学位論文要旨



No 127165
著者(漢字) 長井,陽子
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,ヨウコ
標題(和) メダカ初期発生におけるLIMドメインタンパク質Ajubaの機能解析
標題(洋)
報告番号 127165
報告番号 甲27165
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1393号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

【序】

私は初期形態機構の解明を目的に、小型魚類メダカをモデル生物として注目した。メダカをはじめとする魚類は、脊椎動物でありながら卵発生で胚が透明であるので、顕微鏡下で形態形成過程を観察することが可能である(図1)。また、メダカは多産で発生が早いため遺伝学的アプローチが容易であり、また、遺伝子の発現抑制法も簡便に行える。このような利点から、これまでにメダカを用いた形態形成に関わる遺伝子の網羅的なスクリーニングが行われ、私は本プロジェクトより単離された変異体の原因遺伝子の同定と候補遺伝子の機能解析を行った。その過程で、候補遺伝子Ajubaの発現抑制胚が興味深い表現型を示すことを見出した。

Ajubaはzinc finger 構造を持つLIM ドメインと核外移行配列を有するタンパク質で、細胞の増殖、移動、分化に関わることが報告されていながら、初期胚形成におけるAjubaの役割は不明であった。本研究では、小型魚類メダカを用いた遺伝子発現抑制実験により、初期胚におけるLIM ドメインタンパク質Ajubaの新たな役割を明らかにしたので報告する。

【結果】

1.Ajuba 発現抑制胚は内臓器官の位置異常を示す

発生期におけるAjubaの機能を明らかにするため、ajuba 遺伝子の翻訳開始点を標的とした翻訳阻害型モルフォリノアンチセンスオリゴ(augMO)とエキソン-イントロンの境界領域を標的としたスプライス阻害型モルフォリノアンチセンスオリゴ(spMO)を設計し、メダカ胚にそれぞれインジェクションした。Ajuba spMO およびaugMO 導入胚ともに、体や器官の形態に異常は見られないものの、一部の個体において左右非対称な心臓の逆位が観察された(図2)。さらに、Control MO 導入胚において、胚の左側に形成される肝臓や脾臓などの内臓器官が、Ajuba MO 導入胚では胚の右側に形成されていた。augMO およびspMO 導入胚のうちそれぞれ45%と37%の個体が内臓器官の左右位置異常を示し、Ajubaは内臓器官の左右位置の決定に関与することが示唆された。

2.Ajuba 発現抑制胚では左側特異的遺伝子の発現に異常を示す

内臓器官の左右性を決定するシグナル伝達経路は脊椎動物に広く保存されており、左右差の形成、左右情報の伝達、器官の左右性の決定の3つのステップにわけることができる(図3)。Ajubaの発現抑制によって内臓器官の左右位置異常が観察されることから、まず左右情報の伝達に関わる左側特異的遺伝子southpaw およびpitx2に注目した。TGF ファミリー遺伝子であるsouthpawは、胚の尾部に存在するクッパー胞(哺乳類のノードに相当)近傍で発現が認められ、時間経過と共に左側の側板中胚葉全体にシグナルが広がり、左側の側板中胚葉および間脳においてホメオボックス遺伝子pitx2の発現を誘導することにより、内臓器官や脳の左右性が決定される。そこで、southpawおよびpitx2に対するプローブを用いてin situ hybridizationを行ったところ、本来左側特異的なsouthpaw およびpitx2の発現が、Ajuba 発現抑制胚では胚の両側あるいは右側に異所発現を示した(図4)。これらの結果から、Ajubaは左側特異化遺伝子の左右非対称な発現を制御することが示唆された。

3.Ajuba 発現抑制胚において左向きのノード流は消失する

southpaw 遺伝子の左右非対称な発現は、クッパー胞内のノード流の方向性によって制御されることが知られている。そこでクッパー胞内に蛍光マイクロビーズをインジェクションし、ノード流の検出を行った。この検出法では、クッパー胞への物理的ダメージおよび蛍光日ビーズ注入量を最小限にすることで、ノード流および内臓器官の左右性に影響を与えないことを確認している。Control M0 導入胚ではビーズが右側から左側に移動し、左向きの動きが観察されるのに対し、Ajuba 発現抑制胚に打ち込んだビーズは小刻みに動くが、左から右へのダイナミックな移動は観察されなかった(図5)。従ってAjubaは、ノード流の形成に必須であることが示唆された。

4.Ajuba 発現抑制胚のクッパー繊毛の長さは短縮する

ノード流はクッパー繊毛と呼ばれる運動性の繊毛が回転運動を行うことにより生じるため、Ajubaの発現抑制によって繊毛の形成に影響を与える可能性を検討した。繊毛マーカーであるアセチル化チューブリン抗体を用いてwhole mountの免疫染色を行ったところ、Ajuba 発現抑制胚の繊毛はControl 胚と比べ短かった(図6)。Control 胚では平均3μmの繊毛が形成されるのに対し、Ajuba augMO およびspMO 導入胚では2μm 以下の短い繊毛の数が増え、有意に短縮していることが明らかとなった。以上の結果より、Ajubaはクッパー繊毛の形成に必須であることが示唆された。

5.Ajubaは繊毛の土台となる基底小体に局在する

これまでAjubaはM 期において中心体に局在することが報告されていたが、繊毛が形成される時期におけるAjubaの局在は不明であった。繊毛は細胞周期依存的に形成される構造で、M 期において細胞分裂を制御する中心体が、G0/G1 期に移行するとアピカル膜とドッキングして繊毛の土台となる基底小体となり、繊毛の構築を行うことが知られている。そこでG0 期においてAjuba がどこに存在するか検討するため、EGFP 融合Ajubaの発現ベクターをメダカ培養細胞にトランスフェクションした後、血清飢餓の状態で一晩培養し、繊毛が形成される間期に細胞を移行させた。その結果、Ajubaは細胞質内にドット状の分布を示した(図7)。繊毛マーカーであるアセチル化チューブリンの抗体および基底小体マーカーであるγ-チューブリン抗体を用いて免疫染色を行ったところ、Ajubaの一部が基底小体に存在することが明らかとなった。この結果から、Ajubaは中心体だけでなく基底小体においても機能する可能性が示唆された。

【まとめ・考察】

本研究において私は、Ajubaの発現抑制により、内臓器官の左右位置異常が生じること、左側特異化シグナルが異所発現を示すこと、左右性を生み出すクッパー上皮細胞の繊毛が短縮することを明らかにした。さらに繊毛が形成されるG0/G1期においてAjubaが繊毛の土台となる基底小体に存在することを見出した。従って、Ajubaは繊毛の形成制御を介して、器官の左右性の決定に関与することが示唆された(図8)。

これまでAjubaは分裂期の中心体において紡錘体形成に関与することが報告されていたが、今回、初期発生の解析に優れた小型魚類メダカとモルフォリノアンチセンスオリゴによる遺伝子機能抑制法を用いることによって、Ajubaが間期の基底小体における繊毛形成に必須であることを新たに見出した。繊毛は左右軸決定だけでなく様々な器官形成においても重要な役割を担っており、その破綻は内臓逆位、水頭症、嚢胞腎、網膜色素変性など多彩な疾患の原因となっている。本研究において得られた知見より繊毛形成機構における中心体と基底小体の機能的重複性の可能性を示し、また、メダカを用いた初期発生期におけるAjubaの機能解析は、哺乳類におけるAjubaの機能を予測するために重要なアプローチになることが期待される。

Nagai, Y., Asaoka, Y., Namae, M., Saito, K., Momose, H., Mitani, H., Furutani-Seiki, M., Katada, T., Nishina, H. (2010) Biochem. Biophys. Res. Commun., 396, 887-893

図1 初期形態形成機構の解明に有用な小型魚類メダカ

図2 AjubaMO導入胚における内蔵器官の位置異常

図3 内臓器官の左右性を決定するシグナル伝違経路

図4 AjubaMO導入胚における左側特具的遺伝子の異所発現

図5 AiubaMO導入胚におけるノード流の消失

図6 AiubaMO導入胚における織毛の短縮

図7 織毛形成期におけるAjubaの局在

図8 発生期の左右軸決定におけるAjubaのモデル図

審査要旨 要旨を表示する

LIMドメインタンパク質Ajubaはzincfinger構造をもつLIMドメインと核外移行配列を有するタンパク質で、細胞の増殖、移動、分化に関わることが報告されていたが、初期胚形成における役割は不明であった。「メダカ初期発生におけるLIMドメインタンパク質Ajubaの機能解析」と題した本論文においては、初期形態形成の解析に有用な小型魚類メダカを用いて遺伝子発現抑制実験を行うことにより、Ajubaが内臓器官の左右性の決定に関与するクッパー胞上皮細胞の繊毛形成に重要な役割を果たすことを見出している。

1.Ajuba発現抑制胚は内臓器官の位置異常を示す

発生期におけるAjubaの機能を明らかにするため、ajuba遺伝子を標的とした翻訳阻害型モルフォリノアンチセンスオリゴ(augMO)およびスプライス阻害型モルフォリノアンチセンスオリゴ(spMO)を野生型胚にそれぞれインジェクションした。Ajuba spMOおよびaugMO導入胚ともに、一部の個体において左右非対称な構造を示す心臓の逆転、胚の左側に形成される肝臓・脾臓の逆位が観察された。

2.Ajuba発現抑制胚では左側特異的遺伝子の発現異常を示す

Ajubaの発現抑制によって内臓器官の左右位置異常が観察されることから、内臓器官の左右性を決定する左側特異的遺伝子southpawおよびpitx2に注目した。TGFファミリー遺伝子であるsouthpawは、胚の尾部に存在するクッパー胞(哺乳類のノードに相当)近傍で発現が認められ、時間経過と共に左側の側板中胚葉全体にシグナルが広がり、左側の側板中胚葉および間脳においてホメオボックス遺伝子pitx2の発現を誘導することにより、内臓器官や脳の左右性が決定される。そこで、southpawおよびpitx2に対するプローブを用いてin situ hybridizationを行ったところ、本来左側特異的なsouthpawおよびpitx2の発現が、Ajuba発現抑制胚では胚の両側あるいは右側に異所発現を示した。これらの結果から、Ajubaは左側特異化遺伝子の左右非対称な発現を制御することが示唆された。

3.Ajuba発現抑制胚において左向きのノード流は消失する

southpaw遺伝子の左右非対称な発現は、クッパー胞内のノード流の方向性によって制御されることが知られている。そこでクッパー胞内に蛍光マイクロビーズをインジェクションし、ノード流の検出を行った。この検出法では、クッパー胞への物理的ダメージおよび蛍光日ビーズ注入量を最小限にすることで、ノード流および内臓器官の左右性に影響を与えないことを確認している。ControlMO導入胚ではビーズが右側から左側に移動し、左向きの動きが観察されるのに対し、Ajuba発現抑制胚に打ち込んだビーズは小刻みに動くが、左から右へのダイナミックな移動は観察されなかった。したがって、Ajubaはノード流の形成に必須であることが示唆された。

4.Ajuba発現抑制胚のクッパー繊毛の長さは短縮する

ノード流はクッパー繊毛と呼ばれる運動性の繊毛が回転運動を行うことにより生じるため、Ajubaの発現抑制によって繊毛の形成に影響を与える可能性を検討した。繊毛マーカーであるアセチル化チューブリン抗体を用いてwholemountの免疫染色を行ったところ、Ajuba発現抑制胚の繊毛はControl胚と比べ短かった。Control胚では平均3μmの繊毛が形成されるのに対し、AjubaaugMOおよびspMO導入胚では2μm以下の短い繊毛の数が増え、有意に短縮していることが明らかとなった。以上の結果より、Ajubaはクッパー繊毛の形成に必須であることが示唆された。

5.Ajubaは繊毛の土台となる基底小体に局在する

これまでAjubaはM期において中心体に局在することが報告されていたが、繊毛が形成される時期におけるAjubaの局在は不明であった。繊毛は細胞周期依存的に形成される構造で、M期において細胞分裂を制御する中心体が、G0/G1期に移行するとアピカル膜とドッキングして繊毛の土台となる基底小体となり、繊毛の構築を行うことが知られている。そこでG。期においてAjubaがどこに存在するか検討を行ったところ、Ajubaの一部が繊毛の土台となる基底小体に存在することが明らかとなった。この結果から、Ajubaは中心体だけでなく基底小体においても機能する可能性が示めされた。

本論文では、Ajubaの発現抑制により、内臓器官の左右位置異常が生じること、左側特異化シグナルが異所発現を示すこと、さらに、左右性を生み出すクッパー上皮細胞の繊毛が短縮することを明らかにした。また、繊毛が形成されるG0/G1期において、Ajubaが繊毛の土台となる基底小体に存在することを見出した。したがって、Ajubaは繊毛の形成制御を介して、器官の左右性の決定に関与することが示めされた。以上を要するに、本論文は、初期発生期におけるAjubaの機能解析により、左右軸の決定というAjubaの新規の機能を明らかにしたことに加え、繊毛形成機構の解明における有用な知見を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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