学位論文要旨



No 127176
著者(漢字) 村上,史織
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,シオリ
標題(和) ミトコンドリア局在型プロテインホスファターゼPGAM5の翻訳後修飾解析
標題(洋)
報告番号 127176
報告番号 甲27176
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1404号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 村田,茂穂
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

ミトコンドリアは、ATP産生によるエネルギー供給の場としてのみならず、小胞体と並ぶ細胞内力ルシウムイオンストアとして、また脂肪酸代謝の場として、多様な生命機能を担い、細胞・個体の機能維持に重要な役割を持つ細胞小器官の一つである。しかしながら、活発な酸素呼吸の過程で発生する活性酸素は、不良タンパク質の蓄積や、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の変異、膜脂質の酸化など、ミトコンドリア内に様々なストレスを負荷し、ミトコンドリアの機能不全を引き起こす。ミトコンドリアが多様な生命機能を発揮し、細胞・個体の機能を支えるためには、ミトコンドリアがこうした自身内部の異常を感知し、適切なストレス応答を誘導する機構が必須であると考えられる。

PGAM5(Phosphoglycerate mutase5}は、ストレス応答性MAPKKKの一つであるASK1(Apoptosis Signal-regulating Kinase1)の活性化因子として同定された、全く新しい一次構造を有するセリン・スレオニンプロテインボスファターゼである[11。私は、博士課程において、PGAM5がミトコンドリアに局在し、ミトコンドリア膜電位低下に応答して興味深い翻訳後修飾を受けることを見いだし、この修飾がミトコンドリア局在型ロンボイドプロテアーゼPARLによる膜内切断であることを明らかにした。

【方法と結果】

PGAM5はミトコンドリアに局在する

PGAM5は、ストレス応答性MAPKKKの一つであるASK1を活性化することから、PGAM5は何らかのストレス応答に関わっていることが示唆されていた。私は、PGAM5の認識するストレスを探索する手がかりとして、PGAM5がN末端に膜貫通ドメインを有することに着目した。内在性PGAM5を認識できるモノクローナル抗体を作製し、PGAM5の細胞内局在を検討した。その結果、ミトコンドリアマーカーであるCytochrome Cと共局在することなどから、PGAM5は主にミトコンドリアに局在することが明らかとなった(Fig.1)。

ミトコンドリア膜電位低下に伴い、PGAM5のバンドパターンガダイナミックに変化する

PGAM5がミトコンドリアに局在することに着目し、ミトコンドリアに対する様々なストレス刺激を検討した。その結果、ミトコンドリア脱分極剤であるCCCPにより、SDS-PAGEにおけるPGAM5由来の二本のバンドが下一本に収束することを見いだした(Fig.2)。CCCPはミトコンドリアプロトノフォアであるため、細胞にCCCPを処置すると、ミトコンドリア内膜を境に形成されているプロトン勾配がくずされ、ミトコンドリアの内膜電位差が急速に失われる。従って、PGAM5はミトコンドリア膜電位低下に伴い、何らかの翻訳後修飾を受けている可能性が考えられた。

PGAM5はミトコンドリア膜電位低下に伴い、膜内切断を受ける

次に、このミトコンドリア膜電位低下によって亢進するPGAM5の翻訳後修飾の解析を行った。過去の報告から、ミトコンドリア融合マシナリーの一つであるOPA1がミトコンドリア膜電位低下に伴いSDS-PAGE上のバンドパターンが変化することが知られており、この変化はプロテアーゼによる切断であることがわかっていた。また、生化学的実験から、収束型PGAM5は収束前と比較して膜結合性が弱いことを見いだしたことから、PGAM5の翻訳後修飾が切断である可能性を検討した。まず、エドマン分解法により、収束型PGAM5のN末端アミノ酸配列を同定した。同定されたアミノ酸配列をPGAM5のアミノ酸配列と比較したところ、PGAM5は確かに切断を受けていることが明らかとなった。興味深いことに、この切断部位はPGAM5の膜貫通ドメイン内に存在していた(Fig.3A)。実際に、同定された切断配列を特異的に認識する抗体を作製し、ミトコンドリア膜電位低下に伴い、この配列で切断が起こっていることを確認した(Fig,3B)。

PGAM5を切断するプロテアーゼの同定

次に、PGAM5を切断するプロテアーゼの同定を試みた。エドマン分解の結果から、PGAM5は膜内で切断されることが示唆されたため、膜内切断酵素に絞って、候補プロテアーゼの探索を試みた。現在までに知られている膜内切断酵素群は、1-Clipsと総称され、酵素活性に必須なアミノ酸によって3つのファミリーに分類される。まず、PGAM5を基質とする膜内切断プロテアーゼがどのファミリーに属するか検討するために、各種プロテアーゼ阻害剤を検討した。その結果、上述した3つのファミリーのうち、ロンボイドプロテアーゼファミリーと呼ばれる酵素群が第一候補となった(Fig.4A)。ロンボイドプロテアーゼは、セリンを酵素活性中心とする膜内切断酵素で、シークエンスサーチの結果から、ほ乳類では、少なくとも5つのロンボイドプロテアーゼが存在することが報告されている。私は、これら5つの候補の中にPGAM5の切断に関与するプロテアーゼが存在すると考え、各々の遺伝子発現をsiRNAにより抑制し、CCCPによるPGAM5の切断が抑制されるか否かを検討した。その結果、この候補の中の1つ、ミトコンドリア局在型ロンボイドプロテアーゼPARLの発現抑制によって、PGAM5の切断が抑制された(Fig.4B)。また、野生型PARLを過剰発現すると、PGAM5の切断が誘導されること、酵素活性を持たない変異型PARLではPGAM5を切断できないことを確認した。さらに、過剰発現したPARLによって切断された配列も同定した切断配列と一致することを、切断部位を特異的に認識する抗体により確認することができた(Fig.4C)。以上の結果から、PARLがPGAM5の膜内切断を担うことが明らかとなった。PARLノックアウトマウスは生後数週間で死に至ることが報告されており、その生理機能の重要性が示唆される。しかしながら、ほ乳類においては、PARLをはじめとして多くのロンボイドプロテアーゼファミリーの基質の同定が進んでおらず、その機能の詳細は未だ不明な部分が多い。今回、PGAM5がPARLの基質として同定されたことから、ロンボイドプロテアーゼファミリーの機能解析においても重要な知見となることが期待される。

ミトコンドリア膜電位低下に伴い、PARLの基質がPINK1からPGAM5へ入れ替わる

膜電位低下を起こした機能不全ミトコンドリアにおけるPARLの基質がミトコンドリア局在型ボスファターゼPGAM5であることを明らかとなったが、ごく最近になって、膜電位低下を起こしていない定常状態のミトコンドリアにおけるPARLの基質は、ミトコンドリア局在型キナーゼPINKIであることが報告された[2]。PINKIは定常状態で、常にPARLによる切断を受けており、切断型PINKIはすみやかにプロテアソーム依存的な分解を受けるとされている。驚いたことに、ミトコンドリアの膜電位低下を誘導すると、PGAM5の場合とは逆に、PINK1はPARLによる切断を免れ、外膜で安定化すると報告された。外膜で安定化したPINK1は、膜電位低下を起こした機能不全ミトコンドリアの目印として機能し、ミトコンドリアの品質管理応答を誘導することがわかっている。CCCPを処置するとPARLによる切断を免れた全長型PINK1の安定化が確認され、このPINK1の安定化のタイムコースはPGAM5の切断(およびOPA1の切断)のタイムコースとほぼ一致することが観察された(Fig.5)。さらに、CCCP刺激時間依存的に、PARLからPINK1が乖離すること、これに伴ってPARLにPGAM5が結合してくることを見いだした(Fig.6)。このことは、ミトコンドリア膜電位低下に伴い、PARLの基質がミトコンドリア局在型キナーゼPINK1からミトコンドリア局在型ボスファターゼPGAM5に入れ替わることを示唆するものと考えられる。

【まとめと考察】

私は、博士課程において、ミトコンドリア局在型セリン・スレオニンプロテインボスファターゼであるPGAM5が、ミトコンドリアの膜電位低下というストレスに伴い、膜内切断を受けることを見いだし、膜内切断酵素も合わせて同定することに成功した(Fig.7)。最近、先述したミトコンドリア融合分子OPA-1や、パーキンソン病原因遺伝子PINK1など様々なミトコンドリア局在分子のプロテアーゼによる切断が、ミトコンドリア膜電位低下に伴って正もしくは負に制御されることが明らかとなって来た。これらの例はいずれも、膜電位低下により機能不全となったミトコンドリアを積極的に排除してミトコンドリアの品質管理をすることがその生理的意義であると考えられている。今回明らかとなったPARLによるPGAM5の膜内切断も、ミトコンドリア膜電位低下をめぐるプロテオリシス制御の一例であると考えられ、ミトコンドリアにおける何らかのストレス応答を担っていることが予想される。今後は、PGAM5膜内切断の生理的意義やミトコンドリア膜電位低下の感知メ力ニズムを明らかにしていきたいと考えている。

[1] Takeda K, Komuro Y, Hayakawa T, Oguchi H, Ishida Y, Murakami S et. al. Proc Natl Aced Sci USA 106 (30) (2009)[2] Jin, S.M., Lazarou, M., Wang, C., Kane, L.A., Narendra, D.P., and Youle, R.J. J. Cell Biol. 191 (2010)

Fig.1 PGAM5はミトコンドリアに局在する。

内在性PGAM5は、ミトコンドリアマーカーであるCytochromeCと共局在した。

Fig.2ミトコンドリア脱分極剤CCCPによって、SDS-PAGE上でPGAM5のバンドパターンが変化する。

ミトコンドリアの膜電位を低下させると、二本のバンドとして検出されるPGAM5のバンドが下一本に収束する。

Fig.3 PGAM5はミトコンドリア膜電位低下に伴い、膜内切断を受ける。

(A)エドマン分解により、収束型PGAM5のN末端アミノ酸配列を同定した。

(B)同定された切断配列を特異的に認識する抗体を作製した。

Fig.4PGAM5の膜肉切断を担う酵素の同定。

(A)単離ミトコンドリアに各種プロテアーゼ阻害剤を処置し、PGAM5を切断する候補プロテアーゼの絞り込みを行った。

(B)ほ乳類に存在する5つのロンボイドプロテアーゼファミリーの発現抑制を行った。

(C)PGAM5の切断は、野生型PARLの過剰発現で誘導されるが、酵素活性を持たない変異体(S277G,H335G)の過剰発現では誘導されない。

Fig.5ミトコンドリア膜電位低下に伴うPINKIの安定化とPGAM5の切断のタイムコースが一致する

Fig.6ミトコンドリア膜電位低下依存的にPGAM5およびPINKIとPARLの結合乖離が観察される

Fig.7ミトコンドリア膜電位低下に伴い、PGAM5はPARLにより1膜内切断を受ける

審査要旨 要旨を表示する

ミトコンドリアは、ATP産生によるエネルギー供給の場としてのみならず、小胞体と並ぶ細胞内カルシウムイオンストアとして、また脂肪酸代謝の場として、多様な生命機能を担い、細胞・個体の機能維持に重要な役割を持つ細胞小器官の一つである。しかしながら、活発な酸素呼吸の過程で発生する活性酸素は、不良タンパク質の蓄積や、ミトコンドリアDNA「(mtDNA)の変異、膜脂質の酸化など、ミトコンドリア内に様々なストレスを負荷し、ミトコンドリアの機能不全を引き起こす。ミトコンドリアが多様な生命機能を発揮し、細胞・個体の機能を支えるためには、ミトコンドリアがこうした自身内部の異常を感知し、適切なストレス応答を誘導する機構が必須であると考えられる。

PGAM5(Phosphoglycerate mutase5)は、ストレス応答性MAPKKKの一つであるASK1(Apoptosis Signa-regulating Kinase1)の活性化因子として同定された、全く新しい一次構造を有するセリン・スレオニンプロテインボスファターゼである。PGAM5はストレス応答性MAPキナーゼ経路の活性化能を有することから、何らかのストレス応答に関与することが示唆されていたが、PGAM5がどのようなストレスに応答し、どのような機能を担っているかは、全く未解明であった。本研究は、これらの点を解明する目的で行われたものである。

本研究により、PGAM5とストレス応答の接点について以下の様な知見が明らかとなった。

(1)PGAM5はミトコンドリア内膜局在型Ser/Thrプロテインホスファターゼである

(2)PGAM5はミトコンドリア膜電位低下というストレスに伴い、膜内切断を受ける

(3)PGAM5の膜内切断を担う酵素は、ミトコンドリア内膜局在型ロンボイドプロテアーゼ、PARLである

(4)PGAM5は切断後もミトコンドリアに局在し、ホスファターゼ活性を有する

(5)切断型PGAM5は全長型と比較して膜結合性が弱い

ミトコンドリア膜電位低下というストレスに応答して、PGAM5と同様に切断を受ける分子としてミトコンドリア融合因子OPA1が存在し、OPA1の切断の意義として、膜電位低下依存的にOPA1の不活性化を誘導することで、膜電位低下をおこした機能不全ミトコンドリアが再融合するのを防ぐ目的があると考えられている。また、ごく最近になって、PGAM5と同様にPARLの基質としてパーキンソン病原因遺伝子PINK1が報告され、PINK1はミトコンドリア膜電位低下に伴い切断を免れることで、膜電位低下を起こした機能不全ミトコンドリアの目印として働き、Mitophagy誘導に必須の機能を持つことが報告されている。これらのことは、様々なミトコンドリア局在分子のプロテアーゼによる切断が、ミトコンドリア膜電位低下に伴って正もしくは負に制御されることを意味し、こうした切断の制御がミトコンドリアにおける重要なストレス応答機構の1つであることを示唆している。

本研究により明らかとなったPARLによるPGAM5の膜内切断も、ミトコンドリア膜電位低下をめぐるプロテオリシス制御の一例であると考えられ、ミトコンドリアにおける何らかのストレス応答を担っていることが予想される。

従って、本研究の解析結果はPGAM5の膜内切断を起点としたミトコンドリアにおける新たなストレス応答機構の発見の可能性を提示した点において非常に意義深いと考えられる。以上より、本研究は博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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