学位論文要旨



No 127161
著者(漢字) 櫻井,京子
著者(英字)
著者(カナ) サクライ,キョウコ
標題(和) 低分子量G蛋白質RhoAによるP-bodyの形成制御とmRNA分解機構の解析
標題(洋)
報告番号 127161
報告番号 甲27161
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1389号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 准教授 池谷,裕二
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 特任准教授 松沢,厚
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

細胞は恒常性を維持するために外界からの多様な刺激に応じた適切な遺伝子発現が必要であり、転写過程及び翻訳過程を通じて厳密に制御されている。近年、核・細胞質中に様々なRNA一蛋白質凝集体が存在し、RNA代謝を空間的に制御することでそれぞれが効率的な反応を行っていることが明らかになった。また、RNA凝集体は癌化や老化、様々な疾患と関連することが明らかになりつつあり、その役割が注目されている。

RNA凝集体の中で、Processingbody(以下P-body)はmRNAと蛋白質からなる細胞質中の凝集体である。P-bodyに局在するmRNAとしては翻訳抑制や分解を受けるmRNAに加え、遺伝子発現の抑制を行うmiRNAやsiRNAが知られている。また蛋白質としては脱アデニル化酵素、脱キャップ酵素や5'-3'方向のエクソヌクレアーゼなどのRNA分解酵素や、RNAi経路に置いて働くRlSCの構成因子Ago2など様々な蛋白質が含まれることが明らかになっている。これらの構成因子によってP-bodyはmRNAの分解や一時的な翻訳抑制の場を形成していると考えられるが(図1)、その形成機構および詳細な機能は不明な点が多く残されている。

本研究において私は、P-bodyの形成制御機構およびP-bodyの形成がRNA代謝に与える影響を明らかにすることを目的として研究を行った。本研究により、低分子量G蛋白質RhoAがROCK1を介してP-bodyの形成を制御する因子であること、グルコース飢餓などのP-bodyの形成が促進した状態では、ARE-mRNAのP-bodyへの局在化および本来行われるはずの速やかな分解が抑制されることを明らかにしたので報告する。

【方法と結果】

1.RhoAの活性化によりP-bodyの形成が促進する

まず私は微小管の脱重合促進がP-bodyの形成を促進するという知見から、P-bodyの形成に細胞骨格系を制御している低分子量G蛋白質Rhoファミリー分子が関与するのではないかと考えた。そこで、種々のRhoファミリー分子を過剰発現し、P-body構成因子rck/p54の抗体を用いてHeLa細胞の免疫染色によるP-bodyの形態変化を指標としたスクリーニングを行い、RhoAによってP-bodyが小型化すること見いだした。RhoAは、アクチンフィラメントや微小管などの細胞骨格系を制御している分子である。RhoAを過剰発現した細胞は、rck/p54陽性凝集体の形成が促進するという表現型を示した(図2A,B)。この構…造体がP-bodyであることを、他のP-bodyの構…成因子である脱キャップ酵素Dcplaや翻訳開始因子eIF4Eなどが局在することにより確認した。次にP-bodyの形成促進におけるRhoAのグアニンヌクレオチド型の依存性について検討を行ったところ、野生型およびGTP型RhoAのみがP-bodyの増加を引き起こしたため、RhoAの活性化を介してP-bodyの形成が制御されていることが明らかになった。

2.RhoA発現細胞ではARE-mRNAのP-bodyへの局在及び速やかな分解が抑制される

RhoAの発現によりP-bodyの形成が促進した状態において、P-bodyで行われているRNA代謝がどのような影響を受けるのか、通常P-bodyに局在することが知られているAU-rich element(ARE)mRNAの局在と分解について検討を行った。ARE配列はTNFα,GM-CSF(顆粒球・マクロファージコロニー刺激因子)をはじめとするサイトカインやc-myc,c-fosに代表される転写因子などの一過的に発現するmRNAに見られ、mRNAを不安定化することが知られている。

GM-CSFのARE配列を付加したレポーターmRNA,β-globin-AREの細胞内局在をin situ hybridizationにより検討したところ、RhoA過剰発現細胞ではβ-globin-AREのP-bodyへの局在化が抑制されていた(図3A,下段)。また、NIH3T3細胞におけるβ-globin-AREのmRNA分解をノザンプロットにより検討したところ、RhoAの発現によりβ-globin-AREの速やかな分解が抑制された(図3B,右)。これらの結果から、RhoAを介したシグナル伝達経路によりARE-mRNAのP-bodyへの局在化および分解が制御されている可能性が示唆された。

3.グルコース飢餓時にRhoAが活性化してP-bodyの形が促進する

次に、細胞にストレス刺激を与えたときのP-bodyの形成状態を検討する目的で、酵母においてP-bodyが形成されることが知られているグルコース飢餓処理をHeLa細胞に行い、タイムラプス観察を行った。グルコース飢餓によりP-bodyは増加したが、それは既存のP-bodyが分裂するのではなく新たなP-bodyが形成されて増加しているということが見いだした。このときβ-globin-AREのP-bodyへの局在化はRhoA発現時と同様に抑制され、分解も遅延した。次にグルコース飢餓において観察されたP-bodyの形成促進に、RhoAの活性化が関与しているのかについての検討を行った。細胞内のGTP型RhoA量はRhotekinのRhoA結合ドメインを用いたプルダウンアッセイにより測定し、同時にP-body数についても測定を行った。その結果、RhoAは2時間をピークに活性化しその後活性が定常状態に戻ったが(図4,●で示す)、P-bodyの数は飢餓開始から増加することを見いだした(図4,○で示す)。さらにRhotekinのRho結合ドメインを細胞に発現し、RhoAの下流へのシグナル伝達を抑制した細胞にグルコース飢餓処理を行ったところ、グルコース飢餓時に観察されていたP-bodyの増加が抑制された。以上の結果から、培養細胞においてグルコース飢餓時にRhoAを介したシグナル経路によりP-bodyの形成が促進し、ARE-mRNAの局在や分解が制御されることが示唆された。

4.RhoA発現時およびグルコース飢餓時にTristetraprolinの蛋白量が減少する

ARE-mRNAの分解にはARE-mRNA結合蛋白質Tristetraprolin(以下TTP)がARE-mRNAをP-bodyに局在化させることが重要であることが示されている。そこで、FLAG-TTP発現細胞に、RhoA過剰発現・グルコース飢餓処理を行いこのときのTTP蛋白量を検討したところ、TTPの蛋白量が減少することを見いだした。このことから、TTPの蛋白量が減少することにより、ARE-mRNAがP-bodyに局在化しなくなることでその速やかな分解が抑制されている可能性が示唆された。

5.RhoAによるP-bodyの形成制御はRho effector ROCK1を介する

RhoAのエフェクターはこれまでに数多く同定されていることから、RhoAがどのエフェクターを介してP-bodyの形成を制御しているかを検討した。それぞれのエフェクターとの親和性を低下させる各種変異体を細胞に発現させ、P-bodyの形成に与える影響を検討した。その結果、セリン・スレオニンキナーゼROCK1との相互作用が低下した変異体ではRhoAにより引き起こされるP-bodyの小型化が抑制された。さらに、ROCK1発現抑制細胞ではP-bodyが消失したことから(図5,右)、P-bodyの形成にはROCK1を介したRhoAシグナル経路が重要であることが示された。

【まとめ】

本研究の結果から、P-bodyはARE-mRNAの分解の場であることが考えられる。グルコース飢餓などを含むストレス時にRhoAが活性化しROCK1を介して細胞骨格系もしくは他の標的因子のリン酸化状態を変化させることでシグナルを伝え、同時にTTPの蛋白量が減少し、ARE-mRNAを含まないP-bodyが形成されることでmRNAの分解を抑制し、サイトカインや転写因子の産生を亢進していることが想定される。(図6)。

Rhoファミリー低分子量G蛋白質は広範な細胞応答を調節していることがよく知られているが、本研究によりRhoAがストレス状態のP-bodyダイナミクスを変化させることでARE-mRNAの局在と分解の調節に関与していることが初めて示された。本研究において得られた知見はP-body形成分子機構の解明およびP-bodyで行われているRNA代謝の解明に対して新たな手がかりを与えるものと期待される。

図1 細胞内構造体P-body

図2 RhoAの過剰発現によりP-bodyの形成が促進する

(A)RhoAの過剰発現時のP-body(点線で示す)

(B)(A)の定量結果

図3 RhoAの発現は効率的なmRNA分解を阻害する

(A)RhoA発現時のβ一globin-AREの局在

(B)RhoA発現時のβ一globin-AREの分解

図4 グルコース飢餓時にRhoAが活性化しP-bodyが増加する

図5 ROCK1発現抑制はP-bodyが消失する

図6 RhoA活性化時のP-body形成制御のモデル

審査要旨 要旨を表示する

恒常性を維持するために、細胞は外界からの多様な刺激に応じた適切な遺伝子発現が必要であり、転写過程及び翻訳過程を通じて厳密に制御されている。近年、細胞の核・細胞質内に様々なRNA-蛋白質凝集体が存在し、RNA代謝を空間的に制御することでそれぞれが効率的な反応を行っていることが明らかにされた。このうち、Processing body(以下P-body)はmRNAと種々のRNA分解酵素からなる細胞質中の凝集体であり、mRNAの分解や一時的な翻訳抑制の場を形成していると考えられるが、その形成機構および詳細な機能は不明な点が多く残されている。「低分子量G蛋白質RhoAによるP-bodyの形成制御機構とmRNA分解機構の解析」と題した本論文において、RhoAがその標的であるセリン・スレオニンキナーゼのROCK1を介してP-bodyの形成を制御し、グルコース飢餓などのP-bodyの形成が促進した状態で、ARE-mRNAのP-bodyへの局在化および速やかな分解が抑制されることを見出している。

1.RhoAの活性化によりP-bodyの形成が促進する

微小管脱重合促進がP-bodyの形成を促進するという知見から、細胞骨格系を制御する低分子量G蛋白質Rhoファミリー分子がP-bodyの形成に関与するのではないかと考えた。そこで、種々のRhoを過剰発現し、P-body構成因子rck/p54の抗体を用いてHeLa細胞の免疫染色によるP-bodyの形態変化を指標としたスクリーニングを行い、RhoAによってP-bodyが小型化すること見出した。P-bodyの形成促進におけるRhoAのグアニンヌクレオチド結合型について検討したところ、野生型およびGTP型RhoAのみがP-bodyの増加を引き起こしたため、P-bodyの形成はRh・Aの活性化を介して制御されていることが明らかになった。

2.RhoAの過剰発現はARE-mRNAのP-bodyへの局在及び速やかな分解を抑制する

RhoAの過剰発現によりP-bodyの形成が促進した状態において、RNA代謝がどのような影響を受けるのか、通常P-bodyに局在して速やかな分解を受けるAU-rich element (ARE) mRNAの分解と局在について検討を行った。NIH3T3細胞において、GM-CSFのARE配列を付加したβ-globin-ARE-mRNAの分解をノザンプロットにより検討したところ、RhoAの発現によりβ-globin-AREの速やかな分解が抑制された。このときの細胞内局在をinsituhybridizationにより検討したところ、RhoA過剰発現細胞ではβ-globin-AREのP-bodyへの局在化が抑制された。これらの結果から、RhoAを介したシグナル伝達経路によりARE-mRNAのP-bodyへの局在化および分解が制御されている可能性が示された。

3.グルコース飢餓はRhoAを活性化してP-bodyの形成を促進する

HeLa細胞をグルコース飢餓したところ、P-bodyが増加した。このときβ-globin-AREの分解は遅延し、P-bodyへの局在化は抑制された。このグルコース飢餓時のP-bodyの形成促進に、RhoAの活性化が関与しているのかを、活性型RhoAと特異的に結合するRhotekinのRhoA結合ドメイン(RBD)を用いたフ.ルダウンアッセイにより検討した。その結果、P-body数は飢餓開始から増加したが、RhoAは2時間をピークに活性化し、その後活性が定常状態に戻ることを見出した。さらに、Rhotekin-RBDを細胞に発現してRhoAシグナルの下流への伝達を抑制したところ、グルコース飢餓時のP-bodyの増加が抑制された。以上の結果から、培養細胞においてグルコース飢餓時にRhoAを介してP-bodyの形成が促進し、ARE-mRNAの局在や分解が制御されることが示唆された。

4.RhoA過剰発現およびグルコース飢餓によりTristetraprolinの蛋白量が減少する

ARE-mRNAの分解には、ARE-mRNA結合蛋白質Tristetraprolin(以下TTP)がARE-mRNAをP-bodyに局在化させることが重要である。そこで、FLAG-TTP発現細胞にRhoA過剰発現、グルコース飢餓処理をしてTTP蛋白量を測定した結果、TTP蛋白量が減少することを見出した。このことから、TTPの蛋白量が減少することにより、ARE-mRNAがP-bodyに局在化しなくなり、その速やかな分解が抑制される可能性が示された。

5.RhoAによるP-bodyの形成制御はRho effector ROCK1を介する

RhoAが複数あるエフェクターのうち、どの分子を介してP-bodyの形成を制御しているかを検討した。各種のエフェクターと親和性が異なる種々のRhoA変異体を細胞に発現させ、P-bodyの形成に与える影響を検討した。その結果、セリン・スレオニンキナーゼのROCK1との相互作用が低下した変異体では、RhoAにより引き起こされるP-bodyの小型化が抑制された。さらに、ROCK1発現抑制細胞ではP-bodyが消失したことから、P-bodyの形成にはROCK1を介したRhoAシグナル経路が重要であることが示された。

本論文から、RhoAがProcessing bodyの形成を制御することが示され、P-bodyの形成がARE-mRNA分解に必要であることが明らかにされた。本論文は、細胞質に形成されるRNA凝集体P-bodyの形成メカニズムとその意義について、新たに重要な知見を提示しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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