学位論文要旨



No 127119
著者(漢字) 村田,太郎
著者(英字)
著者(カナ) ムラタ,タロウ
標題(和) 前立腺癌におけるアンドロゲン応答遺伝子14-3-3ζの意義
標題(洋)
報告番号 127119
報告番号 甲27119
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3729号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,伸一
 東京大学 講師 福原,浩
 東京大学 特任教授 井川,靖彦
 東京大学 准教授 田中,廣尋
 東京大学 特任准教授 石川,晃
内容要旨 要旨を表示する

前立腺癌は、アメリカ人男性において最も高頻度に診断される癌であり、癌死の原因としても2番目に多い。日本においても近年発生率は急激に増加している。前立腺癌は、アンドロゲンの作用により増殖、進行し、その作用は主にアンドロゲン受容体(androgen receptor: AR)を介して発揮されると考えられている。そのため、ARを阻害する抗アンドロゲン療法は進行性前立腺癌において確立された治療法となっている。さらに、抗アンドロゲン療法に抵抗性となった去勢抵抗性前立腺癌においても、ARが癌の進展に重要な役割を果たしていることが報告されている。その機序については十分解明されていないが、ARの活性型変異、増幅あるいは癌抑制遺伝子の不活化や他の成長因子などのシグナルの影響によりARが活性化されていると報告されており、アンドロゲン応答遺伝子がアンドロゲン非依存性癌の増殖に働いている可能性が示唆される。よってARの標的遺伝子の探索と機能解析は、前立腺癌の発生、進行の機序の解明につながり、また新たなる診断マーカーや治療薬の開発に応用できる可能性がある。

近年、転写因子のゲノム上における結合を実験的に確認する有用な手段としてクロマチン免疫沈降法(Chromatin immunoprecipitation: ChIP)が利用されている。そしてChIPに組み合わせてゲノムタイタリングアレイを用いることで転写因子の結合部位をより網羅的に同定する方法(ChIP-chip法)が開発された。これまで、当研究グループでは、ChIP-chip法を用いてヒトゲノム上にARの結合部位を同定しヒトゲノム上において2872ヶ所のAR結合部位を同定し報告している。一方で、当研究グループでは、前立腺癌において14-3-3蛋白のアイソフォームの1種である14-3-3σの発現が低下していることを過去に報告しており、前立腺癌における14-3-3蛋白の機能について以前より注目していた。そして、このAR結合部位の解析データを活用し、14-3-3蛋白の各アイソフォームを検索したところ、14-3-3ζにおいてARの結合部位が存在することを見出した。私はこの解析によってARの結合部位が同定された標的遺伝子の一つとして14-3-3ζに着目するに至った。

14-3-3蛋白は、代謝経路の制御、酸化還元の制御、RNA転写プロセッシング、タンパク合成分解、ミトコンドリア輸送、細胞周期の制御、アポトーシスなど、真核生物の様々な細胞活動に関わっている。近年の報告では、その異常発現が発癌や癌の進行にかかわる可能性が示唆されている。14-3-3ζは乳癌や肺癌において高発現し、細胞増殖を促進し予後不良因子であることが報告されており、癌遺伝子としての役割が示唆されている。前立腺癌における14-3-3ζの機能については、AR陰性前立腺癌細胞株DU145において、14-3-3ζの高発現によりトポイソメラーゼI阻害薬9-nitrocamptothecinにより誘導されるアポトーシスに対し抵抗性となるとの報告がある。しかし、14-3-3ζとアンドロゲンおよびARとの関係についての報告はなく、前立腺癌における14-3-3ζの意義はいまだ明らかではない。

そこで本研究では、新規アンドロゲン標的の候補遺伝子である可能性が示唆された14-3-3ζの前立腺癌におけるアンドロゲン応答性と機能を解析することを目的とした。AR陽性であるヒト前立腺癌細胞株LNCaPを用いて、14-3-3ζが前立腺癌の増殖、進行に与える影響やARとの相互作用について検討した。さらに、前立腺の臨床検体における14-3-3ζの発現を解析し、臨床的意義についても検討した。

まず、ヒト前立腺癌LNCaP細胞における14-3-3ζのアンドロゲン応答性発現を検証した。LNCaP細胞を72時間ホルモン枯渇状態で培養後、0.1% エタノールまたは10nM R1881で刺激し、刺激後0時間、24時間、48時間の3時点でRNAおよび蛋白を回収した。定量的Real-time PCRにて14-3-3ζのmRNAレベルを評価したところ、アンドロゲン刺激により14-3-3ζのmRNAレベルが上昇していた。また、Western blot法にて14-3-3ζの蛋白レベルを比較したところ、mRNAでの変化と同様にアンドロゲン刺激により14-3-3ζの発現が増加していた。14-3-3ζはアンドロゲンによってmRNAおよび蛋白レベルで発現が増加しており、アンドロゲン応答遺伝子であることが確認された。

そこで、LNCaP細胞の14-3-3ζ安定発現細胞株を作成し、14-3-3ζが前立腺癌細胞に与える影響を検証した。細胞の増殖能をMTS assayにて評価したところ、14-3-3ζ安定発現細胞株はControl vector細胞株と比較し有意に増殖能が亢進していた。培養培地にetoposideを添加した後のMTS assayでは、14-3-3ζ安定発現細胞株はControl vector細胞株と比較し、生存細胞数が有意に多いことが示された。アポトーシス細胞数を評価する目的で培地にetoposideを添加した後TUNEL assayを行ったところ、14-3-3ζ安定発現細胞株はControl vector細胞株と比較し、アポトーシスが誘導されているFluorescein-12-dUTP染色細胞の陽性率が有意に低かった。さらに、Cell migration assayにて細胞移動能を比較したところ、14-3-3ζ安定発現細胞株はControl vector細胞株と比較し、細胞移動が有意に亢進していた。よって、14-3-3ζの過剰発現により、LNCaP細胞は増殖能、移動能が亢進し、アポトーシスに対する耐性を獲得することが示された。一方、LNCaP細胞の内在性14-3-3ζをsiRNAを用いてノックダウンした上で同様の実験を行ったところ、増殖能が低下し、etoposideにより誘導されるアポトーシスに対し感受性が高まることが明らかとなった。以上より、14-3-3ζは前立腺癌細胞の増殖能、移動能の亢進、アポトーシス耐性獲得において重要な役割を果たしていることが示唆された。

次に、14-3-3ζのARとの相互作用を調べる目的で、免疫沈降法を用いたWestern blot法を行った。14-3-3ζがアンドロゲン依存性にARと結合することを、14-3-3ζ安定発現細胞株と通常のLNCaP細胞両方で証明した。さらに、細胞の免疫染色法を用いて、14-3-3ζは主として細胞質に存在するが、アンドロゲン存在下に核内にも局在することが示された。よって、14-3-3ζはアンドロゲンによりARと結合し核内に移行することが示唆された。

さらに、14-3-3ζがARの転写活性に及ぼす影響を検証する目的で、PSA-Lucベクターを用いたLuciferase assayを行った。アンドロゲン刺激下で14-3-3ζ安定発現細胞株はControl vector細胞株と比較して、有意にLuciferase活性が上昇していた。逆に、LNCaP細胞の内在性14-3-3ζをノックダウンすると、アンドロゲン刺激下でのLuciferase活性は有意に低下した。14-3-3ζ安定発現細胞株およびControl vector細胞株のPSA mRNAレベルを定量的RT-PCRにて評価したところ、14-3-3ζ安定発現細胞株はControl vector細胞株と比較して有意にPSA mRNAレベルが上昇していた。LNCaP細胞のPSA mRNAレベルは、si14-3-3ζ(5nM)の導入によりControlに対し低下した。これらの結果より、14-3-3ζはARの転写活性に対し促進的に働くことが示された。

最後に、前立腺手術標本における14-3-3ζの発現を評価した。免疫組織化学法にて、前立腺癌90例中50例(55.6%)において14-3-3ζが強発現していたが、良性前立腺組織では強発現例は20例中2例(10%)しかなく、両群間で統計学的に有意な差を認めた(P<0.001)。また、14-3-3ζが強発現していた前立腺癌症例では、強発現していない前立腺癌症例より、リンパ節転移を認める例が有意に多かった(P=0.03)。前立腺手術検体からレーザーマイクロダイセクション法により癌、非癌部を選択的に採取した。採取した組織よりRNAを抽出し、14-3-3ζの発現量を定量的RT-PCRによりmRNAレベルにて解析した。癌部における14-3-3ζmRNAレベルは、非癌部と比較して有意に高かった。以上より、前立腺癌は良性前立腺組織に比べ14-3-3ζが高発現していることがmRNAおよび蛋白レベルで示された。

以上より、新規アンドロゲン応答遺伝子14-3-3ζはARと結合してARの転写活性を促進し、前立腺癌の発生、増殖、進行に重要な役割を果たしていることが示唆された。14-3-3ζは前立腺癌における新たなる診断マーカーあるいは分子標的治療のターゲットとしての可能性が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ChIP-chip法を用いたヒトゲノム上のアンドロゲン受容体(AR)結合部位の解析により新規アンドロゲン標的の候補遺伝子である可能性が示唆された14-3-3ζの前立腺癌におけるアンドロゲン応答性と機能を解析することを目的とした。AR陽性であるヒト前立腺癌細胞株LNCaPを用いて、14-3-3ζが前立腺癌の増殖、進行に与える影響やARとの相互作用について検討した。さらに、前立腺の臨床検体における14-3-3ζの発現を解析し、臨床的意義についても検討した。そして、下記の結果を得ている。

1. LNCaP細胞において、14-3-3ζはアンドロゲン刺激によってmRNAおよび蛋白レベルで発現が増加し、アンドロゲン応答遺伝子であることが確認された。

2. LNCaP細胞の14-3-3ζ安定発現細胞株を作成し、14-3-3ζが前立腺癌細胞に与える影響を検証した。14-3-3ζ安定発現細胞株はControl vector細胞株と比較し有意に増殖能、移動能が亢進しており、etoposideにより誘導されるアポトーシスに対して耐性を獲得していた。逆に、LNCaP細胞の内在性14-3-3ζをsiRNAを用いてノックダウンを行うと、増殖能が低下し、etoposideにより誘導されるアポトーシスに対し感受性が高まった。以上より、14-3-3ζは前立腺癌細胞の増殖能、移動能の亢進、アポトーシス耐性獲得において重要な役割を果たしていることが示唆された。

3. 免疫沈降法を用いたWestern blot法にて、14-3-3ζがアンドロゲン依存性にARと結合することを、14-3-3ζ安定発現細胞株と通常のLNCaP細胞両方で証明した。さらに、細胞の免疫染色法を用いて、14-3-3ζは主として細胞質に存在するが、アンドロゲン存在下に核内にも局在することが示された。よって、14-3-3ζはアンドロゲンによりARと結合し核内に移行することが示唆された。

4. PSA-Lucベクターを用いたLuciferase assayにて、アンドロゲン刺激下で14-3-3ζ安定発現細胞株はControl vector細胞株と比較して、有意にLuciferase活性が上昇することが示された。逆に、LNCaP細胞の内在性14-3-3ζをノックダウンすると、アンドロゲン刺激下でのLuciferase活性は有意に低下した。また、14-3-3ζ安定発現細胞株はControl vector細胞株と比較して有意にPSA mRNAレベルが上昇していた。LNCaP細胞のPSA mRNAレベルは、si14-3-3ζ(5nM)の導入によりControlに対し低下した。以上より、14-3-3ζはARの転写活性に対し促進的に働くことが示された。

5. 前立腺手術標本における14-3-3ζの発現を評価した。免疫組織化学法にて、前立腺癌90例中50例(55.6%)において14-3-3ζが強発現していたが、良性前立腺組織では強発現例は20例中2例(10%)しかなく、両群間で統計学的に有意な差を認めた(P<0.001)。また、14-3-3ζが強発現していた前立腺癌症例では、強発現していない前立腺癌症例より、リンパ節転移を認める例が有意に多かった(P=0.03)。前立腺手術検体からRNAを抽出し、14-3-3ζの発現量を定量的RT-PCRによりmRNAレベルにて解析したところ、癌部における14-3-3ζmRNAレベルは非癌部と比較して有意に高かった。以上より、前立腺癌は良性前立腺組織に比べ14-3-3ζが高発現していることがmRNAおよび蛋白レベルで示された。

以上、本論文は、新規アンドロゲン応答遺伝子14-3-3ζがARと結合してARの転写活性を促進し、前立腺癌の発生、増殖、進行に重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究は、14-3-3ζが前立腺癌における新たなる診断マーカーあるいは分子標的治療のターゲットの可能性となりうることを示唆していると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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