学位論文要旨



No 127163
著者(漢字) 鈴木,浩典
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヒロノリ
標題(和) ヒト熱ショック蛋白質Hdj1のコシャペロン機構に関する構造生物学的研究
標題(洋)
報告番号 127163
報告番号 甲27163
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1391号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 准教授 杉田,和幸
 東京大学 特任准教授 加藤,大
内容要旨 要旨を表示する

【背景と研究目的】

ヒト熱ショック蛋白質Hsp40はHsp70のコシャペロンで,340 アミノ酸残基(分子量38,044)からなる。そのポリペプチド鎖はN 末端側のJ-domainとC 末端側のドメインに分けられる。Hsp40は,J-domain がHsp70のATPase 活性の促進に,C 末端側のドメインが変性蛋白質などの基質およびHsp70のC 末端との相互作用に関与することで,Hsp70と協同して変性蛋白質を正常な三次元構造へと折りたたむ。Hsp40がハンチントン病患者において見られる細胞内でのハンチントン凝集を抑制することが報告され,Hsp40が細胞内での蛋白質の凝集を伴う疾病であるフォールディング病に関与する可能性が注目されている。本研究では,ヒトHsp40であるHdj1のC末端側のドメインを単体およびHsp70のC末端ペプチド(634GPTIEEVD641)との複合体の三次元構造をX 線結晶構造解析により明らかにし,Hsp40のコシャペロン機構に関する知見を得ることを目的とした。

【発現,精製と結晶化】

Hdj1のC 末端側ドメインを大腸菌で発現させ,硫酸アンモニウムによる分画および3 段階のカラムクロマトグラフィーにより精製し,結晶化サンプルとした。SDS-PAGE およびゲルろ過カラムでの溶出時間から,Hdj1のC 末端側ドメインは溶液中でダイマーとして存在する。PEG3350を結晶化剤とするハンギングドロップ蒸気拡散平衡法により,pH 6.0の条件下で空間群P21に属する単体(Peptide-free)およびペプチドとの複合体(Complex I)の結晶を得た。また,pH 8.8 条件下で空間群C2に属するペプチドとの複合体結晶(Complex II-IV)を得た。

【X 線結晶構造解析】

回折強度データ測定は,KEK Photon Factory およびSPring-8 シンクロトロン放射光X 線,または回転銅対陰極型X 線発生装置を用い,結晶を100 Kの窒素気流中に置いて行なった(表1)。

Peptide-free結晶について,Auを結合させた重原子同型置換体を調整し,異常分散効果を利用した単一重原子同型置換法により初期位相を決定した。溶媒領域の電子密度の平均化と,非結晶学的対称性に基づくダイマー分子の電子密度平均化により,位相を改善した電子密度をもとに三次元構造モデルを構築し,その後構造精密化を行なった。その他の結晶については,Peptide-freeの構造を初期モデルにした分子置換法により位相を決定し,構造の精密化を行なった。

【全体構造】

Hdj1のC 末端側のドメインはプロトマーが非結晶学的な2 回軸で関係付けられた,ねじれた蹄鉄型のホモダイマーとして存在する(図2)。プロトマーは11 本のβ鎖(アミノ末端からβ1-11)と3 本のα ヘリックス(α1-3)で構成される。プロトマーは大きく3つのドメイン,即ちDomain I,Domain II,C-terminal helix 領域に分けられる。Domain Iは3 本鎖のβ シート(β1,β4とβ5),2 ターンのα 鎖(α1)と2 本鎖の逆平行β シート(β2とβ3)で構成される。Domain IIは4 本鎖のβ シート(β6,β7,β10とβ11),2 ターンのα 鎖(α2)と2 本鎖の逆平行β シート(β8とβ9)で構成される。C-terminal helix 領域はC 末端に存在する3 ターンのα 鎖(α3)とループ領域(アミノ酸残基321-327)から成る。Domain IIのα2 およびC-terminal helix 領域に存在する疎水性のアミノ酸残基がダイマー界面に集まっており,疎水性の相互作用によってダイマーが形成される。

【ペプチド結合部位】

ペプチドはDomain Iにプロトマーあたり2 箇所(サイト1, サイト2)に結合している。ペプチドの結合様式は,いずれの複合体構造においても同様のため,以下,分解能が高く,ペプチドの電子密度が明瞭に確認できたComplex IIIについて述べる。サイト1において,ペプチドはHdj1 中のβ2と逆平行βシートを形成する(図3A)。ペプチドのGlu638(Hsp70), Glu639(Hsp70), C末端のカルボキシル基が,Hdj1の表面に存在するLys184, Lys181, Lys182とそれぞれ静電相互作用している。Peptide-free 構造と比較すると,ペプチドの結合に伴い,Hdj1のHis166 側鎖の向きが変化し,Hdj1 表面に疎水性のポケットが現れ,そのポケットにIle637(Hsp70) 側鎖が入り込むようにペプチドが結合している。

サイト2においては,ペプチドはHdj1 中のβ4と逆平行βシートを形成する(図3B)。Glu638(Hsp70),Asp641(Hsp70) およびC 末端のカルボキシル基がLys217, Lys306, Lys213と静電相互作用を形成している。Pro635(Hsp70) およびIle637(Hsp70)は広く平坦な疎水性の領域と相互作用している。

【変異体の解析】

構造解析の結果明らかとなった2つのペプチド結合部位が,変性蛋白質のリフォールディングに必要なのかを調べるために,サイト1 またはサイト2のアミノ酸残基を変異させたHdj1,およびダイマー化に関わるC-terminal helix 領域を欠損した単量体Hdj1を調製した。K182A (サイト1 変異体),T216K(サイト2 変異体)については,C 末端側ドメインの結晶構造解析を行い(表2),一方の結合部位(サイト1 またはサイト2)に変異を導入しても,もう一方の結合部位(サイト2 またはサイト1)に構造変化が起きておらず,ペプチドの結合が可能であることを確認した。Hdj1のコシャペロン活性を変性ルシフェラーゼの酵素活性の回復を指標に評価したところ,サイト1,サイト2を変異させたHdj1,および単量体Hdj1のコシャペロン活性は,野生型に対して有意に低下していた(図3)。このことから,Hdj1 がコシャペロンとして機能するためには,Hdj1 がダイマーとして存在し,かつサイト1とサイト2の両方が必須であることが示唆された。

【考察】

本研究では,ヒトHsp40であるHdj1のC 末端側ドメインの構造およびHsp70のC 末端ペプチドに対する2つの結合部位を明らかにした。特にサイト2に関しては,構造解析の結果新たに明らかとなった結合部位である。ペプチドとの特異的な相互作用が見られたことから,サイト1 がHsp70のC 末端結合部位である可能性が考えられる。一方,サイト2は,幅広いアミノ酸配列を認識できると考えられるため,基質蛋白質の結合部位である可能性が考えられる。

本研究により得られた知見から,以下のようなHsp40のコシャペロン機構が考えられる。まず,ホモダイマーとして存在するHsp40の一方のプロトマーがサイト2を介して変性蛋白質などの基質を結合する。次に,もう一方のプロトマーがサイト1を介してHsp70のC 末端領域と結合し,三者複合体を形成する。この段階で,Hsp40を介して,基質とHsp70 が近接し,Hsp70 が基質を効率的に受け取ることが可能になる。その後,Hsp40のN 末端に存在するJ-domainにより,Hsp70のATPase 活性が促進され,Hsp70による基質のリフォールディングが進むと考えられる。

1. Suzuki, H., Noguchi, S., Arakawa, H., Tokida, T., Hashimoto, M. & Satow, Y. (2010) Biochemistry, 49, 8577-8584.2. Suzuki, H., Noguchi, S., Arakawa, H., Tokida, T., Hashimoto, M. & Satow, Y. (2010) Acta Crystallogr. Sect.F66, 1591-1595.

図1. Hdj1のドメイン概略図

表 1. 回折強度データ収集と構造精密化

図2. Complex Iの構造

Hdj1 分子を灰色のリボンモデルで,結合したペプチド分子を黒色のリボンモデルで示す。非結晶学的な2回軸を矢印で示す。

図3. ペプチド結合部位の構造

(A)サイト1,(B)サイト2。ペプチドをball & stick モデルで,Hdj1分子をリボンモデルで示す。Hdj1 分子のうちペプチドとの相互作用に関わるアミノ酸残基の側鎖をstick モデル示す。

表2. 回折強度データ収集と構造精密化

図3. 変性ルシフェラーゼのリフォールディングに対する変異Hdj1の効果

審査要旨 要旨を表示する

熱ショック蛋白質であるHsp40 (Heat shock protein 40)は,代表的な分子シャペロンであるHsp70のコシャペロンとして働き,蛋白質のフォールディングや会合,輸送,変性蛋白質の分解,凝集の抑制など,細胞内において重要な役割を担っている。

ヒトHsp40であるHdj1は340アミノ酸残基からなり,そのポリペプチド鎖はN末端側のJ-domainとC末端側のドメインに分けられる。Hdj1は,J-domainがHsp70のATPase活性の促進に,C末端側のドメインが変性蛋白質などの基質およびHsp70のC末端との相互作用に関与することで,Hsp70と協同して変性蛋白質を正常な三次元構造へと折りたたむ。

本論文では,X線結晶構造解析によりHdj1のC末端側ドメインの単体およびHsp70のC末端ペプチド(634GPTIEEVD641)との複合体の三次元構造を明らかにし、さらにその構造情報を基にした種々の変異体を作成し、その立体構造情報ならびにシャペロン活性を測定しHdj1とHsp70のシャペロン機構について三次元構造に基づいて考察している。Hdj1のC末端側ドメインを大腸菌で発現させ高純度のサンプルを得、PEGを沈殿剤として単体およびペプチドとの複合体の結晶を得た。さらにシンクロトロン放射光X線を用いて回折強度データを収集し構造を決定した。

Hdj1のC末端側のドメインは二量体として存在する。プロトマーは大きく3つのドメイン,即ちDomain I,Domain II,C-terminal helix領域に分けられる。ペプチドはDomain Iにプロトマーあたり2箇所(サイト1, サイト2)に結合している。サイト1ではペプチドの結合に伴い,Hdj1のHis166側鎖の向きが変化し,Hdj1表面に疎水性のポケットが現れ,そのポケットにIle637Hsp70側鎖が入り込むようにペプチドが結合している。このような相互作用様式から,サイト1がHsp70のC末端認識部位である可能性が考えられる。サイト2ではペプチドは広く平坦な疎水性の領域と相互作用している。この領域は,幅広いアミノ酸配列を認識できると考えられるため,サイト2が変性蛋白質などの基質を認識する部位である可能性が考えられる。

構造解析の結果明らかとなった2つのペプチド結合部位が変性蛋白質のリフォールディングに必要なのかを調べるために、サイト1またはサイト2のアミノ酸残基を変異させたHdj1を調製した。Hdj1のコシャペロン活性を変性ルシフェラーゼの酵素活性の回復を指標に評価したところ,変異Hdj1および単量体Hdj1のコシャペロン活性は,野生型に対して有意に低下していた。このことから,Hdj1がコシャペロンとして機能するためには,かつサイト1とサイト2の両方が必須であることが示唆される。

本研究により得られた知見から,以下のようなHsp40のコシャペロン機構が考えられる。まず,ホモダイマーとして存在するHsp40の一方のプロトマーがサイト2を介して変性蛋白質などの基質を結合する。次に,もう一方のプロトマーがサイト1を介してHsp70のC末端領域と結合し,三者複合体を形成する。この段階で,Hsp40を介して,基質とHsp70が近接し,Hsp70が基質を効率的に受け取ることが可能になる。その後,Hsp40のN末端に存在するJ-domainにより,Hsp70のATPase活性が促進され,Hsp70による基質のリフォールディングが進むと考えられる。

これまでHsp70と変性タンパク質の結合サイトが同一であると提唱されていたが、本研究の成果により別々のサイトがあるというモデルを提唱した。このモデルであれば異なる基質認識のメカニズム、Hsp40が二量体で存在すること、三者複合体の形成が可能であることなど合理的なコシャペロン機構を説明することが可能である。以上のように本研究はHsp40によるコシャペロン機構の解明に大きく貢献するものでありこれを行った学位申請者は博士(薬学)の称号を得るにふさわしいと判断した。

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