学位論文要旨



No 127118
著者(漢字) 峯岸,祥人
著者(英字)
著者(カナ) ミネギシ,サチト
標題(和) 幼若ウサギを用いた先天性心疾患における右室肥大の発生機序と治療の研究
標題(洋)
報告番号 127118
報告番号 甲27118
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3728号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 准教授 中島,淳
 東京大学 講師 本村,昇
 東京大学 講師 絹川,弘一郎
 東京大学 講師 香取,竜生
内容要旨 要旨を表示する

基礎研究の深化や、治療薬の開発、手術法の改善、周術期管理の向上など、医学の進歩により、従来ならば長期予後など期待することができなかった先天性心疾患の中にも、予後が著明に改善したものが存在するようになってきた。現在では、複雑な先天性心疾患患者が成人に到達することは、決して珍しいことではない。こういった成人した先天性心疾患患者を成人先天性心疾患患者と呼ぶが、その数は年々増え、小児の先天性心疾患患者よりも多いといわれている。先天性心疾患患者の予後が改善したことは喜ぶべきことではあるが、一方で従来は存在し得なかった新たな問題が生じてきた。それは、先天性心疾患患者が成人にまで到達する過程で出現する心機能の悪化や、慢性心不全、不整脈、突然死などの問題である。その中には、ファロー四徴症や右室型単心室など、本来であれば圧の低い肺循環に対してしか拍出しない右心室に対して、長期間にわたり圧負荷がかかり、その結果右心不全になり、右心不全のコントロールが予後に大きく影響する疾患群が存在する。しかしながら、長期にわたって、さまざまな研究がなされてきた左心不全に比べて、右心機能はその機能評価すら広く普及し、確立されたたものが少なく、右心不全の発生機序も不明な点が多い。特に小児の右心不全に関して報告した論文はほとんど存在しない。

本研究では、幼若ウサギの右心不全モデルを作成し、その発生機序の探求を行い、さらにその治療法の研究を行った。

治療法の研究としては、幼若ウサギの右心不全モデルに対し、左心不全治療薬として広く使われているβブロッカーの一種であるカルベジロールを投与し、その効果を検証した。カルベジロールに関しては左心不全治療薬としてさまざまな基礎研究や臨床研究でその効果が証明されているが、右心不全、特に小児の右心不全に関してその効果を検証した論文は存在しない。

具体的には、生後10日目の幼若ウサギに全身麻酔をかけ、左開胸下に肺動脈の剥離のみ行った群(SHAM群)と、左開胸下に肺動脈絞扼術を行った群(PAB群)と、カルベジロールを肺動脈絞扼術後3週目から投与した群(CAR群)を作成した。これらの群を術後8週目まで成長させたところ、PAB群の生命予後は他2群と比べて有意に悪化し(p=0.019)、体重増加も不良となった(p<0.05)。また、PAB群では肉眼的に明らかな心拡大と鬱血肝を認めた。

心機能の評価は心臓超音波検査と心臓核磁気共鳴画像装置を用いて行った。心臓超音波検査は広く普及した優れた心機能評価法ではあるが、右室に関しては、右室の存在位置や、形態の問題などから、正確な評価法として必ずしも確立されているわけではない。このため、価格や技術的な問題から広く普及しているわけではないが、右心機能評価に定評のある核磁気共鳴画像装置を用いた心機能評価も追加した。

その結果、心臓超音波検査では、ウサギの成長に伴い徐々に右室に圧負荷がかかり、PAB群では術後3週目ごろからSHAM群と比べて右室機能全体が障害された右心不全が発生することが分かった(p<0.05)。また、左室に関しては、収縮能は保たれるが拡張能が障害された左心不全が発生することがわかった(p<0.05)。一方これらの心不全はCAR群ではPAB群と比べて有意に改善されることがわかった(p<0.05)。その他、PAB群ではSHAM群と比べて有意な右室の壁肥厚や下大静脈の拡張も認めた(p<0.05)。これらに関してもCAR群ではPAB群と比べて有意に抑制された(p<0.05)。

心臓核磁気共鳴画像法では、PAB群、SHAM群、CAR群の間で、左室の容積や、収縮能に有意差を認めなかったが、Peak filling rate、Peak filling rate / end diastolic volume、Time to peak filling rate、Time to peak filling rate / R-R interval、などの拡張能を示す各種の指標はPAB群でSHAM群に比べて有意に低下した(p<0.05)が、PAB群と比べてCAR群では改善された(p<0.05)。右室に関しては、右室拡張終末期容積はSHAM群が1741±321 μlでPAB群は3162±1032 μlでCAR群は1857±478 μl。また、右室収縮終末期容積もSHAM群が716±190 μlでPAB群は2056±663 μlでCAR群は748±205 μlと共にPAB群はSHAM群と比べて有意に増大した(p<0.05)が、PAB群と比べるとCAR群で有意に増大傾向が抑えられた(p<0.05)。また、右室ではEjection fractionはSHAM群が59.2±5.4%でPAB群は35.0±4.2%でCAR群は59.1±7.7%とSAHM群と比べてPAB群で有意に低下した(p<0.05)が、CAR群ではこのような低下は認めなかった(p<0.05)。また、左室同様拡張能を示す各種の指標はPAB群でSHAM群と比べて有意に低下した(p<0.05)が、CAR群ではPAB群と比べて有意に改善を認めた(p<0.05)。

これらの右心不全と左心不全の原因を検索するべく、細胞のアポトーシスを検出する方法として確立されているTUNEL法や、Western boltを行ったところ、PAB群では術後4週目以降に右室心筋と心室中隔の心筋のアポトーシスが起こっていることがわかった(p<0.001)が、カルベジロール投与によりこれらのアポトーシスが抑制された(p<0.05)。

また、線維化を測る指標として定評のあるMasson's trichrome染色を行ったところ、PAB群の右室では術後8週目から、PAB群の心室中隔では術後6週目からSHAM群と比べて有意に心筋細胞の線維化が起こっていることがわかった(p<0.05)が、カルベジロール投与によりこれらの線維化が抑制された(p<0.05)。

さらに、電子顕微鏡検査を行ったところ、PAB群の右室と心室中隔ではSHAM群と比べてミトコンドリアのelongationが起こった(p<0.05)が、CAR群では起こらないことが判明した(p<0.05)。PAB群の右室で認めたようなミトコンドリアのcristaの構造の乱れはCAR群では認めなかった。

本研究で作成した幼若ウサギの右室への圧負荷による心不全モデルでは術後3週目以降に収縮能と拡張能が共に障害された右心不全、右室肥大と、収縮能は保たれるが、拡張能は障害された左心不全が生じ、これらには右室と心室中隔のアポトーシス、線維化、ミトコンドリアのelongationなどが関与していると考えられた。これらの病態の進行により、PAB群の生命予後は増悪した。

また、この心不全の発症早期にカルベジロールを投与することにより、アポトーシスが抑制されたり、ミトコンドリアのelongationが抑制されたり、心筋の線維化が抑制されたりして、心不全が改善されることがわかった。

これにより、ファロー四徴症や右室型単心室など、長期間にわたり右室に圧負荷がかかる疾患群の右心不全コントロールにカルベジロールが有効である可能性が示された。先天性心疾患における右心不全の発生機序やその治療法に関しては、いまだ不明な点が多いが、その解明に貢献した可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、先天性心疾患患者のうち圧負荷による右心不全の治療が生命予後に大きな影響を与えうる疾患群について、右心不全の発生機序やその治療法の探求を試みたもので、下記の結果を得ている。

1. 生後10日目の幼若ウサギに肺動脈絞扼術を行い、圧負荷による右心不全を引き起こしたところ、術後3週目ごろから収縮能と拡張能が障害された右心不全と拡張能のみ障害された左心不全が起こることが心臓超音波検査、心臓核磁気共鳴装置で示された。

2. この心不全には右室と心室中隔の心筋細胞のアポトーシスや線維化が関与している可能性があることが、TUNEL法や、Western bolt、Masson's trichrome染色で示された。

3. また、ミトコンドリアのelongationやcristaの構造の乱れが起こる可能性があることも、電子顕微鏡検査で示された。

4. 肺動脈絞扼術後3週目から心不全治療薬のひとつであるカルベジロールを投与することにより、アポトーシス、心筋の線維化、ミトコンドリアのelongationが抑制され、心不全が改善されることがわかった。

以上、本論文は幼若ウサギの圧負荷による右心不全の発生機序には右室と心室中隔の心筋細胞のアポトーシスや線維化、ミトコンドリアのelongationが関与している可能性を明らかにし、その治療法として、カルベジロールが有効である可能性を示した。本研究はこれまであまり研究されてこなかった、先天性心疾患における右心不全の発生機序の解明と治療の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク