学位論文要旨



No 127116
著者(漢字) 松本,卓巳
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,タクミ
標題(和) 破骨細胞における窒素含有型ビスフォスフォネートの作用メカニズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 127116
報告番号 甲27116
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3726号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 特任教授 高取,吉雄
 東京大学 講師 小笠原,徹
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 講師 小川,純人
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

ビスフォスフォネート製剤は強力な骨吸収抑制剤であり、骨ページェット病、閉経後骨粗鬆症、癌の骨転移など骨吸収の増加を特徴とした様々な疾患の治療に用いられている。しかしその作用機序についてはいまだに不明な点が多い。

リセドロネートやアレンドロネートに代表される窒素含有型ビスフォスフォネートはメバロン酸代謝経路に作用し、経路の最終産物である farnesyl pyrophosphate (FPP) や geranylgeranyl pyrophosphate (GGPP)の産生を阻害する。FPP や GGPPは破骨細胞のアポトーシス、細胞骨格制御、液胞輸送の制御に重要な役割を果たす small G 蛋白の活性に関与しており、この活性阻害作用が破骨細胞における作用機序と考えられている。しかし、今までの多くの報告がマクロファージや細胞株を破骨細胞の代用としたものであり、骨吸収活性を担う唯一の細胞である破骨細胞そのものにおいて細胞内のシグナル伝達を詳細に解析したものはなかった。また、その骨吸収抑制作用が破骨細胞のアポトーシス誘導によるのか、アポトーシスとは独立した骨吸収抑制効果によるものなのか、という問題に関しても未だはっきりとした結論がでていない。

【目的】

窒素含有型ビスフォスフォネートによって生じる破骨細胞内におけるシグナル伝達変化をアポトーシス誘導、骨吸収活性抑制とで独立して明らかにすること、および生体内での作用メカニズムを明らかにすること。

【方法】

窒素含有型ビスフォスフォネートの代表としてリセドロネートを選択した。in vitroの系において、ウイルスベクターを用いて遺伝子導入した破骨細胞や遺伝子改変マウス由来の破骨細胞にリセドロネート投与を行い、タンパク発現、生存、骨吸収活性の変化を解析し、リセドロネートによって修飾される生存および骨吸収活性を制御するシグナル経路を同定した。in vitroの系より得られた知見に基づき、Bim ノックアウトマウスへのリセドロネート投与を行い、その骨量増加作用、組織学的な変化を解析し、生体内での作用メカニズムを考察した。また in vitroの系におけるシグナル解析から骨吸収シグナルへの関与が明らかとなった Aktに関して、その微小管制御メカニズムに注目し、in vitroにおける微小管の動態解析や微小管結合蛋白の解析、Akt1&Akt2ダブルノックアウト破骨細胞の骨吸収活性、細胞骨格の解析を行い、骨吸収活性制御における働きを解明した。

【結果】

まず、in vitroにおいてマウス骨髄細胞とマウス初代骨芽細胞との共存培養によって得られた破骨細胞に対しリセドロネート投与実験を行った。30μMのリセドロネートは破骨細胞にミトコンドリア経路を介したアポトーシスを誘導した。ミトコンドリア経路を介したアポトーシスを制御する Bcl-2 family タンパクのうち、Bimの発現が増加した。Bim ノックアウト破骨細胞へのリセドロネート投与では、アポトーシス誘導は抑制されるが、骨吸収活性の低下は抑制されなかった。リセドロネートがアポトーシス誘導とは独立して骨吸収抑制効果を持つことが示唆された。

生体内での作用機序を解明するため、14週齢のBimノックアウトマウス(以下Bim KO マウス)へリセドロネート生体投与実験を行った。体重あたり 0.01mg / kgのリセドロネートを14日間連続皮下投与した。X線撮影、骨密度測定により野生型マウス(以下 WT マウス)およびBim KO マウスの両者でリセドロネート投与により明らかな骨量増加が認められた。骨吸収マーカーである血清中のCTx-IはWT マウスおよびBim KO マウスの両者で有意に減少していた。組織学的な検討では、Bim KO マウスでは破骨細胞のアポトーシスが有意に抑制されていた。リセドロネート投与により破骨細胞数は WT マウスでは約 1.5倍に増加した。Bim KO マウスではもともと WT マウスと比較して破骨細胞数は約1.5倍に増加しており、リセドロネート投与による破骨細胞数の変化はみられなかった。これらの結果より、リセドロネートは破骨細胞のアポトーシスには依存せずに骨量増加作用を持つことが示唆された。

続いて、リセドロネートによって修飾される生存および骨吸収活性を制御するシグナル経路の同定を試みた。破骨細胞において Bimはユビキチン-プロテアソーム系により分解され、この制御には MEK/Erk 経路が関与することが報告されている。そこでリセドロネート投与が Erkの活性化へ及ぼす影響を評価した。リセドロネート投与により Erkの活性は経時的および濃度依存的に減少し、3μM 以上のリセドロネート濃度において活性が有意に低下した。細胞生存に関与するもう一つの重要な経路である Aktについても影響を評価したところ、Aktの活性はやはり経時的、および濃度依存的に減少し、0.03μM 以上のリセドロネート濃度において活性が有意に低下した。恒常活性型MEK1 (CA-MEK1) および恒常活性型Akt1 (CA-Akt1)をアデノウイルスにより導入した破骨細胞を用いて、リセドロネートの生存能および骨吸収活性への影響を評価した。リセドロネートによるアポトーシスはCA-Akt1 導入破骨細胞では部分的に、CA-MEK1導入破骨細胞では完全にレスキューされた。この結果はリセドロネート投与によるアポトーシス誘導が主にMEK/Erk 経路を介していることを示唆した。一方で、リセドロネート投与による骨吸収抑制はCA-MEK1導入破骨細胞ではレスキューされず、CA-Akt1導入破骨細胞では完全にレスキューされた。骨基質上で骨吸収を行なっている破骨細胞が形成するsealing zoneの形成を比較すると、リセドロネート投与によりその形成率は有意に低下するが、CA-MEK1 導入破骨細胞ではレスキューされず、CA-Akt1導入群では完全にレスキューされた。これらの結果はリセドロネート投与による骨吸収抑制効果が Akt 活性阻害による sealing zoneの破断を介していることを示唆した。

リセドロネートの濃度依存的なアポトーシス誘導能、骨吸収抑制効果を評価したところ、破骨細胞のアポトーシス誘導には3μM 以上、骨吸収抑制には 0.03μM 以上のリセドロネート濃度を要することがわかった。これらの結果は、Erkの活性、Aktの活性の濃度依存的な低下と一致しており、低濃度リセドロネートの暴露では骨吸収抑制がアポトーシス誘導とは独立して生じることを示唆した。

続いて、Aktによる sealing zone 形成制御のメカニズムの解明を行った。近年、破骨細胞における sealing zoneをはじめとするアクチン骨格の構成は微小管によって制御されることが明らかとなってきており、特にsealing zoneの形成には安定化した微小管が修飾されて生じるアセチル化チューブリンが必要であるとされている。リセドロネート投与によってアクチン骨格の破断と同時に微小管構造も破壊された。Aktの活性低下に伴ってアセチル化チューブリンの発現が低下し、CA-Akt1の導入によりアセチル化チューブリンが増加した。これらはAkt が微小管の安定化に関与することでアクチン骨格を制御している可能性を示唆した。CA-Akt1 導入破骨細胞では、微小管の安定化に関わる微小管のプラス末端集積因子のなかで APC および EB1の微小管結合が増加していた。APCは GSK-3βによるリン酸化を受けることによって微小管結合能を失うことが知られている。GSK-3βの阻害剤である LiClによって破骨細胞のアセチル化チューブリンが増加し、またAkt1&Akt2 ダブルノックアウト破骨細胞でみられる骨吸収能の低下、sealing zone 形成の低下が LiClの添加によって回復した。以上の結果より Akt が GSK-3βを介して微小管結合蛋白の微小管への結合を制御することで微小管の安定化に寄与し、sealing zoneの形成および骨吸収に関与する可能性が示唆された。

【考察】

in vitroの系におけるシグナル解析により、リセドロネートが Erk/Bim 経路に作用して破骨細胞のアポトーシスを誘導し、Akt 経路に作用して破骨細胞の骨吸収活性を阻害することが明らかとなった。またBim ノックアウトマウスへのリセドロネート投与実験から、リセドロネートの作用機序が破骨細胞のアポトーシス誘導に依存しないことが明らかとなった。アポトーシス誘導と骨吸収活性抑制が独立したシグナル経路によって制御されており、アポトーシス誘導効果の発現には骨吸収抑制効果の発現の100倍以上の濃度のリセドロネートが必要であることがわかった。生体内では破骨細胞は骨吸収に伴ってのみしかビスフォスフォネートを細胞内に取り込むことができないため、少量のリセドロネート取り込みによって sealing zone 形成の障害が生じると、それ以上のリセドロネートを取り込むことができないと考えられた。本研究では窒素含有型ビスフォスフォネートとしてリセドロネートしか用いておらず、薬剤による効果の違いに関しては今後さらに検討する必要がある。また本研究で、Akt が微小管の安定化をもたらすことで、sealing zoneの形成に関与し、骨吸収活性を制御するという新しい知見を得た。本研究によって得られた知見は、新たなビスフォスフォネート薬の開発や、新たな機序を持つ骨吸収抑制薬の創薬に繋がると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は骨粗鬆症の治療の第一線で使用されている窒素含有型ビスフォスフォネートの生体内作用機序を明らかにするため、in vitroの系でリセドロネートが破骨細胞に及ぼすシグナル修飾の解明を試み、また遺伝子改変マウスへのリセドロネート投与を行って in vivoの系での作用効果の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.in vitroにおいてマウス骨髄細胞とマウス初代骨芽細胞との共存培養によって得られた破骨細胞に対しリセドロネート投与実験を行った。リセドロネートは破骨細胞にミトコンドリア経路を介したアポトーシスを誘導し、ミトコンドリア経路を介したアポトーシスを制御する Bcl-2 family タンパクのうち、Bimの発現が増加した。Bim ノックアウト破骨細胞へのリセドロネート投与では、アポトーシス誘導は抑制されるが、骨吸収活性の低下は抑制されなかった。リセドロネートがアポトーシス誘導とは独立して骨吸収抑制効果を持つことが示唆された。

2.Bimノックアウトマウス(以下Bim KO マウス)へのリセドロネート生体投与実験を行った。X線撮影、骨密度測定により野生型マウス(以下 WT マウス)およびBim KO マウスの両者でリセドロネート投与により明らかな骨量増加が認められた。骨吸収マーカーである血清中のCTx-Iは WT マウスおよび Bim KO マウスの両者で有意に減少していた。組織学的な検討では、Bim KO マウスでは破骨細胞のアポトーシスが有意に抑制されていた。リセドロネート投与により破骨細胞数は WT マウスでは約 1.5倍に増加した。Bim KO マウスではリセドロネート非投与群間において破骨細胞数は WT マウスの約1.5倍に増加しており、リセドロネート投与による破骨細胞数の変化はみられなかった。これらの結果より、リセドロネートは破骨細胞のアポトーシスには依存せずに骨量増加作用を持つことが示唆された。

3.in vitroの系にて、リセドロネートによって修飾される生存および骨吸収活性を制御するシグナル経路の同定を試みた。リセドロネート投与により Erkおよび Aktの活性は経時的および濃度依存的に減少した。Erkの活性は 3μM 以上のリセドロネート濃度で有意に低下した。Aktの活性は0.03μM 以上のリセドロネート濃度で有意に低下した。恒常活性型MEK1 (CA-MEK1) および恒常活性型Akt1 (CA-Akt1)をアデノウイルスにより導入した破骨細胞を用いて、リセドロネートの生存能および骨吸収活性への影響を評価した。リセドロネートによるアポトーシスはCA-Akt1 導入破骨細胞では部分的に、CA-MEK1導入破骨細胞では完全にレスキューされた。この結果はリセドロネート投与によるアポトーシス誘導が主にMEK/Erk 経路を介していることを示唆した。一方で、リセドロネート投与による骨吸収抑制はCA-MEK1導入破骨細胞ではレスキューされず、CA-Akt1導入破骨細胞では完全にレスキューされた。骨基質上で骨吸収を行なっている破骨細胞が形成するsealing zoneの形成を比較すると、リセドロネート投与によりその形成率は有意に低下するが、CA-MEK1 導入破骨細胞ではレスキューされず、CA-Akt1導入群では完全にレスキューされた。これらの結果はリセドロネート投与による骨吸収抑制効果が Akt 活性阻害による sealing zoneの破断を介していることを示唆した。

4.リセドロネートの濃度依存的なアポトーシス誘導能、骨吸収抑制効果を評価したところ、破骨細胞のアポトーシス誘導には3μM 以上、骨吸収抑制には 0.03μM 以上のリセドロネート濃度を要することがわかった。これらの結果は、Erkの活性、Aktの活性の濃度依存的な低下と一致しており、低濃度リセドロネートの暴露では骨吸収抑制がアポトーシス誘導とは独立して生じることを示唆した。

5.Aktによる sealing zone 形成制御のメカニズムの解明を行った。リセドロネート投与によってアクチン骨格の破断と同時に微小管構造も破壊された。Aktの活性低下に伴ってアセチル化チューブリンの発現が低下し、CA-Akt1の導入によりアセチル化チューブリンが増加した。これらはAkt が微小管の安定化に関与することでアクチン骨格を制御している可能性を示唆した。CA-Akt1 導入破骨細胞では、微小管の安定化に関わる微小管のプラス末端集積因子のなかで APC および EB1の微小管結合が増加していた。APCは GSK-3βによるリン酸化を受けることによって微小管結合能を失うことが知られている。GSK-3βの阻害剤である LiClによって破骨細胞のアセチル化チューブリンが増加し、またAkt1&Akt2 ダブルノックアウト破骨細胞でみられる骨吸収能の低下、sealing zone 形成の低下が LiClの添加によって回復した。以上の結果より Akt が GSK-3βを介して微小管結合蛋白の微小管への結合を制御することで微小管の安定化に寄与し、sealing zoneの形成および骨吸収に関与する可能性が示唆された。

以上、本論文はリセドロネートによって修飾されるアポトーシス誘導経路および骨吸収抑制経路が独立して存在すること、生体内ではリセドロネートによる骨量増加作用機序は骨吸収活性の抑制であること、Akt経路が破骨細胞の微小管骨格を制御することで骨吸収に関与すること、を明らかにした。本研究によって得られた知見は、新たなビスフォスフォネート薬の開発や、新たな機序を持つ骨吸収抑制薬の創薬に繋がると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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