No | 127170 | |
著者(漢字) | 石田,洋輔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシダ,ヨウスケ | |
標題(和) | 熱ショックストレス応答におけるPGAM5の機能解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127170 | |
報告番号 | 甲27170 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1398号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 生命薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 生物の構成単位である細胞は常に様々なストレスにさらされているが、迅速かつ的確に応答することにより、生物個体としての恒常性を維持している。JNK経路およびp38経路から構成されるストレス応答性MAPキナーゼ経路は、ストレス応答に重要な役割を果たす細胞内シグナル伝達経路として注目されている。我々はMAPキナーゼ経路の最上流に位置するMAP3K分子群の一つであるApoptosis signal-regulating kinase1(ASK1)に結合する蛋白質の探索により、phospheglycerate mutase family5(PGAM5)を同定した。その後の解析から、PGAM5はそのN末端側に存在する膜貫通ドメインを介してミトコンドリアに局在し、セリン/スレオニン特異的プロテインボスファターゼとして働く非常にユニークな分子であることが明らかとなった。さらに我々は、PGAM5が自身の酵素活性依存的にASK1を活性化することを示してきた(1)。しかしながら、PGAM5がストレス応答に関与しているか否か、あるいは、どのような生理的な役割を担っているかは明らかとなっていない。そこで私は、遺伝学的解析系が確立しているショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)をモデル生物として個体レベルでのPGAM5の機能を解析した。 【方法と結果】 1.dPGAM5は熱ショックストレス応答において重要な役割を担う PGAM5のショウジョウバエオルソログであるdPGAM5の欠失ショウジョウバエ(PGAM51)を作製し、様々なストレスに対する感受性を検討したところ、PGAM5'は熱ショックストレス(通常の飼育温度25℃に対して37℃)に対して感受性が高く、野生型個体より早期に死亡することを見出した(図1A)。このような感受性の亢進は、野生型個体において神経系のみでdPGAM5をノックダウンした際にも同様に認められ、さらにショウジョウバエの脳組織の一部であるキノコ体でのみdPGAM5をノックダウンした際にも認められた。また、PGAM51のキノコ体にのみdPGAM5を発現させることで野生型個体に近い感受性に回復するのに対し、酵素活性を欠失したdPGAM5変異体ではそのような回復は認められなかったことから、キノコ体に発現するdPGAM5が、そのボスファターゼ活性を用いて個体の熱ショックストレスに対する感受性を制御していると考えられた(図1B)。 2.dPGAM5はキノコ体における熱ショックストレス誘導性アポトーシスを抑制している 熱ショックストレスを負荷した個体におけるキノコ体の組織変化を検討したところ、PGAM51のキノコ体でのみTUNEL染色陽性のアポトーシス細胞が検出された(図2)。さらに、PGAM51のキノコ体にアポトーシス阻害蛋白質であるp35を発現させると、野生型個体と同程度の感受性にまで回復した(図3)。これらの結果より、キノコ体におけるアポトーシスが熱ショックストレスに対する個体の感受性を高めることが示唆され、dPGAM5はそのアポトーシスを抑制することで熱ショックストレスに対する抵抗性を高めていると考えられた。 一方、個体発生時にヒドロキシウレアを処置することによりキノコ体を欠失させたショウジョウバエを作製し、熱ショックストレスに対する感受性を検討したところ、野生型個体ではキノコ体を欠失させても感受性に影響を与えなかったのに対し、PGAMsv個体ではキノコ体の欠失により感受性の低下、すなわち抵抗性の上昇が認められた(図4)。この結果は、PGAMsfでの熱ショックストレスに対する感受性の亢進は、キノコ体の機能不全によるもの'ではなく、キノコ体がアポトーシスを起こすことにより、個体に対する毒性を獲得することに起因することが示唆された。 3.dPGAM5はDp38経路を介して熱ショックストレスを制御する dPGAM5がどのような経路を介して熱ショックストレス応答を制御しているか、ショウジョウバエJNK(DJNK)またはショウジョウバエp38(Dp38)に着目して検討した。キノコ体にて、DJNκをノックダウンしても熱ショックストレスに対する感受性に影響を与えなかったが、Dp38をノックダウンした個体では感受性の亢進が観察され(図5A)、さらに、熱ショックストレスによるDp38の活性化は、PGAM51の頭部において野生型個体のものと比較して減弱していた(図5B)。これらの結果から、dPGAM5がDp38経路活性を調節することにより、熱ショックストレスに対する感受性を制御していることが予想された。 4.複眼特異的にdPGAM5を過剰発現するとアポトーシスを介したrough eyeを誘導する PGAM5の生理機能をさらに探るため、dPGAM5の過剰発現による表現型の検討を行った。その結果、複眼特異的にdPGAM5を過剰発現させるとrough eyeと呼ばれる形態異常が誘導されることを見いだした。このrough eyeは、p35を同時に発現させると回復したことから、アポトーシスの亢進に起因するものと示唆された。また、Dp38経路を構成する遺伝子群をノックダウンすると、このrough eyeは回復する傾向があったため、この系においてもDp38経路がdPGAM5の下流で働くことが示唆された。 【まとめと考察】 本研究において私は、ショウジョウバエを用いた解析により、dPGAM5がキノコ体における熱ショックストレス誘導性アポトーシスを抑制することで、熱ショックストレスに対する個体の保護に働くことを見いだした。また、dPGAM5の下流においてはおもにDp38経路が機能している可能性を示した。以上の結果は、PGAM5がストレス応答において機能する分子であることを明確に示したものである。しかし、今回見いだした熱ショックストレスが、どのような機構で細胞にストレスとして認識され、PGAM5を介した応答シグナルを活性化するのか、またその機構がヒトにおいても保存されているのかは不明であり、その解明が今後の重要な課題である。 また、dPGAM5は少なくとも複眼特異的に過剰発現させると、アポトーシスを誘導する活性1を持つことを明らかにした。これもひとつの下流の経路として、Dp38経路を介した応答である可能性が考えられた。 一方、dPGAM5は哺乳類PGAM5と同様にミトコンドリアに局在することから、ミトコンドリアの障害とdPGAM5のストレス応答における機能との関連が注目される。近年、ヒトの疾患モデルとしてもショウジョウバエが重用されており、パーキンソン病の原因遺伝子の一つであるPINK1のショウジョウバエオルソログの変異個体は、ミトコンドリアの変性がおもな原因と考えられる運動機能や寿命の低下を示し、PINK1がミトコンドリアの品質管理機構において重要な役割を担うことを示す重要な論拠とされている。興味深いことに我々は、dPGAAtf5の欠損がPINKf欠損による表現型を回復させることを見いだしたことから、PGAM5がヒト神経変性疾患の増悪因子として関与するとともに、ミトコンドリアの品質管理にも関わることが示唆された(2)。 このように、dPGAM5はストレスに応じて細胞を保護する働きを担うと同時に、細胞死やミトコンドリア変性、ヒト疾患の増悪を引き起こすなど、細胞を傷害させる働きも担い、細胞種や状況に応じた細胞応答を引き起こすことが予想された。熱ショックストレスもミトコンドリアに障害を与えることが知られていることから、今後はミトコンドリアにおける機能に着目しつつ、PGAM5のストレス応答における機能解析をさらに進めていきたい。 図1(A)PGAMsTは野生型個体より熱ショックストレスに対して高い感受性を示した。 (B)ρGAMstのキノコ体にdPGAM5を発現させるとボスファターゼ活性依存的に野生型個体に近い感受性にまで回復した。 dPGAMsHtA:ボスプァターゼ活性を持たない変異体 図2熱ショックストレスにより、PGAM51のキノコ体においてはTUNEL陽性細胞(矢頭)が検出されたが、野生型個体においては検出されなかった。 図3PGAM51のキノコ体にアポトーシス阻害蛋白質であるp35を発現させると、野生型個体と同程度の感受性にまで回復した(右)。一方で、野生型個体にp35を発現させても、熱ショックストレス感受性に影響は認められなかった(左)。 図4野生型個体ではキノコ体を欠失させても感受性に影響を与えなかったのに対しPGAM51ではキノコ体の欠失により感受性の低下、すなわち抵抗性の上昇が認められた。 図5(A)キノコ体にてDp38をノックダウンしたハエは、熱ショックストレスに対して感受性を示した。(B)熱ショックストレスが誘導するDp38の活性化は、PGAM51の頭部において減弱した。 | |
審査要旨 | JNK経路およびp38経路から構成されるストレス応答性MAPキナーゼ経路は、ストレス応答に重要な役割を果たす細胞内シグナル伝達経路として注目されている。MAPキナーゼ経路の最上流に位置するMAP3K分子群の一つであるApoptosis signal-regulating kinase1(ASK1)に結合する蛋白質の探索により、phosphoglycerate mutase family5(PGAM5)が同定されている。PGAM5はそのN末端側に存在する膜貫通ドメインを介してミトコンドリアに局在し、セリン/スレオニン特異的プロテインホスファターゼとして働く非常にユニークな分子であることが明らかとなっている。さらに、PGAM5は自身の酵素活性依存的にASK1を活性化することが示されている。しかしながら、PGAM5がストレス応答に関与しているか否か、あるいはぐどのような生理的な役割を担っているかは明らかとなっていない。そこで申請者は、遺伝学的解析系が確立しているショウジョウバエをモデル生物として個体レベルでのPGAM5の機能を解析した。以下に本研究で得られた主要な知見をまとめた。 1.dPGAM5は熱ショックストレス応答において重要な役割を担う PGAM5のショウジョウバエオルソログであるdPGAM5の欠失ショウジョウバエ(PGAM51)を作製し、様々なストレスに対する感受性を検討したところ、PGAM51は熱ショックストレス(通常の飼育温度25℃に対して37℃)に対して感受性が高く、野生型個体より早期に死亡することを見出した。このような感受性の亢進は、野生型個体において神経系のみでdPGAM5をノックダウンした際にも同様に認められ、さらにショウジョウバエの脳組織の一部であるキノコ体でのみdPGAM5をノックダウンした際にも認められた。また、PGAM51のキノコ体にのみdPGAM5を発現させることで野生型個体に近い感受性に回復するのに対し、酵素活性を欠失したdPGAM5変異体ではそのような回復は認められなかったことから、キノコ体に発現するdPGAM5が、そのホスファターゼ活性を用いて個体の熱ショックストレスに対する感受性を制御していると考えられた。 2.dPGAM5はキノコ体における熱ショックストレス誘導性アポトーシスを抑制している 熱ショックストレスを負荷した個体におけるキノコ体の組織変化を検討したところ、PGAM51のキノコ体でのみTUNEL染色陽性のアポトーシス細胞が検出された。さらに、PGAM51のキノコ体にアポトーシス阻害蛋白質であるp35を発現させると、野生型個体と同程度の感受性にまで回復した。これらの結果より、キノコ体におけるアポトーシスが熱ショックストレスに対する個体の感受性を高めることが示唆され、dPGAM5はそのアポトーシスを抑制することで熱ショックストレスに対する抵抗性を高めていると考えられた。 一方、個体発生時にヒドロキシウレアを処置することによりキノコ体を欠失させたショウジョウバエを作製し、熱ショックストレスに対する感受性を検討したところ、野生型個体ではキノコ体を欠失させても感受性に影響を与えなかったのに対し、PGAM51個体ではキノコ体の欠失により感受性の低下、すなわち抵抗性の上昇が認められた。この結果は、PGAM51での熱ショックストレスに対する感受性の亢進は、キノコ体の機能不全によるものではなく、キノコ体がアポトーシスを起こすことにより、個体に対する毒性を獲得することに起因することが示唆された。 3.dPGAM5はDp38経路を介して熱ショックストレスを制御する dPGAM5がどのような経路を介して熱ショックストレス応答を制御しているか、ショウジョウバエ,ZNK(DJNK)またはショウジョウバエP38(Dp38)に着目して検討した。キノコ体にて、DJNKをノックダウンしても熱ショックストレスに対する感受性に影響を与えなかったが、Dp38をノックダウンした個体では感受性の亢進が観察され、さらに、熱ショックストレスによるDp38¢」活性化は、PGAMsiの頭部において野生型個体のものと比較して減弱していた。これらの結果から、dPGAM5がDp38経路活性を調節することにより、熱ショックストレスに対する感受性を制御していることが予想された。 4.複眼特異的にdPGAM5を過剰発現するとアポトーシスを誘導する PGAM5の生理機能をさらに探るため、dPGAM5の過剰発現による表現型の検討を行った。その結果、複眼特異的にdPGAM5を過剰発現させるとrough eyeと呼ばれる形態異常が誘導されることを見いだした。このrough eyeは、P35を同時に発現させると回復したことから、アポトーシスの充進に起因するものと示唆された。また、Dp38経路を構成する遺伝子群をノックダウンすると、このrough eyeは回復する傾向があったため、この系においてもDp38経路がdPGAM5の下流で働くことが示唆された。 本研究によって、ショウジョウバエを用いた解析により、dPGAM5がキノコ体における熱ショックストレス誘導性アポトーシスを抑制することで、熱ショックストレスに対する個体の保護に働くことを見いだした。また、dPGAM5の下流においてはおもにDp38経路が機能している可能性を示した。以上の結果は、PGAM5がストレス応答において機能する分子であることを示したものである。また、dPGAM5は少なくとも複眼特異的に過剰発現させると、アポトーシスを誘導する活性を持つことを明らかにしたe一方、PGAM5はミトコンドリアに局在することから、ミトコンドリアの障害とdPGAM5のストレス応答における機能との関連が注目される。近年、ヒトの疾患モデルとしてもショウジョウバエが重用されており、パーキンソン病の原因遺伝子の一つであるPINKIのショウジョウバエオルソログの変異個体は、ミトコンドリアの変性がおもな原因と考えられる運動機能や寿命の低下を示し、PINK1がミトコンドリアの品質管理機構において重要な役割を担うことを示す重要な論拠とされている。興味深いことに、dPGAM5の欠損rlSPINKI欠損による表現型を回復させることを申請者が作製したPGAM51を用いることで見いだしたことから、PGAM5がヒト神経変性疾患の増悪因子として関与するとともに、ミトコンドリアの品質管理にも関わることが示唆された。このように、PGAM5がストレスに応じて細胞を保護する働きを担うと同時に、細胞死やミトコンドリア変性、ヒト疾患の増悪を引き起こすなど、細胞を傷害させる働きも担い、細胞種や状況に応じた細胞応答を引き起こす可能性を提示した点は、非常に意義深いと考えられる。以上より、本研究は博士(薬学)の学位に値するものと判定した。 | |
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