学位論文要旨



No 127172
著者(漢字) 苅谷,嘉顕
著者(英字)
著者(カナ) カリヤ,ヨシアキ
標題(和) 骨芽細胞表面へのRANKL輸送機構の解析
標題(洋) Mechanism of RANKL translocation to the cell surface in osteoblasts
報告番号 127172
報告番号 甲27172
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1400号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
 東京大学 准教授 池谷,裕二
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

生体における骨量は、破骨細胞による骨吸収および骨芽細胞による骨形成が協調的に起こる骨リモデリングにより厳密に調節され、その恒常性が維持されている。そのため、骨吸収が過剰となることによって骨代謝バランスが破綻する骨粗鬆症などの疾患に対しては、骨吸収抑制が治療戦略となる。しかしながら、既存の骨吸収抑制療法を長期的に行った場合、骨リモデリング全体が過剰に抑制され脆弱な骨へと変質する可能性が近年指摘されてきている。そのため、破骨細胞活性化機構の解析は、骨代謝の生理学的理解のみならず、骨代謝疾患の新規作用標的の探索という臨床上の課題解決の上でも重要である。

過去の多くの報告から、細胞間接触を介して起こる骨芽細胞上のリガンド分子Receptor Activator of NF-κB(RANK)Ligand(RANKL)と、破骨細胞上の受容体分子RANKの結合を起点とするシグナル伝達が、破骨細胞分化を誘導する中心的役割を果たすことが示されている。従って、骨芽細胞表面上のRANKL発現量は生体の骨吸収レベルを決定する主要因であると想定されるが、RANKLが骨芽細胞表面へと輸送される経路は未解明であった。私の過去の検討および当研究室の青木らによる種々のin vitroによる検討結果から、骨芽細胞におけるRANKL挙動に関するFig.1のようなモデルが想定された。すなわち、ゴルジ体にて新規合成されたRANKLの大部分はOPGおよびVps33a依存的に分泌型リソソームへと輸送され、直接細胞表面へ輸送されるのは極一部と考えられた。この少量のRANKLと破骨前駆細胞の接触に伴う骨芽細胞内へのシグナル入力の結果、RANKLが分泌型リソソームより接触面へと移行することが想定された。このようなRANKL挙動は効率的な破骨細胞形成に重要であると考えられるが、in vitro骨芽細胞系を用いた解析結果に基づいたモデルであり、生体レベルで骨恒常性への寄与は不明であった。そこで本研究では、これまで未解明であったRANKL輸送経路の背後の分子機構の解析を通じて、第一章では分泌型リソソームから刺激依存的に細胞表面へ移行する経路(刺激依存的経路)、第二章ではゴルジ体から直接細胞表面へ輸送される経路(直接経路)が骨恒常性へ与える生理的影響の解析を試みた。

【方法及び結果】

第一章Rab27aおよびRab27bの刺激依存的経路への関与

1.分泌型リソソームからの刺激依存的経路にRab27aおよびRab27bが関与する

骨芽細胞以外の細胞種における分泌型リソソームの分泌過程においては、低分子量Gタンパク質Rab27aおよびRab27bの関与が複数報告されていたため、RANKLの刺激依存的経路へのRab27a/bの関与を検討した。RANKを表面に固相化したビーズ(RANKビーズ)による刺激後、接触面に集積し、RANKと結合したRANKL分子の量を刺激依存的RANKL細胞膜移行量の指標として評価した。マウス骨芽細胞様細胞のST2細胞に対し、siRNAを用いてRab27aまたはRab27bを一過性に発現抑制した後、GFPを付加したRANKL(GFP-RANKL)を一過性導入した。その後、RANKビーズにて刺激後、刺激依存的RANKL細胞膜移行量を評価したところ、Rab27aまたはRab27b発現抑制下では、その減少が観察された(Fig.2)。また、同様にRab27aまたはRab27bを発現抑制しGFP-RANKLを導入したST2細胞に対し、蛍光標識デキストランをリソソーム内にプレロードし、その後RANKビーズ刺激を行って、デキストラン及びRANKLの局在を観察した。その結果、コントロール群ではビーズの輪郭へのRANKLの局在移行が観察され、これに伴いリソソームにプレロードしたデキストランが消失し、RANKL小胞が細胞表面に融合したことが示唆された。一方で、Rab27aまたはRab27b発現抑制下ではデキストランを内部に保持したRANKL小胞がビーズ近傍に集積する傾向が観察された。これらの結果より、Rab27aおよびRab27bは、刺激依存的経路のうち、特に細胞膜直下でのリソソームと細胞表面との融合過程に関与することが示唆された。また、同様の解析をRab27のエフェクター分子に対しても行った結果、Synaptotagmin like protein(Slp)4-a,Slp5,Munc13-4が刺激依存的経路に関与することが示唆された(Fig.3)。Rab27aまたはRab27b抑制下では、各エフェクター分子発現抑制の効果が消失したことから、刺激依存的経路において、Slp4-a,Slp5,Munc13-4がRab27aまたはRab27bと機能共役すると考えられた。

2.Munc13-4機能欠損マウスでは骨量が増大する

刺激依存的なRANKL細胞膜移行がin vivo骨恒常性維持に与える影響を検証するため、Munc13-4遺伝子に機能不全となる変異を有するJinxマウスを用いて骨表現型の解析を行った。各種マウスから採取した初代培養骨芽細胞と野生型マウスから回収した骨髄マクロファージの共培養を行ったところ、Jinxマウス由来の骨芽細胞との共培養系では、野生型に比べ破骨細胞形成マーカーである酒石酸耐性酸性フォスファターゼ(TRAP)の酵素活性が著しく低下し(Fig.4A)、破骨細胞分化支持能の低下が示唆された。さらに、Jinxおよび野生型マウスに関し、μCTを用い脛骨近位部骨幹端の3次元構造を観察したところ、Jinxマウスでは、骨量が増大していた(Fig.4B)。非脱灰切片を用いた計測より同部位における破骨細胞数が減少していることも明らかとなり、Jinxマウスでは骨芽細胞の破骨細胞分化支持能低下に伴って骨量が上昇していることが示唆され、in vivoの骨表現型がin vitroから予想されるものと合致した。

第二章Rab3dおよびRab27aの直接経路への関与

1.Slp1はゴルジ体からの直経路に関与し、その遺伝子欠損は骨量を大させる

Rab27エフェクター分子のうちSlp1およびSlp2-aは、刺激依存的経路への関与は見出されなかったものの、Slp1またはSlp2-a欠損マウスおよび野生型マウスの脛骨近位部骨幹端に関して3次元構造をμCTにて解析した。その結果、Slp2-a欠損マウスでは有意な変化は観察されなかった一方でSlp1欠損マウスにおける骨量の増加が明らかとなった(Fig.5A)。

このため、Slp1のRANKL細胞内輸送過程への関与をより詳細に検討することとした。まず、無刺激状態での細胞表面上RANKL発現量を評価したところ、Slp1欠損マウス由来骨芽細胞では野生型に比べ減少していた(Fig.5B)。さらに、RANKLのリソソームへの積み込み過程が破綻しているOPG欠損骨芽細胞では、RANKLはゴルジ体から直接経路を介して細胞表面へ輸送されると考えられたため、OPG単独欠損骨芽細胞とOPG・Slp1二重欠損骨芽細胞の細胞表面上RANKL発現量を比較することで、Slp1の直接経路への関与を検討した。その結果、細胞表面上RANKL発現量は、Slp1・OPG二重欠損骨芽細胞では、OPG単独欠損に比べ有意に減少し(Fig.5B)、Slp1の直接経路への関与が示唆された。これらの結果から、Slp1がRANKL直接輸送経路に関与し、この直接輸送経路の遮断により骨量が増大する可能性が示唆された。

2.Rab3dおよびRab27aはゴルジ体からの直接経路に関与する

Slp1と共役して機能するRab分子を探索するため、まずゴルジ体からの直接経路に関与するRab分子の同定を試みた。ゴルジ体からの分泌に関与する分子としてRab3,Rab8,Rab27のサブファミリーメンバーに焦点を絞った。RANKLが主として直接経路を介して細胞表面へ輸送される性質を有するOPG欠損骨芽細胞において、siRNA導入により発現が認められた各Rab分子を発現抑制し、細胞表面上RANKL発現量を評価した。その結果、Rab3dまたはRab27aの抑制により表面RANKL量が減少し、これら分子の直接経路への関与が示唆された(Fig.6)。また、slp1およびOPGを共に欠損している骨芽細胞を用いた際には、Rab27a抑制に伴う効果は観察されたが、Rab3d抑制に伴う効果は消失した。このことから、ゴルジ体からの直接経路においてSlp1はRab3dと共役することが示唆された。

【まとめと考察】

本研究において私は、RANKLの骨芽細胞表面への輸送経路のうち、(1)分泌型リソソームからの刺激依存的経路にはRab27a,Rab27bおよびエフェクター分子Slp4-a,Slp5,Munc13-4が共役して機能していること、(2)ゴルジ体からの直接経路にはRab3dとSlp1と共役する経路とRab27aが関与する経路が機能していることを見出した。これらの経路はいずれも生体レベルで骨恒常性維持に重要な役割を果たしていることが示唆された。

本研究を通じて、基底状態において細胞表面に微弱に発現するRANKL分子に破骨前駆細胞が結合することで、分泌型リソソームからRANKLが接触面へと移行し、破骨細胞分化を効率的に起こすという一連のスキームが、生体レベルの骨恒常性維持に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。RANKLの局在を制御することで、生体レベルで骨量を変動させうると考えられ、残る未解明部を明らかにし、最終的にはRANKLの挙動を効果的に制御する新規創薬標的の発見が期待される。

Fig.1 これまでの研究から想定された骨芽細胞におけるRANKL細胞内輸送機構

Fig.2 Rab27aまたはRab27b発現抑制により刺激依存的なRANKL細胞膜移行は抑制される

Fig.3 Slp4-a,Slp5,Munc13-4発現抑制によりRANK刺激依存的なRANKL細胞膜移行は抑制される

Fig.4 Munc13-4が機能欠損したJinxマウス由来骨芽細胞は破骨細胞分化支持能が低下し、脛骨骨幹端付近の骨量が増加する(A)骨芽細胞(POB)と骨髄マクロファージ(BM)の共培養後のTRAP活性、(B)脛骨近位部骨幹端付近のμCT画像

Fig.5 Slp1欠損によりゴルジ体からの直接経路が抑制され、脛骨骨幹端付近の骨量が増大する(A)脛骨近位部骨幹端付近のμCT画像、(B)各遺伝子欠損マウス由来骨芽細胞での細胞全体での内在性RANKL発現量に対する細胞表面上の発現割合(相対値)

Fig.6 Rab3dおよびRab27a発現抑制によりゴルジ体からの直接経路が障害される各Rab発現抑制後のOPG欠損骨芽細胞における表面RANKL発現量

Fig.7 骨芽細胞表面へのRANKL輸送機構

審査要旨 要旨を表示する

生体における骨量は、破骨細胞による骨吸収および骨芽細胞による骨形成が協調的に起こり、その恒常性が維持されている。そのため、骨吸収が過剰となる骨代謝関連疾患に対しては、骨吸収抑制が治療戦略となるが、現在臨床使用されている薬剤は、種々の副作用・長期毒性発現が近年問題視されつつある。破骨細胞の活性化において、細胞間接触を介して起こる骨芽細胞上のリガンド分子Receptor Activator of NF-kB (RANK) Ligand (RANKL)と、破骨細胞上の受容体分子RANKの結合を起点とするシグナル伝達が中心的役割を果たす。従って、骨芽細胞表面上のRANKL発現量は生体の骨吸収レベルを決定する主要因であると想定されるが、生体内でRANKLが骨芽細胞表面へと輸送される経路は未解明であった。申請者らによるこれまでの種々のin vitroによる検討結果から、次のような仮説的モデルが想定された。ゴルジ体にて新規合成されたRANKLの大部分はOPGおよびVps33a依存的に分泌型リソソームへと輸送され、直接細胞表面へ輸送されるのは極一部と考えられた。この少量のRANKLと破骨前駆細胞の接触に伴う骨芽細胞内へのシグナル入力の結果、RANKLが分泌型リソソームより接触面へと移行することが想定された。しかし、in vitro骨芽細胞系を用いた解析結果に基づいたこのRANKL挙動の生体レベルでの骨恒常性への寄与は不明であった。そこで本研究では、これまで未解明であったRANKL輸送経路の背後の分子機構を解明することで、分泌型リソソームから刺激依存的に細胞表面へ移行する経路(刺激依存的経路)、および、ゴルジ体から直接細胞表面へ輸送される経路(直接経路)が骨恒常性へ与える生理的影響の解析を行っている。これらの解析を通じて、各RANKL輸送経路の生体レベルでの骨代謝における生理的意義の解明および新規創薬標的としての可能性の検討を試みている。

第一章では、分泌型リソソームから刺激依存的に細胞表面へ移行する刺激依存的経路に関与する分子の同定、および、この経路の生理的寄与の解析を試みている。過去の分泌型リソソームの分泌に関与する分子の知見から、低分子量Gタンパク質Rab27aおよびRab27bを想定し、RNAiによる発現抑制時の刺激依存的RANKL細胞膜移行量が減少すること、および、種々の局在観察実験からRab27aおよびRab27bが刺激依存的経路に関与することをin vitroにて見出している。また、Rab27aまたはRab27bと協調的に働く分子としてSlp4-a, Slp5, Munc13-4の関与を同様の実験系にて見出している。これら解明した分子機構に基づき、Munc13-4に機能欠損変異を有するマウスの骨表現型を解析し、骨量が大幅に増加することを確認している。また、このマウスの骨芽細胞の破骨細胞分化支持能が著しく低いことも確認されている。これらの結果は、刺激依存的経路が骨恒常性維持に重要な役割を果たすことを、初めて生体レベルで示唆したものである。

第二章では、ゴルジ体から直接細胞表面へ輸送される直接経路に関与する分子の同定、および、この経路の生理的寄与の解析を試みている。各種遺伝子欠損マウス由来の骨芽細胞に対して、RNAiによる発現抑制した際の細胞表面上RANKL発現量を評価することで、直接経路は少なくとも2種類の経路が存在することが示唆されている。すなわち、Rab3dがSlp1と共役して機能する経路とRab27aが関与する経路である。また、Slp1欠損マウスの骨表現型を解析し、骨量の増加傾向が確認されている。Slp1欠損骨芽細胞での破骨細胞分化支持能低下も観察されており、刺激依存的経路の破綻時の破骨細胞分化支持能低下レベルとの比較から、直接経路と刺激依存的経路が連続的に起こるというRANKL挙動に関する仮説的モデルと矛盾しないと考えられる。これらのことから、直接経路も骨恒常性維持に重要な役割を果たすことが示唆されている。

以上、申請者の研究は、これまで未解明であった骨芽細胞におけるRANKLの細胞表面への輸送機構、すなわち、刺激依存的経路および直接経路に関与する分子を同定し、いずれの経路も生体レベルで骨恒常性維持に重要な役割を果たすことを見出している。基底状態において細胞表面に微弱に発現するRANKL分子に破骨前駆細胞が結合することで、分泌型リソソームからRANKLが接触面へと移行し、破骨細胞分化を効率的に起こすという一連のスキームが、生体レベルの骨恒常性維持に重要である可能性が示唆され、骨代謝においてこれまで解析が充分に行われてこなかった分子の細胞内動態の重要性に脚光を浴びせるモデル研究としての価値が非常に大きい。さらに、本研究から得られた知見は、RANKLの局在を制御することにより生体レベルで骨量を変動させうることを示唆している。残る未解明部を明らかにすることにより、RANKLの挙動を効果的に制御する新規創薬標的の発見が期待され、臨床への貢献が期待できる意義深い研究である。従って、申請者の業績は博士(薬学)の授与にふさわしいものと判断した。

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