学位論文要旨



No 127128
著者(漢字) 戸村,ひかり
著者(英字)
著者(カナ) トムラ,ヒカリ
標題(和) 退院支援看護師の実践能力評価尺度の開発および、関連要因の検討
標題(洋)
報告番号 127128
報告番号 甲27128
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3738号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 准教授 福田,敬
内容要旨 要旨を表示する

序文

近年、日本では急速な少子高齢化による医療費の高騰を抑制するために、在院日数を短縮し、在宅療養を推進する動きが強まっている。しかし、在院日数の短縮に伴い、退院後も医療処置や介護を要する患者が増えている。一方、患者を支える家族の介護力は低下しており、自宅で療養するためには様々なサービスに繋ぐ必要のある患者が増えている。医療・看護の質を保証した上で、患者が適切な時期に病院を退院し、移行先で療養生活を続けられるようにするためには、退院支援が重要である。

退院支援看護師(discharge planning nurse: DPN)は、医療と介護の両方のニーズを持つ複雑なケースの退院支援をすることができるため、必要性が高まっている。2010年の診療報酬改定により、DPNとソーシャルワーカーの両職種を退院支援の専従者として配置することで、病院はより高い加算額を得られるようになったため、DPNは今後さらに増えると予測される。しかし、診療報酬で加算を得るにあたり、DPNとしての条件は設けられていない。

DPNは、様々なキャリアを積んだ人が退院支援の専門職として業務に従事している。DPNの属性としては、DPNとしての経験に加え、看護師経験の長い者、師長などの管理職、在宅・地域ケアに関する資格や経験がある者の方が、退院支援を円滑にできると言われている。しかし、退院支援の専門職であるDPNの実践能力を網羅した評価ツールはなく、実践能力に関連するDPNの特性も明らかになっていない。

新任者が急速に増える中、DPNによる支援の質を保証するためには、適切な人材の選出や、個々の特性や能力に応じた教育方法を検討する必要がある。そのためには、まずは、DPNの実践能力を適切、かつ定量的に測定できる信頼性と妥当性が担保された尺度の開発と、実践能力に関連するDPNの特性を明らかにする必要がある。

目的

本研究では、退院支援看護師の実践能力を評価する尺度を開発し、信頼性と妥当性を検証する。そして、開発した尺度を使って実践能力に関連するDPNの特性を明らかにすることにより、実践能力を向上するために必要な教育方法について検討することを目的とした。

方法

本研究では、作成する尺度の理論的基盤に「コンピテンシー理論」を採用し、DPNの実践能力のうち、"個別支援における職務行動の遂行能力を評価する尺度"を作成することとした。筆者による、熟練のDPNの支援内容を構造化した質的研究をはじめ、先行文献をもとに、DPNの個別支援における職務行動の概念枠組みを、「領域I:退院支援が必要な患者の特定、情報収集、アセスメント」、「領域II:患者・家族が合意した計画立案」、「領域III:実施(自宅退院に向けた準備)」、「領域IV:病院内外のスタッフとの連携」の4領域とした。

次に、この概念枠組みに従い、先行研究のレビュー、DPN7名へのインタビュー調査と140名への質問紙調査(予備調査)を行い(有効回答118名(84.3%))、設定した尺度の概念枠組みや項目の内容妥当性の確認を行い、DPNが普段思考する際に用いている言葉になるよう項目の表現を修正し、項目案62項目を選定した。

さらに、本研究に先行して実施された全国の一般病床が100床以上の病院2600施設を対象とした「病院の退院支援の現状に関する調査」(回答のあった病院940施設、回答率36.2%)にて、「退院支援担当の看護師がいる」と回答した病院476施設(931名)のうち、看護部長より本研究の参加の同意が得られた病院409施設の退院支援担当の看護師819名に対し、尺度の作成と信頼性・妥当性を検討するために項目案62項目を使って質問紙調査(本調査)を行った。

分析方法 (本調査)

1. 尺度の開発および、信頼性・妥当性の検討

まず、項目案62項目を使って項目分析等を行い、判別力の低い項目を除外した後、探索的因子分析(一般化した最少二乗法、プロマックス回転)により尺度を作成した。

次に、開発した尺度の妥当性を検討するため、退院支援の研究者と実践者に開発した尺度の内容妥当性を確認した。構成概念妥当性は、探索的因子分析と確証的因子分析を行い、開発した尺度の因子構造を確認した。基準関連妥当性については、併存妥当性を検討するため、「ディスチャージプランニングプロセス評価尺度(Discharge Planning-Process Evaluation Measurement: DCP-PEM)」と「患者中心のケアを推進する看護リーダーシップ実践の診断指標(Self-Assessment Inventory of Leadership role for staff nurses: SAIL)」の2つの既存尺度と、開発した尺度との相関を確認した。また、尺度の弁別妥当性を検討するため、DPNと病棟の退院支援係との尺度の得点を比較した。

尺度の信頼性を検討するため、クロンバックαを算出し内的整合性を確認した。再現性は、再テストを実施し、級内相関係数を算出した。

2. DPNの職務行動の遂行能力に関連する個人特性の検討

開発した尺度の得点とDPNの特性との関連性を、t検定、一元配置分散分析と多重比較(Tukey法)により確認した。次に、尺度の得点を従属変数として階層的重回帰分析を行った。独立変数は、二変量間の解析で、従属変数と有意に関連した変数を選択した(p<0.05)。

結果 (本調査)

1. DPNの概要

DPN461名(有効回答率56.3%)を解析対象とした。DPNの基本属性は、女性が457名(99.1%)で、平均年齢(mean±SD)は47.1±7.7歳、役職がある者は309名(67.2%)であった。DPNとしての経験年数は2.4±2.5年で、1年未満の者が113名(24.5%)で最も多く、一方10年を超える者は9名(2.0%)であった。退院支援を担当した患者の特徴としては、医療処置が必要な患者314名(69.5%)や終末期の患者251名(55.5%)が多い一方、介護上の問題がある場合も多く、複合的なニーズを有する患者を支援していた。また、退院支援に関する自己研鑽を実施している者は456名(99.3%)であった。

2. 尺度の開発および、信頼性・妥当性の検討

探索的因子分析等の結果、4因子24項目の尺度を作成した。下位尺度の内訳は、第1因子:「B.患者・家族と合意形成する力」が7項目、第2因子:「A.患者の退院後のケアバランスを見積もる力」が6項目、第3因子:「C.入院中に、ケアバランスを調整する力」が6項目、第4因子:「D.療養場所を滞りなく移行できるように準備する力」が5項目であった。下位尺度の得点は、項目の合計得点を項目数で割った平均点とし、第1因子(mean±SD) が3.82±0.49点、第2因子が 3.75±0.55点、第3因子が3.48±0.63点、第4因子が3.93±0.55点であった。尺度全体の得点は、4つの下位尺度の得点を合計し、14.98±1.90点であった。

次に、開発した尺度の妥当性を検討した。内容妥当性は、退院支援の研究者と実践者から承認を得た。

構成概念妥当性は、探索的因子分析により開発した尺度の4つの因子と、最初に設定した尺度の概念枠組み4領域(以下、旧区分)とを比較した。開発した尺度の第1因子には、旧区分の「領域II」の項目が、第2因子には、旧区分の「領域I」の項目が含まれた。残りの2つの因子(第3、第4因子)には、旧区分の「領域III」と「領域IV」の項目が混在した。確証的因子分析の結果は、適度な適合性が示された。

基準関連妥当性については、併存妥当性を検討するために2つの既存尺度との相関を確認した。開発した尺度全体および下位尺度と、DCP-PEMの下位尺度との相関はr=0.598~0.781で、SAIL全体および下位尺度との相関はr=0.264~0.569であった。また、2つの既存尺度の下位尺度のうち、本尺度の概念枠組みの区分と相関が高いと想定したものは、予測通り高い相関を示した。弁別妥当性については、DPNの方が病棟の退院支援係より尺度全体、各下位尺度で得点が有意に高かった。

信頼性については、内的整合性は、尺度全体のクロンバックαが0.942で、下位尺度もα=0.827~0.885であった。再現性は、尺度全体の級内相関係数が0.806、下位尺度が0.650~0.770であった。

3. DPNの職務行動の遂行能力に関連する個人特性の検討

重回帰分析の結果、DPNの職務行動の遂行能力評価尺度全体と全ての下位尺度に共通して、DPNとしての経験年数の長さと、退院支援に関する自己研鑽の実施が有意に関連していた。また、下位尺度のうち、「B. 患者・家族と合意形成する力」には、担当した患者のタイプ(終末期、難病・特定疾患、小児の患者を主に担当)が、「C.入院中に、ケアバランスを調整する力」には、訪問看護師の経験が、「D.療養場所を滞りなく移行できるように準備する力」には、ケアマネジャーの資格が有意に関連していた。

考察

統計解析等の結果、開発した尺度は、一定の信頼性と妥当性を有していることが確認された。構成概念妥当性については、開発した尺度の第3因子と第4因子は、旧区分の「領域III」と「領域IV」の項目が混在したが、尺度の概念枠組みを設定する際に用いた先行研究の下位概念と合致していたため、最初に設定した枠組みは妥当であると判断した。

本尺度の臨床での実用性については、以下のとおりである。今回、コンピテンシー理論に則り、DPNの実際の行動をもとに、DPNの個別支援における職務行動の遂行能力を評価する尺度を開発した。そして、尺度の下位尺度として、先行文献と合致するDPNに特徴的な4つの能力を抽出できた。さらに、能力ごとに関連するDPNの特性が異なることを明らかにすることができたため、関連した特性から、該当する職務行動の遂行能力を向上するために必要な知識やスキルを検討することにより、本尺度は、DPNの個々の能力や特性に応じた教育に活用できると考える。

また、本尺度は、実践者の中でも、ベテランのDPNの意見を反映し、普段DPNが思考する際に用いている、抽象度が低い言葉で項目を作成した。そのため、新任のDPNであっても自身の能力を適切に自己評価することができ、さらに、その結果をもとに技術を改善して、DPNとして成長できるため、本尺度は実用性があると考える。

開発した尺度は、10分程度で回答でき、尺度全体および下位尺度のいずれの値でも使うことができるため、有用性は高い。また、本尺度は、DPNの実践能力に関する研究が、今後発展、蓄積されるための基盤として活用可能である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、退院支援看護師(discharge planning nurse: DPN)の実践能力を評価する尺度を開発すること、さらに、開発した尺度を使って、DPNの実践能力と個人特性との関連性を明らかにすることを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.DPNの個別支援における職務行動の遂行能力評価尺度の開発

開発する尺度の理論的基盤にコンピテンシー理論を用い、DPNの実践能力のうち、個別支援における職務行動の遂行能力を評価する尺度を開発することとし、尺度の概念枠組みを設定した。筆者による熟練のDPNの支援内容を構造化した質的研究をはじめとした先行文献の検討や、実践で活躍するDPNへのインタビュー調査および質問紙調査(予備調査)により、項目案62項目を生成した。

本研究に先行して実施された全国の一般病床が100床以上の病院2600施設を対象とした「病院の退院支援の現状に関する調査」(回答のあった病院940施設、回答率36.2%)にて、「退院支援担当の看護師がいる」と回答した病院476施設(931名)のうち、看護部長より本研究の参加の同意が得られた病院409施設の退院支援担当の看護師819名に対し、項目案62項目を使って質問紙調査(本調査)を行った。

DPN461名(有効回答率56.3%)を分析対象とし、探索的因子分析等の結果、4因子24項目の尺度を開発した。開発した尺度の下位尺度は、「A.患者の退院後のケアバランスを見積もる力(第2因子)」が6項目、「B.患者・家族と合意形成する力(第1因子)」が7項目、「C.入院中に、ケアバランスを調整する力(第3因子)」が6項目、「D.療養場所を滞りなく移行できるように準備する力(第4因子)」が5項目であった。統計解析等の結果、本尺度は、一定の信頼性と妥当性を有することが確認された。

2.DPNの職務行動の遂行能力と、個人特性との関連性の明確化

重回帰分析の結果、開発した尺度全体および全ての下位尺度に共通して関連していたDPNの特性は、DPNとしての経験年数の長さと、退院支援に関する自己研鑽の実施であった。また、下位尺度のうち「B.患者・家族と合意形成する力」には、担当した患者のタイプ(終末期、難病・特定疾患、小児の患者を主に担当)、「C.入院中に、ケアバランスを調整する力」には訪問看護師の経験があること、「D.療養場所を滞りなく移行できるように準備する力」にはケアマネジャーの資格があることが、有意に関連していた。

以上、本論文は、コンピテンシー理論を用いて、測定する能力を明確に定義した上で、DPNに必要なDPNの個別支援における職務行動の遂行能力を評価する尺度を開発した。そして、この尺度の下位尺度として、先行文献と合致するDPNに特徴的な4つの能力を抽出した。さらに、開発した尺度の下位尺度ごとに関連するDPNの特性が異なることを明らかにすることができたため、DPNの個々の特性に応じて、職務行動の遂行能力を向上するために必要な知識やスキルを提供することに活用できると考える。

DPNは様々なキャリアを積んだ者が退院支援の専門職として業務に従事している。一方、現在の医療を取り巻く環境において必要性が高まり、新任者が急速に増えている。本尺度は、実践者の中でも、ベテランのDPNの意見を反映し、普段DPNが思考する際に用いている、抽象度が低い言葉で項目を作成したので、新任のDPNであっても、本尺度を用いて自身の能力を適切に自己評価することができる。さらに、その結果をもとに技術を改善して、DPNとして成長できるので、実用性が高いと考えられ、DPNの資質の向上、ひいては、退院支援の質の保証に繋がり、看護実践へ寄与すると考えられる。

また、本論文のテーマである退院支援は、病院の看護と地域の看護との接点である。従来、病棟や外来、在宅での看護提供方法に関しては蓄積がなされてきた。しかし、移行期の看護に関しては、特に日本においては学術的な知見が乏しい。本論文で示されたDPNの実践能力の評価指標の開発は、療養場所の移行期の看護に関する研究を推進し、看護学研究への貢献が期待できるため、学位の授与に値するものと考えられる。

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