学位論文要旨



No 127181
著者(漢字) 中嶋,悠一朗
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,ユウイチロウ
標題(和) 組織リモデリングに必要な細胞非自律的アポトーシス制御機構
標題(洋)
報告番号 127181
報告番号 甲27181
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1409号
研究科 薬学系研究科
専攻 統合薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序】

組織リモデリングは個々の細胞の多様な振る舞いや細胞集団の移動や浸潤、入れ替わりを伴うダイナミックなプロセスであり、発生や病態において観察される。細胞増殖とアポトーシスは組織サイズの制御や、組織の恒常性維持に寄与することが知られており、組織の修復や再生、がんの進行といった組織リモデリングの過程においても見られる。細胞増殖とアポトーシスは、「増やす」と「減らす」という、相反する細胞のふるまいであることから、互いに協調しあうことで組織リモデリングに関与することが示唆されるが、それらが生体内においてどのように互いに協調しあっているのか、その多くは不明である。本研究では、生体内におけるアポトーシスの時空間的パターンの解明と、死にゆく細胞が周りの細胞とどのような相互作用を行っているのかを明らかにすることを目的とした。アポトーシスの時空間的パターンを解明するために、細胞死実行因子caspaseの活性化をFRETの測定によって定量的にモニタリングできる蛍光タンパク質インディケーター・SCAT3(Sensor for activatedcaspase based on FRET)を用いたライブイメージングを行った。さらに、周辺の細胞との相互作用の影響を評価するためにin vivoでcaspase 活性をモニタリングしながら細胞増殖を操作できる系を構築した。本研究で得られた結果は、増殖する細胞との相互作用によってアポトーシスが誘導されるという、細胞間協調による組織リモデリングの仕組みを提示するものであり、細胞非自律的なアポトーシスの制御メカニズムについて新たな知見を示唆するものである。

【方法と結果】

1 . c a s p a s e 活性化インディケーターS C A T 3を用いたショウジョウバエ腹部表皮再構築過程におけるアポトーシスの時空間的パターンの解析

私は本学修士課程において、ショウジョウバエ蛹期における腹部表皮再構築過程を「生体内でアポトーシスを可視化する系」として確立した。ショウジョウバエの腹部表皮は蛹期に幼虫表皮細胞がアポトーシスにより除去され、ヒストブラストという成虫表皮前駆細胞が増殖しながら移動・浸潤して入れ替わることが知られている(図1A)。SCAT3を用い、さらに細胞核を赤色蛍光タンパク質でラベルして単一細胞レベルの解像度で、各幼虫表皮細胞のcaspase 活性化ダイナミクスを、in vivoで定量的に測定することを可能にした。SCAT3を用いたライブイメージングの結果から、除去される幼虫表皮細胞は全てcaspaseの活性化を伴うことが明らかとなった。caspase 活性化の時空間的パターンを詳細に調べるためにヒストブラストとの位置関係に注目して、caspase が活性化した幼虫表皮細胞を、(1)ヒストブラストと隣接している細胞(境界細胞)、(2)ヒストブラストと隣接していない細胞(非境界細胞)に分類した (図1B)。その結果、aspaseの活性化は境界細胞で頻繁に観察されることが明らかとなり、80%以上の幼虫表皮細胞においてアポトーシスは、ヒストブラストの隣(境界細胞)で誘導されることが示唆された(図1C)。また、個々の境界細胞のcaspaseの活性化は急なFRETの減少を伴う点が共通していた。一方、非境界細胞ではcaspaseの活性化が観察され始めてからFRETの急な減少が見られないといった不規則な時間変化が見られた。境界細胞におけるcaspaseの活性化は幼虫表皮除去のパターンを作り出すとともに、細胞の入れ替わりを隙間なく達成するのに貢献する仕組みであると考えられる。

2 . ヒストブラスト細胞集団の拡大が境界細胞のc a s p a s e 活性化を調節する

境界細胞のcaspase 活性化がどのように制御されているのかを明らかにするためにヒストブラストとの相互作用に注目した。ヒストブラストの増殖を遺伝学的に阻害すると幼虫表皮細胞の除去が遅れることが示唆されている。そこで、ヒストブラストの増殖と境界細胞のcaspase 活性化が相関するかどうかを検討するために、ヒストブラスト特異的に遺伝学的に細胞増殖を阻害した状態で幼虫表皮細胞でのcaspase活性化をモニタリングできる系を導入した。Ecdyson シグナルの阻害(EcR-RNAi)、あるいはCdk キナーゼinhibitorであるDacapo(Dap)をヒストブラストにおいて強制発現すると増殖が阻害されることが知られている。そこで、EcR-RNAi およびDap 発現下で境界細胞のcaspase 活性化の頻度を定量したところ、caspase 活性化した細胞の割合が著しく減少した(図2)。またこのとき、ヒストブラスト細胞集団の拡大が阻害された。以上より、ヒストブラストの増殖が阻害されることで境界細胞のcaspase 活性化に影響し、幼虫表皮細胞の除去の遅れという結果につながることが示唆された。

3 . 増殖するヒストブラストとの局所的な相互作用が境界細胞のc a s p a s e 活性化をトリガーする

前述の実験では、ヒストブラストの増殖を阻害することによって、ヒストブラスト細胞集団の拡大自体が阻害され、ヒストブラストに特徴的な移動も見られない。そこで、境界細胞のアポトーシスを誘導するのにヒストブラスト細胞集団の拡大による物理的な刺激が重要なのか、あるいは局所的な相互作用が寄与するのかを区別するために、ヒストブラストの一部の細胞増殖のみを阻害する手法を導入した。UVA(320-400nm)を照射することでほ乳類細胞の増殖がG2/M 期で阻害されることを参考に、共焦点顕微鏡下でUVAに近い405nmのレーザーを短時間照射して条件検討したところ、ヒストブラストの増殖を一定時間(~12h)止めておくことに成功した。この手法を用いて、領域特異的にヒストブラストにレーザー照射し、境界細胞のcaspase 活性化に注目した(図3A)。その結果、境界細胞と接する側のヒストブラストがUV 照射されると(図3A-c)、境界細胞でcaspase 活性化を示す細胞数が大きく減少するのに対して(図3C)、接しない側のヒストブラストに同様の条件で操作すると(図3A-d)、コントロールと比べて大きな変化が見られなかった(図3C)。さらにこのときヒストブラスト細胞集団の広がり方は境界細胞側を操作した場合と逆側を操作した場合とで有意差は見られなかった (図3B)。よって、ヒストブラスト全体の移動や物理的な刺激よりも、増殖するヒストブラストとの局所的な相互作用が、境界細胞のアポトーシスを誘導していると考えられる。

4 . ヒストブラストにおけるS / G 2 期からの細胞周期進行が境界細胞に細胞非自律的なアポトーシスを誘導するのに必要である

境界細胞はヒストブラストの状態を認識してアポトーシスのプログラムを作動させていると考えられる。そこで、発生ステージに沿ってヒストブラストが特徴的な細胞周期を示すことに注目し、ヒストブラストの細胞周期と境界細胞のアポトーシスが相関するという可能性を考えた。細胞集団内の各々の細胞の時空間的な細胞周期パターンを知るために、S/G2/M 期をモニターすることを可能とする蛍光タンパク質を用いたプローブS/G2/M-Greenを用いた。このプローブは蛍光タンパク質のシグナルが、S/G2 期には核に集積し、そしてM 期には細胞質に分布し、G1 期には分解されて消失するという特徴を備えている(図4A)。腹部表皮が入れ替わる時期におけるヒストブラストの細胞周期を調べたところ、入れ替わる前はS/G2 期で停止していた(図4B)。観察の結果、入れ替わり始めとともに細胞集団内のヒストブラストの細胞周期がダイナミックに変化していく様子が境界細胞周辺でも見られた(図4B)。S/G2 期からの細胞周期進行が境界細胞のアポトーシスに必要かどうかを検討するために一部のヒストブラストの細胞周期をUV レーザー照射により停止させた。ヒストブラストは核にシグナルを集積させS/G2 期で停止したままであり、これらのヒストブラストに隣接する境界細胞はアポトーシスせずに表皮組織に残ったままであった(図4C)。以上の結果、ヒストブラストがS/G2 期からM、G1 期へと移行することが、隣接する境界細胞にアポトーシスを誘導するのに必要であることが示唆された。

【まとめと考察】

本研究で私は、ショウジョウバエ腹部表皮再構築過程においてcaspase 活性化の時空間的なパターンを見出し、細胞増殖を遺伝学的または人為的に操作することで、入れ替わる細胞間での局所的な相互作用が細胞非自律的な幼虫表皮細胞のアポトーシスを制御していることを示した。さらに、細胞周期をモニタリングすることで、ヒストブラスト側では/G2期からの細胞周期進行が周辺の境界細胞にアポトーシスを誘導するのに必要であることが明らかとなった。こうした細胞間相互作用を介した細胞非自律的にアポトーシスを誘導する仕組みは「細胞競合」という、異なる増殖速度をもつ細胞間の相互作用として提唱された概念と細胞レベルの振る舞いが類似している。細胞競合はがん細胞が周辺組織を駆逐するプロセス、幹細胞と分化した細胞の間の相互作用にも寄与すると考えられており、本モデル系から示唆される相互作用と共通した仕組みの存在が考えられる。また、細胞周期依存的なシグナルの応答・制御や細胞周期調節因子の細胞運命決定への寄与が近年示唆されており、組織リモデリングにおける細胞間協調の仕組みにおいても今回の研究結果は示唆的であると考えられる。

図1幼虫表皮細胞のアポトーシスの時空間的パターン。

(A)蠣期の腹部表皮の模式図。

(B)(a)境界細胞、(b)非境界細胞の例。(破線内がヒストブラスト)

(C)カスパーゼ活性化を示した幼虫表皮細胞のうち、境界細胞と非境界細胞の分布。

図2ヒストブラストを遺伝学的に増殖阻害した場合、境界細胞におけるカスパーゼ活性化した細胞数は著しく減少する。

図3ヒストブラストに領域特異的にUVレーザーを照射して増殖阻害した場合。(A)実験条件(a)~(d)。蠣化後18h嚇24hにおける(B}ヒストブラスト細胞集団の面積の拡大。(C)境界細胞におけるカスパーゼ活性化した細胞の割合。

図4S/G2期で細胞周期が停止したヒストブラストは境界細胞にアポトーシスを誘導できない。IA)SIG2/M-Greenの模式図。(B}正常発生時のSIG2/M-Greenの動態。(C)ヒストブラストにUV照射した場合。矢印はアポトーシスせず残っている境界細胞。

審査要旨 要旨を表示する

組織リモデリングは個々の細胞の多様な振る舞いや細胞集団の移動や入れ替わりを伴うダイナミックなプロセスであり、発生や病態の様々な場面において観察される。細胞の振る舞いの中で、とりわけ遺伝的に制御された細胞の「増殖」と「アポトーシス」は組織の成長やサイズの規定をする上で最も基本的な振る舞いであり、それぞれ細胞を「増やす」と「減らす」という相反する振る舞いであることから、互いに協調しあうことで組織リモデリングに関与することが考えられる。しかしながら、生体内、特に組織リモデリングにおいて細胞増殖と細胞死がどのように互いに協調しあっているのか、その多くは不明である。現状では、生理的条件下でアポトーシスと細胞増殖をつなぐメカニズムに焦点をあわせた研究がほとんどないため、生体内での両者の協調における細胞レベルの振る舞いや分子メカニズムに関して多くが未だ明らかでない。

本研究では、組織リモデリングに必要な細胞増殖とアポトーシスが協調するメカニズムを理解するために、生体内で起こるアポトーシスの時空間的パターンを解明し、死にゆく細胞と周辺細胞の相互作用を明らかにすることを試みた。アポトーシスの時空間的パターンを解明するために、細胞死実行因子カスパーゼの活性化をFRET 型蛍光タンパク質インディケーター・SCAT3(Sensor for activatedcaspase based on FRET)を用いたライブイメージングにより定量的に観測した。さらに、周辺の増殖細胞との相互作用の影響を評価するためにin vivoでカスパーゼ活性をモニタリングしながら細胞増殖を操作できる系を構築した。

そこで、まず、ショウジョウバエ蛹期の腹部表皮再構築過程に注目した。腹部表皮再構築は生体内での細胞増殖とアポトーシスのダイナミクスを細胞レベルの振る舞いから詳細に解析するのに適した系である。蛹期において腹部の表皮は成虫での表皮前駆細胞であるヒストブラストと幼虫表皮細胞から構成され、リモデリングの過程でヒストブラストは細胞集団を拡大させ、移動し、腹部表皮を覆うが、幼虫表皮細胞はアポトーシスして除去されることが知られている。次に、SCAT3 発現ショウジョウバエ系統を用いて、幼虫表皮細胞のカスパーゼ活性化パターンを、in vivoで単一細胞レベルの解像度で定量的に測定した。その結果、カスパーゼが活性化した幼虫表皮細胞を、ヒストブラストと隣接している細胞(境界細胞)、隣接していない細胞(非境界細胞)として位置により分類すると、カスパーゼの活性化は80%以上の幼虫表皮細胞において境界細胞で頻繁に観察されることが明らかとなった。個々の境界細胞のカスパーゼ活性化パターンは急なFRETの減を伴う点が共通しており、境界細胞におけるカスパーゼの活性化が幼虫表皮除去の空間的なパターンを作り出し、細胞の入れ替わりを隙間なく達成するのに貢献する仕組みであることが示唆された。

次に、境界細胞のカスパーゼ活性化がどのように制御されているのかを明らかにするためにヒストブラストとの相互作用に注目した。ヒストブラストの増殖の境界細胞のカスパーゼ活性化への影響を検討するため、ヒストブラスト特異的に遺伝学的に細胞増殖を阻害した状態で幼虫表皮細胞でのカスパーゼ活性化をモニタリングできる系を導入した。ヒストブラストにおいてエクジソンシグナルの阻害、あるいはCdk キナーゼ阻害因子であるDacapoを強制発現下、境界細胞のカスパーゼ活性化の頻度を定量したところ、カスパーゼ活性化した細胞の割合が著しく減少した。またこのとき、ヒストブラスト細胞集団の拡大が阻害されたことから、ヒストブラストの増殖が阻害されることで細胞集団の拡大が阻害され、境界細胞のカスパーゼ活性化誘導に影響することが示唆された。

ここで、ヒストブラスト細胞増殖の境界細胞アポトーシスへの効果が細胞集団の拡大による全体的な振る舞いによるのか、あるいは局所的な相互作用が寄与するのかを区別するために、ヒストブラストの一部の細胞増殖のみを阻害する手法を導入した。共焦点顕微鏡下でUVAに近い405nmのレーザーを短時間照射して条件検討したところ、ヒストブラストの増殖を一定時間(~12h)止めておくことに成功した。この手法を用いて、領域特異的にヒストブラストにレーザー照射し、境界細胞のカスパーゼ活性化に注目した。その結果、境界細胞と隣接するヒストブラストがUV 照射されると、境界細胞でカスパーゼ活性化を示す細胞数が大きく減少するのに対して、接しない側のヒストブラストに同様の条件で操作すると、コントロールと比べて大きな変化が見られなかった。さらにこのときヒストブラスト細胞集団の拡大は両者で有意差は見られなかったことから、ヒストブラスト全体の移動や拡大という振る舞いよりも、増殖するヒストブラストとの局所的な相互作用が、境界細胞のアポトーシスを誘導するのに重要であることが示唆された。また、UV レーザー照射実験から導かれた局所的な相互作用の重要性は、遺伝学的手法によりヒストブラスト細胞集団内に細胞増殖を阻害したクローンを作製した実験においても確認できた。

さらに、ヒストブラストの細胞周期進行と境界細胞のアポトーシスが相関する可能性を検討した。細胞集団内の各々の細胞の時空間的な細胞周期ダイナミクスを知るために、S/G2/M 期をモニターすることが可能な蛍光タンパク質プローブS/G2/M-Greenを用いた。このプローブのシグナルがS/G2 期に核に集積し、そしてM 期には細胞質に分布、G1 期には分解されて消失するという特徴がヒストブラストにおいて反映されていることを免疫組織染色法により確認した。腹部表皮が入れ替わる時期のヒストブラスト細胞周期を調べたところ、入れ替わる前のG2 期停止が、入れ替わり始めとともに細胞集団内でダイナミックに変化していく様子が境界細胞周辺において一定頻度で見られた。S/G2 期からの細胞周期進行が境界細胞のアポトーシスに必要かどうかを検討するために一部のヒストブラストの細胞周期をUV レーザー照射により停止させた。ヒストブラストは核にシグナルを集積させS/G2 期で停止したままであり、これらヒストブラストに隣接する境界細胞はアポトーシスせずに表皮組織に残ったままであったことから、ヒストブラストがS/G2 期からM、G1 期へと移行することが隣接する境界細胞にアポトーシスを誘導するのに必要であることが示唆された。

本研究によって、腹部表皮再構築過程において「入れ替わる」側の細胞であるヒストブラストの細胞周期進行が、「入れ替えられる」側の幼虫表皮細胞の細胞非自律的なアポトーシスの誘導に必要であることが示され、細胞増殖とアポトーシスを結びつける精巧な仕組みが両細胞集団の境界で働いていることが明らかとなった。組織がうまく入れ替わるためには古い組織が除去されねばならないが、こうした細胞増殖とアポトーシスをつなぐ「入れ替わり境界」の形成は、発生、再生および恒常性を保つプロセスにおいて共通した細胞の入れ替わりのストラテジーである可能性がある。ヒストブラストは未分化な細胞、幼虫表皮細胞は分化し終えた細胞と見なせるため、将来的に幹細胞による組織再構築の新たなモデル系になる可能性を秘めており、両者の相互作用の詳細な分子機構の解明は、普遍的な組織入れ替わりの仕組みに貢献することが期待される。加えて、細胞周期進行や細胞周期の調節因子自体が細胞の運命決定に関わること、さらに細胞周期に応じて様々なシグナルに対する応答・制御が異なることが近年示唆されていることから、本研究は組織リモデリングにおける細胞間協調の仕組みに新たなコンセプトを提示したと考えられる。以上より、本研究は博士(薬学)の学位に値すると判定した。

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