原因の中で、関節疾患が原因疾患の上位に位置されており、介護予防の上からも関節疾患、特に変形性関節症を始めとした加齢性軟骨変性に伴う運動器疾患の予防・治療法の開発・確立が社会的急務となっている。

ほとんどの生理的な骨格成長は軟骨内骨化により獲得され、変形性関節症などの病的軟骨代謝障害においても軟骨内骨化の関与が指摘されている。軟骨細胞が増殖して、成熟した肥大した細胞に分化したあと、細胞は周囲のマトリックスを石灰化して、血管を誘導する。そして、軟骨が骨に置き換わる。

無機ピロリン酸は、カルシウムで結晶するリン酸イオンの働きに拮抗し抑えることによって、軟骨細胞石灰化の調節機構の上で、重要な役割を演じます。細胞外ピロリン酸の蓄積は、細胞外チャネリングのためのtransmenbrane protein progressive anlylosis(ANK)、ヌクレオシド三リン酸から生成されるヌクレオチドピロホスファターゼホスホジエステラーゼ1(NPP1)と加水分解のための組織非特異性のアルカリホスファターゼ(TNAP)らによって制御される。

重要な骨・軟骨代謝調節因子として知られてインスリン/IGF-Iは軟骨内骨化骨化に関与しており、その下流分子であるセリントレオニンプロテインキナーゼAktは、シグナル伝達に重要である。Aktは細胞の生存、増殖、糖代謝などにおいて重要な役割を果たしている。3つのAkt アイソフォーム、Akt1、Akt2とAkt3の中で、軟骨細胞ではAkt1が最も優位に発現している。Akt1ホモノックアウトマウスは成長障害を呈することが報告されている。当教室の研究で、以前Akt1ホモノックアウトマウスの骨組織を解析したところ、骨形成・骨吸収双方の抑制による低回転型の骨粗鬆症を呈し、Akt1は、骨芽細胞においてFoxO3a/Bim経路の抑制による生存促進、Runx2転写誘導による分化促進、RANKL発現による破骨細胞分化支持、そして破骨細胞において分化・生存促進に働くことにより、骨量・骨代謝回転を維持していることを示した。

今回の研究の目的は、Aktの軟骨代謝調節における生理的および病的条件下での役割を解析し、その分子メカニズムを解明することである。

まず軟骨細胞におけるAkt1の発現、機能を確かめ、Akt1ホモノックアウトマウス(Akt1-/-)の骨格系に関する表現型、組織学的特徴を検討した。また実験的マウス変形性膝関節症モデルを作出することにより、Akt1の変形性関節症への関与を検討した。そして、in vitroの実験により、軟骨内骨化過程の中でのAkt1の機能を調べるため、Akt1ホモノックアウトマウスと同胞野生型マウスの新生仔から採取した肋軟骨由来軟骨細胞のex vivoの細胞培養系と、マウス軟骨前駆細胞株ATDC5の細胞培養系を用いた解析により検討し、Akt1による軟骨代謝調節機構の解明を試みた。その結果、Akt1-/-マウスの解析を行うと同胞野生型マウスに比べて骨格の成長障害が見られた。Akt1-/-の成長板ではBrdU取込みにみられる増殖層およびtype 10 collagen(COL10)免疫染色にみられる肥大層は正常であったがvon Kossa染色にみられる石灰化軟骨層が減少していた。また成マウス膝関節に実験的マウス変形性膝関節症モデルを作成すると、Akt1-/-マウスでは関節軟骨変性は野生型マウスと同様に起こったが、骨棘形成は抑制されていた。また関節軟骨におけるCOL10発現には差がなく、関節辺縁におけるVEGFの発現は抑制されていた。Akt1-/-肋軟骨細胞培養系では細胞増殖能、Alcian blue染色の染色性、COL10発現は野生型マウス細胞と差がなかったが、石灰化能の指標(von Kossa・Alizarin red染色、VEGF、osteopontin発現)は抑制されていた。マウス軟骨前駆細胞株ATDC5に恒常活性型(ca-)Akt1を導入して過剰発現させてもsi-Akt1を導入して発現抑制しても、Alcian blue染色の染色性やCOL10の発現はかわらず、またca-Akt1やドミナントネガティブ型Akt1を導入しても転写活性は変わらなかったが、上記石灰化の指標は全てca-Akt1導入により促進され、si-Akt1導入により抑制された。最後にAkt1による石灰化制御の分子背景を検討した。石灰化抑制因子であるピロリン酸調節分子の内、ピロリン酸を誘導するANK・NPP1の発現が、ATDC5細胞においてca-Akt1導入により抑制され、si-Akt1導入およびAkt1-/-細胞で促進された。

以上より、Akt1シグナルは、軟骨細胞においては細胞増殖能、基質産生、肥大分化には影響しないが、石灰化抑制因子であるピロリン酸産生分子ANKおよびNPP1の発現を抑制する働きにより軟骨石灰化を促進し、生理的な骨格成長や変形性関節症における骨棘形成に関与していることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究の目的は生理的な軟骨形成および軟骨病的状態である変形性関節症におけるAkt1の役割を解明し、その分子機序を明らかにするため、ノックアウトマウスを用いた生理的条件下および変形性関節症誘導モデルでのin vivoの解析、ならびにマウス肋軟骨由来の初代培養軟骨細胞、軟骨系細胞株を用いたin vitroの解析により、下記の結果を得ている。

1.軟骨細胞においてAkt1は最も優位に発現していたため、Akt1ホモノックアウトマウスを経時的に解析したところ、骨格パターニングに明らかな異常はみられなかったが、野生型マウスと比較して成長障害があった。また免疫染色などを用いて組織学的解析をすると、野生型マウスと比較して軟骨細胞の増殖や肥大分化には影響しなかったが、軟骨細胞の石灰化が減少していた。これらのデータより、Akt1シグナルは骨格成長の軟骨内骨化において軟骨細胞の増殖、肥大化には影響しないが、生理的な軟骨細胞石灰化に促進的な作用をしていることが示唆された。

2.Akt1ホモノックアウトマウスと同胞野生型マウスに対してマウス変形性膝関節症モデルを作製した検討から、病的条件下の軟骨代謝機構においては、Akt1の欠損により軟骨基質破壊、軟骨細胞肥大化や非石灰化の骨棘形成には影響はないが、石灰化の骨棘形成が抑制された。これらのデータより、Akt1シグナルは病的条件下の変形性関節症において、血管誘導の無い脛骨内側関節での関節軟骨の変性や肥大化、関節辺縁での非石灰化の骨棘形成には影響しないが、血管の誘導がある関節辺縁での軟骨細胞石灰化による骨棘形成に促進的な作用をしていることが示唆された。

3.肋軟骨/関節軟骨由来初代培養軟骨細胞とマウス軟骨前駆細胞株ATDC5を用いて、軟骨内骨化の軟骨代謝機構におけるAkt1の役割について検討した。その結果、軟骨細胞の増殖・肥大分化にはAkt1は影響せず、石灰化は、Akt1のgain-of-functionによって増強され、Akt1のloss-of-functionによって抑制された。また石灰化を抑制するピロリン酸産生分子ANK、NPP1の発現およびプロモーター転写活性は、Akt1のgain-of-functionによって抑制され、Akt1のloss-of-functionによって増強された。これらのデータより、軟骨細胞におけるAkt1シグナルは、その増殖・肥大分化には影響しないが、ピロリン酸産生分子の発現を抑制することによって軟骨石灰化を促進していることが示唆された。

以上、本論文は、軟骨細胞におけるAkt1シグナルが、その増殖・肥大分化には影響しないが、ピロリン酸産生分子の発現を抑制することによって軟骨石灰化を促進して、生理的な骨格成長や変形性関節症における骨棘形成を制御する作用をもつ重要な分子であることを明らかにした。本研究はこれまで全容が解明されていない、軟骨内骨化の軟骨代謝調節機構に働くと考えられるネットワーク網の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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