学位論文要旨



No 127205
著者(漢字) 久我,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) クガ,ケンタロウ
標題(和) 重い電子系イッテルビウム化合物YbAlB4における超伝導と量子臨界現象
標題(洋)
報告番号 127205
報告番号 甲27205
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第652号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 中辻,知
 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 准教授 上床,美也
 東京大学 教授 寺鳩,和夫
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景

f電子系と呼ばれるランタノイドやアクチノイド元素を含む金属間化合物は、近藤格子ハミルトニアンで記述でき、f電子を遍歴させようとする近藤効果と、磁気秩序を誘起し局在させようとするRKKY相互作用が働く。これら二つの相互作用が競合する場合、量子臨界点が現れ(図1)、その周辺に非フェルミ液体といった量子臨界現象と共に超伝導が場合により誘起される。また、これらの系は重い電子系と呼ばれ、伝導電子は自由電子の百~千倍の質量を持つ。重い電子系Ce化合物では、量子臨界点に迫ることのできる物質が多く研究され、量子臨界点近傍で数多くの超伝導体が発見されてきた。その超伝導体の多くは、従来型の格子揺らぎとはことなり磁気揺らぎに起因すると考えられている。Ce3+イオンは4f電子が1つであるのに対して、ホールが1つに対応するYb3+イオンの化合物においての重い電子超伝導体の報告は、近年までなかった。これは、純良な試料を用いた研究が少なく、量子臨界点に迫ることのできる物質の例が少なかったためだと考えられる。

そのような状況の中、我々は、新物質β-YbAlB4がおよそ80 mKで超伝導になることを発見した1),2) (図2)。超伝導は残留抵抗に敏感で、残留抵抗値が大きなものは超伝導を示さない。このことから、この超伝導体は異方的な超伝導である可能性が高い2)。超伝導転移温度以上では、電気抵抗はおよそ4 Kから0.8 KまでTに線形に、0.8 Kから超伝導転移温度まではT1.5に比例する。磁化率、比熱はおよそ3 K以下からそれぞれT -0.5、logTで発散する非フェルミ液体の振る舞いを示す。そのため、常圧、ゼロ磁場近傍に量子臨界点があることが予想された1)。磁場、温度に対する磁化率の精密なスケーリングから、常圧、ゼロ磁場で量子臨界点直上にあることが確認されている3)。しかしながら、β-YbAlB4に現れる非フェルミ液体の振る舞いは、既存のスピン揺らぎの理論では説明できず、新たな類の量子臨界点を考える必要がある。このように一見、近藤格子系とよく似た振る舞いをするにもかかわらず、SPring8で行われた硬X線光電子分光から、β-YbAlB4のYbイオンの価数は近藤格子に期待される3+の整数ではなく、強い価数揺動を示す2.75+であることがわかった4)。これまでドニアック相図に当てはまると考えられてきたCe系、Yb系量子臨界物質は全て価数が3+に近い近藤格子系であった。それゆえ、価数揺動系であるにもかかわらず近藤格子系の振る舞いを示すβ-YbAlB4がパラメタの変化によりどのような相図を描くかは興味深い。

2. 目的、手段

価数揺動物質β-YbAlB4に現れる超伝導、新奇な量子臨界現象の起源を解明することを目的とする。量子臨界現象の起源を解明する上で不可欠なのは、隣接する量子相の性質を明らかにすることである。そこで、β-YbAlB4とよく似た結晶構造を持ち、量子臨界点から少し離れてフェルミ液体の基底状態を持っていると考えられるα-YbAlB4に注目して研究を行った。α-YbAlB4、β-YbAlB4は共にB層とYb-Al層からなる層状構造をしており、Yb原子はゆがんだ六角形の配置をとる(図3)。α-YbAlB4ではYb原子が形成する六角形がジグザグに並んでおり、β-YbAlB4ではa軸方向に整列して並んでいる。α-YbAlB4は極低温ではβ-YbAlB4と異なり電気抵抗率はT2に比例し、比熱、磁化率は低温8 K以下で大きな値を持ちながら一定値に収束する重い電子フェルミ液体の性質を示す。高温側での磁化率は、α-YbAlB4、β-YbAlB4共にほぼ同じキュリーワイスの温度依存性を示し、c軸方向に大きな磁化を持つイジング異方性の性質を持つなど、近藤格子に似た振る舞いを低温10 K程度まで示す3)。ab面内の電気抵抗率は、α-LuAlB4、β-LuAlB4の抵抗の温度依存性から見積もられた非磁性項を差し引くことにより、α-YbAlB4、β-YbAlB4共におよそ250 Kにコヒーレンスピークを持つ。また、β-YbAlB4と同様に、硬X線光電子分光から、α-YbAlB4のYbイオンの価数が2.73+の価数揺動系であることが報告されている4)α-YbAlB4も価数揺動系であるにもかかわらず近藤格子系の振る舞いを示す興味深い物質である。本研究では、Alサイトの一部をFeで置換し(α-YbAl1-xFexB4)、または磁場を印加することにより基底状態を変化させ、量子臨界点に隣接する相の性質を調べた。

3. 実験結果、考察

(1) Feドープ効果

α-YbAl1-xFexB4の単結晶育成は、α-YbAlB4、β-YbAlB4の単結晶育成と同様に、Alのセルフフラックス法で行った。得られた単結晶について、粉末X線構造解析により結晶構造を確認し、ICP(Inductively Coupled Plasma)法により組成を決定した。そして、α-YbAlB4のAlサイトをFeで一部置換することにより、最高転移温度約10 Kの磁気秩序を誘起させることに成功した(図4)。AlをFeで置換すると格子定数が小さくなることから、Fe置換により化学的圧力が加わることを示唆している。非磁性物質のα-LuAlB4にFeをドープしても磁気秩序が現れないので、α-YbAl1-xFexB4の磁気秩序は不純物のFeではなくYbの4f電子が担っていると考えられる。Feの置換量を増やすとc軸方向、ab面内共に磁化率が上昇し、150 K以上の温度領域でキュリーワイスフィットをすることにより、ワイス温度が減少し、有効磁気モーメントが上昇することが分かった。これは、近藤温度が減少し、後述する価数が上昇することに対応すると考えられる。また、Feの置換量を減らすことにより、磁気秩序転移温度を低温に抑えることができる。わずか1%のFeを置換させたα-YbAl0.99Fe0.01B4では磁気秩序が現れず、電気抵抗が5 Kから2 KまでT、2 K以下ではT1.6に比例し、磁化率、比熱はおよそ1.2 K以下からそれぞれT-0.7、logT(図5)に比例する非フェルミ液体の振る舞いをする。これらの振る舞いは、極低温でのβ-YbAlB4の量子臨界現象と類似しており、α-YbAlB4、β-YbAlB4は同じ理論の枠組みで理解できる可能性を示唆する。興味深いことに、我々が行ったSPring8での20 Kにおける硬X線光電子分光実験から、α-YbAlB4のFe置換量を変化させると、量子臨界点(x~0.01)の近くで価数の変化を伴っていることが明らかになった。そのため、α-YbAl0.99Fe0.01B4に現れる量子臨界現象は、反強磁性の揺らぎ、価数の揺らぎの2種類の起源の可能性を考える必要がある。

(2) 磁場効果

価数の相転移、クロスオーバーは圧力、磁場により調節できると理論的に予測されている5)。そこで、極低温においてα-YbAlB4のc軸方向に磁場を印加すると、メタ磁性的な磁化のわずかな増加と減少が観測された(図6、7)。メタ磁性が現れる3 T付近の磁場中で比熱、磁化率が低温に向かってより発散的になり、電気抵抗率が温度の1.6乗に比例する量子臨界的な振る舞いを観測した。そのメタ磁性の起源としては、価数の変化、Lifshitz 転移等が考えられる。量子臨界点近傍にあるα-YbAl0.99Fe0.01B4にはメタ磁性による磁化の上昇が観測さないため、α-YbAlB4でみられたメタ磁性がFeで置換することで絶対零度でゼロ磁場に移動し、量子臨界現象を引き起こしている可能性がある。

4. まとめ

価数揺動物質β-YbAlB4に現れる超伝導、新奇な量子臨界現象の起源を解明するため、価数揺動系でありながら近藤格子系の振る舞いを示すα-YbAlB4のAlサイトの一部をFeで置換すること、または、磁場を印加することにより、量子臨界点に隣接する量子相の性質を調べた。まずは、Fe置換により、磁気秩序、価数のクロスオーバー、量子臨界現象を誘起させることに成功した。α-YbAl0.99Fe0.01B4における量子臨界現象は、常圧、ゼロ磁場のβ-YbAlB4の振る舞いと抵抗、磁化率、比熱の温度依存性が似ており、同じ機構に基づいていると考えられる。磁気秩序、価数のクロスオーバーがほぼ同じ組成で現れていることから、α-YbAl0.99Fe0.01B4に現れる量子臨界現象の起源は、価数、磁気秩序の2つの役割を同時に考える必要がある。一方、α-YbAlB4にのみメタ磁性が3 T付近に現れ、その磁場の周りで量子臨界的な振る舞いを観測した。α-YbAl0.99Fe0.01B4にはメタ磁性による磁化の上昇が観測されないため、α-YbAlB4でみられたメタ磁性がFeで置換することで絶対零度でゼロ磁場に移動し、量子臨界現象を引き起こしている可能性がある。

1) S. Nakatsuji, K. Kuga et al., Nature Physics 4, 603 (2008).2) K. Kuga et al., Physical Review Letters 101, 137004 (2008).3) Y. Matsumoto, S. Nakatsuji, K. Kuga et al., to appear in Science.4) M. Okawa et al., Physical Review Letters 104, 247201 (2010).5) S. Watanabe et al., Phys. Rev. Lett. 100, 236401 (2008).

図1: ドニアックの相図。

図2: β-YbAlB4の超伝導転移。挿図は、残留抵抗と超伝導転移温度の関係を表す。

図3: α-YbAlB4(左図)、β-YbAlB4(右図)の結晶構造。

図4: α-YbAl1-xFexB4の磁化率の温度依存性。特にab 面内に10 K以下でのZFCとFCの差が顕著になる。

図5: α-YbAl1-xFexB4のFe ドープによる低温比熱の変化。

図6: α-YbAlB4の0.07 K、2 Kでの磁化の磁場依存性。磁化は、3 T以上の磁場でわずかに直線から外れる。

図7:α-YbAlB4の0.07 K、2 Kでの微分磁化率の磁場依存性。

審査要旨 要旨を表示する

久我健太郎氏は、博士論文において、以下の2点について、強相関電子系の分野における重要な知見を得ている。(1)Yb系における初めての重い電子系超伝導体YbAlB4の高純度単結晶育成、極低温の物性測定から、この物質の超伝導特性を明らかにした。(2)この系にかかわる量子臨界性がこれまでの重い電子系のそれとは質的に異なること、また、それが価数の揺らぎとかかわっていることを明らかにされた。

本論文では、第1、2章においては、量子臨界現象の研究の恰好の場として考えられている重い電子系において、これまで様々な研究例を紹介されたのち、超伝導体YbAlB4の単結晶の純良性と常圧、ゼロ磁場で顕著な非フェルミ液体性を示す特異性を議論し、本論文の主要な研究対象としての位置づけをされている。第3、4章においては、主要な結果である、化学的圧力(置換効果)などのパラメーターを変化させることにより、量子臨界点近傍で発現する非フェルミ液体等の新しい物理現象の結果とそれらに基づく、今後のまとめと展望について議論されている。

久我氏は博士課程からの入学後3年足らずの間に、まずβ型YbAlB4の超伝導特性を初めて解明され、それに関する論文を筆頭著者として執筆し、Physical Review Lettersに出版された。申請者の研究に対する熱意は高く、自ら計画性のある詳細な極低温の実験研究を行うことで超伝導特性、及び、その異方性を明らかにされてきた。さらに最近は、同組成で構造の異なるα型YbAlB4のFeドープの研究を申請者が試料作りから測定まで主体的に行う形で押し進めてきた。その結果、磁気秩序の発見だけでなく、価数の大きな変化を実際にSPring-8での測定に参加して発見するという興味深い成果を上げられた。このα型YbAlB4のFeドープの詳細な低温物性測定から、価数の急峻な変化が起こる組成域において、超伝導体であるβ型YbAlB4でみられる振る舞いと酷似する量子臨界現象を発見した。これらの発見は、これらの系における量子臨界現象に反強磁性揺らぎのみならず、価数揺らぎが深くかかわっていることを示し、従来のスピン揺らぎによるものと異なり、質的に新しい量子臨界現象であることを示された。

なお、本論文第2章は、町田 洋、冨田崇弘、中辻 知との共同研究、第3章は、山浦淳一、木内陽子、市原正樹、柄木良友、松本洋介、町田 洋、堀江直樹、中辻 知、大川万里生、高田恭孝、松波雅治、江口律子、田口宗孝、Ashish Chainani、辛 埴、西野吉則、玉作賢治、矢橋牧名、石川哲也、橘高俊一郎、志村恭通、榊原俊郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び解析をおこなってもので、論文提出者である久我氏の寄与が十分であると判断する。

審査委員会の委員の先生から、1.一般的な読者から見て、重い電子系とは何か、また、YbAlB4の振る舞いは、重い電子系の一般的な振る舞いといかに異なるかという記述を加えること。2.テクニカルタームについては平易な解説を加えること。3.これまでの共同研究の各々の成果を論文提出者である久我氏の立場として体系づけるまとめをさらに深めてほしい。とのコメントいただいた。これらについて、審査委員会から確認の委託を受けた主査が改訂された論文を確認し、コメントを十分に反映していると判断した。

以上を持って、久我健太郎氏の学位論文の論文審査の結果、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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