学位論文要旨



No 127201
著者(漢字) 金,泓基
著者(英字)
著者(カナ) キム,ホンキ
標題(和) 特異な結合を持つボロン系正20面体クラスター固体の熱電特性
標題(洋)
報告番号 127201
報告番号 甲27201
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第648号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 末元,徹
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 瀧川,仁
内容要旨 要旨を表示する

近年、エネルギー問題、環境問題の深刻化により、熱電発電が大変注目を浴びている。熱電発電はゼーベック効果を用いて熱電素子の両端の温度差により熱エネルギーから電気エネルギーを得る方式である。既存の発電では全体エネルギーのほぼ6割が廃熱として捨てられることから、廃熱エネルギーを再利用することが重要視されてきた。

熱電素子は様々な利点があるものの、効率が低いため、極限環境に限られて利用されてきて、実用化された例は少ない。近年の半導体技術の進歩によるナノテクノロジーの進展、化合物の合成手法の発展、強相関電子系の物理の発展などにより、効率の高い新たな熱電材料が続々と開発され、エネルギー問題や環境問題へ大きく貢献することが期待されている。熱電材料の効率を決める性能指数ZはS2σ/K(Sはゼーベック係数、σは電気伝導率、Kは熱伝導率)で、これらのパラメータは全てキャリア濃度の関数であり、半導体から金属に向かってσは増加するがSは減少する。また、σが大きくなるとヴィーデマン・フランツの法則によりキャリアの熱伝導率Kcarrierも大きくなるため、それぞれを独立に制御することは困難である。

これに対して、B12正20面体クラスターで構成されているボロン系正20面体クラスター固体は、クラスターがわずかな環境の違いによって物性が大きく変わる。例えばVをドープしたβ菱面体晶ボロン(β-ボロン)の場合は、Vがβ-ボロンのA1サイトにドープされることによってA1サイト周辺の共有結合が金属的に変化しつつあることも電子密度分布解析で明らかになっている。金属結合と共有結合が固体内に混在すれば、半導体と金属の利点を合わせ持った材料となる可能性がある。また、バンド伝導を示す通常の金属や半導体とは異なり、フォノン介助ホッピング(PAH)伝導で、温度の増加とともにσやSが増加し、出力因子P(S2σ)が大きくなることがある。さらに、正20面体クラスターは結晶の並進対称性とは相容れない5回対称性を持つために、その結晶構造は隙間の多い大きく複雑な単位胞を持つものが多く、格子の熱伝導率Kphも小さく、融点(2050℃)も非常に高い。これらの事からボロン系固体は高温熱電材料として有望であると考えられる。しかし、過去のデータを見るとσとSの結果は組成がまちまちで系統的に研究された例は少なく、n型では性能の高いものが開発されていない。

本研究では、最も典型的なボロン系正20面体クラスター固体であるβ-ボロンのドープサイトに数at%までの他元素ドープ(侵入)が可能なことから、様々な他元素を系統的にドープする(侵入させる)ことにより、期待される熱電発電に共通して必要な600K~1000Kでの熱電性能を、特にn型で向上させることを目的とした。また、材料の組織制御による熱電性能向上という観点から、アーク溶解法、ホットプレス法、放電プラズマ焼結法(SPS法)、フローティングゾーン法という異なる方法により試料を作製し、組織、第2相の分散量、結晶方位等を最適化することにより、熱電性能を向上させることも目的とした。これらの試料に対して、相同定、組織観察、室温から1000Kまでの熱電特性(σ、S、K)の測定を行い、性能指数を評価した。さらに、金属ドープβ-ボロンの伝導機構を解明することも目的とした。

【実験結果および考察】

まず、アーク溶解法でV、Co、Zr、Sr、Wをドープした場合、XRD、SEMと特性X線の結果から、SrとWでは主に第2相が析出したが、V、Co、Zrでは第2相の析出はなく、ドープに成功した。V、Coドープにより、Sは減少したが、σは増加し、Kが減少することにより、特にA1サイトだけを占有するVドープにおいてn型に転換し、主にσの大きな増大により熱電材料の無次元性能指数ZTが増大した。作製方法の違いについては、アーク溶解法に比べホットプレス法で作製された試料は空隙の多いポーラスな組織で結晶粒成長も認められなかった。一般的な傾向とは異なり、今回の比較では相対密度がほぼ100%のアーク溶解法試料と比べて相対密度70%強のホットプレス法試料において、σ(図1)とS(図2)がほとんど変わらず、K(図3)のみ理論的な最低格子熱伝導率近くまで下げることができた。これらの結果、無次元性能指数の最大値としてp型で最高性能を持つB4Cの値に迫るZTMax=9.3×10-3(885K)がn型で得られた。図1の50K~1000Kまでのσの温度依存性においては、可変領域ホッピング(VRH)伝導の式に良い一致を示したが、図2のSの温度依存性はVRH伝導の式でもPAH伝導の式でも説明できず、複数の伝導機構の存在が示唆された。

次に、上記の結果を踏まえ、SPS法で作製した金属ドープβ-ボロン(M1.0B105、M=Al, Co, Cr, Cu, Mo, Nb, Ni, Ru, Si, V, W, Zr)のドーピングの可能性や熱電特性について評価した。様々な金属をβ-ボロンに1at%ドーピングした場合、原子半径、イオン半径、イオン化エネルギーや電気陰性度はドーピングの可否とは相関が無く、原子量が小さく、密度が低く、融点がボロンより低い元素において良くドーピングされる傾向があることが分かった。

ドーピングされた試料の中で、A1サイトを占有するV、Ni、Cr、Nbの場合は室温でn型となり、また、1at%の組成に換算した占有率(表1)と相関してσ(図4)が大きくなっている。Kは、ドープ元素による影響より、結晶粒微細化によるフォノン散乱で低下したと考えられる。Sはその符号の変化などから単純なホッピング型の伝導とは異なり、ホールのバンド伝導と電子のホッピング伝導による2バンドモデルで理解出来るものと考えられる。結果として、σがZTの向上に大きく寄与し、最もA1サイトの占有率の高いVドープ試料において、n型で最大のZT(3.6×10(-3)(769K))が得られた(図5)。

続いて、n型で良い性能を示したVドープβ-ボロンのV濃度依存性について調べた。VxB105において、x<=1.0ではβ-ボロンの単相、x>=1.5ではVB2との混相の試料が得られた。図6はσの組成依存性であり、VRH伝導の式に良く一致している。β-ボロンとVB2の複合材料としてσを検討した結果、良くドープされた試料については全く実験値と一致しないが、x>=1.5の試料においての金属的な振る舞いはVB2のマトリックスにβ-ボロンが分散した系の計算値と似通った傾向を見せた。図7はSの温度依存性の組成による違いである。どれもVRHの温度依存性とは言えず、x=0.2~0.8では符号の反転が起きている。このことから単一の伝導機構ではなく、Vドープβ-ボロンが電子のVRH伝導とホールのバンド伝導を有すると仮定し、解析を進めた結果、x<=1.0におけるσとSの温度依存性を大まかに説明することが出来た。その結果は、Vの軌道がβ-ボロンの内因性アクセプター準位と混成してできた局在準位にフェルミエネルギーEFが位置し、xの増加と共に、この局在準位の状態密度が増加し(同時にEFでの局在長は長くなると考えられる)、EFと価電子帯上端とのエネルギー差は小さくなることを意味していた。ZTの評価では、金属相が若干出ている試料V2.0B105において最大のZT(7.91×10(-3)(1079K))が得られた(図8)。これらの事かβ-ボロンへの金属ドープによるσの増加と共に、僅かな金属相の分散によるσの増加が有効であったと考えられる。

さらに、単相限界と考えられるV1.3B105で、フローティングゾーン法により、単結晶の作製に成功した。β-ボロンの構造は、クラスターの2種類の層状構造(A層、B層)が、c軸方向に交互に積層していると見ることもできる。したがって、A1サイトへのVドーピングによりA層内では金属結合的な部分が繋がるが、B層内では繋がらず、c軸に垂直な方向でσが大きくなり熱電性能が向上する可能性が示唆された。しかし実際には、ZTはc軸に平行の場合7.46×10(-3)(999K)と、c軸垂直の場合6.85×10-3(994K)で、ほぼ同程度で同じ組成の多結晶(ZTV1.0B105=3.57×10(-3)(769K))よりはZTが大きくなった。

【結論】

β菱面体晶ボロンには、数種類のドープサイトがあり、数原子%までのドープが可能であるが、原子量と密度が低く、融点がボロンより低い元素が良くドープされた。特に、目的の温度範囲で熱電性能が良かったのはA1サイトの占有率が最も高いVであった。

アーク溶解法とホットプレス法の比較から組織の制御が熱電性能に有効だったことからSPS法でVドープβ-ボロンを作製し、V濃度の組成依存性を調べた。σの増大、Kの効率的な減少とともに金属相の僅かな混在によりV2.0B105のSPS試料において、p型で最高性能を持つB4Cに匹敵するZT(7.91×10(-3)(1079K))を持ったn型の材料が得られた。単結晶の熱電性能の評価においては単結晶の作製には成功したものの、結晶方位の違いによる熱電性能の向上は認められなかった。また、その伝導機構は、ホールのバンド伝導と電子の可変領域ホッピング伝導を仮定したモデルで大まかに再現することに成功した。

本研究で得られた結果は、他のボロン系正20面体クラスター固体の熱電性能の解明と向上指針にもヒントを与えるものであり、さらに、同じ基本構造を持つアルミ系との比較により、正20面体クラスター固体の統一的な理解にも繋がると期待する。

アーク溶解法(白塗り)とホットプレス法(黒塗り)で作製した金属ドープβ-ボロンの電気伝導率σの温度依存性(可変領域ホッピング(VRH)伝導)(図1)、ゼーベック係数Sの温度依存性(図2)及び熱伝導率Kの温度依存性(図3)

M1.0B105の電気伝導率σの温度依存性(図4)と無次元性能指数ZTの温度依存性(図5)

Vドープβ-ボロンの電気伝導率σの温度依存性(図6)、ゼーベック係数Sの温度依存性(図7)及び無次元性能指数ZTの温度依存性(図8)

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、ボロン系正20面体クラスター固体の中で最も代表的なβ菱面体晶ボロン(β-ボロン)の特徴を活かした応用例として熱電変換材料の可能性を検討している。熱電性能の高い材料は高い電気伝導率σ、大きなゼーベック係数S、低い熱伝導率κを同時に満たす必要があるが、これらのパラメータは全てキャリア濃度の関数であり、それぞれを独立に制御することは困難である。ボロン系正20面体クラスター固体は、構造単位である正20面体クラスターが周囲の環境の変化により金属結合-共有結合転換を起こし、金属と半導体の中間的に位置付けられている。さらに、複雑な構造による低いκや高温での安定性、温度上昇とともにσとSがともに増加することがあり、高温熱電材料として有望であると考えられている。しかし、600~1000Kの中高温域での性能はまだ不十分であり、p型の高性能ボロン・カーバイドに対してn型では性能の高いものが開発されていない。本論文では、β-ボロンに金属を添加することによりn型の熱電材料の開発、組織・第2相の分散量・結晶方位の最適化による熱電性能の向上、及び伝導機構を解明するため、試料の作製法やドープ元素、またドープ濃度の違いによる熱電特性への影響を評価した。得られた知見から、熱電特性向上のためのドーパントの選択指針、ドーピング量と第2相の分散量との関連付け及び金属ドープβ-ボロンの伝導機構を大まかに説明し、n型で高い性能指数を有する試料の作製に成功している。本論文は以下に示すように全七章から構成されている。

第一章は、序論であり、熱電現象の原理や性能指数の定義、また様々な熱電材料の紹介と共に金属ドープβ-ボロンを研究対象として選択した経緯について述べている。

第二章は、試料作製法と熱電特性の評価法、その測定原理についての詳細を述べている。

第三章は、β-ボロンのドープサイトの選択性の異なるV、Co、Zrをドープし、熱電特性へのドープ元素の効果や作製方法による熱電特性の違いを評価した結果を述べている。A1サイトのみを占有するVドープによるσの大きな増大と、ホットプレス法によりσとSを下げずにκを下げることによってn型で、最高性能を持つp型のB4Cに迫る値の性能指数を得ている。

第四章は、放電プラズマ焼結法で1at%金属ドープβ-ボロンの熱電特性について評価し、原子量が小さく、密度が低く、融点がボロンより低い元素において良くドープされる傾向があることを見出している。なお、A1サイトの占有率が増大すると共にσは増大し、A1サイトの占有率とσは密接に関わっていることを示している。A1サイトの占有率の最も高いVドープによる高いσと、結晶粒微細化により増加した粒界でのフォノン散乱によるκの低下により、最も高い性能指数がn型で得られた。

第五章は、第四章の結果を踏まえ、放電プラズマ焼結法によって作製したVドープβ-ボロンのV濃度依存性を評価した。またβ-ボロンと第2相の金属相VB2との複合材料としてσを検討した。V濃度依存性においては、β-ボロンへのVドープによるσの増加と共に、VB2相の析出によるσの増加が寄与し、n型で熱電性能指数が最も大きくなった。ただし、金属相の析出よりは、依然として金属元素のβ-ボロンへのドープが熱電性能の向上においては重要であることを示した。ホールのバンド伝導と電子の可変領域ホッピング伝導による2バンドモデルを用いて、σの温度依存性と、複雑な振舞いのSの温度依存性を大まかに説明することに成功した。

第六章は、単相限界と考えられるV組成1.3 at.%の単結晶作製に成功し、結晶方位の制御による熱電特性の向上を目指した。β-ボロンの構造は、VドーピングによりB12クラスターの共有結合がより金属結合的に変化すると、クラスターの2種類の層状構造により金属結合的な部分が繋がるかどうかによってc軸に垂直な方向でσが大きくなり熱電性能が向上する可能性が示唆されたが、実際には熱電特性の異方性はほとんど無く、他の作製方法との比較により結晶方位よりはドーピングや結晶粒微細化により熱電性能が改善されると結論している。

第七章は総括と今後の展望である。

なお、本論文第三章は、清水淳一郎、中山高博、木村薫、等との、第四、五章は、木村薫との、第六章は田中高穂、曽我公平、木村薫、等との共同研究であるが、論文提出者が主体となって測定及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、本論文は、特異な結合を持つボロン系正20面体クラスター固体の代表であるβ-ボロンの熱電特性の向上の可能性を示し、得られた結果及び材料製作指針から実験的にn型の熱電性能の向上へと導いた点で、熱電材料を含む物質科学の発展に寄与するところが大きく、よって博士(科学)の学位を授与できると認める。

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