学位論文要旨



No 127150
著者(漢字) 小出,裕一郎
著者(英字)
著者(カナ) コイデ,ユウイチロウ
標題(和) 10位置換ローダミン
標題(洋)
報告番号 127150
報告番号 甲27150
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1378号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 講師 松永,茂樹
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

蛍光色素のひとつであるrhodamineは高い水溶性、高い蛍光量子収率、長い(>500nm)励起波長と蛍光波長、蛍光のpH非依存性、光褪色耐性などバイオイメージングを行う上で多くの利点を有しており、生物学・医学分野においても研究ツールとして汎用されている。また、光誘起電子移動(PeT)や分子内環化に基づく共役系の長さの変化の利用など数々の有効な蛍光制御原理が確立されていることから、蛍光プローブの母核として有効な色素の一つである。

ローダミンを母核とした既存の機能性色素のほぼ全てにおいて、そのキサンテン環10位のO原子は保存されているが、このO原子を他の原子に置換することで、色素の性質が大きく変わることが報告されている、例えば、Se置換体では強い光増感能を有するようになり、Si置換体ではより長い吸収・蛍光波長を持つようになる。即ち、ローダミンのキサンテン環10位の原子を変化させることで、そこに新たな分光学的、光化学的性質を有する色素が誕生する(Figure1)。

そこで私は、このような10位置換ローダミンの特性を生かすことにより、目的とする機能性分子をより"smart"にデザインすることや、新しい性質を持つラベル色素や機能性分子を開発することが可能となると考え、本研究を開始した。

1.ラベル色素

ローダミンのキサンテン環10位のO原子を14族元素に置換し、赤色から650nm付近の近赤外領域に蛍光を有する14族ローダミン(SiR,GeR)を合成し、さらにSiRのキサンテン環を拡張することにより、700nm程の近赤外領域に蛍光を有するSiR-NIRを開発した。次にこれら近赤外蛍光色素の分光学的性質を精査したところ、高い蛍光量子収率と高い光退色耐性を有するなど、通常のローダミンと同様の蛍光色素として優れた性質を持つことが明らかとなった(Figure1)。近赤外光には組織透過性の高さなどのこの領域特有のバイオイメージングおける強みがあり、可視領域に比べて生物への応用という点でより大きな可能性を持っている。SiR-NIRの応用例としてがん組織に高発現することが知られる細胞間マトリックスの一つであるテネイシンCを標的としたがんのin vivoイメージングを行った。SiR-NIRの一つであるSiR700を抗テネイシンC抗体に標識し、これをヒト悪性髄膜がん由来HKBMM細胞を皮下に移植したがんモデルマウスに静脈投与したところ、24時間後にがん部位からのみSiR700由来の蛍光を観察することができた(Figure2)。また、SiR700をラベルすることで、抗体の角が低下する(親和性が向上する)ことが一つの要因となり、SiR700ラベル化抗テネイシンC抗体が、既存のラベル色素を使用した場合に比べて優れたがん集積性を持つようになることを示した。

2.光誘起子移動(PeT)を蛍光制御原理とした近赤外蛍光プローブ

既存の蛍光プローブの多くは紫外~可視の蛍光を持つものであり、近赤外蛍光を有するものは少ない。その理由として、(1)水中で高い蛍光量子収率を持つなどのプローブの創製に適した性質を持つ近赤外蛍光色素が少ない、(2)構造を修飾、展開しやすい近赤外蛍光色素が少ない、(3)近赤外蛍光を制御する有効な手法が少ない、という3つが挙げられる。現在、近赤外蛍光プローブの母核として頻繁に用いられる色素はCy5やCy7などのシアニン系色素のみであるが、このシアニン系色素でさえもその近赤外蛍光を効果的に制御する方法はあまり多く存在しない。このような状況で、汎用性のある近赤外蛍光プローブの分子設計法を確立することができれば、マルチカラーイメージングにおける色素選択の幅が広がることや、近赤外光特有のバイオイメージングにおける利点から、非常に有用である。

そこで、14族ローダミンという近赤外蛍光色素と蛍光制御原理PeTを組み合わせることで、汎用性のある近赤外蛍光プローブの分子設計法を確立した。PeTは紫外~可視領域の蛍光を制御するのに非常に有効な手法であるが、一般に近赤外蛍光を制御するには蛍光団の励起エネルギーが小さいため難しい。しかし、14族ローダミンは高い還元電位を有するので、Rehm-Wellerの式からPeTによりその蛍光を効率的に制御できることが予想された。これを検証するため、電子ドナーとして様々な酸化電位を持つベンゼン環を有するSiRを合成して蛍光量子収率を測定したところ、酸化電位の小さいアニリン構造を有するSiRではその蛍光量子収率はほぼ0に抑制され、SiRはPeTにより蛍光制御を行いやすいことが既に知られているTokyoGreenとほぼ同位置に蛍光制御のthresholdを有することが判った(Figure3(A))。即ち、14族ローダミンはPeTによりその蛍光を容易に制御できることが明らかになった。さらに、この設計法を用いて実際にZn2+プローブ等の近赤外蛍光プローブを開発した(Figure3(B))。

3.分子内スピロ環化を利用した次亜塩素酸プローブ

ローダミンを母核とした蛍光プローブに使用されている分子内スピロ環化に基づく蛍光制御原理をSiRにそのまま適用することで、ローダミンの優れた性質を備えたまま、同様の機能を持つ近赤外蛍光プローブを開発することに成功した。

具体的には、活性酸素種(ROS)の一種である次亜塩素酸を特異的に検出するプローブであるローダミンベースのHySOxに倣い、近赤外領域における次亜塩素酸特異的蛍光プローブ、MMSiRを開発した(Figure4(A))。このMMSiRは近赤外蛍光を有し、HySOxの優れた性質、即ち、次亜塩素酸に対し、高選択的、かつ高感度であり、次亜塩素酸と反応した後の高蛍光性生成物が高い光槌色耐性、pH非依存性を備えるという性質をそのまま受け継いでいる。

このMMSiRを以てブタ好中球を用いたファゴサイトーシスのリアルタイムイメージング(Figure4(B))、そして、マウスの腹膜炎モデルにて産生される次亜塩素酸の可視化に成功した。このように本プローブはin vitroとin vivoの両方の幅広いアプリケーションに対応することができる優れたプローブである。

4.分子内スピロ環化を利用したpHプローブ

キサンテン環9位に直結するベンゼン環2位にhydroxymethyl(HM)基を持つローダミンである2-HMOR(Figure5(A))はその閉環・開環が平衡状態となるpKaが9.6であるが、これと比較して14族ローダミンは閉環構造を取り易いことを見出し、この特性を生かすことで弱酸性領域にpKaを有する酸性環境感受性近赤外蛍光pHプローブ、2-HMIGeRを開発した(pKa=6.2)(Figure5(B))。2-HM IGeRの励起・蛍光波長はExmax/Emmax=679/693nm、酸性環境下での蛍光量子収率はΦfl=0,25であり、その蛍光特性は近赤外蛍光プローブとして優れたものであった。本プローブの活性エステル体を合成し、これを抗体やタンパク質にラベルしたものを用いてプローブのin vitroとin vivoにおける有用性を示した。In vitroのアプリケーションとしてエンドサイトーシスに伴う小胞内のpH低下を利用したHerceptin(R)のHER2受容体を介するエンドサイトーシスの可視化に成功した。また、この系において市販の近赤外pHプローブであるCypHer5ETMと光褪色耐性について比較したところ、2-HMIGeRはこれに比べて高い光褪色耐性を持つことが明らかとなった。次に、in vivoでのアプリケーションとしてレクチンを標的としたがんイメージングを行ったが、ヒト卵巣がん由来SHIN3細胞を腹膜播種したマウスに対して2-HMIGeRラベル化アビジンを腹腔内投与し、4h後に開腹して観察したところ、前述したin vitroの系と同様の原理に基づいてがん選択的な蛍光シグナルを検出することができた(Figure5(C))。

この他、Te-rhodamine(TeR)やSe-rhodamine(SeR)を活用することで、近赤外領域のリバーシブルROS検出蛍光プローブや、特定の受容体を発現する細胞を選択的に殺傷できる"activatable"光増感剤の開発にも成功した。

まとめ

10位置換ローダミンの特性を利用することで、近赤外蛍光ラベル色素、近赤外蛍光プローブ、"activatable"光増感剤の開発を行った。これら10位置換ローダミンの優れた点は、ローダミンを母核とする既存の可視蛍光プローブに使用されている種々の分子設計法を、高い光褪色耐性などのローダミンの利点を保ったまま、近赤外領域の蛍光プローブや光増感剤の開発に応用できる点にある。今後、10位置換ローダミンを母核とした新たな近赤外蛍光プローブや光増感剤が開発され、今回開発したものも含めてそれらが生物学・医学分野において新たな知見を生み出す研究ツールとなることや、診断や治療のための薬剤となることが期待される。

Figure 1. 10-Substituted Rhodamines.

Figure 2. Tumor imaging targeting Tenascin-C.

Figure 3. (A) Relationship between the oxidation potential of the benzene moiety and the Φfl of SiR and TokyoGreen.(B) PeT-based MR Zn2+ sensor.

Figure 4. (A) NIR fluorescence probe for HOCI. (B) Application for phagooytosis imaging.

Figure 5. NIR fluorescence pH probe, and its application for peritoneal metastases model.

審査要旨 要旨を表示する

小出裕一郎は「10位置換ローダミン」と題し、以下の研究を行った。

蛍光色素の一つであるローダミンは高い水溶性、高い蛍光量子収率、500nm付近の長い励起波長と蛍光波長、蛍光のpH非依存性、光褪色耐性などバイオイメージングを行う上で多くの利点を有しており、生物学・医学分野においても研究ツールとして汎用されている。また、光誘起電子移動(PeT)や分子内環化に基づく共役系の長さの変化の利用など数々の有効な蛍光制御原理が確立されていることから、蛍光プローブの母核として有効な色素の一つである。

ローダミンを母核とした既存の機能性色素のほぼ全てにおいて、そのキサンテン環10位のO原子は保存されているが、このO原子を他の原子に置換することで、色素の性質が大きく変わることが報告されている。例えば、Se置換体では強い光増感能を有するようになり、Si置換体ではより長い吸収・蛍光波長を持つようになる。即ち、ローダミンのキサンテン環10位の原子を変化させることで、そこに新たな分光学的、光化学的性質を有する色素が誕生する。小出は、このような10位置換ローダミンの特性を生かすことにより、目的とする機能性分子をより論理的にデザインすることや、新しい性質を持つラベル色素や機能性分子を開発することを行った。

1.ラベル色素

ローダミンのキサンテン環10位のO原子を14族元素に置換し、赤色から650nm付近の近赤外領域に蛍光を有する14族ローダミン(SiR,GeR)を合成し、さらにSiRのキサンテン環を拡張することにより、700nm程の近赤外領域に蛍光を有するSiR-NIRを開発した。次にこれら近赤外蛍光色素の分光学的性質を精査したところ、高い蛍光量子収率と高い光退色耐性を有するなど、通常のローダミンと同様の蛍光色素として優れた性質を持つことを明らかにした。近赤外光には組織透過性の高さなどのバイオイメージングにおける強みがあり、可視領域に比べて生物への応用という点でより大きな可能性を持っている。SiR-NIRの応用例としてがん組織に高発現することが知られる細胞間マトリックスの一つであるテネイシンCを標的としたがんのin vivoイメージングを行った。SiR-MRの一つであるSiR700を抗テネイシンC抗体に標識し、これをヒト悪性髄膜がん由来HKBMM細胞を皮下に移植したがんモデルマウスに静脈投与したところ、24時間後にがん部位からのみSiR700由来の蛍光を観察することに成功した。また、SiR700をラベルすることで、抗体のKdが低下する(親和性が向上する)ことが一つの要因となり、SiR700ラベル化抗テネイシンC抗体が、既存のラベル色素を使用した場合に比べて優れたがん集積性を持つようになることを明らかにした。

2.光誘起電子移動(PeT)を蛍光制御原理とした近赤外蛍光プローブ

既存の蛍光プローブの多くは紫外~可視の蛍光を持つものであり、近赤外蛍光を有するものは少ない。その理由として、(1)水中で高い蛍光量子収率を持つなどのプローブの創製に適した性質を持つ近赤外蛍光色素が少ない、(2)構造を修飾、展開しやすい近赤外蛍光色素が少ない、(3)近赤外蛍光を制御する有効な手法が少ない、という3つが挙げられる。現在、近赤外蛍光プローブの母核として頻繁に用いられる色素はCy5やCy7などのシアニン系色素のみであるが、このシアニン系色素でさえもその近赤外蛍光を効果的に制御する方法はあまり多く存在しない。このような状況で、汎用性のある近赤外蛍光プローブの分子設計法を確立することで、マルチカラーイメージングにおける色素選択の幅が広がることや、近赤外光特有のバイオイメージングにおける利点から、非常に有用である。

そこで、14族ローダミンという近赤外蛍光色素と蛍光制御原理PeTを組み合わせることで、汎用性のある近赤外蛍光プローブの分子設計法を確立した。PeTは紫外~可視領域の蛍光を制御するのに非常に有効な手法であるが、一般に近赤外蛍光を制御するには蛍光団の励起エネルギーが小さいため難しい。しかし、14族ローダミンは高い還元電位を有するので、Rehm-Wellerの式からPeTによりその蛍光を効率的に制御できることが予想された。これを検証するため、電子ドナーとして様々な酸化電位を持つベンゼン環を有するSiRを合成して蛍光量子収率を測定したところ、酸化電位の小さいアニリン構造を有するSiRではその蛍光量子収率はほぼ0に抑制され、SiRはPeTにより蛍光制御を行いやすいことが既に知られているTokyoGreenとほぼ同位置に蛍光制御のthresholdを有することを明らかにした。さらに、この設計法を用いて実際にZn2+プローブ等の近赤外蛍光プローブを開発した。

3.分子内スピロ環化を利用した次亜塩素酸プロープ

ローダミンを母核とした蛍光プローブに使用されている分子内スピロ環化に基づく蛍光制御原理をSiRにそのまま適用することで、ローダミンの優れた性質を備えたまま、同様の機能を持つ近赤外蛍光プローブを開発することに成功した。

具体的には、活性酸素種(ROS)の一種である次亜塩素酸を特異的に検出するプローブであるローダミンベースのHySOxに倣い、近赤外領域における次亜塩素酸特異的蛍光プローブ、MMSiRを開発した。このMMSiRは近赤外蛍光を有し、HySOxの優れた性質、即ち、次亜塩素酸に対し、高選択的かつ高感度であり、次亜塩素酸と反応した後の蛍光性生成物が高い光褪色耐性、pH非依存性を備えるという性質をそのまま受け継いでいる。'

このMMSiRを以てブタ好中球を用いたファゴサイトーシスのリアルタイムイメージング、そして、マウスの腹膜炎モデルにて産生される次亜塩素酸の可視化に成功した。このように本プローブはin vitroとin vivoの両方の幅広いアプリケーションに対応することができる優れたプローブである。

4.分子内スピロ環化を利用したpHプローブ

キサンテン環9位に直結するベンゼン環2位にhydroxymethy1(HM)基を持つローダミンである2-HMORはその閉環・開環が平衡状態となるpKaが塩基性側に存在するが、これと比較して14族ローダミンは閉環構造を取り易いことを見出し、この特性を生かすことで弱酸性領域にpKaを有する酸性環境感受性近赤外蛍光pHプローブ、2-HM IGeRを開発した。2-HM IGeRの励起・蛍光波長はExmax/Emmax=679/693nm、酸性環境下での蛍光量子収率はΦfl=0.25であり、その蛍光特性は近赤外蛍光プローブとして優れたものであった。本プローブの活性エステル体を合成し、これを抗体やタンパク質にラベルしたものを用いてプローブのin vitroとin vivoにおける有用性を示した。In vitroのアプリケーションとしてエンドサイトーシスに伴う小胞内のpH低下を利用したHerceptin(R)のHER2受容体を介するエンドサイトーシスの可視化に成功した。また、この系において市販の近赤外pHプローブであるCypHer5ETMと光褪色耐性について比較したところ、2-HM IGeRはこれに比べて高い光褪色耐性を持つことが明らかとなった、次に、in vivoでのアプリケーションとしてレクチンを標的としたがんイメージングを行ったが、ヒト卵巣がん由来SHIN3細胞を腹膜播種したマウスに対して2-HM IGeRラベル化アビジンを腹腔内投与し、4h後に開腹して観察したところ、前述したin vitroの系と同様の原理に基づいてがん選択的な蛍光シグナルを検出することができた。

この他、Te-rhodamine(TeR)やSe-rhodamine(SeR)を活用することで、近赤外領域のリバーシブルROS検出蛍光プローブや、特定の受容体を発現する細胞を選択的に殺傷できる機能性光増感剤の開発にも成功した。

以上、本研究において小出は、10位置換ローダミンの特性を利用することで、近赤外蛍光ラベル色素、近赤外蛍光プローブ、機能性光増感剤の開発を行った。これら10位置換ローダミンの優れた点は、ローダミンを母核とする既存の可視蛍光プローブに使用されている種々の分子設計法を、高い光褪色耐性などのローダミンの利点を保ったまま、近赤外領域の蛍光プローブや光増感剤の開発に応用できる点にある。今後、10位置換ローダミンを母核とした新たな近赤外蛍光プローブや光増感剤が開発され、今回開発したものも含めてそれらが生物学・医学分野において新たな知見を生み出す研究ツールとなることや、診断や治療のための薬剤となることが期待される。

以上の業績は、薬学分野におけるバイオイメージングの進歩に顕著に寄与するものであり、博士(薬学)の授与にふさわしいものと判断した。

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