学位論文要旨



No 127117
著者(漢字) 三瀬,祥弘
著者(英字)
著者(カナ) ミセ,ヨシヒロ
標題(和) 3次元画像処理技術による肝うっ血領域定量的評価法の、肝切除への臨床応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 127117
報告番号 甲27117
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3727号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 准教授 赤羽,正章
 東京大学 講師 重松,邦宏
 東京大学 講師 和田,郁雄
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

肝静脈処理に伴ううっ血の弊害については、特に生体肝移植の領域で多くの報告が認められ、うっ血により肝再生が障害され、術後肝機能の回復が遅延するとされる。しかし従来の肝容積計量法では、多種多様な肝静脈の走行から、その還流領域を定量的に評価することは困難であり、主要肝静脈浸潤を伴う肝癌に対する肝切除手術において、肝静脈合併切除後に肝静脈再建を行うべきかどうかの判定基準は未だ確立していない。

近年登場した肝画像シミュレーションソフトは、複雑な肝構造を3次元表示し、血行動態に基づき門脈・肝静脈の支配肝容積を計算することが出来る。ソフト上で行う仮想肝切除により、処理する門脈・肝静脈に応じた切除後の残肝容積・うっ血容積を定量的に評価することが可能となった。

我々はこの3次元画像処理技術を応用し、肝静脈再建の検討が必要な肝癌症例において、肝静脈還流領域を定量的に評価し、肝予備能と機能的残肝容積から肝静脈再建要否の判定基準を設定した。基準に基づき手術を行った症例の手術成績と残肝再生を解析し、肝静脈処理に伴ううっ血の許容範囲について検討し、3次元画像処理技術による肝うっ血領域定量的評価法の有効性について検証した。

対象と方法

主要肝静脈浸潤が疑われ、肝静脈再建の検討が必要な肝悪性腫瘍83例中、28例では巨大腫瘍による脈管の圧排、血管内腫瘍栓により、脈管の描出が不鮮明となり3次元画像処理技術が応用できなかった。残る55例を本研究の対象とし、肝画像シミュレーションソフト(OVA, 日立メディコ株式会社)を用いて肝容積計算を行った。

肝静脈再建要否の判定基準は、肝切除における術前門脈塞栓術の適応基準に基づき設定した。門脈塞栓術は、インドシアニン・グリーン試験15分値(以下、ICGR15)が10%未満の正常肝、10-20%の中等度障害肝で、予想残肝容積の全肝比がそれぞれ40%未満、50%未満の場合に、切除側肝の萎縮・残肝の代償性肥大を目指し施行されている。本研究では、肝静脈還流領域を肝静脈処理に伴ううっ血域とし、その領域を非機能肝とみなした。残肝容積からうっ血領域を差し引いた容積を、残肝非うっ血領域(non-congestive liver remnant, 以下、NCLR)として求め、NCLRの全肝比が、正常肝(ICGR15< 10%)の場合、40%未満、ICGR15が10-20%の障害肝の場合、50%未満であれば、肝静脈再建が必要と判断し、これらの症例をDeficient NCLR 群とした。上記基準を満たせば肝静脈再建は不要と判断し、肝静脈を犠牲にできる群とした(Sufficient NCLR 群)。

腫瘍の肝静脈浸潤の有無は術中超音波検査で確認し、実際の手術手技で、基準に基づき肝静脈再建を行わず犠牲にした群をSacrifice 群、肝静脈浸潤なしと診断され静脈を温存した症例、肝静脈再建により静脈還流を温存した症例をPreserve 群とした。

Sacrifice 群、Preserve 群の術後検査データ(血清アラニンアミノトランスフェラーゼ [以下、ALT]、総ビリルビン値[以下、T-Bil]、プロトロンビン時間[以下、PT])、手術成績、3ヶ月後肝再生率を解析した。

結果

術前評価で、37例がSufficient NCLR群、18例がDeficient NCLR群に振分けられた。術中診断で、Sufficient NCLR群の8例、Deficient NCLR群の3例で肝静脈浸潤が否定され、Sacrifice 群が29例、Preserve 群が24例となった。残る2例では、術中ドップラー超音波検査で、血行動態的に有効な静脈間交通枝が確認されたため、肝静脈再建を行わず主要肝静脈を犠牲にした。

対象の55例で周術期死亡はなく、術後入院日数中央値は14日(範囲、10-36日)であった。術後検査データ(ALT、T-Bil、PT)は、術後1,2,3,5,7病日でSacirifice 群、Preserve群の両群に有意差はなく、ともに良好であった。肝切除術式、切除容積の全肝比に差を認めなかったが、Sacrifice 群の手術時間、出血量は、中央値465分(範囲、239-678分)、580g(範囲、275-1650g)と、Preserve 群の523分(範囲、285-811分)、815g(範囲、500-2420g)に比べ、それぞれ有意に短く(p=0.03)少なかった(p=0.01)。

結語

3次元画像処理技術を用いて肝静脈処理に伴ううっ血領域の評価を行い、肝予備能と機能的残肝容積に基づく肝静脈再建基準を設定し、その基準に基づき肝静脈還流を犠牲にした群、温存した群の手術成績、残肝再生を評価した。

Sacrifice 群の術後検査データ、残肝再生はPreserve 群と遜色なく、ICGR15が10%未満の正常肝、10-20%の障害肝では、それぞれ全肝比40%、50%以上のNCLRを保てば、再建を行うことなく安全に主要肝静脈を犠牲にできることが示された。

また温存が不要な症例では、主要肝静脈を犠牲にすることにより、術後経過に影響を及ぼすことなく、手術時間・出血量などの手術侵襲を軽減することができる。

3次元画像処理技術を用いた詳細な術前評価により、従来は知り得なかった肝静脈処理に伴ううっ血領域の術前評価が可能となり、より安全な肝切除手術を目指すことができる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、3次元画像処理技術を応用し従来は困難であった肝静脈還流領域の定量的評価を行い、肝静脈処理に伴ううっ血の許容範囲を検討しその評価法の有効性を検証する目的に、評価に基づき手術を行った肝静脈浸潤肝癌症例の手術成績と残肝再生を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. 肝静脈再建基準を、肝切除手術における門脈塞栓術適応基準に基づき設定した。3次元画像処理技術を用いて残肝容積・うっ血容積を計算し、残肝容積からうっ血領域を差し引いた容積を、残肝非うっ血領域(non-congestive liver remnant, 以下、NCLR)として求め、NCLRの全肝比が、正常肝(インドシアニン・グリーン試験15分値[以下、ICGR15]< 10%)の場合、40%未満、ICGR15が10-20%の障害肝の場合、50%未満であれば、肝静脈再建が必要と判断した。この基準に基づき、肝静脈再建の検討が必要な肝癌症例55例で手術を施行し、周術期死亡なし、術後入院日数中央値は14日(範囲、10-36日)と良好な成績を収めた。

2. 3次元画像処理技術を用いて算出された主要肝静脈処理に伴う残肝うっ血の程度は、症例により大きく異なる事が明らかとなり、肝静脈浸潤例では症例ごとに肝静脈還流領域の評価を行い、静脈再建の要否を判断する必要があると考えられた。

3. 設定した基準に基づき肝静脈を犠牲にした群の術後検査データ、残肝再生は、肝静脈を温存再建した群と遜色なく、ICGR15が10%未満の正常肝、ICGR15が10-20%の障害肝では、各々全肝比40%、50%以上のNCLRを保てば、再建を行うことなく安全に肝静脈を犠牲にできる事が示された。

4. 肝静脈再建不要と判断し肝静脈を犠牲にした群では、温存再建した群に比べ有意に短い手術時間、少ない出血量が観察され、術前に主要肝静脈再建が不要と判断する事により、不要な血管再建手技を回避し手術侵襲を軽減する事が可能となった。また再建が不要と判断した29例(53%)では、従来は再建要否を判定する目的に必要であった肝動脈遮断法によるうっ血領域の描出操作を省略する事が可能であった。

5. 術前評価で残肝うっ血領域が広く、肝静脈再建を要すると判断した症例であっても、術中ドップラー超音波検査と肝動脈遮断法による検索で血行動態的に有効な肝静脈交通枝を有する場合は、再建手技を回避して安全に肝静脈を犠牲にできる事が示された。

6. 術前に肝静脈再建の要否を判定することにより、再建が必要な症例では血管再建グラフトの選択に関して術前に詳細な検討が可能となった。

以上、本論文は肝静脈再建要否の検討を要する肝癌症例において、肝静脈還流領域の定量評価に基づいた肝切除手術の手術成績を解析し、3次元画像処理技術を応用した肝静脈うっ血領域評価法の有効性を明らかにした。本研究はこれまで未知であった、肝静脈処理に伴ううっ血の許容範囲の解明に重要な貢献をなし、肝静脈再建要否の判定基準確立の礎となると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51476