学位論文要旨



No 127156
著者(漢字) 毛利,伸介
著者(英字)
著者(カナ) モウリ,シンスケ
標題(和) 複核ニッケルシッフ塩基錯体の応用展開と協奏的触媒機能発現についての研究
標題(洋)
報告番号 127156
報告番号 甲27156
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1384号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 内山,真伸
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

当研究室では、2007年以降、二核性Schiff塩基1が遷移金属を含む複核触媒を調製するのに有効であることを見いだし、各種金属の組み合わせにより多彩なキラル反応場を創製することで様々な反応へと応用可能であることを報告している1a)。複核シッフ塩基触媒は、従来盛んに研究が行われてきた単核のサレン錯体とは大きく異なる触媒特性を有しており、異なる配位環境下にある2つの金属中心の協奏的機能発現が高い触媒活性と選択性の実現に寄与していることがわかっている。私はホモニッケル複核シッフ塩基1b)を活用することで、反応系で耐水性を示すとともに、従来の単核のサレン錯体とは明らかに異なった機能を発現することを見いだした。

(1)ホモ複核シッフ塩基錯体を活用したホルムアルデヒド水溶液を用いた触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応の開発

光学活性ヒドロキシメチル基を有する化合物は医薬品や生体内物質にも多く存在し、生理活性上重要なユニットである。通常、ヒドロキシメチル化反応にはC1ユニットとして単体ホルムアルデヒドの前駆体であるパラホルムアルデヒドやトリオキサンが用いられることが多いが、コストおよび簡便性を考慮するとホルムアルデヒド水溶液(ホルマリン)の使用が望ましい。しかしながら、ホルマリン水溶液の使用のためには触媒が耐水性を持たねばならず、その使用に大きく制限がかかっていた。ホルムアルデヒド水溶液を用いたβ-ケトエステルへの直接的触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応は袖岡らよる2007年の報告が一例あるが、希少金属であるパラジウムの使用が必須であり、選択性及び基質一般性にも改良の余地があった2a)。これらの問題点を改善するために、私は複核シッフ塩基錯体に着目した。二つの遷移金属を含むホモ複核シッフ塩基錯体はBronsted塩基-Lewis酸の性質を持ち、(1)両基質の認識、活性化(Dual Activation)が可能となるだけでなく、(2)酸素および湿気に対して高い安定性を有することからホルムアルデヒド水溶液を用いた反応へ適用可能であると考えられる。検討した結果、ホモ複核ニッケルシッフ塩基錯体が最も高い収率と選択性を与えることがわかった。最終的に、空気存在下、ホルムアルデヒド水溶液を1.1当量使用するという、従来にない反応条件で反応が効率よく進行し、わずか0.1 mol%の触媒を用いるのみで、対応するヒドロキシメチル体を最高94%収率、93% eeで得ることに成功し、また触媒回転数は最高940回を記録した(Scheme 1)2b)。

(2)3-アミノオキシインドールの触媒的不斉合成反応の開発

オキシインドールの3位に不斉四置換炭素をもつ骨格は生理活性物質や天然物にみられる。特に3-アミノオキシインドール骨格を有する化合物には、有用な医薬品があるにも関わらず、その触媒的不斉合成法は、触媒量や基質一般性の面において多くの問題点を残している。私は、ホモ複核ニッケルシッフ塩基1a錯体及び単核ニッケルシッフ塩基2錯体を用いることで3-アルキル置換のオキシインドールの触媒的不斉アミノ化反応を達成した(Scheme 2)。条件検討の結果、興味深いことに50℃条件という高温条件下、わずか1 mol%のホモ複核ニッケル塩基錯体1を用いることで、高エナンチオ選択的なオキシインドールの触媒的不斉アミノ化反応を達成した(Table 1)。また、興味深いことに、単核ニッケルシッフ塩基錯体2を用いることで、エナンチオ選択性が反転した生成物が得られた(Scheme 2, Table 2)。両手法は種々の基質に適用可能であった。この逆転現象はニッケルエノラート中間体の位置が異なることに由来していると推測している。複核ニッケル錯体ではより立体的にすいた外側のO2O2配位場がBronsted塩基として機能しニッケルエノラートが発生していると考えられるのに対し(Figure 2)、単核ニッケル錯体では内側のN2O2配位場でニッケルエノラートが発生していると考えられる。複核ニッケル錯体では内部のニッケルがLewis酸として効果的に機能し、内部側よりアミノ化剤が接近するため(R)-体を選択的に与えるのではないかと考えている。

本反応の有用性を実証するために、アミノ化体の変換反応を実施した(Scheme 3)。グラムスケールの触媒的不斉アミノ化反応でエナンチオ選択性を損なう事なく(98% ee)で5iaの合成に成功した。5iaの3個のBoc保護基は塩酸によって脱保護を行った。脱保護体6ia からN-N結合の切断を種々の条件検討を行った結果、Rh/Cが最も効率よく、望みの化合物7iaが72%得られた(2 steps)。7iaとイソシアネートとの反応によりgastrin/CCKB 受容体拮抗薬であるAG-041Rの鍵中間体(8ia)の合成を実現した。また化合物7iaからは74%(2 steps)でスピロ-β-ラクタム骨格の構築(9ia)が可能であった。

一方で、3-アリール置換したオキシインドールに対しては同じ条件は適用できなかった。これは3-アルキル置換のオキシインドールと比較して酸性度が高いため触媒非関与反応が増大していると予想される。そこで改めて反応条件の最適化を行った。その結果、触媒量を10 mol%に増やし、CHCl3中30 °Cにて反応させることで90% eeにて生成物を得ることに成功した(Scheme 4)。本最適化条件は、一定の基質一般性を有している。また、アミノ化反応においては、生成物中のN-N結合の選択的切断が有用物質合成への展開において重要となる。特に3-アリールオキシインドールでは、Pd/C (H2, 1 atm)を用いた場合にはC-N結合切断が定量的に進行してしまい、目的の3-アミノオキシインドール体を得るためには、Rh/C触媒を用いることが必須であった(Scheme 5)。

【結論】

私は複核ニッケルシッフ塩基錯体の反応系で耐水性を発見した。さらにオキシインドールのアミノ化反応において本複核錯体と単核ニッケル錯体間にエナンチオ選択性逆転現象がおきることを見いだした。このことは、複核ニッケルシッフ塩基錯体において2つのニッケル中心同士の協奏的機能が効果的に発現していることを示唆している。

1) (a) Shibasaki, M.; Matsunaga, S. 有機合成化学協会誌. 2010, 68, 1142. (b) Chen, Z.; Morimoto, H.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 2170.2) (a) Fukuchi, I.; Hamashima, Y.; Sodeoka, M. Adv. Synth. Catal. 2006, 349, 509. (b) Mouri, S.; Chen, Z.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. Chem Commun. 2009, 5138.3) Mouri, S.; Chen, Z.; Mitsunuma, H.; Furutachi, M.; Matsunaga, S.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 1255.4) Sato, S.; Shibuya, M.; Kanoh, N.; Iwabuchi, Y. J. Org. Chem. 2009, 74, 7522.

Figure 1. Structures of dinucleating Schiff bases and homodinuclear Schiff base complexes.

Scheme 1.

Scheme 2.

Table 1. (R)-Selective Catalytic Asymmetric Amination of Oxindoles 3 with Homobimetallic (R)-Ni2-1 Comdex

Table 2. (S)-Selective Catalytic Asymmetric Amination of Oxindoles 3 with Monometallic (R)-Ni-2 Complex

Figure 2.

Scheme 3.

Scheme 4.

Scheme 5.

審査要旨 要旨を表示する

毛利伸介は、「複核ニッケルシッフ塩基錯体の応用展開と協奏的触媒機能発現についての研究」というタイトルで、主に以下の2つのトピックスについて研究を行った。

(1)ホモ複核シッフ塩基錯体を活用したホルムアルデヒド水溶液を用いた触媒的不斉ヒドロキシメチル化反応の開発

光学活性ヒドロキシメチル基を有する化合物は医薬品や生体内物質にも多く存在し、生理活性上重要なユニットである。通常、ヒドロキシメチル化反応にはC1ユニットとして単体ホルムアルデヒドの前駆体であるパラホルムアルデヒドやトリオキサンが用いられることが多いが、コストおよび簡便性を考慮するとホルムアルデヒド水溶液(ホルマリン)の使用が望ましい。しかしながら、ホルマリン水溶液の使用のためには触媒が耐水性を持たねばならず、その使用に大きく制限がかかっていた。毛利は、二つの遷移金属を含むホモ複核シッフ塩基錯体Ni2-1が、Bronsted塩基-Lewis酸の性質を持ち、酸素および湿気に対して高い安定性を有することに着目し、ホルムアルデヒド水溶液をヒドロキシメチル化剤として、わずか0.lmol%の不斉触媒を用いるのみで、対応するヒドロキシメチル体が最高94%収率、93%eeで得られることを見出し、従来の反応の欠点を大きく克服することに成功した(Scheme1)。

(2)3-アミノオキシインドールの触媒的不斉合成反応の開発

3-アミノオキシインドール骨格は、生理活性天然物や有用な医薬品に多く存在するにも関わらず、従来の触媒的不斉合成法は、触媒量や基質一般性の面において多くの問題点を残していた。毛利は、ホモ複核ニッケルシップ塩基1a錯体及び単核ニッケルシッフ塩基2錯体を用いることで3一アルキル置換のオキシインドールの触媒的不斉ナミノ化反応を達成した(Scheme2)。反応温度50。Cでわずか1mo1%のホモ複核ニッケル塩基錯体1を用いることで、高エナンチオ選択的なオキシインドールの触媒的不斉アミノ化反応を達成した。また、単核ニッケルシッフ塩基錯体2を用いることで、エナンチオ選択性が反転するという興味深い現象を見出した。両手法は種々の基質に適用可能であった。生成物の合成的に有用な変換、ならびにエナンチオ選択性逆転現象や逆温度依存性の原因について考察をおこなった。

一方で同じ条件は、酸性度の高いプロトンを有する3一アリール置換したオキシインドールに対しては適用できなかった。そこで改めて反応条件の最適化を行った結果、触媒量を10mol%に増やし、反応溶媒をトルエンからCHCI3へと変更、反応温度を30。Cとすることで90%eeにて生成物を得ることに成功した(Scheme3)。本最適化条件は、一定の基質一般性を有していた。また、3-アリールオキシインドール生成物の変換においては、Pd/C(H2,1 atm)を用いた場合にはC-N結合切断が定量的に進行してしまった。この問題を解決するためにRh/C触媒を用いたところ、目的の3-アミノオキシインドール体を合成的に有用な収率で得ることに成功した。

以上のように、毛利の業績は医薬品等の生物活性化合物の触媒的不斉合成に有意に貢献するものであり、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

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