学位論文要旨



No 127136
著者(漢字) 中山,香
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,カオリ
標題(和) HIV-1感染者の病態進行に関与する免疫学的特性の解析
標題(洋)
報告番号 127136
報告番号 甲27136
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3746号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 准教授 渡邊,洋一
 東京大学 准教授 森,臨太郎
 東京大学 教授 村上,善則
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

慢性期ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV)感染における安定した血中HIV量はセットポイントと呼ばれ、大きな個体差がある。セットポイントはHIV感染症の予後と関連する臨床上重要なパラメーターとされており、高いセットポイントほど病態進行が早いと言われている。一方で、慢性HIV感染で見られる免疫活性化は病態進行と関与していることが明らかとなっている。しかしながら、慢性期の血中HIV量がどのように免疫系の破綻に影響し、病態進行に関与しているのかは明らかとなっていない。本研究では、慢性期HIV感染者の血中HIV量と免疫細胞の機能的特性の関係を明らかにするために、未治療のセットポイントが異なる慢性期HIV感染者の末梢血単核球(PBMC)のサイトカイン産生能の網羅的な解析を行った。本研究ではPBMC刺激後に誘導される反応に加え、さらに二次的に起こる免疫反応を包括的に調べるためPBMCをPHAにて刺激後48時間でのサイトカイン産生能の評価を行った。血中HIV量の異なる感染者間で産生能に相違が見られたサイトカインに関して、さらに詳細な解析を行うため、細胞内サイトカイン染色を用いた個々の細胞レベルでの解析、及びより高感度な定量的PCRにて遺伝子発現動態の解析を行った。

[材料と方法]

東京大学医科学研究所附属病院を受診し、インフォームドコンセントの得られた慢性期HIV感染者50名、健常人10名の計60名の末梢血単核球(PBMC)を用いた。対象として、未治療の慢性期HIV感染者で血中HIV量が5000コピー/ml未満、あるいは25000コピー/ml以上を選別した。血中HIV量が5000コピー/ml未満を低HIV群(中央値: 1200コピー/ml、範囲:50-3600)、25000コピー/ml以上を高HIV群(中央値: 62000コピー/ml、範囲:25000-500000)とした。本研究内容は東京大学医科学研究所倫理審査委員会により承認を得ている(承認番号:20-47-210521)。

血液よりPBMCを単離し、非特異的にT細胞を刺激する因子であるフィトヘマグルチニン(PHA)で48時間刺激後、培養上清中に産生されたサイトカイン量の比較を行った。サイトカイン測定には同時に25種類のサイトカインを測定できるHuman cytokine twenty-five-plex antibody kitを使用しLuminex(100) systemにて測定した。PBMC中のT細胞の頻度は、抗CD3、抗CD4、抗CD8抗体を用いて細胞表面染色を行いフローサイトメトリーにて解析した。T細胞の分化段階を調べるため表面分子であるCD45RA、CCR7を使用し細胞表面染色を行った。T細胞の性状を調べるため活性化の指標としてCD38、疲弊状態を表す指標として免疫抑制受容体であるPD-1の発現解析を行った。ICSによるサイトカインの発現はT細胞の刺激として、ホルボールミリステートアセテート(PMA)とイオノマイシンを使用しPBMC刺激後5時間でのサイトカインの発現を調べた。遺伝子発現の解析はPBMCをPHA刺激後18時間で定量的PCRによるmRNAの発現解析を行った。

[結果]

低HIV群と高HIV群でのPBMCにおける非特異的な刺激に対する25種類のサイトカイン産生能を比較した。高HIV群では低HIV群と比べMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17、sIL-2R、IL-7の産生能が有意に低下しており(P=0.0077、P=0.0034、P=0.0014、P=0.0256、P=0.0136、P=0.0029)、サイトカイン産生量と血中HIV量、CD4数との相関を調べたところ、血中HIV量とMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17、sIL-2R、IL-7、IFN-γ産生量は逆相関を示した(P=0.0011、P=0.0047、P<0.0001、P=0.0051、P=0.0013、P=0.0151)。低HIV群と高HIV群間で産生量に差の見られたサイトカインのうち、本研究ではMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17、IFN-γに着目し研究を行った。産生量に差の見られたサイトカインに関して、IFN-γは主に細胞性免疫応答に関与する。MIP-1α、MIP-1β、RANTESも生体内で感染部位にCCR5発現Th1リンパ球を遊走することで細胞性免疫応答の誘導に関与する。これら細胞性免疫応答に関与するサイトカイン間の関係やTh17型サイトカインであるIL-17との関係を明らかにするために、それぞれの相関を調べたところ、これらのサイトカイン産生量はお互いに強く相関することが明らかとなった。

PHAはT細胞の活性化因子であることから、PBMC刺激後48時間でのサイトカイン産生量の差はT細胞に起因していると考えられる。低HIV群と高HIV群間で見られたMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17、IFN-γの産生量の差は「産生細胞の数の違い」、あるいは「産生細胞の機能・性状の違い」に起因している可能性が考えられる。そこで、まず産生量の差がT細胞の絶対数、および分化・成熟段階に起因するか調べた。T細胞のサイトカイン産生能は分化・成熟段階により異なり、サイトカイン産生能を有するのはセントラルメモリー(CM)、エフェクターメモリー(EM)、エフェクター(E)分画である。しかしながら、低HIV群と高HIV群間でこれらのT細胞分画に量的な違いは見られなかった。

PBMCを刺激後5時間でのIFN-γ、MIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17産生細胞の頻度の解析、および個々の細胞の発現量を蛍光強度の中央値(MFI)を用いて解析した。その結果、CD4+、CD8+T細胞において、いずれのサイトカインも低HIV群と高HIV群間で産生細胞の頻度に有意な相違は見られなかった。一方、個々の発現量の比較では、IFN-γ産生CD8+T細胞での個々の発現量のみ高HIV群で有意に低下していた。これまでに、疲弊したメモリーCD8+T細胞は抗原刺激に対してサイトカイン産生能が低下することが報告されている。このことからT細胞の活性化・疲弊状態の違いがMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IFN-γ、IL-17産生能に影響している可能性が考えられる。そこで、PBMC刺激後48時間で見られた高HIV群でのサイトカイン産生量の低下や、PBMC刺激後5時間で見られた高HIV群でのCD8+T細胞の個々の細胞のIFN-γ発現量の低下とメモリー(CM、EM)、エフェクターT細胞の活性化(CD38+)、疲弊(PD-1+)状態との関連について解析を行った。メモリー(CM、EM)分画におけるCD38+、PD-1+細胞の頻度とPBMC刺激後48時間でのMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IFN-γ、IL-17産生量は有意に逆相関をしめした。さらに、PHA刺激後5時間で見られたIFN-γ産生CD8+T細胞での個々の発現量とCD38+細胞の頻度も有意に逆相関を示した。これらの結果から、高HIV群でのTh1型関連サイトカイン(IFN-γ、MIP-1α、MIP-1β、RANTES)、IL-17の産生能の低下はメモリー(CM、EM)T細胞の慢性的な活性化や疲弊状態と直接関連している可能性が示唆された。また、T細胞の過剰な活性化は直接個々の細胞のIFN-γ発現量の低下に影響していることが明らかとなった。

PBMC刺激後48時間では低HIV群に比べて高HIV群で有意にIFN-γ、MIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17産生量が低下していた。さらに、IFN-γ産生量は、MIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17産生量と強い相関を示した。これらの結果から、48時間での高HIV群でのIFN-γ、MIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17産生量の低下は、PBMC活性化後初期の段階でのIFN-γ発現量の低下に起因している可能性がある。そこで、PHA刺激後18時間での遺伝子発現動態の解析を行った。PBMC刺激後18時間でのmRNAの発現量を高HIV群と低HIV群で比較したところ、IFN-γ遺伝子のmRNA発現量のみ高HIV群で有意に低下していた。これらの結果から、48時間での高HIV群でのMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17産生量の低下はIFN-γ遺伝子発現量の低下に起因しており、IFN-γ誘導性に産生されることが示唆された。

[考察]

測定を行った25種類のサイトカインのうち、高HIV群で産生能の低下が見られたのはTh1型(MIP-1α、MIP-1β、RANTES 、IFN-γ)、Th17型(IL-17)のサイトカインのみであり、Th2型のサイトカインや制御性T細胞(Treg)により産生されるサイトカインには有意差が見られなかった。この結果から高HIV群ではTh1型、Th17型の免疫応答で特異的に機能低下が起きていることが示唆された。これらのサイトカイン産生量とメモリーT細胞の活性化/疲弊状態とは逆相関の関係にあったことから、高HIV群ではTh1型、Th17型の免疫応答に関与するメモリーT細胞が慢性的な活性化による疲弊により機能不全に陥っていることが示唆された。さらに、高HIV群でのTh1型、Th17型の免疫応答の低下はT細胞の過剰な活性化によるIFN-γ発現量の低下に起因していることが示唆された。高HIV群で産生量が低下していたMIP-1α、MIP-1β、RANTES 、IFN-γ、IL-17はHIV感染症において重要なサイトカインであり、これらサイトカイン産生能の低下は宿主防御の低下を意味し、さらなる悪循環に陥ると考えられる。本研究で見られたメモリーT細胞の機能不全の分子メカニズムを明らかにすることで、その分子をターゲットとした治療薬・ワクチンとして利用できる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、HIV感染の予後と最も関連が見られる慢性期の血中HIV量に注目し、慢性期における血中HIV量が免疫系に及ぼす影響を明らかにするめに、血中HIV量の異なる未治療のHIV感染者の末梢血単核球(PBMC)を用いて機能の比較を行い下記の結果を得ている。

1. 慢性期における血中HIV量が免疫系に及ぼす影響を明らかにするめに、血中HIV量の異なる未治療のHIV感染者のPBMCを用いて非特異的な刺激に対する反応を調べたところ、病態進行の早い高HIV量のHIV感染者(高HIV群)では低HIV量のHIV感染者(低HIV群)に比べてMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IFN-γ、IL-17の産生能が顕著に低下していることを示した。

2. PBMCから磁気細胞分離システム(MACS)を用いてT細胞、NK細胞、単球を単離し、非特異的な刺激に対する応答性を調べたところ、本研究結果で見られた産生量の差はT細胞に起因していることを示した。また、上記のサイトカインはT細胞上で互いに相関して産生していることを示した。

3. 高HIV群でのMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IFN-γ、IL-17の産生量の低下がT細胞の量的な違いに起因している可能性を考え、産生細胞であるT細胞の絶対数、およびサイトカイン産生能を有するT細胞の分化・成熟段階 [セントラルメモリー(CD45RA-/CCR7+;CM)、エフェクターメモリー(CD45RA-/CCR7-;EM)、エフェクター(CD45RA+/CCR7-;E)分画]を調べたが、低HIV群と高HIV群で有意な相違は認められなかった。

4. 高HIV群での産生量の低下がT細胞の質的な違いに起因している可能性を考え、細胞内サイトカイン染色を用いて、T細胞刺激後5時間でのサイトカイン産生細胞の頻度、個々の細胞の発現量を比較したところ、高HIV群では低HIV群に比べCD8陽性(+)T細胞において個々の細胞のIFN-γ産生量が有意に低下していることを示した。

5. 高HIV群におけるサイトカイン産生能の低下はT細胞の活性化(CD38+)・疲弊状態(PD-1+、CTLA-4+)が影響している可能性を考え比較したところ、低HIV群に比べて高HIV群のT細胞は高度に活性化・疲弊された状態にあることを示した。さらに、T細胞のメモリー(CM、EM)分画における活性化・疲弊状態の頻度はPBMC刺激後48時間でのMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IFN-γ、IL-17産生能と有意に、あるいは傾向のある逆相関を示した。この結果から、これらのサイトカイン産生能の低下は産生細胞であるメモリー(CM、EM)T細胞の慢性的な活性化や疲弊状態と直接関連していることが示唆された。また、CD8+T細胞の活性化状態はPBMC刺激後5時間でのCD8+T細胞のIFN-γ産生量とも有意に逆相関を示した。このことから、T細胞の過剰な活性化は直接CD8+T細胞でのIFN-γ産生量の低下に影響していることを明らかにした。

6、刺激後5時間でのIFN-γ産生量と、48時間でのMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17との相関を調べたところ、いずれも有意な相関を示した。このことから、高HIV群でのIFN-γ産生量の低下がMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17の低下を引き起こしている可能性を示した。これらサイトカイン産生の経時的な産生量を調べたところ、刺激後18時間以降でサイトカイン産生量が急速に蓄積されていることを示した。そこで、サイトカイン産生を惹起する免疫応答が行われていると考えられる18時間での遺伝子発現動態の解析を行ったところ、刺激後18時間で遺伝子発現量に相違が認められたのはIFN-γのみであり低HIV群に比べて高HIV群で有意に低下していた。このことから高HIV群でのMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17の低下はIFN-γ産生量の低下が原因であることを示した。

7、高HIV群でのサイトカイン産生能の低下、およびT細胞の活性化・疲弊状態は長期間の抗HIV療法により回復するかどうか解析を行った。その結果、2年以上長期間にわたりHIVを低レベルに抑制できている治療群では有意にサイトカイン産生能、T細胞の活性化・疲弊状態を回復することを示した。サイトカイン産生能と血中HIV量の関係をより明確にするため、治療開始直後1-2ヶ月で血中HIV量が減少しかけている時点でのサイトカイン産生能について解析を行った。その結果、治療開始直後1-2ヶ月にも関わらず、MIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17の産生量は2年以上治療を行っている治療群と同程度の産生量を示した。このことから、高HIV群でのサイトカイン産生能の低下は血中HIV量減少直後に回復し始め、長期間の治療により健常人レベルまで回復することを示した。

以上、本論文はHIV感染の予後と最も関連が見られる慢性期の血中HIV量に注目し、血中HIV量の異なる慢性期HIV感染者のPBMCの機能の解析から、T細胞の慢性的な活性化/疲弊によりMIP-1α、MIP-1β、RANTES、IL-17の産生が低下しており、またこれらのサイトカイン産生低下はCD8+T細胞によるIFN-γ産生の低下に起因している可能性を明らかにした。本研究は臨床材料を用いた研究で病態進行の早いHIV感染者の免疫病態の本質、免疫破綻を引き起こす原因と考えられる分子を明らかにすることができた。HIV感染症で病態進行を引き起こす分子メカニズム解明のための解析対象を特定できたことは大きな成果であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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