学位論文要旨



No 127140
著者(漢字) プハム ティ キム ニャン
著者(英字) PHAM Thi Kim Ngan
著者(カナ) プハム ティ キム ニャン
標題(和) 日本、バングラデシュ、タイ、ベトナム、スリランカの急性胃腸炎の小児で検出されたアイチウイルス、パルコウイルス、ボカウイルスに関する研究
標題(洋) Study on Aichi virus, parechovirus, and bocavirus detected in children with acute gastroenteritis in Japan, Bangladesh, Thailand, Vietnam, and Sri Lanka
報告番号 127140
報告番号 甲27140
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3750号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 准教授 梅,昌裕
 東京大学 准教授 渡邊,洋一
 東京大学 准教授 金森,豊
 東京大学 准教授 北中,幸子
内容要旨 要旨を表示する

急性胃腸炎は乳幼児の最も一般的な疾患のひとつである。今でも世界中で罹患および死亡の最も重要な原因である。ロタウイルス、ノロウイルス、サポウイルス、アデノウイルス、アストロウイルスは最重要な病因ウイルスとして確立されている。しかし、急性胃腸炎患者の半分以上の病因ウイルスはまだ、診断されていない。最近、アイチウイルス、ヒトパレコウイルス(HPeV)、ヒトボカウイルス(HBoV)もこの疾患の病原体として考えられるようになってきた。そこでこの研究の目的は日本、バングラデシュ、タイ、ベトナム、スリランカの急性胃腸炎の小児からこれらのウイルスの分子疫学を行うことである。

急性胃腸炎の乳幼児から採取した1603検体の糞便を研究対象とした。このうちスリランカの362検体を除いてこれらの検体はすでにRT-PCR法によりロタウイルス、ノロウイルス、サポウイルス、アデノウイルス、アストロウイルスが陰性であることを確認している。アイチウイルス検出には日本、バングラデシュ、タイ、ベトナムで2002~2005年に採取された912検体を用いた。HPeVとHBoVの検出には日本、タイ、スリランカで2005~2008年に採取した691検体を用いた。アイチウイルスのスクリーニングには3CD junction領域を増幅するプライマーを用いてnested PCRを行った。HPeVのゲノム検出には5'-UTR領域を増幅するプライマーを用いてRT-PCR法を行い、VP1領域の配列決定により遺伝子型を調べた。HBoVはN1領域を増幅するプライマーによりPCRを行い、VP1/VP2領域の配列決定により遺伝子型を決定した。

調べた912検体の中でアイチウイルスは28検体(3.1%)で陽性であった。この中で14検体(6.5%)は日本で検出され、バングラデシュでは10検体(2.5%)、ベトナムで3検体(1.6%)、タイで1検体(0.9%)であった。日本、タイ、ベトナムのアイチウイルス株は遺伝子型Aに属し、一方バングラデシュの検体の多くは遺伝子型Bに属していた。28検体のうち、12株をアイチウイルスのカプシド遺伝子の増幅と配列決定に使用した。使用した検体と対照株のカプシド遺伝子の核酸配列から作成した系統樹はアイチウイルス株がふたつのクラスターに分類されることを示していた。カプシド遺伝子を基にしたアイチウイルスの分類によると、日本、タイ、ベトナム、ドイツで検出された株はlineage Iに属し、lineage IIにはバングラデシュとブラジルの株が含まれた。この研究で使用された株17株と対照株のカプシド遺伝子の核酸配列から、遺伝子型AとBを区別しうる5つの新しいプライマーを設計した。この新しいプライマーを用いたnested PCR法を17の遺伝子型がすでにわかっている株に応用した。すなわちカプシド遺伝子を基にした遺伝子型特異的なプライマーを用いて、アイチウイルスの遺伝子型AとBを区別しうるnested PCR法の開発を行った。新しく開発したPCRの結果、使用した17の検体全てで適正なPCR産物が得られ、新しいプライマーは遺伝子型AとBを区別でき、その結果はカプシド遺伝子の核酸配列による結果と一致した。遺伝子型特異的プライマーによるnested PCR法はアイチウイルスの遺伝子型を分別する有用な方法である。

HPeVは日本で8.1%(247検体中20)、タイで14.6%(82検体中12検体)、スリランカで8.3%(362検体中30)検出された。検出されたHPeVの遺伝子型決定を行ったところ、日本で陽性の20検体中18検体でVP1遺伝子の配列決定に成功し、その多く(15検体)はHPeV1と同定された。残りの2検体はHPeV3であった。タイのHPeV株は9株でカプシド遺伝子の配列決定に成功した。これらはHPeV1-4の4つの遺伝子型に分類され、多くの株(5株)はHPeV1に属していた。さらに稀なHPeV2が1検体検出された。スリランカでは27株のVP1遺伝子の配列決定に成功した。HPeV1が11株、HPeV3が1株、HPeV4が5株、HPeV5が3株であった。5株はHPeV10、残りの2株はHPeV11と同定された。これはスリランカの急性胃腸炎の乳幼児にHPeVが流行しているという初の報告である。さらにHPeV10とHPeV11検出は初の報告である。スリランカのHPeV流行株には多様性があることも注目すべきことである。

HBoVは日本で1.6%(247検体中4)、タイで1.2%(82検体中1)検出された。このうち日本の3株はgroup 1に属し、残りの日本の1株とタイの株はgroup 2に属していた。

現在、アイチウイルス、HPeV、エンテロウイルス、HBoV検出については1検体に対してそれぞれ1セットのプライマーを用いるRT-monoplex PCR法が使用されている。これに比べて、RT-multiplex PCR法は1本の反応チューブの中にそれぞれ別のウイルスゲノムを増幅可能な複数の特異的プライマー・ペアを入れた方法で、1回のテストで2つ以上の標的を検出することが可能である。このRT-multiplex PCR法は迅速で経費を抑えた研究室診断法として単純で可能性のある方法である。この研究では急性胃腸炎の乳幼児から採取した糞便中のアイチウイルス、HPeV、エンテロウイルス、HBoVを検出するRT-multiplex PCR法を開発した。

まとめると、バングラデシュ、タイ、ベトナムの便検体から初めてアイチウイルスを検出した。タイとスリランカの急性胃腸炎の小児からHPeVを初めて検出した。さらにこの研究で新しいHPeV10と11の検出を初めて報告した。

この研究はRT-multiplex PCR法により急性胃腸炎の乳幼児の便検体から、アイチウイルス、HPeV、エンテロウイルス、HBoVを検出した初の報告である。この研究ではアジアの急性胃腸炎の小児から今まであまり調べられていないアイチウイルス、HPeV、HBoVについて分子疫学上の新たな知見を提供するものである。

審査要旨 要旨を表示する

日本、バングラデシュ、タイ、ベトナム、スリランカの小児急性胃腸炎の原因となるウイルスの中で、最近注目されているアイチウイルス、ヒトパレコウイルス、ヒトボカウイルスに焦点を絞り主として分子疫学的研究を行った。下記の結果を得ている。

1.小児胃腸炎糞便検体からのアイチウイルス陽性率は、日本、バングラデ シュ、タイ、ベトナムでそれぞれ 6.5%, 2.5%, 0.9%, 1.6%であった。バングラデシュ、タイ、ベトナムでは初めての解析結果である。これらの結果は日本でのアイチウイルスの分子疫学を理解するのに有益な情報であった。

2.我々が検出したアイチウイルス株および既に報告されている参照株のカプシド領域の遺伝子解析から、アイチウイルスは大きく2つに分けられた。1つは遺伝子型Aで日本、ドイツ、タイ、ベトナムの株である。もう1つは遺伝子型Bでバングラデシュやブラジルの株である。2つの遺伝子型の塩基の隔たりは12.7%かそれ以上であった。塩基的な隔たりはカプシド全体に及んでいた。少なくともVP0領域で14個のアミノ酸が遺伝子型特異性を示していた。カプシド領域を基にしたアイチウイルスの分類は世界で初めてである。

3.さらにアイチウイルスの遺伝子型AとBの塩基の違う部位をもとに、新しいプライマーを設定することにより、遺伝子型AとBをNested PCRで分けることが出来た。この新しい方法は遺伝子型を区別するのに感度、精度において十分であることがわかった。

4.ヒトパレコウイルスを日本、タイ、スリランカの検体から8.1%, 14.6%, 8.3%の高い率で見出した。これはこの3カ国で最初の小児急性胃腸炎患児からの報告である。従ってヒトパレコウイルスは胃腸炎を来す稀なウイルスではないことがわかった。以前の研究およびこの研究から小児のウイルス性下痢症の起因ウイルスを調べる場合に、ヒトパレコウイルスを含めて行うことが示唆された。ヒトパレコウイルスの遺伝子型の頻度がタイ、スリランカで国によって異なっていた。さらにスリランカの検体での遺伝子解析から、新しい10,11遺伝子型の臨床および分子疫学的成績を初めて報告した。

5.ロタウイルス、ノロウイルス、アデノウイルス、サポウイルス、アストロウイルス陰性の日本、タイの急性胃腸炎の子どもの糞便か2%、1.2%にヒトボカウイルスを見出した。2国の成績からは小児の急性胃腸炎の大きな起因ウイルスではないと思われた。日本では遺伝子属1と2が、タイでは2属が見られた。日本とタイのヒトボカウイルスの疫学的特徴を提示した。

6.アイチウイルス、ヒトパレコウイルス、エンテロウイルスおよびヒトボカウイルスを同時に検出できる新しいRT-multiplex PCR法を開発した。これは小児の急性胃腸炎に応用された初めての報告である。RT-monoplex PCRに対して感度、精度ともに高く有効な方法であり、さらに全体的には検査時間も短縮でき、試薬も節約できた。

以上をまとめると

アイチウイルス、ヒトパレコウイルス、ヒトボカウイルスにおいてこれらの国での初めての発見あるいは報告であり、特にヒトパレコウイルス10,11遺伝子型の報告がないので今回の成績は貴重なものと言える。したがってこれらのウイルスも視野にいれた小児急性胃腸炎のルーチンの検査の必要性が示唆された。アイチウイルスのカプシド領域を用いた分類の他に、新しくプライマーを設定することによりnested PCRによる遺伝子型AとBとを区別することが出来た。またヒトパレコウイルスを分類するために、2つの新しいプライマーをfirst PCRとして設計し、より検出を可能とした。さらに、アイチウイルス、ヒトパレコウイルス、エンテロウイルス、ヒトボカウイルスを臨床検体から検出する新しいmultiplex PCR法を作製した。これらの開発したPCR法は研究のみならず臨床応用として可能な事がわかった。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51480