No | 127179 | |
著者(漢字) | 篠原,直樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シノハラ,ナオキ | |
標題(和) | ポリセオナミドBの全合成と構造機能解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127179 | |
報告番号 | 甲27179 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1407号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 統合薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】1994年に八丈島産海綿Theonella swinhoeiから単離・構造決定されたポリセオナミドB(1)は、非リボソーム起源ペプチドでは最大の分子量(5032)を持ち、pMレベルの低濃度で細胞毒性を示す(Figure1)1)。1は、非タンパク質構成アミノ酸を含む全48アミノ酸残基がD体・L体交互に配列する特異な一次構造を有し、タンパク質では見られない特徴的なフォールディング構造を形成する。これまでにCDCl3/CD3ODを溶媒としたNMR解析により、1が分子全体に渡るβ-ヘリックスを形成し、長さ45nm-内径0.4nmのナノチューブ構造となることが明らかになった2)。このナノチューブが細胞膜を貫通し、イオンチャネルとして機能することが、1の細胞毒性発現機構と予想されている3)。我々は、一般的なイオンチャネルタンパク質に比べて10分の1以下の分子量である1が、チャネル形成能を有することに着目し、1を分子基盤とした有機合成化学によるチャネル機能の構築と制御を目標とした。本研究で私は、基盤分子となる1の効率的全合成法の確立および1のペプチドフラグメント群と誘導体群の構造機能相関の解明を達成した。また、1のチャネル制御システムの構築を視野に入れた光応答性ポリセオナミドの合成に成功した。 【方法】1の全合成では、様々な類縁体の調製を可能にする柔軟かつ収束的な戦略を立案した。すなわち、非タンパク質構成アミノ酸の合成・ペプチドフラグメントの固相合成・フラグメント連結による全体構造の構築という三段階の階層構造別合成法により1を構築する。さらに本全合成法を応用して、1のペプチドフラグメント群および誘導体群を合成し、これらの生物活性・チャネル機能評価により1の構造機能相関を明らかにする。また、構造機能相関から得られた情報を基に、光応答性分子を1に導入して高機能イオンチャネル分子の創製を目指す。 【結果】 1.ポリセオナミドBの全合成 1を構成する全20種類のアミノ酸のうち、有機合成化学的に供給が必要な9種類のアミノ酸は、当研究室において不斉合成された。これらのアミノ酸を用いて自動固相合成によりペプチドフラグメントを合成した。15残基以上のペプチドでは、合成収率が極端に低下したため、1を4つのペプチドフラグメント2,3,4,5に分割した(Scheme 1)。その際、フラグメント縮合時におけるC末端アミノ酸のラセミ化を防ぐため、各フラグメントのC末端側にはGlyを配置した。また、アミノ酸側鎖に多くの極性官能基を有する5は、固相合成力咽難であると予想されたため、アルコールをt-ブチル(t-Bu)基で、第1級アミド基をトリフェニルメチル(Tr)基で保護した。 以上の設計したフラグメント2,3,4,5をFmoc固相合成法により合成した。2,3,4のC末端カルボン酸をチオエステル化してカップリング前駆体(6,7,8)へと誘導し、チオエステル法の(活性化剤AgNO3,HOOBt)を用いて順次連結した(Scheme2)。まず、チオェステル8と5を連結した後、Fmoc基を除去して全体構造の半分に相当する9を合成した。続いて、9をチオエステル7と連結し、Fmoc基の除去を経て10を合成した。さらに、チオエステル6を10と連結し、全体構造を有するポリセオナミドB保護体11の合成に成功した。最後に、3つのt-Buと3つのTrをTFAにより同時除去し、1の全合成を達成した5)。天然から得られた1と合成した1の各種NMRスペクトル、HPLCの保持時間は完全に一致した。また、分光学的データの比較により、1の第44番残基スルホキシドの立体化学をRと完全に結論付けた。 2.ポリセオナミドフラグメントの機能解析 1のフラグメントの生物活性評価および機能解析に着手した。まず、4つのフラグメント2,3,4,5を用いて、全合成の手法を応用し1の1/4、1/2、3/4に相当するフラグメント12~19をそれぞれ合成した。次に、1と合成した化合物の細胞毒性[マウス白血病細胞(P388)]を評価した(Figure2)。その結果、1はpMレベルの非常に低濃度で細胞毒性を示したのに対し、フラグメントは1に比べて非常に弱い毒性を示した。この結果から、1の強力な細胞毒性発現には全体構造が必要であることがわかった。また、細胞毒性試験の結果から、33~48残基アミノ酸を共通に含む14,17,19は他のフラグメントに比べてnMレベルの強い毒性を示した。そこで、これらフラグメントの毒性発現機構を調べるため、リボソームを用いたイオン透過活性試験、膜崩壊活性試験および単一チャネル電流測定による機能解析寒験をおこなった。その結果、1と3/4フラグメント19のみにチャネル形成能が確認され、1/4フラグメント14と1/2フラグメント17はチャネル形成能を示さなかった。19は約3nmの細胞膜を貫通できるチャネルを形成できるのに対し、14と17は膜を貫通するのに必要な長さを持たないため、チャネル形成能を示さなかったと考察した。以上の結果から、3/4フラグメント19がチャネル機能を持つことを初めて明らかにし、フラグメントの長さと機能の相関を解明した。 3.ポリセオナミドBの能基選択的化学誘導と構造機能相関 1のN末端構造の生物活性への影響を調べるため、N-capを除去した誘導体(20)、N-capをカチオン性の(3-カルボキシプロピル)トリメチルアンモニウム基に置換した誘導体(21)および炭素鎖の異なるアシル基(アセチル、オクタノイル、パルミトイル)に置換した誘導体(22,23,24)をそれぞれ合成した。合成した誘導体の細胞毒性(p388)を比較したところ、N-cap除去体20とカチオン性の21、N-アセチル体22に顕著な活性の低下が見られた(Figure3)。この結果は、1は脂溶性の高いN末端側から膜に挿入すると推測されていることから、N末端側の脂溶性の減少により1の細胞膜への挿入が困難になり、チャネル機能の発現が抑制されたことに起因すると考察した。さらに、1とN末端誘導体の一価カチオン透過性チャネルの単一チャネル電流を測定した(Figure3)。その結果、20,22~24は1と同程度のコンダクタンスを持つチャネルを形成したのに対し、21は非常に小さいコンダクタンスを持つチャネルを形成した。この結果は、チャネル開口部近傍に存在するカチオン性のトリメチルアンモニウム基が、チャネルに出入りするカチオンと静電反発を起こすため、カチオンの透過を阻害したと考察できる。 4.光応答性ポリセオナミドBの合成 前項の結果に基づき、1のN末端側に外部刺激に応答して電荷が変化する機能性分子を連結し、1のチャネル機能の制御を計画した。機能性分子には、光照射で容易に構造変化でき、汎用性の高い、スピロピラン25を選択した(Figure4)6)。25は、UV照射によって中性のSP型から双性イオンのME型26に異性化し、酸性条件ではカチオン性のMEH型27へ可逆的に異性化する分子スイッチである。25を1のN末端側に導入し、光照射によりN末端側の電荷を変化させ、チャネル機能を光制御する。前項と同様の手法でN-cap除去体20に対し、N末端のアミン選択的に25を付加させ、光応答性ポリセオナミド28の合成に成功した(Scheme3)。28は可逆的に光異性化が可能であり、現在、チャネル機能制御を検討している。 【結論】私は、ポリセオナミドB(1)の効率的合成法を確立した。さらに、ペプチドフラグメント群と誘導体群の構造機能相関の解明を達成した。すなわち、1の強力な毒性発現には全体樽造が必須であること、そして3/4フラグメント19が1と類似のチャネル機能を有することを明らかにした。また、1のN末端構造の脂溶性を減少させると細胞毒性が大きく低下し、カチオン性官能基を付与するとチャネル機能も低下することを見いだした。この知見に基づき、光応答性ポリセオナミド28を設計・合成し、1の高機能化に成功した。 Figure 1. ポリセオナミドB(1)の一次構造とβ-ヘリックス構造 Scheme 1. ペプチドフラグメントの設計と合成 Scheme 2. ポリセオナミドB(1)の全合成 Figure 2.1とフラグメントの細胞毒性 Figure 3. ポリセオナミド誘導体の合成と細胞毒性(左)、1および21の電流-電圧曲線(右) Figure 4. スピロピラン25の光異性化 Scheme 3. 光応答性ポリセオナミド28の合成 | |
審査要旨 | 篠原直樹は、「ポリセオナミドBの全合成と構造機能解析」のタイトルで、以下の研究を展開した。 1994年に八丈島産海綿Theonella swinhoeiから単離・構造決定されたポリセオナミドB (1)は、非リボソーム起源ペプチドでは最大の分子量(5032)を持ち、pMレベルの低濃度で細胞毒性を示す(Figure 1)。1は、非タンパク質構成アミノ酸を含む全48アミノ酸残基がD体・L体交互に配列する特異な一次構造を有し、タンパク質では見られない特徴的なフォールディング構造を形成する。これまでにCDCl3/CD3ODを溶媒としたNMR解析により、1が分子全体に渡るβ-ヘリックスを形成し、長さ4.5nm・内径0.4nmのナノチューブ構造となることが明らかになった。このナノチューブが細胞膜を貫通し、イオンチャネルとして機能することが、1の細胞毒性発現機構と予想されている。篠原は、基盤分子となる1の効率的全合成法の確立および1のペプチドフラグメント群と誘導体群の構造機能相関の解明を達成した。さらに、1のチャネル制御システムの構築を視野に入れた光応答性ポリセオナミドの合成に成功した。 1. ポリセオナミドBの全合成 篠原は、様々な類縁体の調製を可能にする柔軟かつ収束的な1の全合成戦略を立案した。すなわち、非タンパク質構成アミノ酸の合成・ペプチドフラグメントの固相合成・フラグメント連結による全体構造の構築という三段階の階層構造別合成法により1を構築する計画である。 まず、篠原は、当研究室において不斉合成された有機合成化学的に供給が必要な9種類のアミノ酸とそれ以外の市販の11種類のアミノ酸を用いて自動固相合成によりペプチドフラグメントを合成した。15残基以上のペプチドでは、合成収率が極端に低下したため、1を4つのペプチドフラグメント2, 3, 4, 5に分割した(Scheme 1)。その際、フラグメント縮合時におけるC末端アミノ酸のラセミ化を防ぐため、各フラグメントのC末端側にはGlyを配置した。また彼は、アミノ酸側鎖に多くの極性官能基を有する5は、固相合成が困難であると予想し、アルコールをt-ブチル(t-Bu)基で、第1級アミド基をトリフェニルメチル(Tr)基で保護した。 以上の設計したフラグメント2, 3, 4, 5をFmoc固相合成法により合成した。2, 3, 4のC末端カルボン酸をチオエステル化してカップリング前駆体(6, 7, 8)へと誘導し、チオエステル法 (活性化剤AgNO3, HOOBt)を用いて順次連結した(Scheme 2)。まず、チオエステル8と5を連結した後、Fmoc基を除去して全体構造の半分に相当する9を合成した。続いて、9をチオエステル7と連結し、Fmoc基の除去を経て10を合成した。さらに、チオエステル6を10と連結し、全体構造を有するポリセオナミドB保護体11の合成に成功した。最後に篠原は、3つのt-Buと3つのTrをTFAにより同時除去し、1の全合成を達成した。天然から得られた1と合成した1の各種NMRスペクトル、HPLCの保持時間は完全に一致した。また、分光学的データの比較により、1の第44番残基スルホキシドの立体化学をRと完全に結論付けた。 2. ポリセオナミドフラグメントの機能解析 続いて篠原は、1のフラグメントの生物活性評価および機能解析に着手した。まず、4つのフラグメント2, 3, 4, 5を用いて、全合成の手法を応用し1の1/4、1/2、3/4に相当するフラグメント12~19をそれぞれ合成した。次に、1と合成した化合物の細胞毒性[マウス白血病細胞(P388)]を評価した(Figure 2)。その結果、1はpMレベルの非常に低濃度で細胞毒性を示したのに対し、フラグメントは1に比べて非常に弱い毒性を示した。この結果から彼は、1の強力な細胞毒性発現には全体構造が必要であることを明らかにした。また、細胞毒性試験の結果から、33~48残基アミノ酸を共通に含む14, 17, 19は他のフラグメントに比べてnMレベルの強い毒性を示した。そこで彼は、これらフラグメントの毒性発現機構を調べるため、リポソームを用いたイオン透過活性試験、膜崩壊活性試験および単一チャネル電流測定による機能解析実験をおこなった。その結果、1と3/4フラグメント19のみにチャネル形成能が確認され、1/4フラグメント14と1/2フラグメント17はチャネル形成能を示さなかった。彼は、19は約3nmの細胞膜を貫通できるチャネルを形成できるのに対し、14と17は膜を貫通するのに必要な長さを持たないため、チャネル形成能を示さなかったと考察した。以上のように篠原は、3/4フラグメント19がチャネル機能を持つことを初めて明らかにし、フラグメントの長さと機能の相関を解明した。 3. ポリセオナミドBの官能基選択的化学誘導と構造機能相関 さらに篠原は、1のN末端構造の生物活性への影響を調べるため、N-capを除去した誘導体(20)、N-capをカチオン性の(3-カルボキシプロピル)トリメチルアンモニウム基に置換した誘導体(21)および炭素鎖の異なるアシル基に置換した誘導体(22, 23, 24)をそれぞれ合成した。合成した誘導体の細胞毒性(P388)を比較したところ、N-cap除去体20とカチオン性の21 、N-アセチル体22に顕著な活性の低下が見られた(Figure 3)。篠原は、1は脂溶性の高いN末端側から膜に挿入すると推測されていることから、N末端側の脂溶性の減少により1の細胞膜への挿入が困難になり、チャネル機能の発現が抑制されたことに起因すると考察した。さらに、1とN末端誘導体の一価カチオン透過性チャネルの単一チャネル電流を測定した(Figure 3)。その結果、20, 22~24は1と同程度のコンダクタンスを持つチャネルを形成したのに対し、21は非常に小さいコンダクタンスを持つチャネルを形成した。彼は、チャネル開口部近傍に存在するカチオン性のトリメチルアンモニウム基が、チャネルに出入りするカチオンと静電反発を起こすため、カチオンの透過を阻害したと考察した。 4. 光応答性ポリセオナミドBの合成 最後に篠原は、前項の結果に基づき、1のN末端側に外部刺激に応答して電荷が変化する機能性分子を連結し、1のチャネル機能の制御を計画した。機能性分子には、光照射で容易に構造変化でき、汎用性の高い、スピロピラン25を選択した(Figure 4)。25は、UV照射によって中性のSP型から双性イオンのME型26に異性化し、酸性条件ではカチオン性のMEH型27へ可逆的に異性化する分子スイッチである。前項と同様の手法でN-cap除去体20に対し、N末端のアミン選択的に25を付加させ、光応答性ポリセオナミド28の合成に成功した(Scheme 3)。 以上のように篠原は、ポリセオナミドB (1)の効率的合成法の確立およびペプチドフラグメント群と誘導体群の構造機能相関の解明を達成した。さらに、光応答性ポリセオナミド28を設計・合成し、1の高機能化に成功した。この成果は、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク |