学位論文要旨



No 127162
著者(漢字) 新谷,真未
著者(英字)
著者(カナ) シンタニ,マミ
標題(和) 上皮細胞におけるリサイクリングエンドソーム局在性G蛋白質Rab45の機能解析
標題(洋)
報告番号 127162
報告番号 甲27162
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1390号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 垣内,力
 東京大学 准教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

低分子量G蛋白質は、上流からの刺激に応答してGDPが結合した不活性型からGTPが結合した活性型へと構造を変換し、下流にシグナルを伝える分子スイッチとして多様な生理応答の制御を担っている。低分子量G蛋白質は一次構造上Ras,Rab,Rho,Arf,Ranのサブファミリーに分類され、細胞増殖や分化、細胞骨格制御、小胞輸送といった基本的な細胞機能に介在することが明らかにされてきた。その一方で、近年のゲノムプロジェクトの進展に伴い、既存のサブファミリーに属さない新しいタイプの低分子量G蛋白質が多数存在することが明らかになり、それらがどのような細胞応答を制御しているか注目されている。

ゲノムデータベースを利用して新たに見出したRab45は、C末端に存在するG蛋白質Rabドメインに加え、N末端にCa2+結合ドメインであるEF-hand、中央領域にはコイルドコイルモチーフをもつというユニークな一次構造からなるが(図1)、その生理機能は全く未解明である。本研究において私はRab45がリサイクリングエンドソームに局在し、各機能ドメインの協調的な働きにより、上皮細胞の極性形成に関与するVAC(Vacuolar Apica1 Compartment)と呼ばれる細胞内小器官の形成に関与することを見出した。ヒトでは60種類以上のRabファミリー蛋白質が知られているが、Rab45はVAC形成への関与が見出された初めてのRabファミリーG蛋白質である。Rab45はVACの形成制御を介して、上皮細胞の極性形成に関わる新奇G蛋白質であると考えられた。

【方法・結果】

(1)Rab45はリサイクリングエンドソームに局在する

一般にRabファミリーは、細胞内の様々なエンドソームに局在し、エンドソーム間の物質輸送を制御している。そこで各種エンドソーム類の識別が容易なCOS-1細胞を用いて、Rab45の細胞内局在を検討した。COS-1細胞では、ゴルジ体が核近傍にリング状構造(ゴルジリング)として観察され、その内側にリサイクリングエンドソーム、外側に後期エンドソームが分布することが知られている。COS-1細胞に過剰発現させたRab45は、ゴルジリングの内側に局在したことから、Rab45がリサイクリングエンドソームに局在することが示唆された。

(2)極性化したMDCK細胞においてRab45はアピカルリサイクリングエンドソームに局在する

内在性Rab45の細胞内局在を調べる為、抗Rab45抗体を作製してRab45の免疫染色を行った。その結果、極性化した上皮系細胞株MDCKにおいて、Rab45は細胞内で小さなドット状構造に局在し、細胞膜直下でアピカルリサイクリングエンドソームマーカーRab11と共局在した。これよりRab45がアピカルリサイクリングエンドソームに局在すると考えられた。

(3)Rab45は脱極性化したMDCK細胞においてVAC(Vacuolar Apica1 Compartment)に局在する

極性状態の上皮細胞は、タイトジャンクションと呼ばれる細胞間接着構造によって、微絨毛を形成するアピカル膜と基底側膜が厳密に区別されることが知られている。一方、極性化した上皮細胞を低Ca2+条件下で培養すると細胞間接着が解離し、脱極性化することも知られている。脱極性化したMDCK細胞におけるRab45の細胞内局在を検討したところ、興味深いことに、Rab45はアクチン陽性な凝集体に局在することが明らかとなった(図2)。MDCK細胞に関する過去の文献の検索から、このアクチン陽性の凝集体はVAC(Vacuolar Apical Compartment)と呼ばれる細胞内小器官ではないかと考えられた。VACは、上皮細胞間の接着が離れて脱極性化した際に、細胞内に一過的に観察されるユニークな細胞内オルガネラであり(図3)、内部は微絨毛に富み、アピカル膜蛋白質は局在するが、基底膜蛋白質は局在しない。そこで、脱極性化したMDCK細胞においてRab45と各種マーカー蛋白質との局在を比較したところ、Rab45陽性の凝集体にはアピカル膜蛋白質gp135は局在したが、基底膜蛋白質β-カテニンは局在せず、Rab45が局在する凝集体はVACであると考えられた。

また、各種エンドソームに局在するRabとVACマーカーgp135の共局在性を検討した結果、初期エンドソームや後期エンドソームに局在するRab5とRab7はgp135と共局在せず、Rab45と同様にアピカルリサイクリングエンドソームに局在するRabllaがgp135と共局在した。よってVACにはアピカルリサイクリングエンドソームが凝集することが示唆された。

(4)Rab45の過剰発現により、VACの形成促進と消失遅延が観察される

VAC形成におけるRab45の役割を検討する目的で、Rab45の過剰発現がVAC形成に与える影響を検討した。その結果、脱極性化に伴うVACの形成が、Rab45の過剰発現によって顕著に上昇した(図4)。一方、Rab45と同様にアピカルリサイクリングエンドソームに局在するRablla、他のエンドソームに局在するRab5、Rab7を過剰発現させた場合は、VAC形成率に殆ど影響を与えなかった。

低Ca2+条件下でMDCK細胞に形成されたVACは、培地のCa2+濃度を通常条件に戻すとエキソサイトーシスされて消失し、細胞は脱極性状態から極性状態に移行することが知られている。そこで極性化に伴うVAC消失に対するRab45の関与を検討した。通常Ca2+濃度に戻して3時間後、コントロールでは半数以上の細胞でVACが消失したのに対し、Rab45過剰発現細胞では殆どVACが消失しなかった(図5)。他のRab蛋白質を過剰発現させた場合は、VAC消失にほぼ影響を与えなかった。

以上の結果から、各種RabファミリーG蛋白質の中で、アピカルリサイクリングエンドソームに局在するRab45が特異的にVACの形成・消失のダイナミクスに関与することが考えられた。

(5)Rab45の各機能ドメインの協調的な働きがVAG形成に重要である

Rab45がどのような分子メカニズムでVAC形成に寄与するか検討する為、Rab45各種変異体を発現させてVAC形成率を測定した。その結果、Rabドメインの活性化型変異体Q600L(GTP結合型)は野生型同様にVAC形成率が上昇したが、不活性化型変異体S555N(GDP結合型)は形成率に影響せず(図6)、Rabドメインの活性化がVAC形成の促進に重要であることが明らかとなった。EF-handドメインを欠く変異体はVAC形成を促進したが、興味深いことに、形成されたVACはRab45野生型発現時に観察されるものとは異なり、複数の小さな構造体となった。一方、EF-handとコイルドコイルモチーフの両者を欠く変異体はVAC形成を促進しなかった。以上より、Rab45はRabドメインの活性化に加え、EF-hand及びコイルドコイルモチーフの協調的な働きを介して、VACの形成を制御することが示唆された。

【まとめ・考察】

上皮細胞株MDCKを用いて、ユニークな一次構造を有するG蛋白質Rab45の機能解析を行い、1)Rab45は極性化したMDCK細胞においてアピカルリサイクリングエンドソームに局在し、脱極性化したMDCK細胞ではVACに局在すること、2)VACにはアピカルリサイクリングエンドソームが凝集すること、3)アピカルリサイクリングエンドソームに局在するRabの中でもRab45の過剰発現によって、特異的にVAC形成が促進し、消失が遅延すること、4)Rab45の各機能ドメインの協調的な働きがVACの形成促進に重要であること、を見出した。

上皮細胞は極性化と脱極性化のサイクルを繰り返すダイナミックな細胞である。例えば組織が損傷した際、上皮細胞は脱極性化して遊走・再接着した後に、再極性化する現象が観察される。このような細胞極性の制御は厳密にコントロールされる必要があり、その破綻は正常な上皮組織の機能を障害するだけでなく、癌をはじめ様々な疾患の原因になっている。VACは上皮細胞の極性制御に重要な細胞内小器官と考えられているが、その形成機構や機能的役割は殆ど未解明である。本研究で得られた知見を基に、VAC形成機構として以下のモデルを考えている。概略としては、脱極性化に伴い、Rab45の働きによってアピカルリサイクリングエンドソームが凝集し、アピカル膜の内在化が促進されて、VACが形成される(図7下)。具体的にはRab45は、Rabドメインの活性化によりアピカルリサイクリングエンドソームに局在化し、コイルドコイルモチーフ及びEF-handドメインの働きによって膜同士がつなぎとめられ、一つの大きな凝集体が形成される。そこにアピカル膜由来小胞がつなぎとめられ、VACが形成されるというモデルである(図7上)。今後は、Rab45の各機能ドメインと相互作用する因子群の同定及びその機能解析を通じ、上皮細胞におけるVAC形成の分子機構が解明されることが期待される。

Shintani,M., Tada,M., Kobayashi,T., Kajiho,H., Kontani,K. and Katada,T. (2007) Biochem. Biophys. Res. Commun. 357, 661-7

図1.Rab45の一次構造

図2.通常Ca2+条件下(左)及び低Ca2+条件下(右)で培養したMDCK細胞における内在性Rab45の細胞内局在

図3.VACは上皮細胞が脱極性化した際に一過的に形成される細胞内小器官である

図4.脱極性化に伴うVAC形成に対するRab45過剰発現の影響

Rab45を過剰発現したMDCK細胞を低Ca2+条件下で一定時間培養後、VACを有する細胞の割合を測定した。

図5.極性化に伴うVAC消失に対するRab45過剰発現の影響

Reb45を過剰発現したMDCK細胞を低Ca2"条件下で培養してVACを形成させた後、通常のCa2+濃度の培地に戻して培養し、VACを有する細胞の割合を測定した。

図6.Rab45各種変異体の発現がVAC形成に与える影響

各種のRab45変異体をMDCK細胞に過剰発現し、低Ca2+条件で5時間培養にVACを形成する細胞の割合を測定した。

図7.Rab45によるVAC形成機構(モデル図)

審査要旨 要旨を表示する

低分子量G蛋白質は、上流からの刺激に応答してGDPが結合した不活性型からGTPが結合した活性型へと構造を変換し、下流にシグナルを伝える分子スイッチとして多様な生理応答の制御を担っている。新奇G蛋白質Rab45は、G蛋白質Rabドメインに加え、Ca2+結合EF-handドメイン、及びコイルドコイルモチーフをもつというユニークな一次構造からなるが、その生理機能は全く未解明であった。「上皮細胞におけるリサイクリングエンドソーム局在性G蛋白質Rab45の機能解析」と題した本論文においては、Rab45がリサイクリングエンドソームに局在し、Rab45が有する各機能ドメインの協調的な働きによって、上皮細胞の極性形成に関与するVAC(Vacuolar Apical Compartment)と呼ばれる細胞内小器官の形成に関与することを見出している。

1.極性化したMDCK細胞においてRab45はリサイクリングエンドソームに局在する

内在性Rab45の細胞内局在を調べるため、抗Rab45抗体を作製し免疫染色を行った。その結果、極性化した上皮細胞株MDCKにおいて、Rab45は小さなドット状構造に局在し、アピカルリサイクリングエンドソームマーカーRab11と共局在した。これよりRab45がアピカルリサイクリングエンドソームに局在すると考えられた。

2.脱極性化したMDCK細胞においてRab45はVACに局在する

上皮細胞は、細胞間接着構造によってアピカル膜と基底側膜が厳密に区別され、極性化している。一方で、極性状態のMDCK細胞を低Ca2+条件下で培養すると、細胞間接着が解離して脱極性化することが知られている。脱極性化したMDCK細胞におけるRab45の細胞内局在を検討したところ、Rab45はアクチン陽性な凝集体に局在することが明らかとなった。MDCK細胞に関する過去の文献から、この凝集体はVAC(Vacuolar Apical Compartment)と呼ばれる細胞内小器官と考えられた。VACは、上皮細胞間の接着が離れて脱極性化した際に、一過的に観察されるユニークなオルガネラであり、内部は微絨毛に富み、アピカル膜蛋白質は局在するが、基底膜蛋白質は局在しない。そこで低Ca2'条件下で培養したMDCK細胞においてRab45と各種マーカーの局在を比較したところ、Rab45陽性な凝集体にはアピカル膜蛋白質gp135が局在したが、基底膜蛋白質β-カテニンは局在せず、Rab45が局在する凝集体はVACであると考えられた。

3.Rab45の過剰発現によってVACの形成が促進されVACの消失が遅延する

VAC形成におけるRab45の役割を検討するため、Rab45の過剰発現がVAC形成に与える影響を検討した。その結果、低Ca2+条件下で培養したMDCK細胞におけるVAC形成が、Rab45の過剰発現によって顕著に上昇した。一方、Rab45と同様にアピカルリサイクリングエンドソームに局在するRabllaの過剰発現は、VAC形成率にほとんど影響を与えなかった。低Ca2+条件下でMDCK細胞に形成されたVACは、培地のCa2+濃度を通常条件に戻すことでエキソサイトーシスされて消失し、細胞は脱極性化状態から極性化状態に移行する。そこでMDCK細胞の極性化に伴うVAC消失過程における、Rab45の関与を検討した。コントロール細胞では、通常Ca2+濃度に戻して3時間後にはVACがほとんど消失していた。これに対しRab45を強制発現させた細胞では、約70%の細胞でVACが観察された。一方、他のRab蛋白質を過剰発現させた場合では、VACの消失遅延はほとんど認められなかった。以上より、各種RabファミリーG蛋白質の中で、リサイクリングエンドソームに局在するRab45が特異的にVACの形成・消失のダイナミクスに関与する可能性が考えられた。

4.Rab45の各機能ドメインの協調的な働きがVAC形成に重要である

Rab45がどのような分子機構でVAC形成に寄与するかを検討するため、Rab45各種変異体を発現させ、VAC形成率を測定した。その結果、Rabドメインの活性化型変異体Q600L(GTP結合型)は野生型同様にVAC形成率が上昇したが、不活性化型変異体S555N(GDP結合型)は形成率に影響せず、Rabドメインの活性化がVAC形成の促進に重要であることが明らかとなった。EF-handドメインを欠く変異体(ΔEF)ではVAC形成は充進したが、興味深いことに、形成されたVACはRab45の野生型過剰発現時に観察されるものとは異なり、複数の小さな構造体となっていた。一方、EF-handとコイルドコイルモチーフの両者を欠く変異体(ΔEF/CC)ではVAC形成は亢進しなかった。以上の結果から、Rab45はRabドメインの活性化に加えて、EF-hand及びコイルドコイルモチーフの各機能ドメインの協調的な働きを介して、VACの形成を制御する可能性が示唆された。

ヒトでは60種類以上のRabファミリーG蛋白質が知られているが、本論文から、ユニークな一次構造をもつRab45は、VAC形成制御を介して上皮細胞の極性形成に関与する初めてのRab蛋白質であることが明らかになった。以上を要するに、本論文は、Rabファミリー蛋白質が有する生理機能、及び上皮細胞の極性制御に関わるVACの形成機構について、重要な知見を提示しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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