学位論文要旨



No 127152
著者(漢字) 佐藤,信裕
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ノブヒロ
標題(和) (-)-サリノスポラミドAの全合成
標題(洋)
報告番号 127152
報告番号 甲27152
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1380号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 講師 横島,聡
 東京大学 講師 脇本,敏幸
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

息する細菌Salinospora tropica から単離された天然物である1。20S プロテアソームを強力かつ選択的に阻害することが知られており、現在、多発性骨髄腫の治療薬として臨床試験が行われている。構造上の特徴としては、シクロヘキセン環、β-ラクトン、α, α -2 置換アミノ酸構造を有していることが挙げられ、小分子でありながら高度に多官能基化されている化合物である。1は、その強力な生理活性と特異な分子構造により多くの合成化学者の興味を引きつけており、これまでに多数の合成研究が報告されてきた1b。筆者もまた効率的かつ立体選択的な1の合成法を確立すべく研究を行った。

【逆合成解析】

逆合成解析をScheme 1に示す。まず、塩素原子は水酸基を足がかりとして導入でき、またβ-ラクトン部位はアルコールとカルボン酸から構築できることを考えると、2の有するアセタール部位を還元的に開裂することで1 が合成可能である。ここで、アルデヒドに対するシクロヘキセニル金属種の求核付加反応によってシクロヘキセン環を導入するものとすると、3の有する2つのエステル部位を順次変換することで2を得ることができる。また、4のような鎖状化合物においてマロン酸部位からケトンへと環化を行い、生じたアルコールからアルデヒドに対して再度環化反応を行うことで、連続する不斉中心を制御しつつ3の有するビシクロ[3.3.0]骨格が構築可能であると考えた。

【結果・考察】

3に含まれる不斉中心は不斉補助基を利用して構築することとし、鍵中間体3の合成を以下のように行った(Scheme 2)。まず、市販の4-ペンテン酸(4)に対し、L-フェニルアラニンから容易に調製可能であるオキサゾリジンチオン5を縮合させた。続いてメチルケトン等価体の導入を試みたところ、反応は円滑に進行し望みとする化合物8を単一の異性体として得ることができた。ここで不斉補助基を還元的に除去し、生じたアルデヒドを単離することなくワンポットにて還元的アミノ化の条件に付したところ、再現性よくアミン10を得ることに成功した。続いてアミン部位をホルミル基によって保護したのち、塩酸で処理することによりケトン部位の脱保護を行った。するとマロン酸部位からケトンに対する環化が起こり、ピロリジン誘導体がジアステレオマー混合物として得られた。また同時に環化していないアミノケトンも一部得られたものの、これらの混合物に対してエーテルから結晶化を行うことにより単一の異性体11 へと収束させることが可能であることを見出した。得られた11に対し、オゾン酸化による二重結合の切断を行ったのちに酸性条件に付したところ、メチルアセタールの形成を伴いながら二環性骨格を構築することができた。さらにホルミル基を除去し、アミン12へと変換した。アミン12のホルミル化体についてHPLCを用いて光学純度を測定したところ、ほぼ光学的に純粋な化合物が得られていることが確認できた(> 99% ee)。

続いてルテニウム触媒を用いてピロリジン環のラクタムへの酸化を試みたところ、反応は円滑に進行し、アセタール部位の損壊を伴うことなく望みとするラクタム13を良好な収率にて得ることに成功した(Scheme 3)。この段階においてメトキシ基に由来するジアステレオマーをカラムクロマトグラフィーによって分離した。ここで2つのエステル部位のうち、より立体障害の少ない位置にあるエステルを選択的に還元し、続いてDess-Martin 酸化を行ったところ望みとするアルデヒドが水和物との混合物として得られた。この混合物に対して文献既知の条件2に従いシクロヘキセニル亜鉛試薬を作用させたところ、付加体は得られたものの収率、立体選択性ともに満足のいくものではなかった。本反応条件を用いた場合、ラクタム部位の窒素原子がPMB 基で保護されている基質においては良好な選択性が得られていると報告されているが、ラクタム部位が無置換の基質における反応は報告されていない。そこで異なるシクロヘキセン環の導入法として、立体選択的なアリル化と続く閉環メタセシスを行うことを考え、まずアリル化反応の検討を行った。その結果、アリルトリフルオロシランまたはアリルトリフルオロボレート塩を用いた場合に単一の異性体として反応成績体17 が得ることができた。しかしながら、その立体選択性は望みのものとは逆であった。以上の結果から、ラクタム部位が無置換の状態では望みの選択性を得ることは困難であると判断し、アルデヒドの配座を変える目的で窒素原子の保護を行うこととした。

ラクタム部位の保護に先立ち、後の工程におけるカルボン酸の脱保護を簡便に行うため、エステル交換を行いジメチルエステルをジベンジルエステルへと変換した(Scheme 4)。続いて先ほどと同様に水素化ホウ素ナトリウムによって2つあるエステルの一方のみをアルコールへと還元した。ここでラクタム部位の窒素原子を選択的にBoc 化するため、水酸基をTMS 基によって一時的に保護した。すると、続くラクタム部位の選択的なBoc 化およびTMS 基の除去は円滑に進行し、20 からワンポットにて望みとする化合物21を良好な収率にて得ることができた。続いてシクロヘキセン環を導入するため、Dess-Martin 試薬を用いてアルコールを酸化した。このとき、先ほどとは対照的に水和体は全く得られず、望みとするアルデヒド22のみを良好な収率にて得ることができた。得られたアルデヒドに対し、シクロヘキセニル亜鉛試薬を作用させた。すると付加反応は円滑に進行し、2つの不斉中心を完全に制御しつつシクロヘキセン環を導入することができた。このとき同時にラクタム上のBoc基がアルコールへと一部転位し、23と24の混合物を与えた。得られた混合物を酸性条件に付したところ、Boc 基の除去とメチルアセタールのラクトールへの変換が一挙に進行した。続いて、生じたラクトールを水素化ホウ素ナトリウムによってジオールへと還元し、25とした。最後に、カルボン酸の脱保護とβ-ラクトンの形成、そして1 級アルコールの塩素化を行い、Salinosporamide Aの全合成を達成した。

以上、筆者は市販の4-ペンテン酸を出発原料として14 段階、総収率19%にてSalinosporamide Aの不斉全合成を達成した。本合成経路はこれまで報告されたいずれの合成よりも総収率が高いものである。さらに、各工程をグラムスケールにて実施することも容易であり、実際に筆者はSalinosporamide Aを1.5 g 合成している

(1) (a) Felig, R. H.; Buchanan, G. O.; Mincer, T. J.; Kauffman, C. A.; Jensen, P. R.; Fenical, W. Angew. Chem. Int.Ed. 2003, 42, 355. For a recent review, see: (b) Gulder, T. A. M.; Moore, B. S. Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49,9346. (2) Reddy, L. R.; Saravanan, P.; Corey, E. J. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 6230.

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

審査要旨 要旨を表示する

Salinosporamide Aは20S プロテアソームを強力かつ選択的に阻害することが知られている海洋性天然物であり、現在、多発性骨髄腫の治療薬として臨床試験が行われている。Salinosporamide Aは、その強力な生理活性と特異な分子構造により多くの合成化学者の興味を引きつけており、これまでに多数の合成研究が報告されているが、多くの場合、連続する不斉中心を独立に制御しているため、合成経路が煩雑なものとなっている。そこで佐藤は効率的かつ立体選択的なSalinosporamide Aの合成法を確立すべく研究を行った。

まず、佐藤は不斉補助基を活用することで鍵中間体10の合成を行った(Scheme 1)。出発原料として市販の4-ペンテン酸(2)を用い、L-フェニルアラニンから容易に調製可能なオキサゾリジンチオン3を縮合させた。続いてメチルケトン等価体の導入を試みたところ、化合物4を単一の異性体として得た。ここで不斉補助基を還元的に除去し、生じたアルデヒドをワンポットで還元的アミノ化してアミン8を得た。続くアミン部位の保護と、酸処理によるケトン部位の脱保護を行ったところ、マロン酸部位からケトンに対する環化が起こり、ピロリジン誘導体がジアステレオマー混合物として環化していないアミノケトンと共に得られた。これらの混合物をエーテルから結晶化したところ単一の異性体9 へと収束させることが可能であることを見出した。得られた9に対し、オゾン酸化による二重結合の切断を行ったのちに酸性条件に付したところ、メチルアセタールの形成を伴いながら二環性骨格を構築することに成功した。特筆すべきは、ホルミル基を除去して得られたアミン10 が99%以上のエナンチオ過剰率を有していることである。

次に、ルテニウム触媒を用いた酸化反応によりピロリジン環を酸化し、ラクタム11を良好な収率にて得た(Scheme 3)。この段階で、メトキシ基に由来するジアステレオマーをカラムクロマトグラフィーによって分離し、2つのエステル部位のうち、より立体障害の少ない位置にあるエステルを選択的に還元した。続いてDess-Martin酸化を行い、望みとするアルデヒドを水和物との混合物として得た。この混合物に対して文献既知の条件に従いシクロヘキセニル亜鉛試薬を作用させたところ、付加体14は得られたものの収率、立体選択性ともに満足のいくものではなかった。そこで異なるシクロヘキセン環の導入法として、立体選択的なアリル化と続く閉環メタセシスを行うため、まずアリル化反応の検討を行った。その結果、アリルトリフルオロシランまたはアリルトリフルオロボレート塩を用いた場合に単一の異性体として反応成績体15 が得られることを見出したが、残念ながらその立体選択性は望みのものとは逆であった。

シクロヘキセン環を望みの立体選択性にて導入するため、佐藤は窒素原子が保護されたアルデヒド20に対するシクロヘキセン環の導入を試みた。まずエステル交換によってジメチルエステルをジベンジルエステルへと変換し、続いて先ほどと同様に水素化ホウ素ナトリウムによって2つあるエステルの一方のみをアルコールへと還元した(Scheme 3)。得られた化合物のラクタム部位に対する選択的なBoc 基の導入は困難を伴うものであったが、佐藤は水酸基をTMS 基によって巧妙に保護することでラクタム部位の選択的なBoc 化を行えることを見出し、18 からワンポットで望みとする化合物19を高収率で得ることに成功した。続くDess-Martin 酸化と、得られたアルデヒドに対してシクロヘキセニル亜鉛試薬を作用させることにより、2つの不斉中心を完全に制御しつつシクロヘキセン環を導入した。このとき同時にラクタム上のBoc 基がアルコールへと一部転位することで21と22の混合物を与えたものの、得られた混合物を酸性条件に付すといずれの化合物においてもBoc 基の除去とメチルアセタールの加水分解が一挙に進行し、ラクトールへと収束した。続いて、生じたラクトールを水素化ホウ素ナトリウムによってジオールへと還元し、23を得た。最後に、カルボン酸の脱保護とb-ラクトンの形成、そして1 級アルコールの塩素化を行い、Salinosporamide Aの不斉全合成を達成した。総工程数は出発原料である4-ペンテン酸から14 工程、通算収率は19%であった。また各工程はグラムスケールにて実施することが可能であり、佐藤はこれまでに1.5 gのSalinosporamide Aを合成している。

以上、佐藤はSalinosporamide Aの効率的かつ立体選択的な新規合成法を確立した。佐藤が確立した合成経路は、これまで報告されたSalinosporamide Aのどの合成よりも総収率が高いものである。この成果は薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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