学位論文要旨



No 127166
著者(漢字) 吉浦,知絵
著者(英字)
著者(カナ) ヨシウラ,チエ
標題(和) ケモカイン-ケモカイン受容体間相互作用に関する構造生物学的解析
標題(洋)
報告番号 127166
報告番号 甲27166
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1394号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 教授 入村,達郎
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

ケモカイン受容体CCR1およびCCR5は、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)に属する膜タンパク質である。分子量約8kDaの可溶性タンパク質であるケモカインとの結合により活性化したCCRI、CCR5は、Giタンパク質へのシグナル伝達を介し、白血球の遊走反応を誘起する。生体内では自己免疫疾患など多くの疾病に関与することが報告されている。また、CCR5に関してはHIV-1の共受容体としての機能が報告されており、CCR5のリガンドはHIV感染に競合する

CCR1・CCR5は複数のリガンドにより活性化されるが、それぞれのリガンド選択性は異なる。この性質は、生体内において多様な免疫応答を発揮する一因と考えられている。したがって、CCR1・CCR5とリガンド間相互作用における特異性に関して原子レベルでの解析を行い.これらのリガンド選択性が生じる機構を解明することにより、CCRI・CCR5を選択的に阻害する分子設計において有用な知見を得ることが期待できる。

しかしながら、CCRI・CCR5に関する構造生物学的解析を行う上では、試料の不安定性が問題となっていた。これに対し、修士課程までの研究において、CCR5をreconstituted HDL(rHDL)に再構成することによりCCR5の安定性を向上することに成功した。そこで.CCR1・CCR5に共通するリガンドの一っであるCCL3を対象とし、CCRI・CCR5との相互作用に関してNMR法による構造生物学的解析を行った。これにより、CCL3とCCRI・CCR5間相互作用において特異性が生じる機構の解明を目的とした。

【結果】

1.ケモカインCCL3monomeric変異体の作成

CCL3は、高濃度条件においてダイマー化し、中性条件においては凝集する性質がある。一方で、受容体への直接の相互作用はモノマー状態において起こると考えられている。CCL3の受容体相互作用機構を解析するにあたり、受容体シグナル伝達には影響せず.ダイマー化・凝集を抑制するCCL3 monomeric変異体(P8A/F13Y/E67Q)を作成した(以下、CCL3変異体とする)。CCL3変異体は大腸菌Origami B(DE3)を用いて大量発現し、超音波破砕後可溶性画分よりHisタグ、逆相HPLCにより精製した。[1H,15N]HSQcスペクトルから、作成したCCL3変異体は野生型と同等の構造を保持していることがわかった。また、1D TRACT解析より、CCL3変異体は中性条件において凝集せず、50μMにおいてモノマー状態由来のNMRシグナルを与えることがわかった。以上にて作成したCCL3変異体を用いて、以降の解析を行った。

2.ケモカイン受容体CCRIおよびCCR5の調製

NMR法による構造生物学的解析に用いるため、CCRIおよびCCR5を大量調製した。昆虫細胞発現系によりCCRlまたはCCR5を大量発現した細胞から膜画分を調製し、1%n-dodecyl-β-D-maltopyranoside(DDM)により可溶化した。可溶化した受容体を、reconstituted HDL(rHDL)を用いて脂質二重膜中へ再構成し、Hisタグ、1D4抗体アフィニティータグを用いて精製した(CCR1/CCR5-rHDL)。昆虫細胞1L培養から、約30μgのCCR1、約10μgのCCR5を含むrHDLを約80%の純度にて調製できた。調製したCCRl/CCR5-rHDLにGタンパク質を添加した試料を用い、GDP-GTP交換アッセイを行った。添加したCCL3変異体濃度依存的に蛍光標識GTP結合量の増大を観測したことから、CCR1/CCR5-rHDLがGタンパク質を介したGDP-GTP交換活性を保持することを確認した(Fig1)。

3.SPR法によるCCL3変異体とCCRl/CCR5-rHDL間結合親和性の解析

CCL3変異体と、CCR1/CCR5-rHDL間の結合親和性を決定するため、SPR解析を行った。センサーチップ上にCCR1/CCR5-rHDLを固定化し、アナライトとしてCCL3変異体を用いた。その結果、CCL3変異体濃度依存的にレスポンスの上昇が検出でき、算出された解離定数はCCR1、CCR5いずれも約5μMであった(Fig.2)。

4.転移交差飽和法(TCS法)によるCCL3変異体上のCCR1/CCR5-rHDL結合部位決定

TCS実験を行うことにより、CCL3変異体におけるCCR1/CCR5-rHDL結合部位を決定した。CCL3変異体のアミドプロトンを解析対象とし、コントロール実験としては受容体を含まない空rHDLを用いた。観測されたシグナル強度減少率について、CCRl/CCR5-rHDLを用いた実験結果からコントロール実験の結果を差し引いた値(ΔRR)を算出した。

その結果、CCRI-rHDLを用いた実験ではLeu3、Ala1O、Cys1l、Cys12、Thr16、Phe24、Tyr28、Ser32、Gln34、Ile41、Phe42、Ser47、Gln49、Val50、Cys51、CCR5-rHDLを用いた実験ではAla10、Cys11、Thr16、Phe24.Tyr28、Phe29、Thr31、Thr44、Lys45、Gln49、Va150、Cys51、Val59、Lys61、Tyr62において有意なΔRRを観測し、これらの部位が結合界面に位置することが示された(Fig.3)。これらの残基をCCL3分子上ヘマッピングした結果、Gln49を中心とする領域は、CCRI・CCR5結合部位に共通する一方、Gln34を中心とする領域はCCR1、Val63を中心とする領域は、CCR5結合に特異的であった(Fig.4)。

【考察】

TCS実験により、CCL3のGln34またはVal63近傍1の領域は、CCR1・CCR5に対する特異的な結合部位であることわかった。これらの領域にはいずれも酸性残基が含まれていた(Fig.4)。これらの酸性残基は、CCR1またはCCR5のリガンドとなる他のケモカインにおいて保存されていたことから、他のケモカインにおいてもCCR1およびCCR5認識に重要であることが示唆された。

さらに、Val63近傍の領域の相互作用様式の違いから、CCL3とアミノ酸3残基(P2S/G39S/S47G)のみが異なるnatural variantであるCCL3L1とCCR1・CCR5相互作用に関して以下の考察を行った。CCL3とCCL3L1は、CCR1に対して同程度のアゴニスト活性を持つ。一方、CCR5に対するアゴニスト活性はCCL3Llの方が10倍程度高く、CCR5を介したHIV阻害活性についても10-50倍高い。このことから、CCL3L1はCCL3に比べ高いCCR5選択性を持つと考えられる。これまでの知見から、ケモカインーケモカイン受容体問の認識特異性は、ケモカインのN末端の配列の違いが担っていると考えられていた。しかしながら、CCL3とCCL3L1のN末端配列の違いは1残基のみであり、これらの受容体認識様式にどのような特徴があるかについては不明であった。

CCL3において、CCL3L1で異なるアミノ酸残基Gly39,Ser47は、疎水性i残基が多く変異体解析などの報告が得られていない領域に位置する。このうちGly39は、TCS実験により同定したCCR5に特異的な結合部位に近接していた。したがって、CCL3L1は、この領域においてCCL3と異なる立体構造を持つことにより、CCR5に対してより高い選択性を有すると考えた。

Fig.1 CCR1/CCR5-rHDLを介したGDP-GTP交換活性の確認

左) 実験の模式図

右) CCR5-rHDLとCCL3変異体を用いた実験結果

左)CCR1-rHDL

上)アナライトとしてCCL3変異体を用いた際のセンサーグラム

下)用いたアナライト濃度に対するレスポンスのプロット

右)CCR5-rHDL

Fig.3 TCS実験結果

CCR1/CCR5-rHDLを用いた実験におけるシグナル強度減少率(ΔRR)を観測したプロトンに対してプロットした。黒色で示すプロトンについて、顕著なシグナル強度減少を観測した。

(上)CCR1-rHDLを用いた実験結果

(下)CCR5-rHDLを用いた実験結果

Fig.4 TCS実験結果のCCL3分子構造上へのマッピング

(左、マゼンタ)CCR1-rHDLを用いたTCS実験結果

(右、緑)CCR5-rHDLを用いたTCS実験結果

CCR1またはCCR5のリガンドとなるケモカインにそれぞれ保存されていた酸性残基を赤色にて示す。

審査要旨 要旨を表示する

ケモカイン-ケモカイン受容体間相互作用に関する構造生物学的解析と題する本論文は、ケモカインの一種であるCCL3が2種類の受容体CCRI、CCR5を認識する機構に関して、NMRにて解析した成果を述べたものである。本論文は、全4章から構成されており、第1章に序論、第2章に実験材料および実験方法が記されている。第3章に実験結果がまとめられ、第4章では、実験結果に対する考察と今後の展望について述べている。

第3章においては、まず、解析対象としたケモカインCCL3とケモカイン受容体CCRI,CCR5の調製を行っている。次に、調製したCCL3とCCR1、CCR5の結合親和性を評価し、最後に、溶液NMR法の一種である転移交差飽和法(TCS法)を用いてCCL3分子表面上における受容体CCRI、CCR5結合部位の同定を行っている。

ケモカイン受容体CCR1、CCR5は、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)の一種であり、7回膜貫通型受容体である。一般に、GPCRは界面活性剤にて可溶化した状態における性状が不安定であることから、構造生物学的解析に適した試料の調製が困難であった。これに対し、本論文ではreconstituted HDL(rHDL)を用いた脂質二重膜再構成法を導入し、CCR1、CCR5を安定に保持することに成功した。rHDLを用いて調製したCCR1、CCR5(CCR1、CCR5-rHDL)を精製し、昆虫細胞1L培養から約30μgのCCR1、約10μgのCCR5を含むrHDLを約80%の純度で得ている。調製したCCRI、CCR5-rHDLにGタンパク質を添加した試料を用いてGDP-GTP交換アッセイを行い、添加したCCL3濃度依存的に蛍光標識GTP結合量の増大を観測したことから、CCRI、CCR5-rHDLがGタンパク質のGDP-GTP交換を誘起することを確認していた。次に、解析に用いたCCL3と、CCR1、CCR5-rHDL問の結合親和性を決定するため、SPR解析を行っていた。その結果、算出した解離定数はCCL3-CCR1、CCL3-CCR5のいずれにおいても約5pMであった。次に、CCL3とCCR1、CCR5-rHDLに対して、TCS実験を行い、CCL3分子表面上における受容体結合部位の同定を試みていた。TCS実験では、観測対象としたCCL3分子上において、複合体形成時に受容体に近接する領域を、NMRシグナルの強度減少として検出した。50μMとなる均一2H,ISN標識したCCL3に対し、約3μMとなるCCRI、CCR5-rHDL,または受容体を含まない空のrHDLを添加したものをNMR試料として用いた。CCRI、CCR5-rHDLを用いた実験において検出したシグナル強度減少率から、空rHDLを用いたコントロール実験にて観測したシグナル強度減少率を差し引いた値(△RR)を算出し、ΔRR>O.1となる残基を受容体結合部位として同定していた。その結果、CCR1-rHDLを用いた実験ではLeu3、Ala1O、Cys11、Cys12、Thr16、Phe24、Tyr28、Ser32、Gln34、Ile41、Phe42、Ser47、Gln49、Va150、Cys51、CCR5-rHDLを用いた実験ではAla1O、Cys11、Thr16、Phe24、Tyr28、Phe29、Thr31、Thr44、Lys45、Gln49、Val50、Cys51、Val59、Lys61、Tyr62において有意なΔRRを観測し、これらの部位が受容体結合界面に位置することを示していた。

第4章においては、CCL3、CCR1、CCR5-rHDLを解析に用いてこれら分子の生体内における機能を評価することの妥当性に関して議論している。次に、TCS実験から同定したCCL3の受容体結合部位をもとに、CCR1とCCR5に対する認識様式の違いを議論している。CCL3のGln49を中心とする領域は、CCRI、CCR5結合部位に共通する一方、Gln34を中心とする領域はCCR1、Val63を中心とする領城はCCR5結合に特異的であった。これらの領域にはいずれも酸性残基が含まれていた。これらの酸性残基は、CCR1またはCCR5のリガンドとなる他のケモカインにおいて保存されていたことから、他のケモカインにおいてもCCR1およびCCR5認識に関与することが示唆された。

本研究では、これまで解析が困難であったケモカイン受容体CCR1、CCR5と、そのリガンドとなるCCL3との相互作用に着目し、構造生物学的解析に適した試料調製およびNMR解析の方法を確立した。その結果、CCL3が2種類の受容体を識別する機構を提唱している。

以上、本研究の成果は、ケモカイン-ケモカイン受容体の関与する免疫システムに対して新たな知見を加えるものであり、これを行った学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク