学位論文要旨



No 127126
著者(漢字) 國江,慶子
著者(英字)
著者(カナ) クニエ,ケイコ
標題(和) 看護師長のコミュニケーション行動と看護師の精神健康との関連
標題(洋) Relationship between manager communication behaviors and mental health among hospital nurses in Japan
報告番号 127126
報告番号 甲27126
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3736号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木内,貴弘
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 准教授 梅,昌裕
 東京大学 准教授 吉内,一浩
 東京大学 講師 岩佐,一
内容要旨 要旨を表示する

1.諸言

看護師長のリーダーシップやマネジメント行動は、看護師の離職やバーンアウトなどと関連することが知られている。看護師長の部下に対するコミュニケーションは、主要な管理者行動の一つであるが、看護師長のコミュニケーション行動に関する研究は少なく、特に、看護師長が部下に対して行うコミュニケーション行動と看護師の精神健康との関係についての研究はほとんどない。

本研究では、看護師長のコミュニケーション行動として、看護師長によるMotivating languageに注目した。Motivating languageはSullivanにより理論化された上司の部下に対するコミュニケーション行動であり、以下の3つの要素を含む。(1)目標や情報を伝えるDirection-giving language、(2)励ましや気遣いを伝えるempathetic language、(3)組織の文化や価値を伝えるmeaning-making languageである。先行研究では、これらの言語を看護師長が使用することが看護師の職務満足やパフォーマンスに関連することが報告されている。しかし、看護師の心理的ストレス反応との関連を検討した研究はまだない。また近年、看護師のストレスに関する研究において、一般労働者における研究と同様に、ネガティブな精神健康指標だけでなく、ポジティブな精神健康指標への関心が高まっており、特にワークエンゲイジメントが注目されている。看護師長のコミュニケーション行動は、ワークエンゲイジメントとも関連することが予想されるが、この関連を検討した研究はまだない。さらに同じ部署に所属する看護師は、同じ看護師長のコミュニケーション行動を経験するため、部署を単位としたマルチレベル分析が可能になる。またマルチレベル分析に、看護師長のコミュニケーション行動に対する部署の看護師評価の平均や看護師長自身の評価を使用することで、看護師長のコミュニケーション行動と看護師の精神健康指標との関係をより客観的に評価することができると考えられる。

本研究の目的は、部署レベルでの看護師長のコミュニケーション行動と看護師のワークエンゲイジメントおよび心理的ストレス反応との関連を明らかにすることである。看護師長のコミュニケーション行動は、看護師長が用いるdirection-giving language、emotional language及びmeaning-making languageの3つを個別に用い、また部署ごとの看護師の回答の平均および看護師長の自己評価の2つの方法を用いた。

2.対象と方法

2010年7月から8月に、病院に勤務する看護師長および看護師を対象とした自記式質問紙による横断調査を実施した。3病院の合計38部署に在籍する看護師1134名及び看護師長38名に質問紙を配布した。看護師に対しては、看護師長のコミュニケーション行動に加え、自身のワークエンゲイジメント、心理的ストレス反応、職場のストレッサー及び属性を含めた質問紙を用い、看護師長に対しては、自身のコミュニケーション行動について回答する質問紙を用いた。看護師長のコミュニケーション行動は本研究のために日本語に翻訳したMotivating language scaleにより測定し、ワークエンゲイジメントは短縮版Utrecht Work Engagement Scale、心理的ストレス反応はK6により測定した。この他、部署の属性(人数、回答率)、看護師の基本的属性および職場ストレッサー(Job Content Questionnaireを使用)を調査した。部署レベルの看護師長のコミュニケーション行動は、部署内看護師の回答の平均値及び看護師長自身の回答の2つの方法で評価した。分析は、部署レベルの看護師長のコミュニケーション行動を説明変数、看護師のワークエンゲイジメントまたは心理的ストレス反応を結果変数、その他の項目を調整変数とし、Hierarchical linear modelingを用いてマルチレベル分析を行った。本研究は、東京大学医学部倫理審査委員会の承認を得て実施した。

3.結果

看護師906名(回収率79.9%)及び看護師長31名(回収率81.6%)が質問紙調査に回答した。部署の在籍看護師数が極端に少ない2部署を除外した後、回答に欠損のない、36部署の看護師789名を分析対象とした。36部署のうち29部署で看護師長が質問紙に回答していた。このため看護師長の回答を用いた解析は29部署の看護師632名に限定して実施した。

部下の評価の平均点に基づく部署レベルの看護師長のコミュニケーション行動のうち、部署レベルのmeaning-making languageは看護師のワークエンゲイジメントと有意に正の相関を示した。この相関は職場のストレッサーを調整後減弱した。部署レベルのdirection-giving languageまたはemotional languageとワークエンゲイジメントとの間に有意な相関はなかった。一方、個人レベルの3つの看護師長のコミュニケーション行動(direction-giving、emotional、meaning-making language)とワークエンゲイジメントとの間には有意な正の相関を認めた。

看護師長のコミュニケーション行動と心理的ストレス反応との間には、部署レベル、個人レベルのいずれでも有意な相関はなかった。看護師長自身の評価による部署レベルのコミュニケーション行動は、3つの行動のいずれもワークエンゲイジメントまたは心理的ストレス反応と有意な相関を示さなかった。

4.考察

部下の評価に基づく部署レベルの看護師長のコミュニケーション行動は、meaning-making languageがワークエンゲイジメントと、弱いながら有意に正の相関を示した。しかしdirection-giving language 及びemotional languageでは有意な相関がなかった。meaning-making languageは組織の文化や規範、価値を伝える言語である。これらを伝える看護師長がいる部署では、看護師がその部署で働く意味を見出しやすく、また部署の一体感が高まることなどにより、ワークエンゲイジメントが高まる可能性がある。一方、他の2つのコミュニケーション行動は、より看護師長と各看護師との個別の関係性の中で用いられるものであるため、部署レベルの行動の影響が認められにくかった可能性がある。なお、部署レベルのmeaning-making languageとワークエンゲイジメントとの相関は職場のストレッサーをモデルに投入することにより減弱しており、両者の関係を職場のストレッサーが媒介している可能性がある。

看護師長の評価によるコミュニケーション行動は、看護師のワークエンゲイジメントと有意な相関を示さなかった。また、看護師個人が評価した看護師長のコミュニケーション行動とその個人のワークエンゲイジメントとの相関については、3つの言語すべてで有意な相関が示された。看護師長の行動については、部下による評価と看護師長の自己評価が異なることが知られている。看護師長が自らのコミュニケーション行動を必ずしも意識して実行していない可能性、看護師長が行ったコミュニケーション行動ではなく看護師に伝わった部分のみが影響する可能性などが考えられる。看護師長のコミュニケーション行動に対する個人レベルの認識の影響については今後さらなる研究が必要である。

看護師長のコミュニケーション行動は、部署レベル個人レベル共に、心理的ストレス反応とは有意な相関が見られなかった。本研究で評価した看護師長のコミュニケーション行動はいずれも、部下が仕事を前向きに行うための要素であることが予想され、心理的ストレス反応には影響が小さい可能性がある。

本研究の限界として以下のことが挙げられる。まず、本研究の対象は、中規模以上の人員が確保された総合病院3施設の看護師に限局しており、結果の一般化には注意が必要である。また、施設に配布した自記式質問紙調査であり、社会的に望ましい回答に偏る可能性や健康な看護師のみが回答している可能性は否定できない。さらに横断研究であり因果関係は特定できない。

5.結論

本研究では、総合病院の看護師を対象に、部署レベルの看護師長のコミュニケーション行動と看護師のワークエンゲイジメントまたは心理的ストレス反応との関連をマルチレベル分析により検討した。部下の評価を平均して求めた部署レベルの看護師長のmeaning-making languageは、ワークエンゲイジメントと有意な正の相関を示した。看護師長のコミュニケーション行動のうちmeaning-making languageは看護師の高いワークエンゲイジメントと関連があることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、看護師長のコミュニケーション行動と看護師のメンタルヘルスとの関連を明らかにすることを目的とし、病院に勤務する看護師長及び看護師を対象に質問紙 調査を実施している。

本研究では、看護師長のコミュニケーション行動としてdirection-giving language、emotional language、meaning-making languageの3要素から構成された、上司から部下への言語的コミュニケーション行動であるmotivating languageに着目している。また、看護師長のコミュニケーション行動は、看護師および看護師長自身の両者の認識を測定し、看護師のポジティブなメンタルヘルス指標であるワークエンゲイジメント 及びネガティブなメンタルヘルス指標である心理的ストレス反応との関連を、マルチ レベル分析により検討し、下記の結果を得ている。

1.部署全体の看護師の認識による看護師長のコミュニケーション行動のうちmeaning-making languageは、看護師の高いワークエンゲイジメントとの間に有意な関連が認められた。

2.部署全体の看護師の認識による看護師長のコミュニケーション行動と、看護師の心理的ストレス反応との間に有意な関連は認められなかった。

3.看護師長自身が認識するコミュニケーション行動は、看護師のワークエンゲイジ メントおよび心理的ストレス反応のいずれとも有意な関連は認められなかった。

4.看護師個人が認識する看護師長のコミュニケーション行動は、看護師の高いワークエンゲイジメントと関連する可能性が示された。一方、看護師の心理的ストレス反応とは関連しない可能性が示された。

以上、本論文は、日本の病院において看護師長の部下へのコミュニケーション行動と看護師のワークエンゲイジメント及び心理的ストレス反応との関連を、部署を考慮し 検討した初めての研究である。また、看護師長のコミュニケーション行動について看護師の認識及び看護師長の認識を用いて検討した点においても独創的である。本研究は、病院に勤務する看護師のメンタルヘルス向上に寄与する知見を示しており、学位の授与に値するものと考えられる。

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