学位論文要旨



No 127159
著者(漢字) 山根,健浩
著者(英字)
著者(カナ) ヤマネ,タケヒロ
標題(和) 蛍光色素の化学的特性を利用した新たな機能性MRIプローブの開発 : MRIと蛍光のデュアルイメージングを目指して
標題(洋)
報告番号 127159
報告番号 甲27159
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1387号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 阿部,郁朗
 東京大学 准教授 杉田,和幸
 東京大学 特任准教授 松沢,厚
 東京大学 特任准教授 加藤,大
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

核磁気共鳴画像法 (MRI)は、生体の深部に渡る断層画像を非侵襲的に、かつ高分解能で撮影することができるため、臨床医療において画像診断法として汎用されている。このMRIの撮像において、より詳細な画像診断を行うために、現在ガドリニウムイオン (Gd3+) 錯体をはじめとしたMRI造影剤が用いられている。Gd3+錯体はその強い磁気的性質から、生体内の水素原子核と相互作用することでその縦緩和時間 (T1)を強く短縮し、結果としてT1強調画像における水素原子核のMRシグナル強度を上昇させる。さらに近年では、臨床医療のみならず基礎生命科学研究への応用を目指し、特定の組織または病変部位への集積や、生体分子の認識に伴うMRシグナル変化を示す機能性Gd3+錯体の開発が試みられている。本研究において私は、MRIと蛍光のデュアルイメージングを念頭に置き、蛍光色素の化学的特性を利用した、新たな機能性Gd3+錯体の設計法を提案した。すなわち、Gd3+錯体と蛍光色素を組み合わせることで、蛍光色素が有する化学的特性をGd3+錯体に付与することを試み、具体的には細胞膜透過性MRIプローブ、及び動脈硬化標的MRIプローブの開発を行った。MRIは他のイメージング法と比較して感度が低いため、その体内動態、分布等に関して詳細な情報を得ることは困難であるが、本手法においては、感度が極めて高い蛍光イメージングも同時に可能にすることで、Gd3+錯体の挙動を細胞内小器官レベルで観察できることを研究目標とした。

【本論】

1.細胞膜透過性MRIプローブの開発

Gd3+錯体はその高い極性から、一般に細胞膜を透過せず、全身の細胞外液に非特異的に分布して速やかに排泄される。そのため、細胞内の生命現象を標的としたMRI造影剤の開発は非常に困難である。そこで私は新たなGd3+錯体の細胞内導入法の開発を行った。特に、プローブの細胞内における局在の解析に有用な蛍光色素を細胞膜透過性部位として用いることにした。

疎水性、電荷など化学的性質の異なる4種の蛍光色素 (boron dipyrromethene (BODIPY)、fluorescein、rhodamine、Cy7 dye)をGd3+錯体に結合させた化合物を設計・合成し (Figure 1a)、その細胞膜透過性を蛍光顕微鏡にて観察した。その結果、BODIPYまたはCy7 dyeを結合させたBDP-Gd及びCy7-Gdを生細胞に添加する事により、細胞内から強い蛍光が観察された (Figure 1b)。また、合成した化合物の緩和能 (r1値)を測定したところ、BDP-Gd及びCy7-Gdのr1値はそれぞれ22、32mM-1 s-1 (20 MHz, 37℃)であり、蛍光色素の結合していないGd-DTPAの4.1mM-1 s-1と比較して非常に大きな値を示した。また、細胞内においても造影効果を示すことがMRイメージングにより確認された (Figure 1c)。さらに、細胞内に取り込まれたGd3+量をICP-MSにより測定した結果、BDP-Gd及びCy7-Gdは、既存の細胞膜透過性Gd3+錯体であるR8-Gdと比較して、効率良く細胞内に取り込まれることが示された。

Gd3+錯体の分子構造と細胞膜透過性との関連性を詳細に検討するため、Cy7-Gdの誘導体化を行った。合成したCy7-Gd誘導体群を細胞に加え、MRI及び蛍光イメージング、フローサイトメトリー、ICP-MS測定を行った結果、疎水性が高く、非アニオン性の構造が細胞膜透過に有効であることが示された。さらに、Cy7-Gd誘導体群の中で、細胞膜非透過性のSulfoCy7-Gd及び細胞膜透過性のPEGCy7-Gdをマウスに静脈注射してMRI及び蛍光で観察したところ、どちらもその大部分が肝臓に集積するものの、PEGCy7-GdはSulfoCy7-Gdと比較して強く肝臓を造影した (Figure 2)。そこで、プローブを投与したマウスの肝臓の凍結切片を作成し共焦点蛍光顕微鏡にて観察したところ、PEGCy7-GdはSulfoCy7-Gdと比較して肝細胞内から強い蛍光を示し、肝細胞内への集積量が大きく異なっていることが分かった。この結果は、細胞膜透過性がMRI造影剤開発において重要な要素の1つであることを示唆している。

2.動脈硬化標的MRIプローブの開発

動脈硬化とは、動脈壁の肥厚、硬化及び機能低下を示す動脈病変のことである。特に、コレステロール等の沈着 (プラーク)を伴うアテローム性動脈硬化は、虚血性心疾患、脳梗塞、大動脈瘤などの重篤な疾患の基盤となるため、その診断法の確立は重要な課題の一つである。当研究室においてこれまでに、動脈硬化巣におけるプラークの疎水的環境に着目し、疎水性組織に高い親和性を示す蛍光色素であるBODIPYをGd3+錯体と組み合わせたBDP-Gdが、動脈硬化モデルマウスであるApoEノックアウトマウスの動脈硬化巣に集積し、MRIにおいて検出可能であることを見出している。また、白色脂肪細胞の脂肪滴に対するプローブの集積性の評価を行い、その結果を基に設計したTEPA-Gd (Figure 3) が、より高感度に動脈硬化巣を検出可能であるという初期的実験結果を報告している。しかしながら、TEPA-Gdは水溶性が乏しいため、その投与量は制限されてしまう。そこで私はTEPA-Gdの水溶性の改善を目指し、新たなプローブの開発を行うとともに、動脈硬化巣におけるプローブの局在及び集積機構について検討を行った。

新たに設計したBDP-3Gdの構造をFigure 3に示す。脂肪細胞を用いた検討により、疎水性の高いBODIPY-thiourea-phenyl 構造が動脈硬化巣への集積に重要であることが示されており、この構造を1つにすることで、プローブの緩和能を維持したまま、水溶性を向上させることに成功した。

Figure 3. Structures of TEPA-Gd and BDP-3Gd.

プローブの動脈硬化巣への集積機構について、LDL泡沫化マクロファージを用いた検討を行った。マクロファージは変性LDLを大量に取り込んで泡沫化し、それが血管壁に蓄積されることで動脈硬化巣が形成されると考えられている。そこで、化学的に変性させたacetyl-LDL (AcLDL)を用いて泡沫化マクロファージを作成し、それに対するプローブの集積量を蛍光顕微鏡で観察した。その結果、BDP-3Gdをはじめ、BDP-Gd誘導体を添加した場合には、いずれもLDL泡沫化マクロファージから強い蛍光が観察された (Figure 4a,b)。一方、fluoresceinを結合させたFL-Gdの場合、蛍光はほとんど観察されなかった。この結果は、BDP-Gd誘導体がLDLに由来する疎水性環境に対して高い親和性を有することを示している。

合成したBDP-3GdをApoEノックアウトマウスに投与してMRIで観察したところ、大動脈の右腎動脈分岐部付近においてシグナルの上昇が観察された (Figure 4c)。また、大動脈を摘出して蛍光イメージングを行ったところ、MRIでシグナルが上昇した部位と一致して動脈硬化巣から蛍光が観察された (Figure 4d,e)。摘出動脈の蛍光を測定し、動脈硬化巣へのプローブの集積量を比較したところ、TEPA-Gd > BDP-3Gd > BDP-Gd > FL-Gdとなり、これは動脈硬化巣におけるMRIシグナル変化量、及びLDL泡沫化マクロファージの実験結果を反映していた。BDP-3Gdの動脈硬化巣への集積性はTEPA-Gdと比較して低いものの、その高い水溶性から、投与量を増やすことで、より高い感度で動脈硬化巣を検出できると考えられる。

【結論】

私は、Gd3+錯体と蛍光色素を組み合わせることで、新たな機能性Gd3+錯体の分子設計法を提案し、細胞膜透過性MRIプローブ及び動脈硬化標的MRIプローブの開発を行った。本手法を用いることで、従来の手法では困難であったGd3+錯体の細胞内局在、集積量、体内動態等に関する詳細な情報を得ることができ、その情報をもとにMRIプローブの論理的かつ効率的な開発が可能となる。本手法は、疾病の診断や生物学的過程の解明を目指した様々な機能性MRIプローブの開発への応用が期待され、臨床医療、生化学等幅広い分野において貢献できると考えている。

Figure 1. (a) Structures of BDP-Gd and Cy7-Gd. (b) Brightfield and fluorescence images of HeLa cells incubated with BDP-Gd (10μM). (c) T1-weighted MR image of HeLa cells incubated with various Gd3+ complexes.

Figure 2. (a) Structures of SulfoCy7-Gd and PEGCy7-Gd. (b) The T1 values of the mice liver injected with various Gd3+ complexes (5mM, 100 μL). Error bars show standard error (204 voxels). All changes of the T1 values in each experiment were considered statistically significant (p < 0.001).

Figure 3. Structures of TEPA-Gd and BDP-3Gd.

Figure 4. (a,b) Brightfield and fluorescence images of macrophage cells incubated with BDP-3Gd (1μM). (c) T1-weighted MR images of ApoE-/- mouse injected with BDP-3Gd (20mM, 100 μL). Arrow shows atherosclerotic plaque. (d,e) Fluorescence and Sudan IV staining images of isolated aorta. Dotted lines show the position observed by MR imaging.

審査要旨 要旨を表示する

山根健浩は「蛍光色素の化学的特性を利用した新たな機能性MRIプローブの開発 ―MRIと蛍光のデュアルイメージングを目指して―」と題し、以下の研究を行った。

山根が着目した核磁気共鳴画像法 (MRI)は、生体の深部に渡る断層画像を非侵襲的に、かつ高分解能で撮影することができるため、現在、臨床医療において画像診断法として汎用されている。また、このMRIの撮像において、より詳細な画像診断を行うために、ガドリニウムイオン (Gd3+) 錯体をはじめとしたMRI造影剤が実際の臨床の現場においても用いられている。それらMRI造影剤の原理としては、Gd3+錯体の強い磁気的性質から、生体内の水素原子核と相互作用することでその縦緩和時間 (T1)を強く短縮し、結果としてT1強調画像における水素原子核のMRIシグナル強度を上昇させることに由来する。近年ではMRIは、臨床医療のみならず基礎生命科学研究への応用も注目されており、特定の組織または病変部位への集積や、生体分子の認識に伴うMRIシグナル変化を示す機能性Gd3+錯体の開発が試みられている。本研究において山根は、MRIと蛍光のデュアルイメージングを念頭に置き、蛍光色素の化学的特性を利用した、新たな機能性Gd3+錯体の設計法を提案した。すなわち、Gd3+錯体と蛍光色素を組み合わせることで、蛍光色素が有する化学的特性をGd3+錯体に付与することで、「細胞膜透過性MRIプローブ」、及び「動脈硬化標的MRIプローブ」の開発に成功している。MRIは他のイメージング法と比較して感度が低いため、その体内動態、分布等に関して詳細な情報を得ることは困難ではあるが、本手法においては、感度が極めて高い蛍光イメージングも同時に可能にすることで、Gd3+錯体の挙動を細胞内小器官レベルで観察できることを可能としている。以下に、具体的な研究内容について記す。

1.細胞膜透過性MRIプローブの開発

Gd3+錯体はその高い極性から、一般に細胞膜を透過せず、全身の細胞外液に非特異的に分布して速やかに排泄される。そのため、細胞内の生命現象を標的としたMRI造影剤の開発は非常に困難である。そこで新たなGd3+錯体の細胞内導入法の開発を行った。特に、プローブの細胞内における局在の解析に有用な蛍光色素を細胞膜透過性部位として用いている。

具体的には、疎水性、電荷など化学的性質の異なる4種の蛍光色素 (boron dipyrromethene (BODIPY)、fluorescein、rhodamine、Cy7 dye)をGd3+錯体に結合させた化合物を設計・合成し、その細胞膜透過性を蛍光顕微鏡にて観察した。その結果、BODIPYまたはCy7 dyeを結合させたBDP-Gd及びCy7-Gdを生細胞に添加する事により、細胞内から強い蛍光が観察された。合成した化合物の緩和能 (r1値)を測定したところ、BDP-Gd及びCy7-Gdのr1値はそれぞれ22、32mM-1 s-1 (20 MHz, 37℃)であり、蛍光色素の結合していないGd-DTPAの4.1mM-1 s-1と比較して非常に大きな値を示した。また、細胞内においても造影効果を示すことがMRIイメージングにより確認された。さらに、細胞内に取り込まれたGd3+量をICP-MSにより測定した結果、BDP-Gd及びCy7-Gdは、既存の細胞膜透過性Gd3+錯体であるR8-Gdと比較して、効率良く細胞内に取り込まれることを明らかにした。

Gd3+錯体の分子構造と細胞膜透過性との関連性を詳細に検討するため、Cy7-Gdの誘導体群を合成した。合成したCy7-Gd誘導体群を細胞に加え、MRI及び蛍光イメージング、フローサイトメトリー、ICP-MS測定を行った結果、疎水性が高く、非アニオン性の構造が細胞膜透過に有効であることが示された。さらに、Cy7-Gd誘導体群の中で、細胞膜非透過性のSulfoCy7-Gd及び細胞膜透過性のPEGCy7-Gdをマウスに静脈注射してMRI及び蛍光で観察したところ、どちらもその大部分が肝臓に集積するものの、PEGCy7-GdはSulfoCy7-Gdと比較して強く肝臓を造影した。また、プローブを投与したマウスの肝臓の凍結切片を作成し共焦点蛍光顕微鏡にて観察したところ、PEGCy7-GdはSulfoCy7-Gdと比較して肝細胞内から強い蛍光を示し、肝細胞内への集積量が大きく異なっていることが分かった。この結果は、細胞膜透過性がMRI造影剤開発において重要な要素の1つであることを示唆している。

2.動脈硬化標的MRIプローブの開発

動脈硬化とは、動脈壁の肥厚、硬化及び機能低下を示す動脈病変のことである。特に、コレステロール等の沈着 (プラーク)を伴うアテローム性動脈硬化は、虚血性心疾患、脳梗塞、大動脈瘤などの重篤な疾患の基盤となるため、その診断法の確立は重要な課題の一つである。当研究室においてこれまでに、動脈硬化巣におけるプラークの疎水的環境に着目し、疎水性組織に高い親和性を示す蛍光色素であるBODIPYをGd3+錯体と組み合わせたBDP-Gdが、動脈硬化モデルマウスであるApoEノックアウトマウスの動脈硬化巣に集積し、MRIにおいて検出可能であることを見出している。また、白色脂肪細胞の脂肪滴に対するプローブの集積性の評価を行い、その結果を基に設計したTEPA-Gdが、より高感度に動脈硬化巣を検出可能であるという初期的実験結果を報告している。しかしながら、TEPA-Gdは水溶性が乏しいため、その投与量は制限されてしまう。そこでTEPA-Gdの水溶性の改善を目指し、新たなプローブの開発を行うとともに、動脈硬化巣におけるプローブの局在及び集積機構について検討を行った。

これまでに脂肪細胞を用いた検討により、疎水性の高いBODIPY-thiourea-phenyl 構造が動脈硬化巣への集積に重要であることが示されており、新たに設計したBDP-3Gdの構造は、この構造を1つにすることで、プローブの緩和能を維持したまま水溶性を向上させることに成功した。

プローブの動脈硬化巣への集積機構について、LDL泡沫化マクロファージを用いた検討を行った。マクロファージは変性LDLを大量に取り込んで泡沫化し、それが血管壁に蓄積されることで動脈硬化巣が形成されると考えられている。そこで、化学的に変性させたacetyl-LDL (AcLDL)を用いて泡沫化マクロファージを作成し、それに対するプローブの集積量を蛍光顕微鏡で観察した。その結果、BDP-3Gdをはじめ、BDP-Gd誘導体を添加した場合には、いずれもLDL泡沫化マクロファージから強い蛍光が観察された。一方、fluoresceinを結合させたFL-Gdの場合、蛍光はほとんど観察されなかった。この結果は、BDP-Gd誘導体がLDLに由来する疎水性環境に対して高い親和性を有することを示している。

合成したBDP-3GdをApoEノックアウトマウスに投与してMRIで観察した結果、大動脈の右腎動脈分岐部付近においてシグナルの上昇が観察された。また、大動脈を摘出して蛍光イメージングを行った結果、MRIでシグナルが上昇した部位と一致して動脈硬化巣から蛍光が観察された。摘出動脈の蛍光を測定し、動脈硬化巣へのプローブの集積量を比較したところ、TEPA-Gd > BDP-3Gd > BDP-Gd > FL-Gdとなり、これは動脈硬化巣におけるMRIシグナル変化量、及びLDL泡沫化マクロファージの実験結果を反映していた。BDP-3Gdの動脈硬化巣への集積性はTEPA-Gdと比較して低いものの、その高い水溶性から、投与量を増やすことで、より高い感度で動脈硬化巣を検出できると考えられる。

以上、本研究において山根は、Gd3+錯体と蛍光色素を組み合わせることで、新たな機能性Gd3+錯体の分子設計法を提案し、細胞膜透過性MRIプローブ及び動脈硬化標的MRIプローブの開発に成功した。本手法を用いることで、従来の手法では困難であったGd3+錯体の細胞内局在、集積量、体内動態等に関する詳細な情報を得ることができ、その情報をもとにMRIプローブの論理的かつ効率的な開発が可能となる。本手法は、疾病の診断や生物学的過程の解明を目指した様々な機能性MRIプローブの開発へと応用されることが期待され、臨床医療、生化学等幅広い分野において貢献できると考えられる。

以上の業績は、薬学分野におけるバイオイメージングの進歩に顕著に寄与するものであり、博士(薬学)の授与にふさわしいものと判断した。

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