No | 127138 | |
著者(漢字) | 畑,昌幸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハタ,マサユキ | |
標題(和) | マラリア原虫ミトコンドリア調製法確立とミトコンドリアにおけるエネルギー代謝の呼吸を中心とした解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127138 | |
報告番号 | 甲27138 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第3748号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 国際保健学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.序文 マラリアは年間100万人以上の死者を出す感染症で、Plasmodium属の原虫によって引き起こされる。中でも熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparumは、最も重篤な症状を引き起こす原虫である。私は生物学的に未解決の問題点が多く、新規抗マラリア薬の標的としても有望な、赤血球内(赤内)型P. falciparumのオルガネラであるミトコンドリアおよびアピコプラストに注目して研究を進めている。 マラリア原虫のミトコンドリアは赤内期では形態的にもクリステは観察されず、また細胞当たりにも1つのみであり、その機能については未だ不明な点が多いが、近年の報告で赤内型原虫ミトコンドリアの電子伝達系がその増殖に必要であり、例えば、ピリミジン生合成系のジヒドロオロト酸脱水素酵素(DHOD)活性が生存に必須であり、電子受容体であるキノンの再酸化にミトコンドリアの呼吸鎖が重要な機能を果たしていることが明らかとなってきた。 またマラリア原虫のアピコプラストもミトコンドリアと密接な関係をもつオルガネラとして注目されている。その機能はヘム、脂肪酸、イソプレンの生合成などが予想されている。ヘム生合成系の酵素はミトコンドリア、アピコプラスト、サイトゾルに分かれて局在していることから、中間物質の輸送がミトコンドリアとアピコプラストの間で行われている可能性が考えられる。実際に細胞を顕微鏡で観察すると、両オルガネラは常に近傍に局在し、必ず複数の点で接している(図1)。また当研究室の小林らの、ミトコンドリアの単離を目的とした研究において、ミトコンドリア画分に常にアピコプラストのマーカーが検出されたことから、両者に物理的な相互作用が存在することが示唆されている。このような状況からそれぞれのオルガネラの性質のさらに詳細な解析をすることは困難であった。 そこで、熱帯熱マラリア原虫のミトコンドリアおよびアピコプラストの生化学的解析に用いることが可能な試料の調製法を確立し、さらにその過程でオルガネラ間相互作用についての情報を得ることを目的として研究を行った。また実際に得られたミトコンドリア画分を用いて、ミトコンドリアマーカー酵素である呼吸鎖複合体II(コハク酸-ユビキノン還元酵素、SQR)について生化学的解析を行った。 2.結果と考察 2001年に高島らによって報告されたN2-cavitaion法によるマラリア原虫の細胞破砕法の条件検討を行った結果、高い酵素活性を持つミトコンドリアを回収率よく調製する方法を確立した。すなわち、360 mlの熱帯熱マラリア原虫の培養から平均で、タンパク質2.5mg、SQR総活性15.5nmol/min、SQR比活性4.94nmol/min/mg protein、DHOD総活性55.0nmol/min、DHOD比活性16.3nmol/min/mg proteinの粗ミトコンドリア画分を回収できた。これは以前の報告(高島ら、2001)に比べてタンパク質で2.5倍、SQR、DHOD活性で約7倍に相当し、河原らが確立したマウスマラリアミトコンドリア大量調製法の、感染マウス10匹あたりからの収量の約1/3~1/2である。これにより、ヒトに感染するマラリア原虫のin vitro培養におけるミトコンドリアに対して、より信頼性の高い生化学的な解析が可能となった。 得られたP. falciparum粗ミトコンドリア画分の呼吸鎖複合体IIの酵素学的性質を調べた結果、培地の組成によって、酵素の性質が変化する事を見出した。すなわちSQR活性において、ユビキノン2(UQ2)に対するKmが、ウシ血清から脂質とBSAのみ精製したAlbuMAX I添加培養では1.06μM、ヒト血清添加培養では0.234μMと、培地の条件で異なることを見出した。一方、Vmaxおよびコハク酸に対するKmは両者でほぼ同じであった。これはマラリア原虫の培養系がどの程度in vivoを反映しているのかという観点から、興味深い結果である。 またPercoll密度勾配遠心分離法の最適化を行い、純度の高いミトコンドリア画分を得る条件を検討した。ウェスタンブロット解析、PCRによるオルガネラDNAの検出、DHOD活性の測定、蛍光を持つタンパク質を発現しているオルガネラの観察を行い、ミトコンドリア、アピコプラスト、食胞がそれぞれ異なる画分に分離され、それぞれを主要に含む画分を調製する方法を確立できた(図2)。これまで分離は不可能とされてきたマラリア原虫のミトコンドリアとアピコプラストを分離した初めての報告である。純度の高いミトコンドリア画分ではDHODの比活性が粗ミトコンドリア画分の約4倍に上昇し、ヘムの代謝産物であるヘモゾインの混入も検出限界以下になった。このミトコンドリアおよびアピコプラスト画分を用いることにより、それぞれのオルガネラの性質の詳細な解析が可能となった。実際に、呼吸鎖複合体IIのネイティブ電気泳動による精製と活性染色を行い、酵素のバンドを検出することができた。 3.展望 以上、本研究により確立されたミトコンドリア調製法により得られた画分で、詳細な酵素学的解析や、ミトコンドリア酵素に対する阻害剤試験などが可能となり、また、分離されたミトコンドリアやアピコプラストを用いて酵素の局在や、オルガネラ核様体の解析など、オルガネラ自体の機能解析も可能となった。これまで生化学的な解析が困難であったマラリア原虫のオルガネラの研究を進めることが可能となり、他の生物と大きく異なるマラリア原虫オルガネラの性質を明らかにし、薬剤標的としての解析につなげることが可能となった。 図1. トロホゾイト期原虫の写真 (畑) 図2. Percoll密度勾配遠心後の各画分のwestern blotting結果 | |
審査要旨 | 本研究では、熱帯熱マラリア原虫のミトコンドリアおよびアピコプラストの生化学的解析に用いることが可能な試料の調製法を改良し、さらにその過程でオルガネラ間相互作用についての情報を得ることを目的として、N2-cavitaion法およびPercoll密度勾配遠心分離法の条件検討を行った。また実際に得られたミトコンドリア画分を用いて、熱帯熱マラリア原虫ミトコンドリアの呼吸鎖複合体II(コハク酸-キノン還元酵素:SQR)について生化学的解析を行った。それにより、以下のような結果を得た。 1. 2001年に高島らによって報告されたN2-cavitaion法によるマラリア原虫の細胞破砕の条件検討を行った結果、高い酵素活性を持つミトコンドリアを回収率良く調製する方法を確立した。すなわち360 mlの熱帯熱マラリア原虫の培養から、タンパク質で2.5mg、SQR(コハク酸-キノン還元酵素)、DHOD(ジヒドロオロト酸脱水素酵素)活性で高島らの約7倍の量の粗ミトコンドリア画分を回収できた。これにより、熱帯熱マラリア原虫のミトコンドリアに対して、より信頼性の高い生化学的な解析が可能となった。 2. 得られた熱帯熱マラリア原虫粗ミトコンドリア画分の呼吸鎖複合体IIの酵素学的解析により、その酵素学的性質を明らかにした。また呼吸鎖複合体IIのユビキノン-2(UQ2)に対する親和性が、培地の組成によって変化することを見出した。 3. Percoll密度勾配遠心分離法の最適化を行い、純度の高いミトコンドリア画分を得る条件を検討した。ウェスタンブロット解析、PCRによるオルガネラDNAの検出、DHOD活性の測定、蛍光を持つタンパク質を発現しているオルガネラの観察を行い、ミトコンドリア、アピコプラスト、食胞がそれぞれ異なる画分に分離され、それぞれを主要に含む画分を調製する方法を確立できた。これまで分離は不可能とされてきたマラリア原虫のミトコンドリアとアピコプラストを分離した初めての報告である。純度の高いミトコンドリア画分ではDHOD比活性が粗ミトコンドリア画分の約4倍に上昇し、ヘムの代謝産物であるヘモゾインの混入も検出限界以下になった。このミトコンドリア画分を用いることにより、それぞれのオルガネラの性質の詳細な解析が可能となった。 4. 実際に、Percollによる分離後の画分を用いて呼吸鎖複合体IIのネイティブ電気泳動による精製と活性染色を行い、酵素のバンドを検出することが出来た。 以上、本研究によりこれまで生化学的な解析が困難であったマラリア原虫のミトコンドリアおよびアピコプラストについて、さらなる生化学的、分子生物学的な解析が可能となるサンプルの調製方法を確立し、実際に呼吸鎖複合体IIの生化学的解析を行うことが可能であることを示した。本研究により確立されたミトコンドリア調製法により得られた画分で、さらに詳細な酵素学的解析や、ミトコンドリア酵素に対する阻害剤試験などが可能となり、また、分離されたミトコンドリアやアピコプラストを用いて酵素の局在やオルガネラ核様体の解析など、オルガネラ自体の機能解析も可能となった。本研究により、他の生物と大きく異なるマラリア原虫オルガネラの性質を明らかにし、薬剤標的としての解析につなげることが可能となったと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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