学位論文要旨



No 127167
著者(漢字) 吉川,学
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,マナブ
標題(和) RIN3とアクチン関連因子CD2APおよびcortactinの相互作用解析
標題(洋)
報告番号 127167
報告番号 甲27167
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1395号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

細胞膜から初期エンドソームに向けてのエンドサイトーシスは、細胞外物質の恒常的な取り込みに加えて、過剰なシグナル伝達を回避する細胞膜受容体の脱感作、細胞遊走や神経突起伸長などの細胞極性形成にも重要な役割を果たしている。低分子量G蛋白質 Rab5はエンドサイトーシス初期過程の制御において中心的な役割を果たす重要な因子であり、Rab5の活性化はGEF活性中心であるVps9ドメインをもつ分子群によって担われている。当研究室において単離・同定されたRIN3は、Vps9の他にSH2、PRD (proline-rich domain)、RINファミリーに保存されたRH、Rasとの結合能を有するRAといった様々なシグナル伝達に関与するドメインをもつユニークな蛋白質である(図1)。しかしながら、RIN3のVps9以外のドメインの役割、およびRIN3が機能する局面は不明である。私はRIN3の各ドメインとの相互作用因子からRIN3が機能する局面を明らかにする事が、細胞膜受容体など上流からの刺激に応じたエンドサイトーシスにおける分子基盤を明らかにする上で非常に有用であると考え、RIN3の相互作用因子の探索および生理的機能を解明することを本研究の目的とした。

【方法及び結果】

1. RIN3はCD2APと結合する

RIN3の有するSH2 やPRDは一般的に蛋白質間相互作用を担うドメインであることから、これらのドメインを介してRIN3と相互作用する因子の探索をRIN3の機能解明の手掛かりとした。エンドサイトーシスに関与すること、およびチロシンリン酸化修飾を受けSH2 ドメインと結合しうること、またはPRDと結合するSH3 ドメインを有することを指標として過去の知見から候補因子を抽出し、RIN3と各因子をHEK293T 細胞に過剰発現させて、共沈降実験により結合能を検討した。その結果、アクチン細胞骨格を制御するアダプター蛋白質CD2AP (CD2-associated protein)をRIN3 相互作用因子として同定した(図2)。次に、酵母ツーハイブリッド法によりRIN3とCD2APの相互作用を検討したところ、RIN3とCD2APとの共発現によりβ-galactosidase 活性が亢進した。この結果から、RIN3 がCD2APと直接結合することが示された。次にRIN3 上でのCD2AP 結合部位を同定するためにRIN3 各種ドメイン欠失変異体とCD2APの共沈降実験を行い、CD2AP がRIN3のPRDを介して結合することが示唆された。さらにRIN3とCD2APの各ドメインのリコンビナント蛋白質を精製し、両者の結合実験を行ったところ、RIN3の2, 3個目のPRDとCD2APの2, 3個目のSH3 ドメインが結合することが示された。

2. RIN3とCD2APは培養細胞内で共局在する

次に、HEK293T 細胞内でRIN3とCD2AP が共局在するかを検討した。過剰発現させたRIN3とCD2APを免疫染色したところ、細胞の辺縁にアクチンが集積した構造である膜ラッフル部(図3矢印)および巨大化した小胞(図3矢頭)において共局在する様子が観察された。

3. RIN3はcortactinとpervanadate 依存的に結合する

私は修士課程においてチロシンホスファターゼ阻害剤pervanadate 処理によりRIN3の局在が変化することを見出した。RIN3 がアクチン骨格の制御因子であるCD2APと結合したこと、膜ラッフル部へ局在したことを併せると、RIN3は何らかの上流のチロシンリン酸化シグナル依存的にアクチン細胞骨格と協調して働く可能性が考えられた。そこでpervanadate処理によりRIN3と結合するようなアクチン細胞骨格制御因子が存在するのではないかと考え、アクチン周辺因子とRIN3 が結合するかをHEK293T 細胞を用いた共沈降実験によって検討した。その結果アクチン枝分かれの安定化及びアダプター機能を有するcortactin がRIN3とpervanadate 依存的に結合することを見出した(図4)。さらにSf9 から精製したRIN3 および大腸菌に発現させたcortactin SH3 ドメインを用いた結合実験から、これらの結合は直接であることが明らかになった。

4. 培養細胞内におけるRIN3とcortactinの相互作用

細胞内におけるRIN3とcortactinの相互作用をより詳細に解析するため、pervanadateによるRIN3とcortactinの結合量の経時的な変化を検討したところ、2~5 分でピークとなり、その後減少した(図5A)。また、HEK293T 細胞における両者の局在を観察したところ、RIN3とcortactin がpervanadate 処理時に膜ラッフル部で共局在することから(図5B)、RIN3 がチロシンリン酸化シグナル依存的にアクチン細胞骨格と協調して機能していることが示唆された。

5. 運動性の細胞におけるRIN3の局在

生理的にアクチン細胞骨格のリモデリングが行われている条件下でのRIN3の局在を観察するため、運動能の高いHT1080 細胞におけるRIN3の挙動をタイムラプスにより追跡した。その結果、RIN3は細胞の移動方向に存在する膜ラッフル部から内部へと取り込まれる小胞様構造に局在する様子が観察された。

【まとめと考察】

本研究において私は、RIN3が、(1)アクチン細胞骨格を制御するアダプター蛋白質CD2APと結合すること、(2)アクチン制御蛋白質cortactinとpervanadate依存的に結合すること、さらに(3)HT1080細胞において膜ラッフル部から取り込まれる小胞様構造に局在することを見出した。

これらのことから、RIN3が成長因子受容体などのエンドサイトーシスにおいてCD2AP, cortactinなどアクチン関連因子と協調してRab5を活性化することによりエンドサイトーシスを制御している(図6)というモデルが考えられる。

本研究によりRIN3がRab5とアクチン細胞骨格系というエンドサイトーシスに重要な分子群を直接結ぶ可能性が見出されたことは興味深い。また、RIN3とCD2AP, cortactinの結合は刺激依存性が異なっており、エンドサイトーシスの種類、もしくは段階の違いによりRIN3が異なる調節を受けてエンドサイトーシスを制御している可能性も考えられる。今後はRIN3とCD2AP, cortactinが協調して働く可能性がある、細胞の極性移動や接着におけるより詳細な解析が期待される。

図1 RIN3のドメイン構造と予想される相互作用因子

図2A(上)CD2APのドメイン構造

図2B(下)CD2APはRIN3と結合する

図3 RIN3とCD2APは共局在する

図4A(左)cortactinのドメイン構造

図4B(右)RIN3はcortactinとpervanadate依存的に結合する

図5A(左)RIN3とcortactinはpervanadate 処理時間依存的に結合する

図5B(右)RIN3とcortactinは膜ラッフル部で共局在する

図6 考えられるモデル

審査要旨 要旨を表示する

細胞膜から初期エンドソームに向けてのエンドサイトーシスは、細胞外物質の恒常的な取り込みに加えて、過剰なシグナル伝達を回避する細胞膜受容体の脱感作、細胞遊走や神経突起伸長などの細胞極性形成にも重要な役割を果たしている。低分子量G蛋白質Rab5はエンドサイトーシス初期過程の制御において中心的な役割を果たす重要な因子であり、Rab5の活性化はグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)の活性中心であるVps9ドメインをもつ分子群によって担われている。近年単離・同定されたRIN3は、Vps9ドメインに加えて、SH2、PRD(proline-rich domain)、RINファミリーに保存されたRH、Rasとの結合能を有するRAといった様々なシグナル伝達に関与するドメインをもつユニークな蛋白質である。「RIN3とアクチン関連因子CD2APおよびcortactinの相互作用解析」と題した本論文においては、RIN3が、アクチン細胞骨格を制御するアダプター蛋白質CD2APと結合すること、アクチン制御蛋白質cortactinとpervanadate依存的に結合すること、さらに、HT1080細胞において膜ラッフル部から取り込まれる小胞様構造に局在することを見出している。

1.RIN3はCD2APと結合する

RIN3の有するSH2やPRDは一般的に蛋白質問相互作用を担うドメインであることから、RIN3の機能解明の手掛かりとして、これらのドメインを介してRIN3と相互作用する因子を探索した。エンドサイトーシスに関与すること、およびチロシンリン酸化修飾を受けSH2ドメインと結合しうること、またはPRDと結合するSH3ドメインを有することを指標に過去の知見から候補因子を抽出し、RIN3と各因子をHEK293T細胞に過剰発現させて、共沈降実験により結合能を検討した。その結果、アクチン細胞骨格を制御するアダプター蛋白質CD2-associated protein(CD2AP)をRIN3相互作用因子として同定した。次に、酵母ツーハイブリッド法によりRIN3とCD2APの相互作用を検討したところ、RIN3とCD2APとの共発現によりβ-galactosidase活性が充進した。この結果から、RIN3がCD2APと直接結合することが示された。

次にRIN3上でのCD2AP結合部位を同定するためにRIN3各種ドメイン欠失変異体とCD2APの共沈降実験を行い、CD2APがRIN3のPRDを介して結合することが示唆された。さらにRIN3とCD2APの各ドメインのリコンビナント蛋白質を精製し、両者の結合実験を行ったところ、RIN3の2,3個目のPRDとCD2APの2,3個目のSH3ドメインが結合することが示された。

2.RIN3とCD2APは培養細胞内で共局在する

次に、HEK293T培養細胞内でRIN3とCD2APが共局在するかを検討した。過剰発現させたRIN3とCD2APを免疫染色したところ、細胞の辺縁にアクチンが集積した構造である膜ラッフル部および巨大化した小胞において共局在する様子が観察された。

3.RIN3はcortactinとpervanadate依存的に結合する

これまでにチロシンポスファターゼ阻害剤pervanadate処理によりRIN3の局在が変化することが見出されている。RIN3がアクチン骨格の制御因子であるCD2APと結合したこと、膜ラッフル部へ局在したことを併せると、RIN3は何らかの上流のチロシンリン酸化シグナル依存的にアクチン細胞骨格と協調して働く可能性が考えられた。そこでpervanadate処理によりRIN3と結合するようなアクチン細胞骨格制御因子が存在するのではないかと考え、アクチン周辺因子とRIN3が結合する可能性について、HEK293T細胞を用いた共沈降実験によって検討した。その結果アクチン枝分かれの安定化及びアダプター機能を有するcortactinがRIN3とpervanadate依存的に結合することを見出した。さらにSf9から精製したRIN3および大腸菌に発現させたcortactin SH3ドメインを用いた結合実験から、これらの結合は直接であることが明らかにされた。

4.培養細胞内におけるRIN3とcortactinの相互作用

細胞内におけるRIN3とcortactinの相互作用をより詳細に解析するため、pervanadateによるRIN3とcortactinの結合量の経時的な変化を検討したところ、2~5分でピークとなり、その後減少した。また、HEK293T細胞における両者の局在を観察したところ、RIN3とcortactinがpervanadate処理時に膜ラッフル部で共局在することから、RIN3がチロシンリン酸化シグナル依存的にアクチン細胞骨格と協調して機能していることが示唆された。

5.運動性の細胞におけるRIN3の局在

生理的にアクチン細胞骨格のリモデリングが行われている条件下でのRIN3の局在を観察するため、運動能の高いHT1080培養細胞におけるRIN3の挙動をタイムラプスにより追跡した。その結果、RIN3は細胞の移動方向に存在する膜ラッフル部から内部へと取り込まれる小胞様構造に局在する様子が観察された。

本論文から、RIN3がRab5とアクチン細胞骨格系というエンドサイトーシスに重要な分子群を直接連結する足場蛋白質として機能する可能性が見出された。以上を要するに、本論文は、エンドサイトーシス初期過程の膜輸送機構について、新たに重要な知見を提示しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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