学位論文要旨



No 127164
著者(漢字) 中澤,侑也
著者(英字)
著者(カナ) ナカザワ,ユウヤ
標題(和) がん転移促進因子Merm1によるp53-dependent apoptosisの抑制
標題(洋)
報告番号 127164
報告番号 甲27164
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1392号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
内容要旨 要旨を表示する

Abstract and Introduction

近年がんでの死亡率は増加傾向にあり、毎年全世界で500 万人以上の人が亡くなっている。原発がんの治療は、治療法の急速な発展により徐々に成果を上げつつあるが、依然としてがん死亡の主たる要因である転移や再発の制御は難しい。転移を扱う難しさは、転移が多くの関連因子が協調的に作用する、dynamic かつmultistep なpathologyであるという事実に起因する。転移関連因子の特定とその理解は、がん治癒を目指す上で避けて通れない道である。

我々はマウスを用いたgenome-wide genetic screenにより、新規がん転移促進因子としてMerm1/Wbscr22を同定した。低転移性細胞にMerm1を強制発現させると、細胞増殖能や運動能に影響を与えずに、転移形成能が上がった。興味深いことにMerm1 発現は、細胞が肺の微小血管巣にtrap された後の生存を高めることが分かった。実際の転移性がん細胞のMerm1 knock downで、転移形成能が抑えられ、かつ血管内でtrap 後の細胞生存が抑制された。続いてtranscriptome analysisにより、Merm1の発現がtumor suppressorであるZac1の発現と逆相関することが分かった。そしてMerm1 が、Zac1 promoterにおけるhistone H3のLys9 メチル化を伴って、Zac1を発現抑制することが確認された。Zac1はp53のtranscriptional coactivatorとして働き、apoptosis 誘導に関わることが知られている。一方p53は、がん細胞が血管にtrapされた後のapoptosis 誘導にも関わっていて、転移形成過程でp53のdownregulation がしばしば観察される。実際にMerm1 knock downによりp53-dependent apoptosisは増強し、それがZac1の同時knock downによりキャンセルされた。またZac1 knock downは、Merm1knock downによる血管内での細胞生存、及び転移能の減弱もキャンセルした。以上により、新規転移促進因子Merm1は血管内でtrap 後のp53-dependent apoptosisを抑制することで、がん細胞の転移形成能を促進することが示唆された。

Results

i. 新規転移促進因子としてのMerm1/Wbscr22の同定

新規転移促進因子の同定のため、我々はmouse in vivo genetic screenを行った。高転移性であるB16-BL6 マウスメラノーマ細胞のcDNAをretroviral vectorに挿入し、低転移性のCHO 細胞に感染させ、マウスに尾静脈注射した。その28 日後に肺で生存していたCHO 細胞を分離し、B16-BL6 由来のcDNA insertionを調べたところ、Merm1/Wbscr22という遺伝子が同定された。この遺伝子はWilliams-Beuren syndromeにおいて欠損している染色体領域に位置し、methyltransferaseに特徴的に見られるdomain (SAM-dependent MTase fold)と核局在シグナルを持つことが知られているが、具体的な機能の検証は一切なく、がんとの関連も未知である。tissue arrayを用いた組織染色の結果から、Merm1は浸潤性乳管がん(IDC)において正常組織に比べて発現上昇が認められた。IDCはその名の通り容易に周辺組織に浸潤し、全症例の10%が初診時に転移性と診断される。興味深いことに、未分化型IDCは分化型IDC よりも高頻度にMerm1が発現上昇していた。

我々はマウスwild-type Merm1 (Merm1-WT)を分離し、同時にSAM-dependent MTase foldに変異を入れたmethyltransferase-dead Merm1 (Merm1-MD)を作製した。この両者を組み込んだretroviral vectorをCHO 細胞に感染させ、マウスに尾静脈注射して肺への実験的転移を検討したところ、Merm1-WTでのみ肺転移結節数の上昇が見られた。これらの細胞は増殖能、運動能には差はなかったが、尾静脈注射後12時間に肺血管巣における生存細胞を可視化すると、Merm1-WTでのみ生存細胞の増加が見られた。

ii. Merm1は血管内での腫瘍細胞の生存を促進し、転移を促進する

実際のがんにおけるMerm1の機能を見るため、いくつかの転移性がん細胞のMerm1 発現を検討し、その中で比較的高発現が見られたA375M ヒトメラノーマ細胞のMerm1を、shRNAによりknock down した。CHO 細胞における強制発現の結果と相関し、二種類のshRNAでMerm1をknock down した結果、共に肺での転移形成能は減弱し、また肺血管にtrap された後の細胞生存が抑制された。

iii. Merm1はtumor suppressorであるZac1の発現を抑制する

Merm1は核内methyltransferaseであり、targetとしてはDNA かhistone が考えられる。いずれの場合も遺伝子の転写が変化することが予想されることから、gene chipを用いてA375M/controlとMerm1をknock down したA375M/shRNA2の間でのcomparative transcriptome analysisを行った。その結果、tumor suppressorとして知られるZac1/Lot1/Plagl1の転写が、Merm1のknock downに伴って上昇していることが分かった。

Merm1はDNA methyltransferaseに特徴的なcatalytic center やDNA-binding motifを持っていないため、Merm1のmethylation tragetとしてはhistone が考えられる。tumor suppressorの転写抑制に関連したhistoneのメチル化部位は、H3のLys9とLys27 が知られているため、次にZac1のpromoter部位におけるhistone H3-Lys9 及びH3-Lys27のメチル化状態を検討した。メチル化H3-Lys9とメチル化H3-Lys27に対する抗体で、A375M 細胞のgenomic DNAを免疫沈降し(ChIP)、その沈降物をtemplateにしてZac1 promter 特異的なprimerでPCRをかけた。その結果、A375M/controlではH3-Lys9のメチル化が見られたが、Merm1をknock downしたA375M/shRNA2ではそれが見られなかった。H3-Lys27のメチル化はMerm1 knock downによる変化は認められなかった。

iv. Merm1はp53-dependent apoptosisを抑制し、血管内での細胞生存を促進する

Zac1はp53のtranscriptional coactivatorとして機能し、apoptosisを誘導することが知られている。そこで、Merm1とZac1のp53-dependent apoptosisに対する影響を検討するため、A375M 細胞のMerm1、及びZac1のknock downを行った。Nutlin-3によりp53 分解を抑制し、p53-dependent apoptosisを誘導したところ、Merm1 knock downによりapoptosis が増強されるが、Zac1 knock downによりその効果はキャンセルされた。また血管内の細胞生存、および転移形成能においても、Merm1 knock downによる抑制効果がZac1 knock downによりキャンセルされた。

Discussion and Perspective

最近になって、化学療法に耐性を示すcancer stem cell やdormant cell などの存在が、転移形成に重要であるということが示されてきている。これらの細胞はゆっくり増殖するか、全く増殖しないかであり、増殖能をtargetとする既存の化学療法は無効と考えられている。言いかえればこれらの細胞はただ単にsurvive しているのである。転移の治療を考える上で、腫瘍のsurvivalをコントロールするメカニズムの理解は重要である。本研究により、転移性細胞がMerm1を介してZac1-p53-dependent apoptosisを抑制し、血管内の細胞生存を高めることで転移形成を促進するという新たなメカニズムが発見された。このメカニズムはがん治癒へ向けた、新たな治療標的としての可能性を秘めている。特に乳がんにおいては、本研究によりMerm1の発現上昇が発見されたが、別のグループからはZac1の発現低下が報告されており、このMerm1-Zac1pathwayの重要性が示唆されている。しかしながら、現時点で全く分かっていないMerm1のphysiological function や、Merm1とhistone メチル化の不明瞭な繋がり、効果予測のためのbio markerの必要性など、実際のclinical applicationの検討に向けては更なる検討が必須である。

審査要旨 要旨を表示する

原発がんの治療は、治療法の発展により徐々に成果を上げつつあるが、がん死亡の主たる要因である転移や再発の制御は依然として難しい。転移を制御する難しさは、転移が多くの関連因子が協調的に作用する事実に起因する。したがって、転移関連因子の特定とその機能解明はがん治癒を目指す上で避けて通れない。

中澤侑也は、新規転移促進因子を同定するため、mouse in vivo genetic screenを行った。高転移性であるB16-BL6マウスメラノーマ細胞のcDNAをretroviral vectorに挿入し、低転移性のCHO 細胞に感染させ、マウスに尾静脈注射した。その28 日後に肺で生存していたCHO 細胞を分離し、B16-BL6 由来のcDNA insertionを調べたところ、Merm1/Wbscr22という遺伝子を同定することに成功した。この遺伝子はWilliams-Beuren syndromeにおいて欠損している染色体領域に位置し、methyltransferaseに特徴的に見られるdomain (SAM-dependent MTase fold)と核局在シグナルを持つことが知られているが、具体的な機能の検証は一切なく、がんとの関連も未知であった。中澤は、tissue arrayを用いた組織染色の結果から、Merm1は浸潤性乳管がん(IDC)において正常組織に比べて発現上昇していることを見出した。IDCは容易に周辺組織に浸潤し全症例の10%が初診時に転移性と診断される。さらに中澤は、未分化型IDCは分化型IDC よりも高頻度にMerm1 が発現上昇していることを明らかにした。

次に、中澤は、マウスwild-type Merm1 (Merm1-WT)を分離し、同時にSAM-dependent MTase foldに変異を入れたmethyltransferase-dead Merm1(Merm1-MD)を作製した。この両者を組み込んだretroviral vectorをCHO 細胞に感染させ、マウスに尾静脈注射して肺への実験的転移を検討し、Merm1-WTでのみ肺転移結節数の上昇を観察した。これらの細胞は増殖能、運動能には差はなかったが、尾静脈注射後12時間に肺血管巣における生存細胞を可視化するとMerm1-WTでのみ生存細胞の増加を観察した」。

中澤は、実際のがんにおけるMerm1の機能を見るため、いくつかの転移性がん細胞のMerm1 発現を検討し、その中で比較的高発現が見られたA375M ヒトメラノーマ細胞のMerm1をshRNAによりknock down した。その結果、CHO 細胞における強制発現の結果と相関し、二種類のshRNAでMerm1をknock down した結果、共に肺での転移形成能は減弱し、また肺血管にtrap された後の細胞生存が抑制されることを見出した。

次に中澤は、Merm1は核内methyltransferaseであり、targetとしてDNA かhistoneを考えた。いずれの場合も遺伝子の転写が変化することが予想され、gene chipを用いてA375M/controlとMerm1をknock down したA375M/shRNA2の間でのcomparative transcriptome analysisを行った。その結果、tumor suppressorとして知られるZac1/Lot1/Plagl1の転写が、Merm1のknock downに伴って上昇していることを明らかにした。Merm1はDNA methyltransferaseに特徴的なcatalyticcenter やDNA-binding motifを持っていないため、Merm1のmethylation tragetとしてはhistone が考えた。次に中澤は、Zac1のpromoter部位におけるhistoneH3-Lys9 及びH3-Lys27のメチル化状態を検討した。メチル化H3-Lys9とメチル化H3-Lys27に対する抗体で、A375M 細胞のgenomic DNAを免疫沈降し(ChIP)、その沈降物をtemplateにしてZac1 promter 特異的なprimerでPCRをかけた。その結果、A375M/controlではH3-Lys9のメチル化を見出した。

Zac1はp53のtranscriptional coactivatorとして機能し、apoptosisを誘導することが知られている。そこで、中澤は、Merm1とZac1のp53-dependent apoptosisに対する影響を検討するため、A375M 細胞のMerm1、及びZac1のknock downを行った。Nutlin-3によりp53 分解を抑制し、p53-dependent apoptosisを誘導したところ、Merm1 knock downによりapoptosis が増強されるが、Zac1 knock downによりその効果はキャンセルされることを見出した。また血管内の細胞生存、および転移形成能においても、Merm1 knock downによる抑制効果がZac1 knock downによりキャンセルされることを明らかにした。

以上、本研究により中澤は、転移性細胞がMerm1を介してZac1-p53-dependent apoptosisを抑制し、血管内の細胞生存を高めることで転移形成を促進するという新たなメカニズムを発見した。このメカニズムはがん治癒へ向けた、新たな治療標的としての可能性を秘めており、博士(薬学)に充分値するものと判断した。

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