学位論文要旨



No 127173
著者(漢字) 高橋,直矢
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ナオヤ
標題(和) 海馬ニューロンの同期活動を支える回路基盤の解明
標題(洋)
報告番号 127173
報告番号 甲27173
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1401号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,則夫
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 准教授 池谷,裕二
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 講師 千原,崇裕
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

脳は多数のニューロンによって構成され、各ニューロンの豊富な活動パターンが知覚、運動、記憶といったさまざまな生理活動を生み出している。ニューロン同士をつなぐシナプスは、ニューロンの活動が次のニューロンへと伝播される場であり、特定の秩序を有した複雑なシナプス回路網が形成されている。同期や持続活動といったあらゆる神経活動は、そうしたシナプス回路構造を介して複数のニューロンが相互作用した結果を反映するものである。したがって、脳機能を理解する上で、神経活動を支持する回路基盤を明らかにすることは必須である。ところが、これまでの神経回路研究は、活動パターンと回路構造を分離して探究したものがほとんどであり、両者の関連性に言及した例は少ない。本研究では、機能的カルシウムイメージング法を用いることで、神経活動の時空間パターンと回路構造の相関解析を行った。とりわけ海馬CA3野で観察される同期発火活動に注目し、これを支える回路基盤を解明することを目的とした。本研究の成果として、第1章で同期活動を生み出すニューロン間のシナプス結合性について述べ、次の第2章では単一ニューロンにおける同期性シナプス入力の空間構造について述べたい。

【本論】

第1章同期発火を生み出すシナプス回路構造の同定

ラット海馬の培養スライスを用いて、自発的に生じる神経活動を観察した。外部からの入力が存在しない状態で内発的に生じる自発活動は、神経回路の構造的特徴を最もよく反映していると考えられる。ここではまずカルシウムイメージング法を用いて、海馬CA3野の回路活動の特性を抽出した(図1a)。カルシウム蛍光指示薬を回路全体に負荷し、同時に約100個のニューロンの発火活動を観察したところ、特定の細胞ペアおよび細胞グループが頻繁に同期発火することが見出された。では、ニューロン間で偏った同期性はどのようにしてつくられているのであろうか?発火活動の駆動力となるのは、周辺ニユーロンから受けるシナプス入力である。そこで、回路内のシナプス結合パターンと同期活動のグループ性を比較することを試みた。通常、シナプス結合の検出には、複数細胞から同時に細胞内記録を行う必要があり、回路全体の結合パターンを同定するためには、膨大な時間と労力を要する。そこで本研究では、新規の大規模シナプスマッピング法(reverse optical trawling:ROTing)を確立し、上記の課題に取り組んだ。ROTing法では、カルシウムイメージング法とパッチクランプ法を併用することにより、回路内のシナプス結合を網羅的に探索することができる(図1b)。CA3野にROTing法を適用したところ、シナプス結合をもつニューロンペアは共通したニューロン群からの投射を受けやすいことが見出された(図1c)。さらに、直前に観察した自発活動に照らし合わせた結果、同期グループ内のニューロン同士には、グループ間に比べて高確率でシナプス結合が存在することが明らかとなった。グループ内の各ニューロンの位置は回路内に散在していたことから、同期活動のグループ性は空間的な制約を受けず、その背後に存在するシナプス回路によって裏打ちされていると考えられる。共通投射およびグループ内に局在するシナプス結合性は、同期性ニューロンペアからシナプス入力を記録した際に、類似した入力パターンとして観察された。また、共通性入力を仮想した人工刺激実験より、グループ内で同期した共通シナプス入力が下流のニューロン間の同期発火活動を促進することを確認した。以上の結果より、あらかじめ回路内で保持されていたシナプス結合パターンの局在性が、同期活動の構造基盤となって特定の同期性グループを形成していると考察される。

第2章樹状突起上における同期性シナプス活動の空間パターンの解明

同期発火活動は単一ニューロンのシナプス活動にどのように統合されているのだろうか?ニューロンの細胞体より伸びる樹状突起上には数万に及ぶスパインと呼ばれる後シナプス構造が存在し、周囲ニューロンの活動をシナプス入力として受け取っている。しばしば、ニューロンの入出力過程については、「樹状突起においてシナプス入力が単調に加算され、発火闘値を超えて活動電位を誘起する」と単純化される。しかしながら、近年、実際のシナプス入力の統合過程においては、樹状突起がきわめて動的な特性を示すことが明らかとなっている、人工刺激実験によって、シナプス入力の加算様式が、樹状突起の形態、各種イオンチャネルおよび受容体の発現パターンにより多様に変化することが報告されている。すなわち、シナプス入力の時空間構造がその統合過程、さらにはニューロンの出力発火を決定する重要な要因となりうる。このように入力の時空間構造の重要性が示唆されるものの、実際のニューロンで生じているシナプス入力の空間パターンについてはほとんどわかっていない。そこで本研究では、CA3野の興奮性ニューロンにおいて自発的に生じる同期性シナプス入力に着目し、樹状突起上での同期入力の空間分布について検討を行った。

まず、樹状突起間でのシナプス活動を比較するため、単一ニューロンの樹状突起の異なる分枝2か所から同時にパッチクランプ記録を行い、シナプス電位を測定した。樹状突起間でシナプス電位を比較した結果、時折一方の突起のみで生じる同期シナプス入力が存在することが見出された。

樹状突起上におけるシナプス入力の空間分布をより詳細に検討するため、新たに大規模スパインイメージング法を確立し、シナプス活動の可視化を試みた。シナプス入力時には、スパイン内においてNMDA受容体を介したカルシウム流入が生じる。本画像法では、あらかじめ細胞体内にカルシウム蛍光指示薬を負荷しておくことで、同時に数百個のスパインから、シナプス入力をスパイン部でのカルシウム蛍光上昇としてイメージングすることに成功した(図3a-c)。複数のスパインが同時に活動した際の空間分布を定量化したところ、同期したスパインが樹状突起に沿ってクラスター状に分布することが見出された(図3d)。とりわけ10μm以内のスパイン間で高い同期性が観察された。一方、電気刺激によって人工的に同期入力を再現した場合には、同期スパインは樹状突起全体に分散していた(図3d)。これより、同期スパインの局在性は、同一のプレシナプス細胞による連続したシナプス形成や、グルタミン酸のスピルオーバーに等に因らず、同期発火したニューロン群からの入力の空間特性を反映していると考えられる。また本現象は、CA3野の抑制性ニューロンであるPV陽性fast-spiking細胞のシナプス活動においては観察されなかったことから(図4)、ニューロン種に特異的な空間特性であることがわかる。

次に、興奮性ニューロンにおいて10μm以内の複数スパイン間で生じる同期グループ活動について検討したところ、観測されたスパインの31.5%が少なくとも一度はグループ活動に参加し、全てのスパイン活動のうち29.5%がグループ活動であることが見出された。また各同期グループは3.6±0,7個(ranging2-12spines)の活動スパインから構成され、樹状突起に沿って4.7±3.3μm(ranging0.4-24.1μm)の範囲に分布していた。以上の結果から、CA3野の同期ニューロングループの発火活動(第1章より)が、同期シナプス入力として樹状突起上にクラスター化して生じていると考えられる。

本研究では、実際のニューロンにおいて生じる入力の空間特性を直接的に検証することに成功した。これまでの実験および理論研究から、樹状突起の局所で人工的に惹起した同期入力はニューロンの発火応答パターンを多様化し、演算能力を向上させることが示唆されている。またシナプス可塑性との関係においても、樹状突起局所でのシナプス増強を促進することなどが報告されている。本研究成果は、ニューロンが積極的にそうした機構を採用していることを示すきわめて重要な知見であると考えられる。

【総括】

本研究では、海馬CA3野の同期発火活動を支える回路基盤を明らかにするため、ニューロン間のシナプス回路構造を同定し、次いで単一ニューロン内でのシナプス活動の空間特性の究明にあたった。結果として、特定の同期性グループを形成するようにグループ内にシナプス結合が局在していることを見出し、それらの同期活動は後シナプス細胞側の樹状突起上においてクラスター化したシナプス活動を生じることを明らかにした。こうした同期発火および入力の「グループ性」や「クラスター性」は、CA3回路基盤の本質であり、ニューロン間の情報伝播を効率化する重要な機構であると考えられる。

図1. ROTing法によるシナプス回路構造の同定(a)海馬CA3野のカルシウムイメージング像。(b)ROTing法によって同定されたシナプス結合パターン。ニューロン(o)間のシナプス結合を直線で示す。(c)シナプス結合をもつニューロンペア(connected)は共通プレシナプス細胞(common)からの投射を受けやすい(**p<0.01,Mann-Whitney U test)。

図2. 同期発火活動のグループ性とシナプス結合の相関(a)代表的な同期性グループの空間配置。(b)グループ内においてシナプス結合確率が上昇する(*p=0.04,Wilcoxon signed-rank test)。

図3. 大規模スパインイメージング法によるクラスター入力の発見(a)単一ニューロンからのイメージング。(b)観察された137個のスパインの樹上突起上での空間配置。(c)シナプス入力は個々のスパインでのカルシウム活動として観測することが可能である。(d)同時に活動したスパインの空間分布ヒストグラム(spontaneous)。偶発レベル(chance)に比べて、10μm以内のスパイン間で同期入力を受けやすいことがわかる。同期入力のクラスター化は電気刺激では再現されない(stimulation)。

図4. 抑制性ニューロンにおけるシナプス入力の空間パターン。(a)抑制性ニューロンであるPV(+)fast-spiking細胞からのシナプス活動のイメージング。(b)同時に活動した入カスポットの空間分布ヒストグラム。同期入力は樹状突起全体に分散している。

審査要旨 要旨を表示する

脳は多数のニューロンによって構成され、各ニューロンの豊富な活動パターンが知覚、運動、記憶といったさまざまな生理活動を生み出している。ニューロン同士をつなぐシナプスは、ニューロンの活動が次のニューロンへと伝播される場であり、特定の秩序を有した複雑なシナプス回路網が形成されている。同期や持続活動といったあらゆる神経活動は、そうしたシナプス回路構造を介して複数のニューロンが相互作用した結果を反映するものである。したがって、脳機能を理解する上で、神経活動を支持する回路基盤を明らかにすることは必須である。ところが、これまでの神経回路研究は、活動パターンと回路構造を分離して探究したものがほとんどであり、両者の関連性を解析した例は少ない。本研究では、機能的カルシウムイメージング法を用いることで、神経活動の時空間パターンと回路構造の相関解析を行った。とりわけ海馬CA3野で観察される同期発火活動に注目し、これを支える回路基盤を解明することを目的とした。

第1章同期発火を生み出すシナプス回路構造の同定

ラット海馬の培養スライスを用いて、自発的に生じる神経活動を観察した。外部からの入力が存在しない状態で内発的に生じる自発活動は、神経回路の構造的特徴を最もよく反映していると考えられる。ここではまずカルシウムイメージング法を用いて、海馬CA3野の回路活動の特性を抽出した。カルシウム蛍光指示薬を回路全体に負荷し、同時に約100個のニューロンの発火活動を観察したところ、特定の細胞ペアおよび細胞グループが頻繁に同期発火することが見出された。発火活動の駆動力となるのは、周辺ニューロンから受けるシナプス入力である。そこで、回路内のシナプス結合パターンと同期活動のグループ性を比較することを試みた。通常、シナプス結合の検出には、複数細胞から同時に細胞内記録を行う必要があり、回路全体の結合パターンを同定するためには、膨大な時間と労力を要する。そこで本研究では、新規の大規模シナプスマッピング法(reverse optical trawling:ROTing)を確立し、上記の課題に取り組んだ。ROTing法では、カルシウムイメージング法とパッチクランプ法を併用することにより、回路内のシナプス結合を網羅的に探索することができる。CA3野にROTing法を適用したところ、シナプス結合をもつニューロンペアは共通したニューロン群からの投射を受けやすいことが見出された。さらに、直前に観察した自発活動に照らし合わせた結果、同期グループ内のニューロン同士には、グループ間に比べて高確率でシナプス結合が存在することが明らかとなった。グループ内の各ニューロンの位置は回路内に散在していたことから、同期活動のグループ性は空間的な制約を受けず、その背後に存在するシナプス回路によって裏打ちされていると考えられる。共通投射およびグループ内に局在するシナプス結合性は、同期性ニューロンペアからシナプス入力を記録した際に、類似した入力パターンとして観察された。また、共通性入力を仮想した人工刺激実験より、グループ内で同期した共通シナプス入力が下流のニューロン間の同期発火活動を促進することを確認した。以上の結果より、あらかじめ回路内で保持されていたシナプス結合パターンの局在性が、同期活動の構造基盤となって特定の同期性グループを形成していると考察される。

第2章樹状突起上における同期性シナプス活動の空間パターンの解明

ニューロンの細胞体より伸びる樹状突起上には数万に及ぶスパインと呼ばれる後シナプス構造が存在し、周囲ニューロンの活動をシナプス入力として受け取っている。しばしば、ニューロンの入出力過程については、「樹状突起においてシナプス入力が単調に加算され、発火閾値を超えて活動電位を誘起する」と単純化される。しかしながら、近年、実際のシナプス入力の統合過程においては、樹状突起がきわめて動的な特性を示すことが明らかとなっている。人工刺激実験によって、シナプス入力の加算様式が、樹状突起の形態、各種イオンチャネルおよび受容体の発現パターンにより多様に変化することが報告されている。すなわち、シナプス入力の時空間構造がその統合過程、さらにはニューロンの出力発火を決定する重要な要因となりうる。このように入力の時空間構造の重要性が示唆されるものの、寒際のニューロンで生じているシナプス入力の空間パターンについてはほとんどわかっていない。そこで本研究では、CA3野の興奮性ニューロンにおいて自発的に生じる同期性シナプス入力に着目し、樹状突起上での同期入力の空間分布について検討を行った。

まず、樹状突起間でのシナプス活動を比較するため、単一ニューロンの樹状突起の異なる分枝2か所から同時にパッチクランプ記録を行い、シナプス電位を測定した。樹状突起間でシナプス電位を比較した結果、時折一方の突起のみで生じる同期シナプス入力が存在することが見出された。

樹状突起上におけるシナプス入力の空間分布をより詳細に検討するため、新たに大規模スパインイメージング法を確立し、シナプス活動の可視化を試みた。シナプス入力時には、スパイン内においてNMDA受容体を介したカルシウム流入が生じる。本画像法では、あらかじめ細胞体内にカルシウム蛍光指示薬を負荷しておくことで、同時に数百個のスパインから、シナプス入力をスパイン部でのカルシウム蛍光上昇としてイメージングすることに成功した。複数のスパインが同時に活動した際の空間分布を定量化したところ、同期したスパインが樹状突起に沿ってクラスター状に分布することが見出された。とりわけ10μm以内のスパイン間で高い同期性が観察された。一方、電気刺激によって人工的に同期入力を再現した場合には、同期スパインは樹状突起全体に分散していた。これより、同期スパインの局在性は、同一のプレシナプス細胞による連続したシナプス形成や、グルタミン酸のスピルオーバーに等に因らず、同期発火したニューロン群からの入力の空間特性を反映していると考えられる。また本現象は、CA3野の抑制性ニューロンであるPV陽性fast-spiking細胞のシナプス活動においては観察されなかったことから、ニューロン種に特異的な空間特性であることがわかる。

次に、興奮性ニューロンにおいて10μm以内の複数スパイン間で生じる同期グループ活動について検討したところ、観測されたスパインの31.5%が少なくとも一度はグループ活動に参加し、全てのスパイン活動のうち29.5%がグループ活動であることが見出された。また各同期グループは3.6±0.7個の活動スパインから構成され、樹状突起に沿って4.7±3,3μmの範囲に分布していた。以上の結果から、CA3野の同期ニューロングループの発火活動が、同期シナプス入力として樹状突起上にクラスター化して生じていると考えられる。

本研究では、実際のニューロンにおいて生じる入力の空間特性を直接的に検証することに成功した。これまでの実験および理論研究から、樹状突起の局所で人工的に惹起した同期入力はニューロンの発火応答パターンを多様化し、演算能力を向上させることが示唆されている。またシナプス可塑性との関係においても、樹状突起局所でのシナプス増強を促進することなどが報告されている。本研究成果は、ニューロンが積極的にそうした機構を採用していることを示すきわめて重要な知見であると考えられる。

本研究では、海馬CA3野の同期発火活動を支える回路基盤を明らかにするため、ニューロン間のシナプス回路構造を同定し、次いで単一ニューロン内でのシナプス活動の空間特性の究明にあたった。結果として、特定の同期性グループを形成するようにグループ内にシナプス結合が局在していることを見出し、それらの同期活動は後シナプス細胞側の樹状突起上においてクラスター化したシナプス活動を生じることを明らかにした。こうした同期発火および入力の「グループ性」や「クラスター性」は、CA3回路基盤の本質であり、ニューロン間の情報伝播を効率化する重要な機構であると考えられる。よって、博士(薬学)の学位に値すると判断された。

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