No | 127147 | |
著者(漢字) | 伊藤,幸裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イトウ,ユキヒロ | |
標題(和) | プロテインノックダウン法の開発 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127147 | |
報告番号 | 甲27147 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1375号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 分子薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 生命現象にとってタンパク質は非常に重要な役割を担っている。すなわち、タンパク質の発現制御や機能制御、プローブ化は生命現象の解明につながるだけでなく、時として疾患治療にも応用できる。これまでに、タンパク質の発現を制御する手法として遺伝子ノックアウトや遺伝子ノックダウンが、タンパク質の機能を制御する分子として受容体アゴニストやアンタゴニスト、酵素阻害薬などが使われている。さらに最近では様々な標的タンパク質のラベル化法が開発されている。これらの手法はタンパク質の理解や疾患治療に対して多大に貢献している。しかしながら、タンパク質に関わる未知の現象や難治療疾患など、解決すべき問題が多く残されているのも現実であり、これらの手法だけではこと足りない。上述した手法に加えて、新たなタンパク質制御法があれば、タンパク質機能解明に更なる拍車がかかる。そこで、著者はタンパク質の寿命に着目し、特定のタンパク質の分解を促進する手法であるプロテインノックダウン法の開発を行うこととした。プロテインノックダウン法はタンパク質の機能解明に有用で、かつ、疾患関連タンパク質を標的とした場合には治療薬への応用も期待できる。ペプチドを利用した類例は存在するが、膜透過性や安定性に問題があり、応用研究はほとんどなされていない。そこで汎用性が高く、応用研究にも適応可能なプロテインノックダウン法の開発を行った。 【研究目的と研究目的達成のための戦略】 プロテインノックダウン法を開発するにあたり、inhibitor of apoptosis protein(IAP)に着目した。このタンパク質はユビキチンリガーゼ(E3)活性を有し、生体内において、カスパーゼと結合してそのユビキチン化とプロテアソーム分解を誘導する(Fig.1A)3。この過程を利用することで、プロテインノックダウン法を開発できると考えた。すなわち、IAPを認識する低分子化合物と、標的とするタンパク質の特異的リガンドをリンカーで結んだ化合物(SNIPER;Specific and Nongenetic IAP-dependent Protein-ERaser)を設計した。SNIPERはIAPと標的タンパク質の人工的な複合体を形成し、生体内のカスパーゼ分解機構を模倣するように、標的タンパク質のユビキチン化と分解を誘導する可能性がある(Fig.1B)。以下、この作業仮説に基づき研究を遂行した。 【MeBSおよびMV-1を利用したCRABP SNIPERの創製】 Bestatin methyl ester(MeBS,2)はIAPファミリータンパク質のひとつであるcellular inhibitor of apoptosis protem 1(cIAP1)と結合し、その自己分解促進活性を有する。一方、MV-1(5)はcIAP1と同時にcellular inhibitor of apoptosis protein2(cIAP2)と結合し、それらの自己分解促進活性を有する。研究の第一段階として、膜透過性、安定性に優れたこれらの化合物を用いてSNIPERを設計し、プロテインノックダウン法の開発を目指した。そこで、標的タンパク質をcellular retinoic acid binding protein(CRABP)として作業仮説の実証実験を行うこととした。CRABPは細胞内レチノイド結合タンパク質の一つであり、ビタミンAの代謝活性化体であるall-trans retinoic acid(ATRA,7)などと結合し、その細胞内挙動に関わっている。CRABPにはCRABP-IおよびCRABP-IIの二つのタイプが存在する。CRABP-IはATRA耐性がん細胞や神経芽細胞腫において過剰発現していることが報告されている。一方、CRABP-IIはWilms tumorおよび神経芽細胞腫の遊走にATRA非依存的に関与していることが報告されている。しかしながら、CRABPの機能の詳細は未だ不明な点が多い。CRABP量を制御する低分子化合物はこれらの機能解明に有用であり、かつ神経芽腫などの治療薬としての応用も期待できる。そこで、私は上述したプロテインノックダウン法の戦略を基にCRABP SNIPERの創製を行った。ATRA(7)はretinoic acid receptor(RAR)のリガンドでもあるが、4位への置換基導入はRARの結合活性を消失させながらもCRABPのそれは維持できる。そこで、CRABP SNIPERとして8および16を設計・合成した。次いで、FLAG-cIAP1を恒常的に発現させたHT1O80細胞に8および16を作用させ、Westem blotting法によりCRABP-II量の変化を調べた。その結果、これらの化合物は濃度依存的にCRABP-II量を減少させた(Fig.3)。さらに、8によるCRABP-II量減少の詳細なメカニズム解析を行った。その結果、8はcIAP1とCRABP-IIの人工的な複合体を形成させることがわかった。また、8によるCRABP-IIの減少はプロテアソーム阻害薬を併用することで抑制され、8によるCRABP-IIの減少はプロテアソーム依存的な分解であることが示唆された。これらは上述した作業仮説を支持する結果であった。 【標的タンパク質高選択的なSNIPERの創製】 上述したMeBS(2)を利用したSNIPER8やMV-1(5)を用いたSNIPER16は目的とするCRABPの分解を誘導することがわかった。しかしながら、同時にcIAP1の自己分解も誘導する(Fig.3)。そこで、IAPの自己分解を誘導しないSNIPERの創製を試みた。Bestatin類縁体のcIAP1自己分解促進活性における構造活性相関研究の再調査と更なる性質の検証を行ったところ、BE04(26)がIAPに対して結合活性を有するが、IAP自己分解促進活性、IAP機能阻害活性およびIAPユビキチンリガーゼ活性阻害活性を持たないという性質があることを見出した。次いで、BE04(26)を基にCRABP SNIPERとして39(Fig.4)を合成し、これまでと同様の方法で活性評価を行った結果、39はIAPを分解することなく、標的とするCRABPの分解を誘導した(Fig.5)。また、39の活性メカニズム解析を行ったところ、8bと同様に作業仮説を支持する結果となった。さらに39を用いてCRABP-IIの分解が神経芽細胞腫細胞の増殖を阻害することを見出した。 【RAR SNIPERの創製】 プロテインノックダウン法の一般性を検証するため、RARを標的としたSNIPERを創製することとした。RARはレチノイン酸をリガンドとする核内受容体の一種であり、特定の遺伝子発現を制御している。これまでにRARを標的とした創薬研究は盛んに行われてきており、多数のRARアゴニストおよびアンタゴニストが報告されている。RARアゴニストは、白血化した前骨髄球の分化を誘導する作用があり、急性前骨髄球性白血病(APL)の治療薬として臨床でも用いられている。一方、RARアンタゴニストはRARの機能解明に重要な役割を果たしてきた。RAR SNIPERは、RAR消失による抗レチノイン酸活性(RARアンタゴニスト様活性)を有することが期待されるため、RARの機能解明に役立つ可能性がある。そこで、BE04(26)およびCh55(50)の構造を基にRAR SNIPER52を設計した。Ch55(50)はCRABPに対する結合活性がほとんどないRARアゴニストであるため、52はCRABPには作用せず、RARに対して選択的なSNIPERになると考えられる。アゴニストを用いてSNIPERが創製できれば、アンタゴニストを見出すことなく、RAR消失に伴う抗レチノイン酸活性(アンタゴニスト様活性)を有する化合物を創製できる可能性がある。実際、化合物52を合成し、活性評価を行ったところ、52はCRABP-IIを分解することなく、RARα選択的な分解を誘導した(Fig.7)。 【IAP自身を標的としたSNIPERの開発】 最後に、SNIPERの設計に基づき、IAP自身を標的とした分解誘導剤の開発研究を行った。その結果BE04(26)二分子連結化合物74がcIAP1の分解を促進することを見出した(Fig9.)。 【まとめ】 以上のようにSNIPERに基づくプロテインノックダウン法の開発研究を遂行した。膜透過性、安定性に優れたIAP認識分子を用いることで、本法が細胞系での評価が可能であることを示した。本法は標的タンパク質認識部位を他の構造に変えることで様々なタンパク質を標的とできる可能性がある。また、新たなタンパク質量制御法として、ケミカルバイオロジー研究や創薬研究などの多方面への応用展開が期待できると考えられる。 Figure 1. Physiological protein degradation and protein knockdow Figure 2. Structures of compound 2,5,7,8 and 16. Figure 3. Western blotting detection of cIAP1 and CRABP-II levels in HT1080 cells expressing FLAG-tagged cIAP1 after 6 h treatment with compounds. Figure 4. Structures of compounds 26 and 39. Figure 5. Western blotting detection of cIAP1 and CRABP-II levels in HT1080 cells expressing FLAG-tagged cIAP1 after 6 h treatment with compounds. Figure 6. Structures of compounds 50 and 52. Figure 7. Western blotting detection of RARα levels in HT1080 cells after 24 h treatment with compounds Figure 8. Structure of compound 74. Figure 9. Western blotting detection of cIAP1 levels in HT1080 cells expressing FLAG-tagged cIAP1 after 48 h treatment with 74. | |
審査要旨 | タンパク質はあらゆる生命現象にとって重要な役割を担っており、タンパク質の異常はがんをはじめとする様々な疾患に関わる。従って、タンパク質を制御することはタンパク質の理解や疾患治療への期待が持てる。標的とするタンパク質量を制御する手法として遺伝子ノックアウトや遺伝子ノックダウンが頻繁に行われているが、これらはタンパク質の生成過程を阻害する遺伝学的な手法であり、すでに生成した(翻訳された)タンパク質量を制御することはできない。翻訳後の特定のタンパク質量を低分子化合物の処理で容易に制御可能となれば、その手法はタンパク質を知るためのツールとしてだけでなく、医薬への応用も期待できる。 伊藤幸裕は上述したような翻訳後タンパク質量制御法の確立を目指し、標的タンパク質を特異的に分解する手法であるプロテインノックダウン法の開発研究を遂行した。 1.開発戦略と作業仮説の実証研究 伊藤はinhibitor of apoptosis proteins(IAPs)のユビキチンリガーゼ活性と生理条件下におけるIAPsのカスパーゼ分解機構に着目し、標的タンパク質分解誘導剤(SNIPER)の設計とプロテインノックダウン法確立のための作業仮説を構築した。IAPsはユビキチンリガーゼ(E3)活性を有し、生体内において、カスパーゼと結合してそのユビキチン化とプロテアソーム分解を誘導する(Figure 1A)3。すなわち、IAPsを認識する低分子化合物と標的とするタンパク質の特異的リガンドをリンカーで結んだ化合物はIAPsと標的タンパク質の人工的な複合体を形成し、生体内のカスパーゼ分解機構を模倣するように、標的タンパク質のユビキチン化と分解を誘導する可能性がある(Figure 1B)。 この作業仮説に基づき、IAPsの自己分解促進剤であるMeBSとMV-1の構造(Figure 2)を利用してcellular retinoic acid binding protein(CRABP)を標的としたSNIPERの創製研究を行った。CRABPの特異的リガンドのひとつであるall-trans retinoic acid(ATAR,Figure 3)を用いて、分子設計、合成および活性評価を行った結果、二種類のCRABP SNIPERの創製に成功した(Figure 3)。 2.SNIPERの改良 上述したCRABP SNIPERはIAPsの自己分解促進剤であるMeBSとMV-1の構造を基に設計したため、IAPsの自己分解を促進してしまう。そこで、伊藤は標的タンパク質高選択的なSNIPERの創製を目指し更なる研究を行った。MeBS類縁体のIAPs自己分解促進活性における構造活性相関研究の再調査と更なる性質の検証を行ったところ、BE04がIAPsに対して結合活性を有するが、IAPs自己分解促進活性、IAPs機能阻害活性およびIAPsユビキチンリガーゼ活性阻害活性を持たないという性質があることを見出した。そこで、この化合物を基にCRABP高選択的なSNIPERの創製研究を行った結果、IAP自己分解促進活性およびIAP機能阻害活性を持たないCRABP SNIPERを見出した(Figure 4)。加えて、BE04およびretinoic acid receptor(RAR)のリガンドの一つであるCh55を基に、RARを標的としたRAR SNIPERの創製にも成功した(Figure 4)。 3.プロテインノックダウン法の応用研究 続いて、SNIPERを用いたプロテインノックダウン法を利用して、神経芽細胞腫細胞におけるCRABP-II機能の解明研究を行った。その結果、CRABP SNIPERを用いて、(1)神経芽細胞腫細胞においてCRABP-II分解がカスパーゼの活性化と細胞死促進を誘導すること、(2)IAPファミリータンパク質のひとつであるcellular inhibitor of apoptosis protein 1(cIAP1)の機能阻害とCRABP-II機能阻害は、相乗的に神経芽細胞腫細胞の増殖を阻害すること、という2つの可能性を支持するデータが得られた。すなわち、SNIPERがケミカルバイオロジー研究に適応可能であることを示しただけでなく、創薬研究にも応用できることを示すことができたと言える。 以上のように、伊藤幸裕は合理的な戦略に基づき、プロテインノックダウン法の開発研究を行った。その結果、CRABP SNIPERおよびRAR SNIPERの創製に成功した。加えて、SNIPERを用いたプロテインノックダウン法がケミカルバイオロジー研究や創薬研究に応用できる可能性があることを実験的に証明した。これらの成果は、博士(薬学)の学位授与に値すると判断した。 | |
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