学位論文要旨



No 127174
著者(漢字) 豊田,雄
著者(英字)
著者(カナ) トヨダ,タケシ
標題(和) 条件づけ恐怖とその消失に対応した扁桃体神経細胞のシナプス伝達および構造的基盤
標題(洋)
報告番号 127174
報告番号 甲27174
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1402号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,則夫
 東京大学 准教授 垣内,力
 東京大学 准教授 池谷,裕二
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 特任准教授 松沢,厚
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

シナプスは神経細胞同士の情報伝達の場であり、このシナプス伝達効率の変化が記憶・学習の素過程であると考えられている。過去の知見では、脳スライス標本を用い、電気刺激時のシナプス応答の変化を記憶・学習のモデルとして研究が進められてきた。しかし、個体動物の記憶・学習時に、これらモデルにおけるシナプス伝達効率の変化が起きているかについては不明な点が多い。また、学習時に学習に対応した領域における全ての神経細胞が活動しているのではなく、その領域における一部の神経細胞の活動によって記憶・学習が担われていると考えられている。そのため、記憶・学習のメカニズムの解明には学習時に活動した神経細胞を特定し、その性質を明らかにすることが必要である。

本研究ではこの問題に取り組むため、学習に対応した神経細胞を可視化できるトランスジェニックマウスに恐怖条件づけを行い、恐怖記憶の中心的脳部位である扁桃体基底外側核(BLA)の神経細胞からパッチクランプ記録および形態観察を行った。記憶・学習による神経細胞に入力するシナプス伝達の変化を解析し、恐怖の発現と消失を司るシナプス伝達とその形態について明らかにすることを目的とした。

【方法と結果】

恐怖記憶に対応した扁桃体外側核(BLA)神経細胞の同定

恐怖記憶に対応したBLAの神経細胞を特定するために、Arcプロモーター制御下で蛍光タンパク質Venusを発現するトランスジェニックマウス(以下マウス)を全ての実験に用いた。Arcは最初期遺伝子の一つであり、活動した神経細胞マーカーとして利用される。このマウス(3-5週齢)に文脈的恐怖条件づけを行い、恐怖記憶学習の指標であるすくみ反応時間が増加することを確認した(図1A)。

恐怖記憶の想起時に、活動の指標であるVenusを発現する細胞の割合を免疫組織化学染色によって定量した。ホームケージ群および非条件づけ群のマウスに対して条件づけ群のマウスは、Venus陽性細胞、Venusの発現が強く樹状突起まで観察される強陽性細胞共に有意に高い割合を示した(図1B)。BLAにおけるVenus陽性細胞に恐怖記憶に対応した神経細胞が含まれている可能性を示している。

恐怖条件づけ群のVenus陽性細胞のmEPSCの頻度が増加する

学習試験を行わせた5時間後にマウスから急性スライス標本を作成し、Venus陰性および陽性細胞に入力するシナプス伝達の解析を行った(図2A)。sEPSCは活動電位によって引き起こされるシナプス電流と、個々のシナプスから自発的に放出されるグルタミン酸によって引き起こされるmEPSCの両方の性質を反映する。mEPSCの頻度はプレシナプスにおけるシナプス伝達物質の放出確率もしくはシナプス自体の数を反映し、大きさはポストシナプスにおける受容体の数や機能を反映する(図2B)。

条件づけ群のVenus陽性細胞のmEPSCの頻度が、ホームケージ群のVenus陰性細胞に対して有意に高い値を示した。この結果は記憶・学習に対応した神経細胞のみでシナプス伝達物質の放出確率、もしくはシナプスの数自体が増加した可能性を示している(図3C-F)。

恐怖条件づけ群のVenus陽性細胞のペアパルス比が低下する

mEPSCの頻度の増大から、シナプス伝達物質の放出確率が増大した可能性を考え、ペアパルス比について検討を行った。記録細胞に投射する軸索に刺激電極を配置し50msの間隔で2回電気刺激を行った。1回目に対する2回目のシナプス電流の大きさをペアパルス比とした。ペアパルス比の増大および減少は、シナプス伝達物質の放出確率の低下および増大を示すと考えられている(図3A)。

皮質-扁桃体経路において、条件づけ群のVenus陽性細胞のペアパルス比がVenus陰性細胞のペアパルス比に対して有意に低下していることを明らかにした(図3B)。この結果は学習に対応した神経細胞の皮質経路選択的にシナプス伝達物質の放出確率が増加した可能性を示している。

恐怖記憶に対応した神経細胞のスパイン形態に有意な差は認められない

条件づけ群のVenus陽性細胞におけるmEPSCの頻度の増大から、シナプスの数自体が増加した可能性を検証するため、形態観察を行った。興奮性シナプスの多くはスパイン上に存在し、スパインの数や形状は学習や経験によって変化することから、スパイン形態の検討を行った。

樹状突起の単位長辺りのスパイン密度を定量したところ、条件づけ群のVenus陰性細胞、陽性細胞の間に有意な差は認められなかった。さらに詳細に検討を行うため、スパインの大きさに対するスパイン密度、スパインの長さに対するスパイン密度を定量した。その結果、Venus陰性細胞と陽性細胞の間に有意な差は認められなかった。

また、スパインが存在する樹状突起についても解析を行った。樹状突起の解析にはSholl Analysisという、樹状突起の複雑性を解析する手法を用いた。その結果、Venus陰性細胞と陽性細胞の間に有意な差は認められなかった。Venus陽性細胞において形態変化は起きていない可能性を示している。

恐怖の消失に対応したBLA領域の神経細胞の同定

同様にして恐怖が消失する際のシナプス伝達についても解析を行った。恐怖の消失とは、嫌悪的な無条件刺激(フットショック)を与えずに、条件づけ環境に長時間暴露することですくみ反応時間が減少する現象を指す。恐怖の消失は、心理学的な解析から、恐怖の記憶を忘れることではなく、新しい記憶である消失記憶の学習と考えられている。恐怖の消失もBLAが中心的な役割を担う可能性が示されている

1日目、マウスを条件づけ環境に暴露し、フットショックを与えた(Conditioning)。2日目、マウスを同じ条件づけ環境に60分間暴露したところ、時間経過と共にすくみ反応時間の減少が観察された(Test1)。3日目、マウスを再び同じ条件づけ環境に暴露しても、マウスのすくみ反応時間は維持されたままであった(Test2)。これに対し、恐怖の消失が起こらない対照群として、Test1で条件づけ環境に5分間暴露させる短期暴露群と、Test1に条件づけ環境に暴露しないRest群をもうけた。条件づけ環境の暴露に恐怖が消失したかどうかを検討するために長期暴露群と短期暴露群それぞれにおけるTest1の始めの5分間とTest2の5分間のすくみ反応時間を比較した。その結果、Rest群および短期暴露群に対して長期暴露群のすくみ反応時間が有意に減少していた(図4A)。これは、60分間の条件づけ環境への暴露により、マウスが消失記憶を学習したことを示す。

消失記憶の学習時のBLAにおけるVenus陽性細胞の割合を定量した。長期暴露群のマウスのBLA領域において、Venus強陽性細胞の割合が有意に増加し、Venus陽性細胞の割合はホームケージ群に対して有意に増加し、非条件づけ群に対してもVenus陽性細胞の割合が増加する傾向にあることを示した。この結果は、60分条件づけ環境に暴露したマウスのBLAのVenus陽性細胞に、消失記憶に対応した神経細胞が含まれている可能性を示している。

消失記憶に対応した神経細胞選択的にシナプス入力が増大している

消失記憶に対応した細胞に入力するシナプス伝達の検討を行った。sEPSCとmEPSCの頻度と大きさについて検討を行ったところ、長期暴露群のVenus陰性細胞に対して、Venus陽性細胞のsEPSCとmEPSCの頻度が有意に増加していることを明らかにした(図5)。この結果は恐怖記憶に対応した細胞と同様、消失記憶に対応した細胞においても、シナプス伝達物質の放出確率、もしくはシナプスの数自体が変化した可能性を示している。

さらにシナプスの伝達物質の放出確率を検討するために、ペアパルス比を記録した。その結果、条件づけ環境に60分間暴露したVenus陰性細胞、陽性細胞間において、皮質経路視床経路それぞれにおいて有意な差は認められなかった。また同様にして非条件づけ群においてもペアパルス比について差は認められなかった。

消失記憶に対応した神経細胞のシナプスの数が増加している

長期暴露群のVenus陰性細胞および陽性細胞のsEPSCおよびmEPSCの頻度に有意な差が認められたことから、シナプスの数自体が増加した可能性を検証するため、スパインの形態について解析を行った(図6)。長期暴露群のVenus陰性細胞、陽性細胞のスパインを検出し、密度を比較したところ、小さなサイズのスパインにおいてVenus陽性細胞のスパイン密度が増加していることを明らかにした(図6C)。この結果は消失記憶に対応した神経細胞において、スパインの数自体が増加している可能性を示している。

スパインが存在する樹状突起の複雑性については、有意な差は認められなかった。

【総括】

本研究結果から、記憶に対応した神経細胞に入力するシナプス伝達が増強していることを明らかにした。これは、活動した神経細胞を特定する手段を用いてはじめて明らかになった知見である。また、学習時に異なるメカニズムによって記憶が保存されている可能性を示した。このことは、記憶の種類によって保存されるメカニズムが異なる可能性を示している。本研究は、記憶のメカニズム解明における、学習とシナプス伝達効率の変化を結ぶ新たな知見であると考えられる。

図1 恐怖記憶に対応したBLA神経細胞の同定

(A)条件づけ環境に暴露したときのマウスのすくみ反応時間の割合。条件づけ群のマウスはフットショックを与えるごとにすくみ反応時間の割合が増加し、翌日の再暴露時にも高いすくみ反応時間は維持される。(B)ホームケージ群、条件づけ群、非条件づけ群のマウスから作成したBLAスライス標本におけるVenus陽性細胞、Venus強陽性細胞の割合。

図2 恐怖記憶に対応した神経細胞のシナプス入力の性質の検討

(A)パッチクランプ記録時のDIC像。記録電極からAlexa568を注入し記録細胞を可視化している。(B)ホームケージ群のVenus陰性細胞、条件づけ群のVenus陰性細胞、陽性細胞からのmEPSCの記録の代表波形。(C-F)mEPSCの頻度と大きさの定量。

図3 恐怖記憶に対応した細胞におけるペアパルス比の検討

(A)条件づけ群のVenus陰性細胞、陽性細胞から記録した、皮質経路2回刺激時のシナプス電流の代表波形。(BC)条件づけ群および非条件づけ群のVenus陰性細胞、陽性細胞から記録した皮質経路および視床経路のペアパルス比

図4 消失記憶に対応したBLA神経細胞の同定

(A)条件づけ環境に暴露したときのマウスのすくみ反応時間の割合。長期暴露群のマウスは2日目に長時間条件づけ環境に暴露することで次第にすくみ反応時間が低下する。(B)ホームケージ群、非条件づけ群、長期暴露群のマウスから作成した脳スライス標本のBLAにおけるVenus陽性細胞、Venus強陽性細胞の割合。

図5消失記憶に対応した神経細胞のシナプス入力の性質の検討

(AB)ホームケージ群のVenus陰性細胞、長期暴露群のVenus陰性細胞、陽性細胞からのmEPSCの頻度と大きさの定量。

図6 消失記憶に対応したVenus陰性細胞、陽性細胞におけるスパイン形態

(A)長期暴露群のVenus陰性細胞、陽性細胞における樹状突起の共焦点像。(B)長期暴露群のVenus陰性細胞、陽性細胞におけるスパイン密度。(CD)長期暴露群のVenus陰性細胞および陽性細胞におけるスパインの大きさに対するスパイン密度もしくはスパインの長さに対するスパイン密度。

審査要旨 要旨を表示する

シナプスは神経細胞同士の情報伝達の場であり、このシナプス伝達効率の変化が記憶・学習の素過程であると考えられている。過去の知見では、脳スライス標本を用い、電気刺激時のシナプス応答の変化を記憶・学習のモデルとして研究が進められてきた。しかし、個体動物の記憶・学習時に、これらモデルにおけるシナプス伝達効率の変化が起きているかについては不明な点が多い。また、学習時に学習に対応した領域における全ての神経細胞が活動しているのではなく、その領域における一部の神経細胞の活動によって記憶・学習が担われていると考えられている。そのため、記憶・学習のメカニズムの解明には学習時に活動した神経細胞を特定し、その性質を明らかにすることが必要である。

本研究ではこの問題に取り組むため、学習に対応した神経細胞を可視化できるトランスジェニックマウスに恐怖条件づけを行い、恐怖記憶の中心的脳部位である扁桃体基底外側核(BLA)の神経細胞からパッチクランプ記録および形態観察を行った。記憶・学習による神経細胞に入力するシナプス伝達の変化を解析し、恐怖の発現と消失を司るシナプス伝達とその形態について明らかにすることを目的とした。

恐怖記憶に対応したBLAの神経細胞を特定するために、Arcプロモーター制御下で蛍光タンパク質Venusを発現するトランスジェニックマウス(以下マウス)を全ての実験に用いた。Arcは最初期遺伝子の一つであり話動した神経細胞マーカーとして利用される。このマウスに文脈的恐怖条件づけを行い、恐怖記憶学習の指標であるすくみ反応時間が増加することを確認した。

恐怖記憶の想起時に、活動の指標であるVenusを発現する細胞の割合を免疫組織化学染色によって定量した。ホームケージ群および非条件づけ群のマウスに対して条件づけ群のマウスは、Venus陽性細胞、Venusの発現が強く樹状突起まで観察される強陽性細胞共に有意に高い割合を示した。BLAにおけるVenus陽性細胞に恐怖記憶に対応した神経細胞が含まれている可能性を示している。

学習試験を行わせた5時間後にマウスから急性スライス標本を作成し、Venus陰性および陽性細胞に入力するシナプス伝達の解析を行った。sEPSCは活動電位によって引き起こされるシナプス電流と、個々のシナプスから自発的に放出されるグルタミン酸によって引き起こされるmEPSCの両方の性質を反映する。mEPSCの頻度はプレシナプスにおけるシナプス伝達物質の放出確率もしくはシナプス自体の数を反映し、大きさはポストシナプスにおける受容体の数や機能を反映する。

条件づけ群のVenus陽性細胞のmEPSCの頻度が、ホームケージ群のVenus陰性細胞に対して有意に高い値を示した。この結果は記憶・学習に対応した神経細胞のみでシナプス伝達物質の放出確率、もしくはシナプスの数自体が増加した可能性を示している。

mEPSCの頻度の増大から、シナプス伝達物質の放出確率が増大した可能性を考え、ペアパルス比について検討を行った。記録細胞に投射する軸索に刺激電極を配置し50msの間隔で2回電気刺激を行った。1回目に対する2回目のシナプス電流の大きさをペアパルス比とした。ペアパルス比の増大および減少は、シナプス伝達物質の放出確率の低下および増大を示すと考えられている。

皮質一扁桃体経路において、条件づけ群のVenus陽性細胞のペアパルス比がVenus陰性細胞のペアパルス比に対して有意に低下していることを明らかにした。この結果は学習に対応した神経細胞の皮質経路選択的にシナプス伝達物質の放出確率が増加した可能性を示している。

条件づけ群のVenus陽性細胞におけるmEPSCの頻度の増大から、シナプスの数自体が増加した可能性を検証するため、形態観察を行った。興奮性シナプスの多くはスパイン上に存在し、スパインの数や形状は学習や経験によって変化することから、スパイン形態の検討を行った。

樹状突起の単位長辺りのスパイン密度を定量したところ、条件づけ群のVenus陰性細胞、陽性細胞の間に有意な差は認められなかった。さらに詳細に検討を行うため、スパインの大きさに対するスパイン密度、スパインの長さに対するスパイン密度を定量した。その結果、Venus陰性細胞と陽性細胞の間に有意な差は認められなかった。

また、スパインが存在する樹状突起についても解析を行った。樹状突起の解析にはSholl Analysisという、樹状突起の複雑性を解析する手法を用いた。その結果、Venus陰性細胞と陽性細胞の間に有意な差は認められなかった。Venus陽性細胞において形態変化は起きていない可能性を示している。

同様にして恐怖が消失する際のシナプス伝達についても解析を行った。恐怖の消失とは、嫌悪的な無条件刺激(フットショック)を与えずに、条件づけ環境に長時間暴露することですくみ反応時間が減少する現象を指す。恐怖の消失は、心理学的な解析から、恐怖の記憶を忘れることではなく、新しい記憶である消失記憶の学習と考えられている。恐怖の消失もBLAが中心的な役割を担う可能性が示されている

1日目、マウスを条件づけ環境に暴露し、フットショックを与えた(Conditioning)。2日目、マウスを同じ条件づけ環境に60分間暴露したところ、時間経過と共にすくみ反応時間の減少が観察された(Test1)。3日目、マウスを再び同じ条件づけ環境に暴露しても、マウスのすくみ反応時間は維持されたままであった(Test2)。これに対し、恐怖の消失が起こらない対照群として、Test1で条件づけ環境に5分間暴露させる短期暴露群と、Test1に条件づけ環境に暴露しないRest群をもうけた。条件づけ環境の暴露に恐怖が消失したかどうかを検討するために長期暴露群と短期暴露群それぞれにおけるTest1の始めの5分間とTest2の5分間のすくみ反応時間を比較した。その結果、Rest群および短期暴露群に対して長期暴露群のすくみ反応時間が有意に減少していた。これは、60分間の条件づけ環境への暴露により、マウスが消失記憶を学習したことを示す。

消失記憶の学習時のBLAにおけるVenus陽性細胞の割合を定量した。長期暴露群のマウスのBLA領域において、Venus強陽性細胞の割合が有意に増加し、Venus陽性細胞の割合はホームケージ群に対して有意に増加し、非条件づけ群に対してもVenus陽性細胞の割合が増加する傾向にあることを示した。この結果は、60分条件づけ環境に暴露したマウスのBLAのVenus陽性細胞に、消失記憶に対応した神経細胞が含まれている可能性を示している。

消失記憶に対応した細胞に入力するシナプス伝達の検討を行った。sEPSCとmEPSCの頻度と大きさについて検討を行ったところ、長期暴露群のVenus陰性細胞に対して、Venus陽性細胞のsEPSCとmEPSCの頻度が有意に増加していることを明らかにした。この結果は恐怖記憶に対応した細胞と同様、消失記憶に対応した細胞においても、シナプス伝達物質の放出確率、もしくはシナプスの数自体が変化した可能性を示している。

さらにシナプスの伝達物質の放出確率を検討するために、ペアパルス比を記録した。その結果、条件づけ環境に60分間暴露したVenus陰性細胞、陽性細胞間において、皮質経路、視床経路それぞれにおいて有意な差は認められなかった。また同様にして非条件づけ群においてもペアパルス比について差は認められなかった。

長期暴露群のVenus陰性細胞および陽性細胞のsEPSCおよびmEPSCの頻度に有意な差が認められたことから、シナプスの数自体が増加した可能性を検証するため、スパインの形態について解析を行った。長期暴露群のVenus陰性細胞、陽性細胞のスパインを検出し、密度を比較したところ、小さなサイズのスパインにおいてVenus陽性細胞のスパイン密度が増加していることを明らかにした。この結果は消失記憶に対応した神経細胞において、スパインの数自体が増加している可能性を示している。

スパインが存在する樹状突起の複雑性については、有意な差は認められなかった。

本研究において、記憶に対応した神経細胞に入力するシナプス伝達が増強していることを明らかにした。これは、活動した神経細胞を特定する手段を用いてはじめて明らかになった知見である。また、学習時に異なるメカニズムによって記憶が保存されている可能性を示した。このことは、記憶の種類によって保存されるメカニズムが異なる可能性を示している。本研究は、記憶のメカニズム解明における、学習とシナプス伝達効率の変化を結ぶ新たな知見であると考えられ、博士(薬学)の授与に値すると判断された。

UTokyo Repositoryリンク