学位論文要旨



No 127169
著者(漢字) 一色,隼人
著者(英字)
著者(カナ) イッシキ,ハヤト
標題(和) Notchの選択的細胞内輸送に関与するカーゴ受容体Surf4の機能解析
標題(洋)
報告番号 127169
報告番号 甲27169
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1397号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
 東京大学 講師 千原,崇裕
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

γ-Secretaseは、presenilin(Psn)を活性中心サブユニットとし、Nicastrin、Aph-1、Pen-2の4者からなる膜タンパク質複合体を分子的実体とする、膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼである。γ-secretaseによる切断の結果、基質の一つであるAPP(amyloid precursor protein)からはAβが産生・分泌される。脳におけるAβ蓄積はアルツハイマー病(AD)の主な発症原因とされており、γ-secretaseは重要な創薬標的分子と考えられる。一方、他の基質であるNotchからは、γ-secretaseによる切断め結果、細胞質内領域(NICD)が産生・放出され、発生・分化に必須とされるNotchシグナルを伝達する。そのためADの治療にあたってγ-secretaseを単純に阻害するだけでは、Notchシグナルの異常による副作用が懸念されている。そこでNotchシグナルを保ったまま、Aβ産生を抑制する『基質特異的』なγ-secretase活性の制御が求められている。修士課程において私は、ショウジョウバエ細胞系を用いてγ-secretaseによるNotch切断を特異的に制御する分子としてSurf4を同定し、Surf4がNotch特異的な小胞輸送に関わっている可能性を示した。博士課程においては、Surf4による小胞輸送に関して、さらに詳細な分子機構を明らかにする目的で研究を遂行した。

【方法・結果】

1.Surf4はER-Golgi間に局在しER-Golgi間輸送においてNotchのカーゴ受容体として機能する

Surf4の酵母オルソログであるErv29pは、ER-Golgi間輸送においてCOPII輸送ベジクルに取り込まれる可溶性タンパクの選別を行う受容体であると報告されている。そこでSurf4に特異的なポリクローナル抗体を作製し、その細胞内局在を、免疫細胞化学により検討した。その結果、ショウジョウバエS2細胞において、Surf4はERからcis-Golgiにかけて局在し、特にCOPIIベジクルマーカーと局在が一致することが確認された。そこで、Surf4 RNAi時におけるAPP、Notchの細胞内局在について、細胞表面膜ビオチン化及び免疫染色により検討したところ、APPはSurf4 RNAiに関わらず細胞表面まで達しているのに対し、Notchは細胞表面への輸送が止まり、細胞表面分子種の著減とERべの蓄積が確認された(Fig.1A、B)。一方、γ-secretaseの局在に大きな影響は見られなかった。これらの結果から、Surf4がNotchの小胞輸送に選択的に関与しており、その結果Notchの切断が特異的に制御を受けている可能性が示唆された。そこで各分子とSurf4との結合について検討を行ったところ、SUif4はNotchとは直接的に結合しているが、APPやγ-secretaseとは結合していないことが明らかとなった(Fig.lC)。以上の結果より、ERからGolgi間における輸送過程において、Surf4がNotchのカーゴ受容体としてCOPllWh送ベジクルへの選択的取り込みを行い、Notchの細胞表面への輸送を規定し、最終的にNotch切断を制御しているということが示された。

2.Surf4はNotchの細胞質ドメインを認識することにより、その輸送を制御する

これまでにいくつかの可溶性タンパクがSurf4の基質(カーゴ)として知られている。その認識様式としては、Surf4のループ領域が結合部位として機能していることが示唆されている。一方、Notchは初めてSurf4のカーゴとして見出された膜貫通タンパクであり、その結合様式に関しては明らかではない。そこでSurf4がNotchのどのドメインを認識しているかについて、各種コンストラクトを作成し検討を行った。まずAPPとNotchの膜貫通ドメイン(TMD)をスワップさせたコンストラクトを用い(Fig.2A)、細胞表面膜への輸送をビオチン化実験により検討した結果、TMDの有無に関わらずNotchはSurf4により制御を受けることが明らかとなり、TMDはSurf4による認識部位ではないことが明らかとなった〔Fig.2B)。一方、Notchの細胞質ドメインを欠損させたコンストラクトを作製し(Fig.2A)、同様の検討を行ったところ、Surf4による輸送制御を受けなくなった(Fig.2C)。以上の結果より、Sur餌はアンキリン(ANK)リピートを含むNotch細胞質ドメインを認識し、その選択的輸送に関与していることが分かった。

3.Surf4はシヨウジヨウバエ内因性Notchの輸送を制御することにより、そのシグナルを制御する

ここまではショウジョウバエS2細胞においてマウスNotchを基質として解析を進めてきた。そこで次に内因性にNotchを発i現しているショウジョウバエKc167細胞を用いて、Surf4の機能について解析を行った。Surf4 RNAiにより、やはりNotehシグナルの有意な低下が観察され(Fig.3A)、細胞表面膜上のNotch発現の消失が確認された(Fig.3B)。さらに内因性NotchとSurf4タンパクの相互作用も確認されたことから(Fig.3C)、Surf4がショウジョウバエ内因性Notchの輸送も制御していることが分かった。

4.哺乳類Surf4もNotchシグナルを特異的に制御する

Surf4は哺乳類においても保存されており、ERGIC53などと協調してER-Golgi問輸送に関与していることが示唆されている。そこで、哺乳類Surf4オルソログであるSURF4の機能を解析するために、マウス神経芽細胞種neuro2a細胞において内因性SURF4をRNhiにより発現抑制したところ、S2細胞と同様に、Aβ産生に影響を与えずにNoteh切断のみが特異的に低下することが分かった(Fig.4)eすなわち、Surf4の機能はショウジョウバエのみではなく、哺乳類においても保存されていることが明らかとなった。

【総括・考察】

Notchシグナルの活性化は細胞表面膜上でのリガンドの結合により開始される。しかしその細胞表面膜までの輸送経路に関わる分子機構についてはほとんど明らかになっていない。ERからGolgiへの順行輸送過程においては、ERからCOPII輸送ベジクルが出芽する部位であるER Exit Site(ERES)と、その後COPII輸送ベジクルを仕分けするERGIC(ER Golgi Intermediate Compartment)というオルガネラがタンパク質の選択的輸送に重要な役割を果たしていることが知られている。本研究においては、Surf4がこのER-Golgi間輸送においてNotchのカーゴ受容体として機能し、選択的にNotchの輸送を制御することを示した(Fig.5)。これは生体において様々な局面において用いられているNotch受容体の活性化制御の新規機構を示唆するものである。一方、近年さまざまな解析からSurf4のような特異的カーゴ受容体による細胞内輸送制御機構が示されつつある、すなわち、細胞内輸送制御という一見すると副作用が出やすいとも考えられる一般的な細胞内機構に、創薬標的としての特異性を与えることが可能かもしれない。また、APPについても、同様の選択的輸送を担うER-Golgi間輸送分子やカーゴ受容体が存在する可能性もあり、今後網羅的なスクリーニングを進める予定である。本研究の成果を端緒として、ADを含む種々の疾患について、細胞内輸送制御による創薬研究の基盤を築いてゆきたい。

Fig.1 Surf4はNotchのcargo receptorとして機能し、表面膜への輸送を制御する

Fig.2 Surf4はNotchの細胞質ドメインを認識し、その輸送を制御する

Fig.3 Surf4はショウジョウバエ内因性Notchのシグナルと輸送を制御する

Fig.4 哺乳類SURF4もNotchシグナルのみを制御する

Fig.5 Surf4によるNotch選択的取り込みモデル

審査要旨 要旨を表示する

γ-Secretaseは、presenilin(Psn)を活性中心サブユニットとし、Nicastrin、Aph-1、Pen-2の4者からなる膜タンパク質複合体を分子的実体とする、膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼである。γ-secretaseによる切断の結果、基質の一つであるAPP(amyloid precursor protein)からはAβが産生・分泌される。脳におけるAβ蓄積はアルツハイマー病(AD)の主な発症原因とされており、γ-secretaseは重要な創薬標的分子と考えられる。一方、他の基質であるNotchからは、γ-secretaseによる切断の結果、細胞質内領域(NICD)が産生・放出され、発生・分化に必須とされるNotchシグナルを伝達する。そのためADの治療にあたってγ-secretaseを単純に阻害するだけでは、Notchシグナルの異常による副作用が懸念されている。そこでNotchシグナルを保ったまま、Aβ産生を抑制する『基質特異的』なγ-secretase活性の制御が求められている。申請者は、ショウジョウバエ細胞系を用いてγ-secretaseによるNotch切断を特異的に制御する分子としてSurf4を同定し、Surf4がNotch特異的な細胞内小胞輸送に関わる詳細な分子機構を検討した。

1.Surf4はER-Golgi間に局在しER-Golgi間輸送においてNotchのカーゴ受容体として機能する

Surf4の酵母オルソログであるErv29pは、ER-Golgi間輸送においてCOPII輸送ベジクルに取り込まれる可溶性タンパク質の選別を行う受容体であると報告されている。そこでSurf4に特異的なポリクローナル抗体を作製し、その細胞内局在を、免疫細胞化学により検討した。その結果、ショウジョウバエS2細胞において、Surf4はERからcis-Golgiにかけて局在し、特にCOPIIベジクルマーカーと局在が一致することが確認された。そこで、Surf4 RNAi時におけるAPP、Notchの細胞内局在について、細胞表面膜ビオチン化および免疫染色により検討したところ、APPはSurf4 RNAiに関わらず細胞表面まで達しているのに対し、Notchは細胞表面への輸送が止まり、細胞表面分子種の著減とERへの蓄積が確認された。一方、γ-secretaseの局在に大きな影響は見られなかった。これらの結果から、Surf4がNotchの細胞内小胞輸送に選択的に関与しており、その結果Notchの切断が特異的に制御を受けている可能性が示唆された。そこで各分子とSurf4との結合について検討を行ったところ、Surf4はNotchとは結合しているが、APPやγ-secretaseとは結合していないことが明らかとなったe以上の結果より、ERからGolgi間における輸送過程において、Surf4がNotchのカーゴ受容体としてCOPII輸送ベジクルへの選択的取り込みを行い、Notchの細胞表面への輸送を規定し、最終的にNotch切断を制御しているということが示された。

2.Surf4はNotchの細胞質ドメインを認識することにより、その細胞内輸送を制御する

これまでにいくつかの可溶性タンパク質がSurf4の基質(カーゴ)として知られている。その認識様式としては、Surf4のループ領域が結合部位として機能していることが示唆されている。一方、Notchは初めてSurf4のカーゴとして見出された膜貫通タンパク質であり、その結合様式に関しては明らかではない。そこでSurf4がNotchのどのドメインを認識しているかについて、各種コンストラクトを作成し検討を行った。まずAPPとNotchの膜貫通ドメイン(TMD)をスワップさせたコンストラクトを用い、細胞表面膜への輸送をビオチン化実験により検討した結果、TMDの有無に関わらずNotchはSurf4により制御を受けることが明らかとなり、TMDはSurf4による認識部位ではないことが明らかとなった。一方、Notchの細胞質ドメインを欠損させたコンストラクトを作製し、同様の検討を行ったところ、Surf4による輸送制御を受けなくなった。以上の結果より、Surf4はアンキリン(ANK)リピートを含むNotch細胞質ドメインを認識し、その選択的細胞内輸送に関与していることが分かった。

3.Surf4はショウジョウバエ内因性Notchの輸送を制御することにより、そのシグナルを制御する

内因性にNotchを発現しているショウジョウバエKc167細胞を用いて、Surf4の機能について解析を行った。Surf4 RNAiにより、やはりNotchシグナルの有意な低下が観察され、細胞表面膜上のNotchタンパク質の消失が確認された。さらに内因性NotchとSurf4タンパク質の相互作用も確認されたことから、Surf4がショウジョウバエ内因性Notchの輸送も制御していることが分かった。

4.哺乳類Surf4もNotchシグナルを特異的に制御する

Surf4は哺乳類においても保存されており、ERGIC53などと協調してER-Golgi間輸送に関与していることが示唆されている。そこで、哺乳類Surf4オルソログであるSURF4の機能を解析するために、マウス神経芽細胞腫Neuro2a細胞において内因性SURF4をRNAiにより発現抑制したところ、S2細胞と同様に、Aβ産生に影響を与えずにNotch切断のみが特異的に低下することが分かった。すなわち、Surf4の機能はショウジョウバエのみではなく、哺乳類においても保存されていることが明らかとなった。

Notchシグナルの活性化は細胞表面膜上でのリガンドの結合により開始される。しかしその細胞表面膜までの輸送経路に関わる分子機構についてはほとんど明らかになっていない。ERからGolgiへの順行輸送過程においては、ERからCOPII輸送ベジクルが出芽する部位であるER Exit Site(ERES)と、その後COPII輸送ベジクルを仕分けするERGIC(ER Golgi Intermediate Compartment)というオルガネラがタンパク質の選択的輸送に重要な役割を果たしていることが知られている。本研究は、Surf4がこのER-Golgi間輸送においてNotchのカーゴ受容体として機能し、選択的にNotchの細胞内輸送を制御することを示すものであり、発生生物学、細胞生物学に新知見を与えた。よって本研究は博士(薬学)の学位に値するものと考えられる。

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