学位論文要旨



No 127202
著者(漢字) 田邊,賢治
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,ケンジ
標題(和) ボロン系アモルファス固体の金属結合-共有結合転換に関する研究
標題(洋)
報告番号 127202
報告番号 甲27202
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第649号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 教授 高田,昌樹
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

ボロン系固体の多くは、正20面体型のB12クラスターを構造の基本にもつ半導体である。正20面体構造はIII族元素に特徴的な構造であり、我々はこのような固体を総称してIII族正20面体クラスター固体(ICS)と呼んでいる。III族ICSはその構造の複雑さとも関連して、同一固体内で金属結合と共有結合が共存したり、骨格構造の変化なしに結合性が転換したりするなど、その結合性に興味深い性質を有しており、金属と半導体の中間的な性質を持つ。

ボロン系ICSでは、安定な単体結晶相の一つであるβ-Bに対して金属元素をドープした研究がこれまでに多数報告されている。β-Bは可変領域ホッピング(VRH)型の電気伝導を示す半導体だが、β-BにVやCrをドープした場合、B12クラスターに囲まれたA1サイトを占有し、1at.%程度で電気伝導率の絶対値が飛躍的に上昇し、温度依存性も小さい金属的な状態に近づく[1]。それに対し、ZrなどのA1サイトを占有しない元素を1at.%ドープしても電気伝導率はあまり上昇せず、半導体的な性質のままである[2]。VやCrをドープした際の振る舞いは、VやCrとA1サイト周辺のBの軌道が混成し、周囲のB12クラスターの共有結合が金属結合的に転換するという、B12クラスターの金属結合―共有結合転換という特異な結合性に由来する現象であると考えられている[3]。実際、Vドープβ-Bでは、電子密度分布測定などにより、充填率の高いA1サイトにVが入ることで、周囲のB12クラスターの共有結合性が低下することなどが報告されている[4, 5]。

アモルファスボロン(a-B)はVRH型の電気伝導率を示すアモルファス半導体であるが、金属添加a-Bの金属―絶縁体転移についての報告は非常に限られている。a-Bの局所構造は、B12クラスターを基本とし、B12クラスター同士の結合様式がβ-Bに近いと報告されており[6]、a-Bにおいてもβ-BのA1サイトに類似したB12クラスターに囲まれた環境が存在することが期待される。即ち、β-BにおいてA1サイトにドープされる原子をa-Bに添加することで、β-Bと同様にクラスターの結合性の転換に由来して金属転移する可能性が予測される。従って、a-BにVとCr、並びに比較対象としてZrを添加した試料を作製し、電気伝導率測定と局所構造解析を行い、この予測を検証することが本研究の目的である。

高抵抗チップ用材料には、比抵抗の高さとその温度依存性(TCR)の小ささの両立という金属と半導体の中間的な性質が求められる。金属添加a-Bは、ボロン単体が常温で10の8乗[mΩ・cm]という高い比抵抗を持つこと、金属添加a-Bの組成領域の広さなどから、これらの要求を達成する可能性があると考え、作製試料に対して比抵抗とTCRの算出を行い、高抵抗チップ用材料としての可能性を検討した。これが本研究のもう一つの目的である。現在の目標値は比抵抗10[mΩ・cm]、TCR±50[ppm/K]である。

2. 実験方法

試料作製では2元同時電子ビーム蒸着法を使用し、各種基板上に金属添加a-Bの薄膜を作製した。X線光電子分光法(XPS)による深さ方向の組成分布測定、Cu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)による相同定、表面粗さ計を用いた膜厚測定などの試料評価を行った。

また、低温電気伝導率測定を行い、電気伝導率の温度依存性を解析することで金属―絶縁体転移の臨界となる金属濃度を決定した。

作製した試料の局所構造を調べるために、a-B-V系試料に対しては、Mo管球を用いたXRD測定より、動径分布関数の導出を行った。また、a-B-V系およびa-B-Zr系試料に対しては、SPring-8のBL14B2ビームラインにおいてX線吸収微細構造測定(XAFS)を行い、金属原子周辺の結合状態、局所構造について測定した。

3. 結果と考察

3.1 試料作製

作製試料の深さ方向組成分布測定結果では、一部の試料を除きおおむね均一な組成の試料が作製できていることを確認した。以後、試料の金属濃度は膜中の平均組成で記述する。膜中のC、O不純物としてはa-B-V系で約0.5at.%C、0.1at.%Oと見積もられた。XRDによる相同定の結果(図1)、作製試料はブロードなハローパターンを示し、アモルファス相であることが確認できる。しかし30%近い高濃度試料では微結晶の析出は否定できない。

3.2 低温電気伝導率測定結果と金属―絶縁体転移の臨界濃度の決定

図2に例としてa-B-V系の各試料の低温電気伝導率測定結果を示す。a-B-V系、a-B-Zr系、a-B-Cr系のいずれにおいても金属濃度の上昇に伴い、電気伝導率は上昇し、温度依存性の小さい金属的な電気伝導率へと変化した。温度依存性の解析の結果、a-B-V系における金属転移の臨界濃度は2.9~3.7at.%Vの間であった。また、a-B-Zr系では11~14at.%Zr、a-B-Cr系では4.5~7.0at.%Crであった。

金属添加アモルファス半導体の金属転移濃度については、アモルファスシリコン(a-Si)系における研究が多数報告されているが、様々な添加金属で共通して10at.%以上の金属濃度を要し、また金属転移の際に、局所構造が4面体配位から、より充填率の高い局所構造へと大幅に変化することが報告されている(a-Si-V系[7]など)。a-B-V系およびa-B-Cr系での金属転移濃度、特にa-B-V系での約3at.%という濃度は、極めて低濃度であり、VやCrがB12クラスターに囲まれた位置に入ることによる結合性の転換に由来する金属転移であることが示唆された。

3.3局所構造解析結果

a-B-V系試料に対して、動径分布関数を求めた結果を図3に示す。金属転移の臨界濃度付近であるB-3.5at.%Vの動径分布関数は、B12クラスターに由来するピーク(~0.18nm,~0.3nm)が残っており、B12クラスターの骨格構造が保たれていることが示唆される。また、標準試料であるVB2とVドープβ-B (V1B105)、並びにB-3.5at.%V試料でのXAFS測定結果を図4, 5に示す。V1B105のXANESにはVと周囲のB12クラスターとの軌道混成によって生じる特徴的な3つのpre-edge peakが確認できる。B-3.5at.%VのXANESにおいても、この3つのpre-edge peakが確認できる。また、B-3.5at.%VのEXAFSには、VB2のV-V配位に相当するピークが存在せず、VB2よりもV1B105に近い局所構造であることが分かる。図5中の破線は、V1B105のA1サイト周辺を切り出した局所構造を仮定し、カーブフィッティングを行った結果であり、B-3.5at.%Vのスペクトル形状がA1サイト周辺の局所構造で説明できることが確認できる。以上の結果より、金属転移の臨界濃度であるB-3.5at.%Vにおいては、V原子周りの局所構造は、Vドープβ-BのA1サイト周辺の局所構造に近い、V原子がB12クラスターに囲まれた環境であることが分かる。

3.4 高抵抗チップ用材料としての特性評価

作製試料の比抵抗ρ(300K)を求め、TCR(300-200K)を算出した(表1)。今回作製した試料では目標値を満たすものは無く、他材料と比較して高抵抗チップ用材料として優位であると言える結果は得られていない。従来材料の中で最も良特性なCr-Al-B-Oなどを参考に今後添加元素を増やした3元系などを検討することで目標値を満たす可能性が考えられる。

4. 結言

a-Bに対してV, Zr, 及びCrを添加した試料を作製し、電気伝導率の温度依存性の解析より、金属―絶縁体転移の臨界濃度を決定した。その結果、a-B-Zr系では多くの金属添加a-Siと同様に10at.%以上の金属濃度で金属転移するのに対し、a-B-V系、a-B-Cr系ではより低濃度で金属転移が起きることが確認された。とりわけ、a-B-V系においては、動径分布関数測定、XAFS測定により、金属転移の臨界濃度付近において、V原子がB12クラスターに囲まれた環境に存在することが分かる結果を得た。この結果はa-B-V系における低濃度での金属転移が、局所構造の大幅な変化を伴わずに、V原子の周囲のB12クラスターの結合性が金属的に転換することで起きていることを示している。また、作製試料の高抵抗チップ用材料としての特性評価を行ったところ、目標値を達成する試料は無く、今後3元系などを検討する必要がある。

[1]H. Matsuda et al., J. Phys. Chem. Solids, 57 (1996) 1167.[2]T. Nakayama et al., J. Solid State Chem., 154 (2000) 13.[3]K. Kimura et al., J. Solid State Chem. 133 (1997) 302.[4]細井慎、博士論文、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 (2008).[5]M. Yamaguchi et al., J. Phys.: Conf. Ser., 176 (2009) 012027.[6]M. Kobayashi, J. Mater. Sci., 23 (1988) 4392.[7]U. Mizutani et al., J. Phys. Condens. Matter, 9 (1997) 5333.

図1. 作製試料のXRDによる相同定結果。

(a)左: a-B-V 系、(b)右: a-B-Zr 系

図2. a-B-V 系試料の電気伝導率測定結果

図3. a-B-V 系試料の動径分布関数測定結果

図4. 標準試料とB-3.5at.%VのXANES(左)とその微分形(右)

図5. 標準試料とB-3.5at.%VのEXAFS (図中破線はモデルを用いたフィッティング結果)

表1. 作製試料の比抵抗とTCR

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、正20面体クラスターを構造の基礎とするアモルファスボロン(a-B)に金属元素を添加した際の金属―非金属転移に着目し、低温電気伝導率の温度依存性より金属転移の臨界金属濃度を、粉末X線回折測定とX線吸収微細構造(XAFS)測定より局所構造を求め、クラスターの特異な結合性に基づく特異な金属転移の振る舞いを明らかにしたものである。III族元素からなる正20面体クラスターの特異な結合性が、非晶質相においても物性の予測・理解を可能にすることを明らかにし、金属添加a-Bの高抵抗チップ用材料としての可能性も検討している。論文は6章からなる。

第1章は序論であり、背景となる従来の研究について概観し、本研究の目的、本論文の構成について述べている。III族元素からなる固体には、正20面体クラスターを構造の基礎とする固体群が存在し、クラスター固体と呼ばれる複雑な構造の固体を形成する。この正20面体クラスター固体では、クラスターの中心や周囲での原子の有無などによって、クラスターの結合性が金属結合的にも共有結合的にもなり得る。a-Bも正20面体クラスターを構造の基礎としており、非晶質相であるa-Bにおいてもこのクラスターの金属結合―共有結合転換が起きるかどうか興味深い。また、他元素添加による結合性の転換は、金属と半導体の中間となる物性を実現する可能性があり、高抵抗チップ用材料として期待できる。そこで、本研究では、金属添加a-Bにおける金属―非金属転移に着目し、金属転移の臨界濃度とその際の局所構造の変化を電気伝導率の温度依存性とX線回折・X線吸収分光から測定し、これまでに報告されている多数の金属添加アモルファスシリコン(a-Si)と比較することで、クラスターの結合転換を検証すること、また、金属添加a-Bの高抵抗チップ用材料としての特性評価を行うことを目的としている。

第2章は試料の作製・評価結果であり、本研究で用いたV, Cr, Zr添加a-Bの薄膜試料作製方法と粉末X線回折を用いた相同定、X線光電子分光法を用いた組成分析について述べている。2元同時電子ビーム蒸着法により深さ方向に組成の均一なアモルファス薄膜が作製できていることを確認している。

第3章では、作製試料の低温電気伝導率の温度依存性を測定し、可変領域ホッピング伝導理論や弱局在理論より導かれる理論式を用いた解析によって、金属転移の臨界濃度を決定している。Zr添加a-Bにおいては、多くの金属添加a-Siと同様、10at.%以上の金属濃度での金属転移であったのに対し、V添加a-B、Cr添加a-Bにおいてはより低濃度で、特にV添加a-Bにおいては約3at.%という顕著な低濃度で金属転移が起きていることを明らかにし、金属添加a-Siとは異なる特異な金属転移が起きていることを示した。

第4章では、主にV添加a-Bにおいて、Mo-K線を用いたX線回折からの動径分布関数の算出と放射光を用いたXAFS測定より、V原子周辺の局所構造を明らかにしている。V添加a-Bにおいて、金属転移の臨界濃度付近ではV原子が4つのBの正20面体クラスターに囲まれた位置に存在していることを確認した。結晶β-菱面体晶ボロン(β-B)にドープしてもクラスターに囲まれた位置に入らないZrを添加したa-Bでは金属添加a-Siと同様の臨界濃度であったこと、β-BにVをドープした際に、Vが正20面体クラスターに囲まれた位置に入ることで周囲のクラスターに結合転換が起きることが報告されていること、と合わせて考察することにより、V添加a-Bの特異な低濃度での金属転移がクラスターの結合転換に由来する現象であることを明らかにした。

第5章では、作製した金属添加a-B試料の比抵抗とその温度依存性(TCR)を算出し、金属添加a-Bの高抵抗チップ用材料としての特性を評価している。従来使用されてきた各種抵抗材料や金属添加a-Si、Vドープβ-Bなどと特性を比較した結果、現時点では金属添加a-Bの優位性は確認されず、O濃度を増加させるなど添加元素を増やした多元系の検討が必要であることを示した。

第6章は、総括である。

なお、本論文第2、3、4、5章は、暮橋正人、細井慎、大隅一聡、山口秀史、曽我公平、木村薫、宇留賀朋哉、等との共同研究であるが、論文提出者が主体となって測定および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上本論文は、III族元素からなる正20面体クラスターの特異な結合性が非晶質相においても特異な物性の起源となっていることを明らかにし、非晶質相での正20面体クラスターの性質に基づいた材料設計の可能性を示した点で、物質科学の発展に寄与するところが大きく、よって博士(科学)の学位を授与できると認める。

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