学位論文要旨



No 127160
著者(漢字) 宇田川,理
著者(英字)
著者(カナ) ウダガワ,オサム
標題(和) ステロール結合タンパク質ORP4の生理機能の解明
標題(洋)
報告番号 127160
報告番号 甲27160
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1388号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 池谷,裕二
内容要旨 要旨を表示する

【序】

生体内には、コレステロールに水酸基やケト基など酸素が付加した酸化コレステロール(オキシステロール)が存在する。オキシステロールはコレステロール恒常性維持、免疫抑制、アポトーシスの促進など多様な生理活性が報告されており、また、動脈硬化をはじめとする病態への関与が示唆されている。細胞内にはオキシステロールと結合する蛋白質群が存在しており、ORP(OSBP-Related Protein) ファミリーと呼ばれている。ORP ファミリー分子はN 末端側にPH ドメイン、C 末端側に脂質結合ドメインを有しており、哺乳動物には12のORP 分子が存在する。当研究室ではこれまでに、動物細胞を用いた解析から、ORP 分子の1つであるOSBP がゴルジ嚢間の逆行性小胞輸送を制御すること、線虫を用いた解析から、後期エンドソームに局在するORP1 が後期エンドソームの特徴的な形態であるMultivesicular bodyの形成に関わることを明らかにしている(PLoS Genetics, 2010)。このように、ORP 分子の細胞内での機能は明らかになりつつあるが、いずれの分子も欠損マウスが報告されておらず、個体レベルの機能は明らかになっていない。私は、OSBPと高い相同性を有するORP4が脳と精巣に高発現することに着目し(図1)、ORP4 欠損マウスを用いて、その機能解析を行った。

【方法と結果】

1. ORP4 欠損マウスは精子変態過程に異常が生じる

定法に従い、ORP4 欠損マウスを樹立した。ORP4 欠損マウスはメンデル則に従って出生し、外見上顕著な表現型を示さなかった。一方、欠損マウスを用いて交配を行ったところ、雌マウスは生殖可能であったが、雄マウスは生殖能が全く認められず、雄性プラグ不妊であることが分かった(図2)。精巣および精子を詳細に解析したところ、精巣の形態には顕著な異常は見られなかったが、精子数が著しく減少していた(図3)。従って、ORP4 欠損マウスでは精子形成に異常が生じていると考えられた。精子形成は精細管の外層から内層へ向けて進行し、1)体細胞分裂、2)減数分裂、3)精子変態の3つの過程に大別される。まず、マウス腹腔にBrdUを投与し、精原細胞の体細胞分裂を調べたところ、ORP4 欠損マウスでも野生型と同様に精原細胞が増殖していた。また、精巣から生殖細胞を分離し、FACSを用いて生殖細胞の核相を調べたところ、減数分裂が終了した1Nの生殖細胞数は保たれていた。以上の結果から、精原細胞の体細胞分裂、並びに減数分裂の過程には異常がないことが分かった。次に精子の変態過程を調べるため、各種マーカーを用いて精子を染色したところ、ORP4 欠損マウスの成熟精子では、細胞質およびミトコンドリアが精子頭部に残存していることが分かった。すなわち、精子頭部の変態、特に精子頭部から細胞質部分が脱離する過程に異常が生じていることが明らかになった(図4)。また、これらの精子ではアクロソームが形成されておらず、受精能も認められなかった。一方、精巣の切片をTUNEL染色したところ、ORP4 欠損マウスの精巣ではTUNEL 陽性の生殖細胞が多く観察され、アポトーシスが亢進していることが分かった。TUNEL陽性細胞の多くは、巨大頭部と鞭毛を有する精子細胞であったことから、細胞質脱離に異常が生じた精子がアポトーシスを引き起こしていると考えられた。以上の結果から、ORP4 欠損マウスでは、1)精子頭部の変態過程に異常が生じること、2)頭部形態に異常をもつ精子がアポトーシスを引き起こし、精子数が減少することが明らかになった。ORP4は精巣において精母細胞および精子に高発現しており、間質細胞や支持細胞では発現がほとんど見られなかった。従って、ORP4は精子の変態過程において精子内で機能すると考えられる。

2. ORP4はオキシステロールと結合しゴルジ体へ局在変化する

精子形成におけるORP4の機能とオキシステロールの関連を探るため、マウス精巣におけるオキシステロールの定量を行った。精巣から抽出したステロール画分をGC-MSを用いて解析したところ、コレステロールの25 位が水酸化されたオキシステロールである25-ハイドロキシコレステロール(25-HC)が最も多く存在することが分かった(196ng/g tissue;~0.5uM 相当)。次に、リポソーム膜に放射ラベルした25-HCを埋め込み、ORP4 タンパクとの結合性を評価したところ、ORP4 が25-HCと結合することが分かった。さらに、マウス精原細胞株GC-1に25-HCを添加したところ、ORP4の細胞内局在が変化し、細胞質からゴルジ体へと移行した。この効果は25-HCに特異的であり、他のオキシステロールでは局在変化は観察されなかった。また、ORP4のPH ドメインに点変異を導入した変異タンパク(R198,199E ORP4)では局在変化がみられないことから、ORP4はPH ドメインを介してゴルジ体に局在すると考えられる。

3. ORP4 欠損マウスは海馬CA1 樹状突起の形態形成に異常が生じる

ORP4は脳においても高い発現が観察される(図1)。in situ ハイブリダイゼーションならびに抗体染色によりORP4の脳内分布を調べたところ、ORP4は海馬CA 錐体細胞、歯状回顆粒細胞で高発現しており、大脳皮質錐体細胞および小脳プルキンエ細胞においても発現が見られた。海馬の発現に着目して、その形態を解析したところ、ORP4 欠損マウスでは細胞体の層構造には異常がみられなかったが、CA1 錐体細胞の樹状突起の分岐に著しい異常が観察された(図5:Tuj-1 染色)。また、ゴルジ染色により樹状突起の形態を詳細に解析したところ、細胞体の近傍で樹状突起が分岐する神経細胞が多く見られた。さらに、空間学習試験を行ったところ、モリス水迷路試験において有意な学習能の低下が観察された(図6)。

【まとめと考察】

ORP4 欠損マウスは雄性不妊となり、精子数の激減・精子運動性の喪失・精子頭部奇形を伴うoligo- astheno-teratozoospermiaの症状を示す。私は、この症状が精子変態過程における、細胞質脱離異常に起因する細胞死の亢進によって生じる事を明らかにした。当研究室ではこれまでORP4と高い相同性を示すOSBPの解析を行っており、OSBP がゴルジ体における逆行性小胞輸送に関与することを見出している。OSBPはユビキタスに発現しており、ゴルジ局在蛋白であるマンノシダーゼ等の輸送を制御することで、形質膜蛋白質等の修飾に関与する。ORP4はOSBPと同様に25-HC 存在下でゴルジ体へと移行することから、ORP4によるゴルジ体の小胞輸送制御がoligo-astheno-teratozoospermiaと密接に関連することが予想される。一方、神経細胞の異常に関しては、形質膜タンパクであるセマフォリン受容体の欠損マウスなどがORP4 欠損マウスと同様に樹状突起の分岐に異常を示すことが報告されており、ORP4 並びにオキシステロールがどのように関連するか、今後の興味深い課題である。

Multivesicular body formation requires OSBP-related proteins and cholesterol Kobuna H., Inoue T., Shibata M., Gengyo-Ando M., Yamamoto A., Mitani S. and Arai H. PLoS Genetics, 6, e1001055 (2010)

【図1】ORP4のドメイン構造(上)と組織分布(下)。

【図2】ORP4欠損雄マウスはプラグ形成には異常がみられないが、雄性不妊を示す。

【図3】ORP4欠損マウスでは精巣(矢印)および精巣上体(矢頭)の管腔において精子数が著しく減少している。

【図4】ORP4欠損マウスの精子では、頭部における細胞質脱離が不完全であり、精子頭部が円形で巨大化する(矢印)。

【図5】ORP4欠損マウスの海馬CA1錐体細胞では樹状突起の分岐や進展に異常が生じる。

【図6】ORP4欠損マウスでは、長期記憶の形成が有意に抑制される。

審査要旨 要旨を表示する

生体内には、コレステロールに水酸基やケト基など酸素が付加した酸化コレステロール(オキシステロール)が存在する。オキシステロールはコレステロール恒常性維持、免疫抑制、アポトーシスの促進など多様な生理活性が報告されている。一方、細胞内にはオキシステロールと結合する蛋白質群(ORP(OSBP-Related Protein) ファミリー)が存在している。ORP ファミリー分子はN 末端側にPH ドメイン、C 末端側に脂質結合ドメインを有しており、哺乳動物には12のORP 分子が存在する。宇田川理は、OSBPと高い相同性を有するORP4が脳と精巣に高発現することに着目し、ORP4 欠損マウスを用いて、その機能解析を行った。

定法に従いORP4 欠損マウスを樹立した。宇田川は、欠損マウスを用いて交配を行い、雄マウスは生殖能が全く認められず雄性プラグ不妊であることを見出した。さらに、精巣および精子を詳細に解析し、精子数が著しく減少していることを見出した。この結果から、ORP4 欠損マウスでは精子形成に異常が生じていることを示唆した。

次に、宇田川は、マウス腹腔にBrdUを投与し、精原細胞の体細胞分裂を調べ、ORP4 欠損マウスでも野生型と同様に精原細胞が増殖していることを見出した。また、精巣から生殖細胞を分離し、FACSを用いて生殖細胞の核相を調べ、減数分裂が終了した1Nの生殖細胞数は保たれていることを確認した。以上の結果から、宇田川は、ORP4 欠損マウスでは精原細胞の体細胞分裂、並びに減数分裂の過程には異常がないことを明らかにした。また、各種マーカーを用いて精子を染色し精子の変態過程を調べ、ORP4 欠損マウスの成熟精子では、細胞質およびミトコンドリアが精子頭部に残存していることを見出した。すなわち、精子頭部の変態、特に精子頭部から細胞質部分が脱離する過程に異常が生じていることが明らかにした。また、これらの精子ではアクロソームが形成されておらず、受精能も認められないことを確認した。一方、精巣の切片をTUNEL 染色し、ORP4欠損マウスの精巣ではTUNEL 陽性の生殖細胞を多数観察し、アポトーシスが亢進していることを見出した。宇田川は、TUNEL 陽性細胞の多くは巨大頭部と鞭毛を有する精子細胞であったことから、細胞質脱離に異常が生じた精子がアポトーシスを引き起こしていると考察した。

以上の結果から、宇田川は、ORP4 欠損マウスでは、1)精子頭部の変態過程に異常が生じること、2)頭部形態に異常をもつ精子がアポトーシスを引き起こし、精子数が減少することを明らかにした。

宇田川は、次に、精子形成におけるORP4の機能とオキシステロールの関連を探るため、マウス精巣におけるオキシステロールの定量を行った。精巣から抽出したステロール画分をGC-MSを用いて解析し、コレステロールの25 位が水酸化されたオキシステロールである25-ハイドロキシコレステロール(25-HC)が最も多く存在することを見出した。次に、リポソーム膜に放射ラベルした25-HCを埋め込み、ORP4 タンパクとの結合性を評価し、ORP4 が25-HCと結合することも見出した。

さらに、マウス精原細胞株GC-1に25-HCを添加したところ、ORP4の細胞内局在が変化し細胞質からゴルジ体へと移行しすることを見出した。この効果は25-HCに特異的であり、他のオキシステロールでは局在変化は観察されないことも明らかにした。

ORP4は脳においても高い発現が観察される。宇田川は、in situ ハイブリダイゼーションならびに抗体染色によりORP4の脳内分布を調べ、ORP4は海馬CA錐体細胞、歯状回顆粒細胞、大脳皮質錐体細胞および小脳プルキンエ細胞に発現がしていることを見出した。そこで、海馬の発現に着目して形態を解析し、ORP4 欠損マウスでは細胞体の層構造には異常がみられないことを確認した。一方、CA1 錐体細胞の樹状突起の分岐に著しい異常があることを見出した。ゴルジ染色により樹状突起の形態を詳細に解析し、細胞体の近傍で樹状突起が分岐する神経細胞を多数観察した。さらに、宇田川は、空間学習試験を行ったところ、ORP4 欠損マウスでは、モリス水迷路試験において有意な学習能の低下が起きている事を見出した。

以上、宇田川は、ORP4 欠損マウスのフェノタイプを詳細に解析することにより、雄性不妊、精子数の激減・精子運動性の喪失・精子頭部奇形を伴うoligoastheno-teratozoospermiaの症状を示すことを見出した。さらに、神経細胞にも状突起の分岐に異常を示すことを見出した。これまで全く解明されなかったORP4の生理機能を解明した成果は、博士(薬学)に充分値するものと判断した。

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